2009/06 - 2009/06
40110位(同エリア47321件中)
西部旅情さん
「酒の泉」が2000年前の故事を伝える
酒泉公園(泉湖公園)は、酒泉の地名の謂われを伝える場所であるとともに、オアシスの緑に溢れた瑞々しい美しさを堪能できる公園だ。鐘鼓楼の1.9km東にある。
それにしても、武威、張掖、酒泉、敦煌という河西四郡の地名のうち、酒泉の名だけが、武張った感じを帯びていない。「酒の泉」という名は一人歩きをして、西域のオアシスのロマンを漂わせ、酒を愛する人々の憧れをかきたててきた。漢の郭弘は皇帝に「封を酒泉に得ば、実に望外に出づ」と答え、杜甫は「飲中八仙歌」のなかで酒豪の汝陽王のことを「恨不移封向酒泉」(封を移して酒泉に向かわざるを恨む)と歌った。
この酒泉の名には次の伝説がある。―--前漢のとき、霍去病が匈奴を討ってこの地に到ると、武帝は酒を賜ってその功を労った。霍去病は苦楽をともにする全軍の兵士にその酒を与えたいと思ったが、そうするには酒はあまりにも少ない。そこで金泉という泉に酒を注ぐと、泉水はたちどころに芳醇な酒に変わり尽きることがなかった。―--以来、この泉を酒泉と呼び、それがそのまま地名の由来になったと伝えられている。
酒泉公園には、この「酒泉」があって、いまなお清冽な水が滾々と湧いている。すでに漢代に公園として開放されていたともいわれる。この泉の手前には次にような李白の「月下獨酌 其二」の詩句(一部)が刻まれていて、酒を愛する人の情熱というものは古今東西いまも変わらないものだと思われて微笑ましい。
天若し酒を愛せざれば
酒星天に在らず
地若し酒を愛せざれば
地應に酒泉無かるべし
公園内を歩くと、ゴビを吹き渡ってくる真夏の熱風のなかで豊に水を堪える湖の眺めが気持ちいい。蒼空に映えて燦めく柳の大樹、ポプラ、砂漠植物の砂棗などが湖の周囲を覆い、その鮮やかな緑の影を水面に映す。湖畔には清の将軍・左宗棠が新疆に遠征する途中に植えた柳の大木「左公柳」や清代の「西漢酒泉勝蹟」の碑などもある。入口の両脇には、宋のころの創建といわれる仏祖廟(左側)、文昌閣がある。
鐘鼓楼と酒泉公園のちょうど中間辺りには酒泉市博物館がある。建物は清代の祠堂で、1979年開館、新石器時代から清代に至るまでの酒泉周辺の出土品(石、土、銅、鉄などの器、木簡、仏像、壁画の一部、歴代の貨幣、宋、清の書画、拓本など)4000余件が収蔵されている。特に丁家閘十六国墓の壁画の模写は、この博物館ならではのもので貴重だ。小さな博物館だが、気軽に酒泉の歴史を花垣間見ることができる点が好ましい。また、この辺りは回民族が住んでいて、小さな清真寺などがある。
酒泉賓館の向かいには解放橋市場があり、野菜や果物の市場が開かれている。回民族の人々も多く、酒泉で収穫される果物など色鮮やかなさまざまな農作物をみて回るのがおもしろい。たとえばラグビーボールのような西瓜、まん丸な茄子など、ひとつひとつをみると日本のものと異なった形をしたものが結構あるのだ。酒泉で収穫した新鮮な果物がおいしい。
参考:中国旅行専門サイト―西部旅情http://www.westpassion.com
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