2006/01/19 - 2006/02/13
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atsushiさん
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3年半ぶりにインドへ飛んだ。
インドに行く多くの人が人生観が変わるというけれど、
インドは2回目でも驚きの連続だった。
東から西への旅となったが、
詐欺師にだまされそうになったり、停電と断水を繰り返す安宿で
点滴をうたれながらすごす夜、さまざまな旅人との出会い、
死に直面する人たちへのボランテイア。
そしてバスの屋根にのって砂漠を走った夜。
途中で人間不信に陥りながらも、駆け抜けたインドの旅。
ブッタガヤーで停電の中、点滴という恐ろしい状態を脱した僕は、バラナシへ向かう。バラナシでは、日本語ぺらぺらの
インド人に出会うが、そのインド人は、実は本に載ってた
詐欺師だったのだった・・・。
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-
駅で紹介してもらったヒロ君が経営するゲストハウスに滞在することにした。一泊100Rs(約260円)。壁は薄汚れ、暗いが、ヒロ君にもお世話になったし、ここに決めた。
しばらく宿で休んだ後、ヒロ君が、”朝飯を食べに行かないか?”と誘ってくれたので、それに一緒に行くことに
した。バイクで少し走ると、簡易なレストランが見えてきた。そのレストランに入ると、仏教徒の聖地らしくオレンジ色の袈裟をきたお坊さんでいっぱいだった。僕は、ヒロ君と話をしながら、ヌードル風の食べ物をすする。インドでは、あいかわらず、クリケットが大人気!お坊さん達、みんな釘付けになってテレビのクリケットの試合を見る。
それにしても、ヒロ君は日本語がうまい。独学で日本語を勉強したらしい。もうすぐ、日本にいって働くことが決まっているらしい。かといって金に困っているわけでもない、お坊ちゃんなんだけどなぁ〜。
その後、寺院めぐりへヒロ君と繰り出した。
ブッタ・ガヤーは菩提樹の下で瞑想を続けたブッタが、ついに覚りを得たところで、仏教徒には最高の聖地。各国の仏教寺院なども作られ、祈りの人で賑わっている。マハーボーディ寺院という仏塔を訪れた。世界中から巡礼者が集まり、祈りを捧げる仏塔だ。
見学し終わり、外にでると、ヒロ君が待っていてくれたのだが、そこにヒロ君の友人と思われる中年インド人とどこかでみたことのある日本人がいた。彼は、気づいていなかったが、僕は彼をバンコクのカオサン通りのレストランで見ていたのだ。旅人とは、同じ場所に惹きつけられるのだろうか。
この4人で、サモサを食べにいった。日本人の彼は、タイチさんといって、27歳。建築関係の仕事をしていたが、彼女にふられたことをきっかけに1年の予定でアジアから、ヨーロッパまで旅をするらしい。上海へ舟で渡り、旅すること4ヶ月。こうして俺と出会ったのだ。
こういう旅に出たきっかけや旅の出来事を聞いていると、人生とは旅であると思わずにはいられない。
彼には、これからどんな人生が待っているのだろうか。そして僕も・・・。 -
翌日、どうも体の調子がすぐれない。気のせいだろうと部屋に戻り休む。
昼になり、目を覚ました。しかし、いっこうに体調は良くなってなかった。胃痛がし、さらにお腹もゆるい。これは、ヤバイのではと俺の勘がはたらいた。
ヒロ君が近くに薬屋があるというので、そこで薬をもらうことにした。ヒロ君がバイクで連れていってくれた。薬屋というと、薬だけをくれる薬局を想像していたのだが、連れてきてもらったのは村にひとつある町医者のようなところだった。さっさと薬をもらって宿で休もうかと思ったのだが、生真面目な医者が診察してくれるという。
ベットに横になり、診察をしてくれるのだが、僕は高額な診察料を請求されるのではとびくびくしていた。
海外旅行傷害保険には入ってはいたが、やはり海外で医者にかかるのは初めてだったし、心配だった。
生真面目な医者は千葉真一のような顔をしており、”う〜ん”といって、浮かない顔をする。
こ、怖い!!ま、まさか、感染病でも?
ヒロ君が通訳してくれる。
”なんか薬とか飲んでなかった?”
僕は、タイにいた時、下痢をして下痢止めの薬を買っていた。ここ最近、少し、お腹がゆるかったので、
その薬を飲んでいたことを伝え、それを差し出した。
その薬をみて医者は、”この薬は、本来、水のような下痢の時に飲む薬だ。お腹が少しゆるいぐらいで飲んだから、作用が強すぎ、体内の水分を急激に吸い取って胃を圧迫をしている。このままだと、薬の作用で食べ物がうまくできず、さらにひどくなる。熱も出てくるだろう。”という。まさか、薬の作用で体調が悪くなるとは思わなかった。とにかく、早く直すしかない。医者は、”点滴と薬を処方するから”といって、2500Rsを請求された。この金額は痛かったが、体調にはかえられない。僕は、2500Rsを払い、治療を受けることにした。。宿に戻って、しばらくすると、その医者が点滴器具をもってやってきた。ヒロ君も心配してかけつけてくれて、宿の薄暗い宿泊部屋で点滴を受けた。医者はほんとにいい人で、点滴を受けている間、たびたび停電がおこるのだが、ロウソク1本の明かりの中で、ずっと付き添ってくれた。
しかし、僕は英語が大して話せないため、医者と2人になると沈黙がつづいた。
しかし、治療のおかげで、体はすぐに良くなった。
その医者は俺の中でブッタに見えた・・・
すっかり体調がよくなり、僕はバラナシへ向かうことにした。3年前に訪れたあの地に。 -
3年ぶりのガンジス河だった。再びのガンジスは雄大で、かつ大きなパワーを感じる。3年前に訪れた時の同じ感覚が甦ってくる。再びガンジスに戻って、この場所に立てたことが嬉しかった。
ガートの風景、ガンジスに集まる人々もまた、この街の変わらぬ風景だ。
ガンジス河との再会を果たした後、街をぶらついた。ガンジス河へと続くダシャシュワメード・ロード
にはたくさんのみやげ物やレストランが並んでいる。そんな通りを歩いていたら、日本語で話しかけられた。振り向くと、そこにはインド人青年が立っていた。
ちょっと小太りのその青年、びっくりしたのが、
抜群に日本語が堪能なのだ。僕は、これまで日本語を話す数々の外国人に出会ってきたが、その中でも
ダントツに日本語がうまい。流暢な日本語にびっくりした。彼は、バラナシ大学に通う学生で、以前、日本のNHKがバラナシに取材にきた時に、アルバイトで通訳をやっていたらしい。彼は、日本語を忘れない為に、話をしたいらしく、街を案内するといいだした。さらに彼は、とても親切で、リクシャーの車輪に足をすられ、出血した俺に水場へ案内してくれた。しかし、俺は、彼とは一緒に行動するのは避けようと、ネット屋に入って彼をまこうと思ったが、1時間もやっていたのに、なんと彼が待っているではないか!!
なんだか、そのしつこさにちょっと怖くなってきた。ネット屋をでて、彼にはしっかりとガイドを断った。
何か嫌な予感がしたのだ。やはり、一人で行動することにした。
後日、日本人の奥さんをもつおみやげ屋の主人と話をしていて、そのインド人青年の話をしたら、
「そいつ、詐欺師だよ。」と、耳をうたがうような言葉が返ってきた。「え?」とさらに俺が聞き返すと、
「ほら、ここに載ってる。」といってある本を取り出した。その本を見ると、写真が載っていて髭が生えている生えてないの違いはあったものの、顔は間違いなくあのインド人青年の顔があった。
「こいつだろ?」と主人はいった。主人によると、彼はこの辺では有名な詐欺師らしく、この前も、ある日本人が彼に高額なシルク商品無理やり買わされたらしい。それだけでなく、彼は麻薬の斡旋をしたり、抵抗すると銃で脅すといったことまでする男らしい。もし、僕があそこで、彼についていったら、どうなっていたか・・・。
血の気が引く思いがした。もう彼に会うことがないよう祈るしかない。
しかし、その夜、飯を食べに外にでると、偶然にもその男にあってしまい、俺を見るなり凄まじい勢いで話かけてくる。ちょっと、その話し方が普通でなく、何か獲物を見つけたようなギラギラする感じがした。
俺は、その男を完全に無視し、レストランへと駆け込んだ。しかし、食事を終え、レストランをでると、
またしても、その男が待ち伏せしており、しつこくまとわりついてくる。僕は、逃げ帰るように宿へ帰った。
怖かった。ただ、ただ、人を信用するのができなくなりそうだった。 -
翌朝、目が覚めると、宿の屋上へと登った。宿の屋上からは、ガンジス河が遠くに見渡せる。
暗闇に中から、赤い光がだんだんと見えてくる。その光に体が吸い込まれそうだった。
屋上からも眺めも良かったが、やはりガートで迎えるガンジスからの朝日が見たい。
僕は、宿を飛び出し、ガンジス河へ向かった。爽やかな朝だったが、吹き付ける風が冷たい。
ガンジス河に辿り着くと、昇りゆく太陽が目の前にあった。しかし、冬のガンジスは思ってた以上に寒い。久美子ハウスの近くのガートには、長期滞在者とみられる日本人がガンジスの日の出をみている。しばらくすると、大きく太陽が昇ってきた。 -
赤い光がオレンジ色に変わっていく。河にうつる太陽の光が綺麗でゆらゆらと揺れる。
そこに花びらが散り、神秘的な雰囲気だ。ガートにはサドゥーと思われる者が、祈りを捧げている。
彼は、ガンジスに向かい、何を考えているのだろうか。 別のサドゥーには、韓国人の女性が施しをうけていた。何か助言をもらっているようだった。
ガンジスには毎日、こうした風景がある。
ガンジスを後にし、宿に戻って朝食をとっていると、「ナマステ〜」と声をかけてくる男が。
同じテーブルでしばらく、無言で食事を食べていて、ふとしたきっかけで日本語で話し掛けると、
”日本人の方だったんですね!”ってびっくりしてた。俺は、現地人にみられたのだろうか?
彼は、広瀬君といい、都内に住む25歳。彼は、今回が初めての海外旅行でネパールへきたらしいが、ネパールで暴動が勃発し、危険ということでインドへ逃げてきたのだという。彼の初めての旅ということが、初々しくみえた。彼は、その後ガンジス河を見にいくといったので、いったん別れた。
僕は、その後、絵葉書を出そうと郵便局を探しにでたのだが、これがなかなか見つからず大変だった。
いろんな人に聞きまくった。”あっちだ””こっちだ”と言われるがままに探し、ようやく郵便局を
探しあてたが、看板などなく、みすぼらしいカウンターがあるのみ。わかるわけねぇ〜。
しかも、はがきを出そうと、金を払うとおつりが足りない。足りないと文句をいうとおつりを投げてよこしやがった。はがきひとつ出すのにも疲れる、インド・・・。
夕方、宿に戻ると、さっきの広瀬君に会ったので、夜、一緒に飯を食べに行ったりした。
夜、宿の屋上で二人で語った。今朝、会ったばかりなのに、これまでの旅のこと、日本での生活、残してきた彼女のことなどを電灯もない真っ暗な中でずっと話していた。インドに入って以降、こうした現地で出会った日本人との出会いが俺の中で楽しみになっていた。彼は、初めての海外旅行ということもあり、インドの夜は怖いと言っていた。確かに、インドの夜の街はネパールやタイなどと比べると怖い感じはする。彼は、予定では1ヶ月半程の旅の予定だったが、
インドは怖いから、明日、エア・インディアのオフィスに行き、早々に帰国便の変更をするという。
広瀬君が不安そうだったので、明日、ちょうど僕も次の町に向かう予定もあり、それに付き合ってあげる
ことにした。しかし、広瀬君は英語もほんとにしゃべれなくて良くここまでこれたなぁ。
屋上で、スロバキア人に話し掛けられたときも、ビクビクしてたし。
とにかく、明日は二人で、バラナシを後にすることに決めた。
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