2009/05/30 - 2009/06/02
541位(同エリア955件中)
極楽人さん
16:30 ロマンチック街道を北へ向かうツアーバス(EUROPA BUS)でローテンブルクに到着しました。
この町の正式名は ROTHENBURG OB.DER TAUBER。タウバー渓谷の高台に広がる“街道一番”の人気の町です。
先に訪ねたネルトリンゲンと比べると、町自体の大きさはさほど変わりませんが、
華麗さ10倍、観光客50倍、喧騒度100倍と言ったところでしょうか。町はちょうど祭りの最中、盛り上がりは頂点に達していました。
ローテンブルクで2泊した後、この旅の最終目的地フランクフルトに移動しました。
これも、正式名は FRANKFURT AM MAIN、マイン河のほとりのフランクフルトです。
ここで16日間の旅を締めくくります。
- 同行者
- 一人旅
- 航空会社
- スイスインターナショナルエアラインズ
-
「ローテンブルク駅前」でバスを降りました。
ホテルは駅のすぐ前 『ローテンブルガーホフ』。
旧市街に近く、すぐ隣は大きなショッピンセンターという便利な立地です。ここに2泊します。
少し休憩した後、旧市街に行こうとロビーに下りたところに日本のツアーが到着しました。人気の町ならではの“遭遇”です。ホテルのロビーが突然“お座敷”になったようで、ちょっと驚きました。
このグループは、翌朝7時半には貸切バスで次の町へ出発しました。お年寄りが多かったのに、ずいぶん強行軍でした。 -
旧市街の東側入口『レーダー門』は、ホテルから徒歩3分の近さです。
地図で見ると、町全体はちょうど“左を向いたアヒルの首から上”のような形をしていて、レーダー門は「後頭部」のあたりです。 -
城門はまるでタイムトンネルです。くぐった先に、まぎれもない「中世」が広がっています。
基本どおりなら、この道を真っすぐ行けば『マルクト広場』に出る筈です。 -
騎兵の一団が街角で“勝ちどき”を上げています。
年に一度のお祭りに地元の人々はノリノリ。多くは中世そのままの衣装や装具で仮装しています。
この祭は『DER MEISTERTRUNK』と言います。
三十年戦争でカトリック軍に占領されたとき、敵将の「ワインの大杯を一気に飲み乾せば略奪はしない」に応えた当時の市長が、見事に飲み乾して町を破壊から救った、という故事に因んだものだそうです。
祭は、まる一週間続きます。 -
昔のままの家並みを少し歩くと、すぐ『マルクス塔』が見えてきます。
ガイドブックの写真でよく見た風景です。
まだ町の“端っこ”の筈ですが、両側のカフェやレストランは既に観光客でいっぱいでした。 -
更に直進すると『マルクト広場』、この町の中心です。
巨大で豪華な建物群に目を奪われます。 -
ローテンブルクの人気は、シンボルとなる市庁舎、広場、教会、塔、城門などが、みな桁違いに大きくて華麗なところにあるのでしょう。目鼻立ちがはっきりした“千両役者”といった感じです。
写真は、白い塔を備えた市庁舎です。 -
市庁舎は13世紀から17世紀にかけて建築・増築されたゴシック様式とルネッサンス様式を併せ持つ堂々たる建造物。当時の、半端ではない繁栄ぶりがしのばれます。
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お祭りの期間中は広場を初めとする多くの会場で、
オペラや寸劇など盛りだくさんのプログラムが組まれています。 -
広場に隣接する『市参事会員酒場』の「仕掛け時計」を、多くの観光客が待っています。
時間になると時計横の窓が開いて、人形(市長)がワインを飲み乾す名場面が見られる、この町の名物です。 -
“町の中心”は”“祭りの中心”でもあります。
中世の衣装に身を固めた地元の人々が、この界隈一体でお店を開いたり、芸を見せたり。
これは焼きソーセージ屋さんです。 -
市庁舎裏の広場には、工芸品、革製品、民族衣装などのお店が集まって市場を作っていました。
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ここでは、昔風の哀愁を帯びた歌と演奏が・・・
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農婦のダンスと大道芸が。
観光客のためではなく、自分たちで祭りを楽しんでいる様子が見て取れます。 -
マルクト広場から西へ伸びる道『へルンガッセ』。
かつてはお城(今はない)と市庁舎を結ぶメインストリートでした。
こっちでも盛り上がっています。 -
へルンガッセには貴族や豪商たちの住んだ大きな屋敷が並び、その先は、西端の『ブルク門』へと続きます。
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へルンガッセで戦争が始まりました。
市庁舎の尖塔に向けて大砲を撃つ兵隊。観衆は皆、あわてて耳を覆いましたが、大した音ではありません。でも10連発と、派手です。 -
傍らには、やられた兵隊。
町ぐるみのテーマパークです。 -
ブルク門の先に広がるブルク公園は、地図では“アヒルのくちばし”にあたります。
青い芝と木立が美しい散策コースも、この日は子供たちのブラスバンドに占領されていました。 -
今度は、マルクト広場を南に折れた『オーベレシュミートガッセ』、昔の“鍛冶屋さん”通りです。
今は土産物屋やブティック、レストランなどが軒を連ねています。 -
正面にジーバース塔、その右下に小さなコボルツェラー門があり、道は二手に分かれます。
『プレーンライン』と呼ばれるこのあたりは、ローテンブルクで一番美しい一角といわれています。 -
少し先に、屋根に目玉がたくさん並んだ奇妙な建物が。
『ロスミューレ』という16世紀初頭の「馬引きの製粉所」で、現在は近代的な内装の『ユースホステル』になっています。人気の宿で、要予約だそうです。 -
市庁舎の塔に登ってみます。
市庁舎の内部は、お祭りに参加する地元の人たちの着替え室や集会場になっていて、相当ごった返しています。かまわず、「ヤアヤア」と言いながら階段へ。 -
高さ60m、木製の階段を登りきったところに料金所があります。
ベランダへの出口は“ハシゴをよじ登る”感じ。
人ひとりがようやく通れるほどの穴からバルコニーに這い出します。
皆さん、帰りの方を心配しています。 -
で、この景色。
赤い屋根の町を見下ろす風景は、ネルトリンゲンの“ダニエル”から見たときと似ていますが、こちらでは「遠く」ではなく、むしろ「足元」の街並みを見てしまいます。 -
市庁舎前のマルクト広場。
整然と並んだ家並みが見事です。 -
左端は、仕掛け時計の『市参事会員酒場』。
確か、INFO(観光案内所)もこの建物の中です。 -
聖ヤコブ教会は修復中。
リーメンシュナイダーの造った祭壇が有名です。 -
こちらは南の出っ張り、地図の“アヒルの首”にあたる部分です。
右端はシュピタール門、真ん中あたりがプレーンラインでしょう。 -
町の外はタウバー渓谷。
古い街道には14世紀の石橋『ドッペル(二重)橋』が架かっています。
ここは後に訪ねます。 -
城壁に上り、町の周囲をまわります。
一周は出来ず、シュピタール門からクリンゲン門までの東側半分が遊歩道になっています。 -
壁面には、第二次大戦で大破した壁の修復に寄付をした個人や団体の「パネル」がはめ込まれています。
写真のエルンストさんは1m分。他に、2mの人も5mの人もいました。会社だとは10m分くらいで、隣のハネルとの間隔は“寄付した長さ”だけ開いています。 -
クリンゲン門で城壁を降りて、町の中心に戻ります。
-
街中に戻ったとたん、鼓笛隊のパレードとすれ違いました。
大騒ぎは、夜おそくまで続きます。 -
人波と喧騒に疲れた明け方、街を覘きました。
得意の「早朝散歩」です。
さすがに5時台では、市庁舎附近にも人影は見あたりません。落ち着いた街並みは、少し違った景色にも見えます。 -
と思いきや、右端から人影が。
なんと、日本からのツアーの方でした。ホテルで一緒だったグループとは別に、もう数組が訪問中のようです。
気がつくと、あっちもこっちも数人づつ日本の方が。私も含めて、恐るべし「ジャパニーズ・シルバーパワー」。ただし“早朝限定”です。
団体で旅行していると、この時間だけが“個人”を感じられるひとときなのかもしれませんね。昼間の“殺気”が消えて、皆さんゆったりした顔つきです。 -
日本からの旅行者は、昼間この街で出逢った全観光客の15%を超えていたように見受けました。
騒がしかったへルンガッセも、今は静寂の中。
でも、日本の方が通り過ぎるのを待って写した一枚です。 -
大砲の兵士は眠りについているようです。
人を避けながら写真を撮ることもなく、アングルは自由自在です。 -
町はずれのブルグ公園からは、タウバーの谷間が見下ろせます。水際に建つ、高床式(?)の穀物貯蔵庫でしょうか。
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反対側の崖からは、この町が高台に立っている様子が確認できます。
石造りの城壁や、高い見張り塔や、出入りをチェックする二重の城門を備えた町は、さらに自然を活かした要塞に仕立てられていました。 -
幾重もの防御壁は、そのまま戦乱の中世の“危うさ”を想起させます。
それほどの「冨」が集中していたのでしょう。 -
草に覆われた道を下って、石橋まで歩いてみることにしました。
そのとき、藪の上のほうから「○子さ〜ん、そっち大丈夫なの〜?」とオバサンのだみ声。
大阪弁じゃないのが僅かな救いでしたが、ここは聞かなかったことにして先をめざします。 -
斜面は段々畑に活用されています。
道はその間を細くくねって続き、方向を確かめながら歩くと橋まで15分くらいかかりました。 -
ROTHENBURG OB.DER TAUBER(タウバーの上のローテンブルク)です。
満足しているところを、突然、日本のご夫婦に道を尋ねられました。「17年ぶりで来て、すっかり変わってしまって・・・」とのこと。
おかしいですね、この辺は千年間なにも変わっていない筈ですが。
お話を伺うと、どうやら町の反対側の DETWANG という村と間違われたようです。ここから行けないことはないのですが・・・ -
そのデトヴァンクの村へは、午後になってから行きました。
北西のクリンゲン門から出て、車道を道なりに左折すると木立の散歩道が現われます。
この道を1kmほど進んだところに、村はあります。 -
「ローテンブルクの起源」とされる古い村は、今は何という事もない静かな集落でした。
聖ペーター・パウエル教会がただひとつ、昔の面影を残しています。
ここにも、リーメンシュナイダー作の祭壇があるようですが、ちょうどミサの最中で遠慮しました。 -
2泊して、ローテンブルクとその周辺を見て廻りました。深入りしなければこれで十分です。
この朝は、鉄道でフランクフルトに出発します。
駅前の様子ですが、左手前がバス停、その向こうの黄土色が鉄道駅、真向かいのピンクの建物がホテル、右手前の茶色いビルがショッピングセンターです。
旧市街は、写真の右手奥です。
街道は、先がネルトリンゲン、手前がビュルツブルグの方向になります。 -
ローテンブルク鉄道駅は無人のことが多く、切符はホームの自動券売機で買います。親切なガイド付きですが、初めての外国人には難しいかもしれません。
ダイヤは一時間に一本、ほとんどが近郊のSTEINACH駅との往復で、ここをハブにして各地へ乗り継ぎます。 -
09:06 ローテンブルク発、二度の乗換えで12時前にフランクフルトに到着します。39ユーロとちょっと高いのは、一部分を「特急」にしたからです。
写真は汚れた車窓からチラッと見えた、ビュルツブルグ。ロマンチック街道の、北の基点です。 -
フランクフルト中央駅に到着。
コインロッカーに荷物を預け、構内のサンドイッチ店で腹ごしらえをして、インフォメーションで地図をもらって街に出ます。
学生の頃、ケルンから移って1年間この街で暮らしました。当時は馴染めなかった街ですが、久しぶりの訪問に懐かしさも湧いてきます。
中央駅は40年前と変わらない姿で立っていました。 -
駅前から街中へ真っすぐ伸びる、カイザー(皇帝)通り。上空に突き出た見知らぬ高層ビル群にこの街の変貌を見つけましたが、それは後回し。まず目的地へ向かいます。
ここへは、昔お世話になった人を訪ねるために立ち寄りました。
路線図で確認して、街外れまで市電で行きます。 -
市電から市バスに乗り換えるあたりで、どしゃ降りの雨。16日間の旅行中、はじめての本降りです。
そんなこんなで、用が済んだのは午後3時過ぎになりました。
雨は上がり、雲間に青空がのぞいてきました。 -
街の中心に帰る途中、かつての下宿を訪ねてみました。このあたりだったと見当をつけましたが、通りの入り口がなかなか見つかりません。
「40年ぶりに来たら、すっかり変わっていて・・・」。人に聞きまくり、ようやく思い出の場所にたどり着けました。今は他人の住処ですが、ここだけは昔のままでした。 -
見覚えのある建物の上に、巨大なビル。
調和のとれない、ちょっと寂しい光景です。
ヨーロッパの古都には、ニューヨークも新宿も要らないように思います。 -
古いオペラハウスは健在でした。
近くの更地を見たときは、まさか・・・と思いましたが。
大学から繁華街まで、何度も通った道です。 -
ハウプトヴァッへ(Hauptwache)は街の中心。
写真には、必ずと言っていいほど新しいビルが写りこんしまいます。
大変な人出は、いつものことでしょうか、何かのイベントでしょうか。 -
マイン河の対岸、ザクセンハウゼン(Sachsenhausen=ナチス収容所と同じ名前)と呼ばれる「旧市街」は変わりないように見えます。
今回は敬遠します。 -
河畔にそびえる、フランクフルトの大聖堂(ドーム)です。塔の高さは95メートル。起源は9世紀にまでさかのぼりますが、16世紀から18世紀までの間に10人の皇帝が戴冠式をしたことで有名です。
こういう「摩天楼」なら歓迎なんですが・・・ -
切妻の屋根が特徴のレーマー(ROEMER)は、もともとは皇帝の晩餐会場でした。15世紀以降は市役所として使われてきた、フランクフルトのシンボルです。
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歴史的な木組みの家々が並ぶレーマー前広場。
それぞれに「大天使」「黒い星」などの名がついた家は、第二次大戦後に元どおり復元されたものです。 -
そこから遠くない露地。文豪ゲーテの生家『ゲーテハウス(Goethe-Haus)』は、ひっそりした通りに当時のままの状態で保存されています。アルバイトで、つたないガイドをしたことを思い出しました。
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目ぼしい所を一廻りして、中央駅に戻ります。
それにしても高層ビル。あと100年経ったら、新旧どちらの建物が朽ちているのかわかりません。
短期的な発展のために、長い間培ってきた大事なものを失くしつつある、と思うのは考えすぎでしょうか。
フランクフルトは大きく変わってしまいました。 -
中央駅から空港への直行便です。
15分くらいでフランクフルト空港の地下駅に着きます。 -
最後の夜、宿は「空港至近」を選びました。
翌日は朝便で出発(帰国)です。
4ツ星ホテルの「格安プラン」。部屋も広く、機能的で便利でした。
(盲点は翌朝の朝食です。06:00開始は助かりますが、
なんと17ユーロ、大阪の「ロイヤル」並みです。近所は原っぱで、他に選択肢がないところを突かれました。) -
都心からそう遠くないのに、庭先へ野生のウサギが現われます。可愛いというには、目が大きすぎますね。
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ウサギの庭を見ながら、ホテルのテラスで最後の食事をとりました。小雨模様でしたが、中は禁煙です。
ドイツでは「閉じられた空間での禁煙」が定められていますから、できるだけオープンな場所に居るようにします。
メニューは、豚ステーキ・ジャガイモ・酢づけキャベツという、典型的なドイツ料理を選びました。 -
ホテル・シャトルバスで空港へ。
スイス航空は買収されて、ルフトハンザ航空のカウンターでチェックインします。
自動改札機でのセルフ・チェックインを求められますが、操作にはドイツ人を含めて多くの人がてこずっていました。かえって時間がかかります。 -
でも、このカードを持っているとカウンターで相談しながら手続きできるようです。
昨日、鉄道で着いた時にもらっておきました。 -
旅の終わりは、いつも憂鬱な気持ちになります。
いつか、帰る日を決めないで嫌になるまで旅を続けたいのですが・・・
そんな未練を振り払って、まずはチューリッヒまで1時間。 -
1時間の待ち合わせで、成田まで12時間の帰路です。空席の多いフライトで、中間列の3席に寝そべって楽々帰ってきた“オマケ付き”でした。
南仏コートダジュールから始まった今回の旅行記は、イタリア・リビエラ〜スイス・ベルニナ鉄道〜ノイシュバンシュタイン〜ロマンチック街道と続いてきて、これにて完結です。
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