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銅奔馬出土の地などを訪ねる <br />  <br /> 雷台漢墓は、銅奔馬(馬踏飛燕とも天馬とも呼ばれる)が出土した所だ。旧武威城の北1kmにある。雷台は土を築いた台で、高さ8.5m、南北106m、東西60m。もともとは霊鈞台といい、前涼の国王が、南が高く北が低い武威の地勢を補い、みずからの権勢の永遠を願って台を築いたといわれる(武威には、この雷台のほか、同様に築かれたものに、海蔵寺の霊鈞古台、皇娘娘台がある)。明代に雨を祈願して台上に雷を祀ってから雷台と呼ばれるようになり、現在は清代の雷祖殿、三星殿、北斗七星殿などが建っている。 <br /><br /> 漢墓はこの台の下にあり、山門を入って右側奥にある。1969年に発見された大型の磚室墓だ。後漢の将軍・張秀の墓で、186年から218年までの間につくられた。入って右側に深さ14mの井戸があり、背を屈めるような墓道をいくと40mにわたって前室、中室、後室がある。磚を組み合わせたドーム型の墓室の天井には金色の大きな華が描かれている。すでに盗掘されていたが、ここに青銅製の奔馬、車馬儀礼隊ほか二百数十点の文物が残されていた。裸電球に照らされる精巧な墓室のなかにいると、1800年のときを経ていまや甘粛省の至宝ともいうべき銅奔馬の雄姿が、盗掘によって失われなかったのは僥倖だったと思われている。 <br /><br /> 海蔵寺は、武威市の西北2.5kmにある。林のなかにあることから「海に蔵した寺」と呼ばれたとも、周囲を池に囲まれていて海中にあるようにみえるので、この名がついたともいわれる。正式には「清化禅寺」といい、古い伽藍が並んでいる。 <br /><br /> 海蔵寺の創建は前涼のころといわれ、現存する寺院は後世の再建によるもので、清代にしばしば修復された。南から北へ伽藍が並び、なかに三世仏や釈尊とその弟子などの像があり、「幽冥教主」の扁額が掲げられた3番目の伽藍のなかには、恐ろしい顔をした10体の閻魔大王が立っている。一番奥に霊鈞古台があり、本殿には涅槃像がある。また、台上の右側にラサの布達羅宮とつながっているといわれる泉がある。いまも飲むことができる甘味のある水で、チベット族は薬泉としてわざわざここまで水を取りに来るという。池が多く鬱蒼とした樹木が繁る寺の周辺は広壮な公園となっており(池には貸しボートがある)、休日に訪れて散策をする武威の人々も多い。 <br /><br /> 武威の旧城東北の隅には、唐のころの銅鐘で知られる大雲寺の古鐘楼がある。唐の則天武后を弥勒菩薩の下生であるとした偽作の大雲経を信じた則天武后によって全国に大雲寺が建てられた折りに、もと宏蔵寺であったこの寺も名を改め、銅鐘が鋳造されたという。 <br /><br />山門を入った右に、東晋のころの古鐘楼があり、この楼上に銅鐘がある。高さ2.5m、下の直径1.45m、厚さ10cm、重さ1.5tの鐘は、実は合金で、銅のようにも鉄のようにも金のようにも見えるといわれる。鐘の外側には3層の装飾が施され、上に飛天、真ん中に天王、下に竜が描かれている。「慈海鯨音」の扁額を掲げる楼上からは、土色の屋根を連ねる武威の街が広がる。 <br /><br /><br />参考:中国旅行専門サイト http://www.westpasssion.com<br /> 

シルクロード――武威編?

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2009/05 - 2009/05

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西部旅情

西部旅情さん

銅奔馬出土の地などを訪ねる
 
 雷台漢墓は、銅奔馬(馬踏飛燕とも天馬とも呼ばれる)が出土した所だ。旧武威城の北1kmにある。雷台は土を築いた台で、高さ8.5m、南北106m、東西60m。もともとは霊鈞台といい、前涼の国王が、南が高く北が低い武威の地勢を補い、みずからの権勢の永遠を願って台を築いたといわれる(武威には、この雷台のほか、同様に築かれたものに、海蔵寺の霊鈞古台、皇娘娘台がある)。明代に雨を祈願して台上に雷を祀ってから雷台と呼ばれるようになり、現在は清代の雷祖殿、三星殿、北斗七星殿などが建っている。

 漢墓はこの台の下にあり、山門を入って右側奥にある。1969年に発見された大型の磚室墓だ。後漢の将軍・張秀の墓で、186年から218年までの間につくられた。入って右側に深さ14mの井戸があり、背を屈めるような墓道をいくと40mにわたって前室、中室、後室がある。磚を組み合わせたドーム型の墓室の天井には金色の大きな華が描かれている。すでに盗掘されていたが、ここに青銅製の奔馬、車馬儀礼隊ほか二百数十点の文物が残されていた。裸電球に照らされる精巧な墓室のなかにいると、1800年のときを経ていまや甘粛省の至宝ともいうべき銅奔馬の雄姿が、盗掘によって失われなかったのは僥倖だったと思われている。

 海蔵寺は、武威市の西北2.5kmにある。林のなかにあることから「海に蔵した寺」と呼ばれたとも、周囲を池に囲まれていて海中にあるようにみえるので、この名がついたともいわれる。正式には「清化禅寺」といい、古い伽藍が並んでいる。

 海蔵寺の創建は前涼のころといわれ、現存する寺院は後世の再建によるもので、清代にしばしば修復された。南から北へ伽藍が並び、なかに三世仏や釈尊とその弟子などの像があり、「幽冥教主」の扁額が掲げられた3番目の伽藍のなかには、恐ろしい顔をした10体の閻魔大王が立っている。一番奥に霊鈞古台があり、本殿には涅槃像がある。また、台上の右側にラサの布達羅宮とつながっているといわれる泉がある。いまも飲むことができる甘味のある水で、チベット族は薬泉としてわざわざここまで水を取りに来るという。池が多く鬱蒼とした樹木が繁る寺の周辺は広壮な公園となっており(池には貸しボートがある)、休日に訪れて散策をする武威の人々も多い。

 武威の旧城東北の隅には、唐のころの銅鐘で知られる大雲寺の古鐘楼がある。唐の則天武后を弥勒菩薩の下生であるとした偽作の大雲経を信じた則天武后によって全国に大雲寺が建てられた折りに、もと宏蔵寺であったこの寺も名を改め、銅鐘が鋳造されたという。

山門を入った右に、東晋のころの古鐘楼があり、この楼上に銅鐘がある。高さ2.5m、下の直径1.45m、厚さ10cm、重さ1.5tの鐘は、実は合金で、銅のようにも鉄のようにも金のようにも見えるといわれる。鐘の外側には3層の装飾が施され、上に飛天、真ん中に天王、下に竜が描かれている。「慈海鯨音」の扁額を掲げる楼上からは、土色の屋根を連ねる武威の街が広がる。


参考:中国旅行専門サイト http://www.westpasssion.com
 

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