2007/12/09 - 2007/12/21
494位(同エリア795件中)
神戸さん
シリア・ヨルダン隊商の道の前半
正式国名はシリアアラブ共和国。 シリアはアラビア半島の北にある国。東にイラク、北にトルコ、南はヨルダンと接している。そして西はレバノンと地中海に面している。シリアの面積は日本の約半分。国土の南部から中央部にはシリア砂漠が広がるが、国土の北部から東部にかけてユーフラテス川が、西部にはオロンテス川が流れ、流域は青々とした農業地帯でいわゆる「肥沃な三日月地帯」である。世界で始めて農業が生まれ、アルファベットの原形を生み、宗教や建築技術など、ヨーロッパはもちろん世界中に有形無形の影響を与えてきた。それゆえ国中いたるところに遺跡が残り、パルミラなど東西の文明の十字路と呼ぶにふさわしい遺跡が多い。アラビア語が公用語。第1世界大戦後から1946年に独立するまではフランスの統治国であった。宗教はイスラム教が主でキリスト教徒は約13%である。
-
[パルミラ]
パルミラの遺跡は首都ダマスカスの北東約230Kmの砂漠のオアシスに忽然とその姿を現す。パルミラとはギリシャ語でナツメヤシを意味する。この遺跡は世界でも有数の巨大な規模を誇る。1980年に世界遺産に登録された。2世紀に栄華を極めたシルクロードの拠点であり、メソポタミアと地中海を結ぶ東西貿易の重要な中継点であった。アラビア語ではタモドールTMDRと呼ばれている。
ハドリアヌス記念門 -
[パルミラ]
列柱道路 -
[パルミラ]
ローマ劇場 -
[パルミラ]
四面門 -
[パルミラ]
バール神殿本殿。
パルミラはシルクロードの隊商都市として栄華を極めた。270年頃ゼノビア女王はローマのアウレリアスに最後まで抵抗したが、最後にローマの手に落ちてその後は歴史の表舞台に立たず忘れられていた。かっての輝かしい栄華が実感される。 -
[ダマスカス]
ダマスカスは旧約聖書が書かれた時代からの世界最古のオアシス都市。ダマルセック(アベルの血が流れる)がなまってダマスカスになったというアマル語でダルメシークとは水が豊富な地の意味でアラビア語ではシャームというがこの名前はシリアだけでなくこの付近一帯の呼称でありこの地域の歴史的中心地である。アゼム宮殿、聖アナニア教会、聖パウロの門、ストレート通りなど、見どころは旧市街に多い。 -
[ダマスカス]
国立博物館正面の門はカッスルアルヒーラガルビーの門であったものを移設。 -
[ダマスカス]
サラディーン廟 -
[ダマスカス]
ウマイヤードモスク見学のためには女性は全身を覆うニカブを借りて着替える。
女性はネズミ女姿になります。 -
[ダマスカス]
ウマイヤドモスク中庭宝物殿
ウマイヤ朝のカリフの宮殿であった52000ピースの組み立て再現したウマイヤドモスクはメッカ、メディナ、エルサレムに次ぐ第4の聖地とされる。最初はジュピター宮殿、ビザンチン時代にヨハネの教会になり、AD705年モスクになった。中心に洗礼者ヨハネの首が収められた神殿がある。中庭には宝物殿がある。 -
[ダマスカス]
スーク。たまたま犠牲祭の休日で女性も含め多くの人出であった。 -
[ダマスカス]
この先がストレート通り。 -
[ダマスカス]
ヒジャーズ駅は今は観光センタ。今後ショッピングセンタとして開発される予定。
今は駅舎だけが残っている。その前にヒジャーズ鉄道機関車が展示されている。 -
[アレッポ]
ダマスカスに次ぐシリア第2の都市でアラビア名をハラブHalab乳の意)アレッポ城は深さ22mの濠に囲まれている。周囲約2.5km紀元前10世紀に建設されたヒッタイトの神殿であった。12世紀に十字軍が攻めてきたとき要塞化され、13世紀のモンゴル軍、1400年のティムールの侵略に耐えた北シリア一の難攻不落の城塞。 -
[アレッポ]
アレッポ城 -
[アレッポ]
スーク。たくさんの店があり賑やか。 -
[アレッポ]
ピスタッチオ屋さん。おいしいがあまり安くもない -
[エブラ]
アレッポの南西60kmエブラとは白い岩の意味で白い岩盤があった。下から2層目の層bc2400-2100からエブラ文書と言われる石板が発見された。粘土板がヒッタイトに燃やされたので硬くなり碑文が残る。
エブラの白い岩で知らなければただの原野。
図書館跡碑文が残っていた。 -
[ウガリット]
別名ラースシャムラという遺跡。 ラタキアの北11kmにある。 ここがシュメール語、アッカド語、ヒッタイト語、古代エジプト語で書かれている粘土板文書で有名で特に世界最古のアルファベットはここにあった。出土品はラタキア博物館に展示されている。広い荒地
としか見えない。
ウガリット遺跡入口 -
[ラタキア]
アサド前大統領の育った土地。地中海に面している港町。国立博物館はキャラバンサライ跡ウガリット文字のタブレットは現在研究に出されていて見ることができない。
シリアとヨルダンには大抵の街にこじんまりした国立の博物館がある。
写真はラタキア国立博物館 -
[サラディーン城]
ラタキアの東25kmにあり、山頂5ha、中には大きな貯水タンク、ビザンチン時代の教会がある。最初はBC100年ごろフェニキア人、BC330年アレキサンダー大王、ビザンチン、イスラム、そして十字軍が巨大な要塞を作る。最後にサラディーンが1187年投石機で城壁に穴をあけて人民を解放したという。サラディーンは1138年生まれのクルド人デアラブの英雄である。
昼食のレストランからサラディーン城を眺める -
[サラディーン城]
昼食のレストランからミニバンに乗り換えて、谷を下り、オベリスクのようなピナックルスは木造の跳ね橋の跡。このレベルから入り口まで141段の階段を昇る。 -
[サラディーン城]
上から眺める絶壁 -
[サラディーン城]
サラディーン城の内部を観光。 -
[マアルーラ]
アンチレバノン山脈の荒涼とした岩山の峡谷にある町で、5000人いる住民の大半がギリシャカトリック教徒で、今でもイエスキリストの時代に話されていた3000年以上前のアラム語を話す。聖サルキス教会、聖テクラ教会を観光。
写真は聖サルキス教会
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
25