2009/06/14 - 2009/06/14
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akkiy363672さん
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薬師寺といえば「東塔」…。天武天皇の発願(680)により建立された薬師寺にあって、唯一、創建当時から現存している建物で、1300年の悠久の時を重ねてきた歴史を、その姿から感じることができます。
その東塔が、この夏から修理のための調査が行われ、その後、来年の晩秋頃から約10年間、解体修理に入ると聞きました。
これは、今のうちに一度訪ねておかなければと思い、今日、走っていった次第です。
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車
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薬師寺の駐車場に着いたのは、午後3時を少し回った頃でした。
車を置いて山門まで歩く道沿いに、ハギが紅色の花を咲かせていました。 -
中門からのぞいた、金堂です。
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行く秋の 大和の国の薬師寺の 塔の上なる ひとひらの雲
ご存知、佐々木信綱の作で、薬師寺の秋を詠った歌ですが、大和の国・薬師寺・三重塔と視点を絞ってきて、その上に浮かぶ雲に、繰り返されてきた惜秋の思いを馳せ、悠久の歴史を語っています。 -
この東塔は三重塔。その上部に立つのが相輪[そうりん]で、更にその先端に「水煙」が祀られています。
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水煙には、花を蒔き、衣を翻し、祈りを捧げる24人の飛天が透かし彫りされていますが、堀 辰雄の「大和路」に描かれていたように、彼女たちが天駆けながら奏でる笛の音は、今日も御仏への賛歌として晴れ渡った大空へと響き渡っていることでしょう。
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← 西塔。
旧塔は享禄元年(1528年)に戦災で焼失し、現在ある塔は1981年に伝統様式・技法で再建されたものです。
一見すると東塔に比べ若干高く見えますが、これは1300年の年月の内に、東塔の材木は撓み、基礎の沈下が起きたためです。
西塔の再建に当たった文化財保存技術者の西岡常一氏は、「500年後には西塔も東塔と同じ高さに落ち着く計算だ」と言っています。 -
1976年に再建された金堂。
旧金堂は現在興福寺の仮中金堂として移築され、外観を変えながらも現存しています。 -
時刻は午後3時45分。入山は4時30分までだという「唐招提寺」へと急ぎました。
山門の太い大きな支柱は、ギリシャ文明の影響を伝えて、エンタシスの膨らみに緩やかな曲線を描いていました。 -
← 大屋根の改修がなった「金堂」(国宝)
奈良時代の金堂建築としては、唯一、現存するものです。 -
金堂の後ろにある講堂(国宝)は、平城京の東朝集殿を移築したものです。
奈良時代の宮殿建築の遺構として、現存する唯一のものです。
まだ、大修理の最中で、工事用の柵が置いてありました。
講堂内は、仏様も揃っていて、平常通り参拝することができます。 -
鑑真和上は、来日してから10年間は、東大寺の「戒壇院」で授戒を行いました。
その後は、ここ唐招提寺を賜わり、全国から学従が集まって、講律・受戒を行いました。
この門の奥に、「戒壇」があります。 -
← 唐招提寺の「戒壇」
さすがに、日本仏教界へ戒律を授ける導師「伝戒の師」として招請された鑑真の寺の戒壇です。
石の上に刻まれた、雨水が流れたあとの黒ずみが、歴史を物語っています。 -
← 御影堂
教科書に載ってる「鑑真和上像」は、このお堂に安置されています。
さらに、この御影堂の東に、周りを池に囲まれたお墓がありました。鑑真和上は、ここに眠ってみえるのです。 -
帰りは、また薬師寺を通り抜けて、駐車場へ戻らなければなりません。でも、その帰り道に立ち寄った薬師寺「東院堂」で、素晴らしい御仏に出会いました。
このお堂に安置されている、聖観音像とその周囲を守る四天王ですが、写真を撮るわけにもいかず、薬師寺のこのページ
http://www.nara-yakushiji.com/guide/hotoke/hotoke_toindo.html
でどうぞご覧ください。 -
夕刻、金堂と東塔のシルエットです。
時刻はもう午後5時。修学旅行の生徒たちが、引率の先生に導かれて帰っていきました。
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