2009/05 - 2009/05
1336位(同エリア1660件中)
西部旅情さん
中国史上唯一の女帝の陵墓
さまざまな王朝が都を置いた西安市の近郊には、皇帝の陵墓が数多くある。
街から北西へ向かって渭河を越えると、たおやかな起伏を持つ北嶺が視界に入ってくる。その北嶺の西の梁山から東の金粟山までの約140kmの間に、唐の時代の歴代皇帝18人の陵墓が存在している。
高祖献陵・荘陵・端陵を除いた15の陵墓が、みな北嶺の峰を利用してつくられた山上陵であるのを特徴とする。
西安市の北西約80km、それらの最西端に位置する乾陵には、3代目皇帝の高宗と、皇后である則天武后の2人が埋葬されている。この2人以前も以後も、夫婦とも皇帝となり、合同墓がつくられたという例はない。
利発で気性の激しい則天武后は、権利欲も強く、高宗の寵愛をいいことに政務にも参与する。高宗の晩年には朝政も任されるようになり、高宗死後、中国史上唯一の女帝となった。王朝名も周と変え、自ら聖神皇帝と称したのだった。
以後、則天武后は、暴政をふるい、逆鱗に触れて殺害されたり追放されたりした家臣や皇族は数知れない。即位する前でも、第1子は毒殺し、皇太子となった第2子には死を命じ、高宗の死後に即位した第3子である中宗も在位54日で退位させ、自ら帝位についたほどだ。
乾陵には、17の培塚があるが、章懐太子(第2子)、懿徳太子(中宗の第1子)、永泰公主(中宗の第7女。懿徳太子とともに、則天武后から死を賜る)などの墓は発掘され、その副葬品は永泰公主墓近くの乾陵博物館に収蔵展示されている。
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