2009/06/02 - 2009/06/02
2831位(同エリア4698件中)
あらさん
皇居東御苑に行ってきました。
久しぶりに快晴だったので、花菖蒲が綺麗でした。
アジサイも綺麗だったけど、あまりの天気で可哀想なくらいでした。雨の方が風情があるかも。
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同心番所です。
同心が江戸城へ登城する大名の供を監視した。以前はこの番所の前に橋があり、御三家を除くすべての大名・役人はここで乗り物から降りて徒歩で本丸へ登った。 -
百人番所です。
本丸・二の丸へ続く大手三之門を警護していた門。鉄砲百人組と呼ばれる甲賀組・伊賀組・根来組・二十五騎組の同心100人が昼夜交代で警護に当たった。 -
二の丸庭園です。
花菖蒲が見頃です。サツキはもう終わりですね。
でも綺麗です。 -
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緑が綺麗です。
二の丸庭園に行く途中、二の丸雑木林が散歩には良かったです。 -
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池のそばの木蔭にベンチもあります。そこでお昼を食べました。そこから池を見るとこんな感じ。
ここでのんびり昼寝したかった。 -
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わかりずらいですが、真ん中、滝みたいになっています。上の方まで散策できるようでしたが、今回はそちらまで行きませんでした。
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諏訪の茶屋です。
諏訪の茶屋は、江戸時代には吹上地区(現在の御所などのある一帯)にありました。
この建物は、明治45年に再建されたもので、明治期の茶室風の建物として優雅な外観を持っているため、皇居東御苑の整備に当りここに移されました。 -
汐見坂から見る白鳥濠。
汐見坂は、本丸と二の丸をつなぐ坂道です。昔はこの坂から今の新橋から皇居前広場近くまで日比谷入江が入り込み、海が見えたのが名称の由来です。 -
富士見櫓です。(ここは見学できません。)
現在のものは明暦の大火の後(1659年)に再建されたもの。江戸城の天守は、明暦の大火で焼失した後に再建されることがなかったので、それ以後、江戸城のほぼ中央に位置していたこの富士見櫓を天守の代わりにした。 -
松の廊下跡。
忠臣蔵でおなじみの元禄14年(1701年)3月14日赤穂藩主・浅野内匠頭長矩(あさのたくみのかみながのり)が殿中で吉良上野介義央(きらこうずのすけよしなか)への刃傷事件(にんじょうじけん)を起こした場所です。 -
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ハマナスが咲いていました。薔薇も近くにありましたが、薔薇はもう終わっていた。残念。
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アジサイが咲き始めていました。
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白いアジサイも綺麗ですね。
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石室です。
抜け穴とか、金蔵とか諸説がありますが、大奥御納戸の脇という場所柄から、非常の際の、大奥用の調度などを納めたところと考えられます。内部の広さは、20平方メートルあります。
伊豆石(伊豆半島産の安山岩)で作られており、天井には長い石の坂が使われています。 -
天守台(江戸城天守跡)です。
本丸の北端に位置している。最初の天守は1607年に完成し、このときの天守台は少し北にあった。3代将軍家光が大改修を行い、最終的な完成をみたのは1638年。このとき、現在の天守台ができた。天守は、外観5層、内部6階建てで、天守台を含めた高さが58mであり、天気が良ければ房総半島からでも見ることができたという。しかし、明暦の大火で焼失してしまい、再建策もあったが、家光の弟である保科正之(会津松平家藩主)の反対により再建は延期され、それ以後天守は建設されなかった。 -
天守台から武道館方向を見た景色です。
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桃華楽堂です。
香淳皇后の還暦を祝い、1966年に建てられた音楽堂。 -
大奥の跡です。
ここに色んな女性がいたんですねぇ。
大奥も本丸も綺麗な芝生の公園になっています。 -
本丸跡の芝生に座って休憩。
木蔭にいると本当に気持ちがいい。
ここでのんびり読書とかしたい。
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