2009/05/06 - 2009/05/06
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電車と地図さん
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ゴールデンウィーク後半5月5日から10日まで,5泊6日でホテルと飛行機のみのパッケージツアー北京フリープランに参加しました。
1日目は天安門広場
2日目は、お待ちかねの故宮に行ってきました!!
故宮といえば、ラストエンペラー!
ラストエンペラーが上映されたころはまだ小さかったのですが、意味もわからないし長い映画なのにテレビで放映されたものをビデオに録って何度も何度も繰り返し見ました。
紫禁城の広大な敷地に何千人もの臣下がひれ伏すシーンが圧巻で忘れられません。その場面で唱えられている謎の掛け声は20年以上経った今でも空で再現できます。
あの紫禁城にとうとう行ける!と思うだけで興奮してきます。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス タクシー
- 航空会社
- 中国国際航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
-
ホテル北方佳苑飯店の朝食ビュッヒェの様子。
なかなかおいしかったと思います。 -
今日も天安門東駅まで地下鉄で行きます。
これは切符。日本と違って切符もカード式です。
リユースです。
エコっす。 -
あ!昨日近衛兵かと思った人たちがこんなところにいる。
警備兵だったのね。
しかも観光客に何か話しかけられていてちゃんと答えてあげてるよ。意外に人間らしいことするんだと感心しました。 -
ジャーン!
昨日遠くから見た天安門。今日は間近に見上げます。
故宮への第一関門です。
故宮は1420年に完成したそうですが、その当時からこれくらいの広さが必要だと思ったのかなぁ。その神経が一般人には想像つかないっす。 -
天安門前に橋は5本架かっていますが、真ん中の橋は皇帝専用の橋なので、庶民は渡ることができません。今通れないのはそんな理由じゃないだろうけど。
門にも穴は5つあり、やっぱり真ん中の一番大きなのは皇帝専用。神社でいうところの神様の通り道みたいです。皇帝は神そのものなんですね。
門の穴の向こうに次の門「端門」の門の穴が更に見ることができます。すさまじい設計能力です。
ちなみにに「請(Please)勿(Not)入内」。なんとなく分かる。。。 -
ツアー客。
ほんとに赤が好きだなぁ。 -
歴代の皇帝が見たら泣くだろうな・・・。
天安門への橋は右から2番目のみに制限されており、更に橋の上も柵で幅を狭くしているため、橋の上はさながら朝の新宿駅状態。観光客の大渋滞ができています。
で、警備の人が「止まるな!歩け!歩け!」と怒鳴っているので写真もブレブレ。 -
天安門をくぐると次に現れるのは端門。
紫禁城の正門の午門はこの門の更に向こう側。
紫禁城の完成は1420年だそうですが、その当時からこれだけの広さが必要だと思って設計したのかなぁ。一般人にはその神経が想像できません。 -
どの門にも、このような金の丸がついています。
ただの飾りかと思いきや、中国の方が何人も触って写真を撮っているので真似して撮ってみました。
9は中国の人にとってとても縁起の良い数字だそうです。永久のキュウだから。今は8の方が人気だそうですが、昔は圧倒的に9だったそうです。
で、この扉の金の丸は縦に9×横に9、永久に永久という究極の繁栄だそうです。
数字の話に戻ると、なぜ今8が人気かと言うと、8の読み方「バー」と「発財(ファーツァイ)」=「お金を儲ける」という言葉の「ファー」に掛けているんだそうです。
昔は「永久」、現代は「お金儲け」。人の焦がれるものって時代によって変わるんですね。 -
出ました、紫禁城の正門、「午門」!
故宮の入場料はこの門の左右翼の2箇所で売っています。
イヤホンガイドは午門の脇(写真の左下)に窓口があって、1番でお金を払ってマシンを受け取ります。そして2番の窓口でイヤホンをつけてもらって説明を受けます。 -
じゃーん!
午門をくぐると、そこは大和門広場。
広大な敷地をぐるりと朱色の建物が囲んでいます。
前に見えているのが、大和門。
その前に、わかりにくいですが金水橋という橋が金水河に5本架かっています。で、例によって真ん中の一番大きいのは皇帝専用。
この橋の存在が、こちら側の俗界と向こう側の天上界を隔てているような気がして、益々この先にいる皇帝の神聖さを演出しているように思えます。 -
金水橋を渡って大和門へと向かいます。
-
大和門
その大きさがおわかりでしょうか。 -
大和門の前にはこのような獅子が左右に一体ずつ鎮座します。右側にいるのが雄、左側にいるのがこの雌です。
右側の雄はまりを片足で踏んでいて、権力を現すそうです。左側のこの雌は、よく見ると左足で子獅子をあやしています。子孫繁栄を表しているそうです。
明代に鋳造した青銅の獅子だそうです。 -
大和門から下界を見下ろす。
この門から振り返ると、眼下に広がる広大な敷地、橋を渡って向こうに門がそびえてたりして、本当に自分が「天上界」にいるような錯覚を感じました。
壮大な、天上界のセット、というものでしょうか。映画で使ような・・。
それをまじめに造っちゃったんですね。 -
門の内側から下界を臨む。
-
じゃーん!
大和門をくぐると、大和殿が目の前に見えます。
大和殿は紫禁城の正殿でした。
もっとも大きく、もっとも高いところにあります。
その前に広がる大和殿広場は紫禁城でもっとも広い広場です。
そして、ここが、あの「ラストエンペラー」の溥儀の即位のシーンが撮影された広場です! -
太和殿の右も
-
左も、朱色の建物がぐるりと取り囲んでいます。
-
近くに来るとこんなかんじ。
-
大和殿のど真ん中、玉座の前は写真撮影をする人たちでいっぱいですごいことになっています。
-
その熾烈な競争の近影。
この中に割って入るには気合で飛び込むしかありません。
こちとら朝の通勤ラッシュだって知ってるんです。
負けるわけにはいきません。 -
で、これが押しつぶされながら苦労して撮った写真。
ぼけぼけだけど撮るのがやっと。。。
それにしても、写真さえ撮れば満足してすぐいなくなる人ばっかりでなんだかおかしかったです。せっかく来たのによく見ないで写真だけ撮って、かえって見物だけの時代より一人一人の滞在時間は短いのではないえしょうか。
みんながデジカメを持つようになってから、玉座の前は空いてきているのではないかと思ったりしました -
亀・・・?
こんな亀いたらコワイ。 -
大和殿は、今までの門と違って通り抜けできません。
大和殿の左右の通用口を通って後ろの中和殿まで行きます。
大和殿の脇を通っていくのですが、大和殿自体がデカイです。そしてそのデカイ大和殿の周りにさらにこの写真のような建物が連なっています。
一体どんだけ敷き床面積広いんだ!
メンテナンスだけで一月ウン千万消えていきそう。。。 -
名もない脇の殿もすごい素敵。それだけでも素晴らしいはずなのに、誰にも見られない。。。
-
太和殿を抜けると後ろに控えているのは中和殿。
皇帝が儀式などで大和殿に行く前に休憩するところだって。
まあ、それだけでなく他にも使われたようだけど。
でも、大和殿ですればいいのに。あんなにデカイんだから。ねえ? -
中和殿の中の玉座。
太和殿の玉座は7階段の上に鎮座していましたが,ここの玉座は地べたにあります。
やっぱりオフィシャル度の違いでしょうか。 -
なんと!
休憩中「キュウリ」食べている人発見!!
その後、何かと休憩中に「キュウリ」を食べている方をたくさん見ました。ペットボトルの代わりの水分補給でしょうか。確かに容器要らず。いいかもしれない! -
中和殿の後ろに控えるのは保和殿。
皇帝が太和殿に行く前に着替えた場所だそうです。
何度も言いますが、太和殿ですればいいのに。
あんなに広いんだから。 -
保和殿の中の玉座。
ちょっとキレイです。 -
保和殿を抜けると、眼下は乾清門広場。
ここは、皇帝の居住区である寝宮と行政区である朝廷の境界線です。
前に見えるのが、寝宮への乾清門。 -
乾清門を前方から見る。
こころなしか、寝宮を囲む塀の柄と色がほんわかアットホームな雰囲気をかもし出している気がします。 -
保和殿から階段を降りて後ろを振り返るとあるのがこの紫禁城内で最大の雲龍石彫。
この雲龍石彫は紫禁城内の各建物の真正面にあり、皇帝専用の(出ました皇帝専用)階段だそうです。
龍が何匹も彫られています。
この大きな階段はひとつの石でできているそうで、100キロ離れた石切り場から運送されたそうです。
どのように運んだかというと、あらかじめ500メートルごとに井戸を掘っておき、冬になったら井戸から水をくみ上げ道にかけ、凍った上に石を滑らせて運んだとか。
一休さんみたいな人が昔の中国にはいたんですね。
ちなみに、本当は2枚用意したそうですが、この1枚を運んだ後、やっぱ無理し過ぎじゃね?と気づいたらしく(もっと早く気づこうよ)、もう一枚は今でも元の場所に数百年寝たままだそうです。 -
乾清門広場の西側にある隆宗門。
こんな国宝級の門の中は現在カフェをやっております。 -
カフェ・ド・隆宗門で食べられるメニュー。
チキンカレーライス。
ボンカレーです。しかもご飯が・・・。しくしく。
でも、右上のサンドウィッチが意外とおいしかったです。パンは手に持つだけで消えていく怪しいパンだったのですが(熱?圧力?)、具が盛りだくさん且つチーズ・タルタルソースがおいしかった。 -
いよいよ皇帝の居住区への入り口、乾清門をくぐります。
-
ここにも夫婦獅子(めおとじし)。
金ピカです。 -
門額。
漢字と満州の文字が併記されています。
もともと太和殿などの額にも満州の文字は併記されていたそうですが、清朝を倒した人(?)が取り替えたそうです。 -
乾清門から乾清宮への橋を渡る。
この橋は「閣道」と言い、また例によって皇帝専用でした。ほかの人は下を通ったそうです。 -
乾清宮。
皇帝の寝宮だそうです。
実際にお住まいになったのはほかの寝殿だったりしても、公式にはここが皇帝の寝宮だそうで、皇帝がお亡くなりになったときは、遺体をこちらの寝宮に運んで27日間安置したそうです。 -
乾清宮の玉座です。
ここの玉座はほかの玉座と違って、皇位継承において重要なストーリーを持っています。
と言うのも、皇位継承に関する争いを避けるために、皇帝は皇位を継がせる皇子の名をあらかじめ2枚の紙に書いておき、1枚をこの玉座の上の「正大明光」(右から読みね)の額縁の裏に隠しておいたからです。
もう一枚は皇帝が肌身離さず持ち歩き、皇帝が亡くなると、その紙と額縁の裏から取り出した紙を照合し、次の皇帝が決まったそうです。
小説みたいな実話です。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- 火星人さん 2009/05/15 18:03:45
- かぶってますね
- ちょうど同じ日程で北京に居ました
暑かったですよね
天安門あたりから込んでて 中国人おおすぎて いやになって
みてきませんでしたよw
- 電車と地図さん からの返信 2009/05/18 00:38:16
- RE: かぶってますね
- > ちょうど同じ日程で北京に居ました
> 暑かったですよね
> 天安門あたりから込んでて 中国人おおすぎて いやになって
> みてきませんでしたよw
奇遇ですね!
暑かったですねー。万里の長城で背中が焼けて皮まで剥けちゃいました。今でもカユイです。。。日焼け止め必須でした。
中国の観光の方もすっごく多かったですね。
毎日あんな風に混んでいるのでしょうか。
人口があれだけいるので当然なのかなぁ。さすが中国。
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