2008/05/30 - 2008/05/30
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フロッガーさん
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常陸太田市の佐竹寺に行ってきました。道中は雨が降ったり止んだりで、トロトロ寄り道したりしていたのでお寺に着いたときにはもう薄暗くなっていました(^▽^;)
佐竹寺は常陸太田市に鎮座するお寺です。水戸の黄門様の隠居地として有名な西山荘からは車で10分ほどの場所になります。県道61号線沿い。
正式には「妙福山・佐竹寺(みょうふくざん、さたけでら)。[妙福山明音院]
十一面観世音菩薩を本尊とします。佐竹七福神では布袋様を祀ります。
ここは、戦国大名・佐竹氏が常陸国を統一した後、佐竹家代々の祈願所・菩提寺となった場所です。お寺の始まりは寛和元年(985)、花山天皇の命によって元密上人が創建したと伝えられています。また佐竹氏が「佐竹」の姓を名乗るようになるきっかけとなったお寺とも伝えられます。佐竹氏の先祖は源昌義(まさよし)ですが、昌義がこのお寺で節が1つしかない珍しい竹を見つけて、この出来事が子孫繁栄につながるということで源姓から佐竹姓に改名したという説です。(他に、昌義が居住した場所が佐竹郷だったからとも)
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まずは山門。
佐竹寺は、坂東三十三観音霊場第二十二番札所としても古くから信仰されています。本堂は茅葺き寄棟造り。桃山時代の建築様式で、破風(正面1番三角屋根)は唐様です。今建っている本堂は二代目の本堂です。昌義の話に出てくる初代の本堂は山寄り[天神林の鶴ケ池北、観音山洞崎の峰]にあったそうで、天文十二年(1543)に兵火によって焼失してしまいました。今の本堂は天文十五年(1546)に佐竹氏十七代目当主・義昭によって建造されました。ちなみに、佐竹氏が本拠地を構えた太田城は、現在では太田小学校になっています。 -
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山門と、本堂の破風には佐竹氏の家紋である扇が掛けられています。
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常陸の国(茨城県)は、戦国大名・佐竹氏の本拠地として栄えますが、全盛期を迎えるのは第十八代当主・佐竹義重(よししげ)の時代と言われています。当時難攻不落といわれた小田原城の北条氏や、伊達政宗を代表とする奥州の伊達氏などと戦いをくりひろげました。
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佐竹氏は、関が原の戦いで西軍の味方についたために、徳川家康によって秋田の地へ移封されることになりました。
石高は五十五万石から二十一万石までに減封されましたが、改易されることなく明治まで続きます。佐竹氏は鉱山採掘技術を持っていたといわれ、秋田に移ってからも数々の銀山・鉱山を採掘していますがこの常陸の地でも多くの金山・鉱山を発見、採掘しています。このような力が佐竹氏の根本勢力を支えていたのでしょうか。。 -
布袋様です。
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本堂は茅葺きです。
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本堂前に並ぶお地蔵様。婆様の話によると、このお地蔵様の写真を家庭で飾っておくと円満だそうです(^∇^)
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