2008/04/09 - 2008/04/09
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フロッガーさん
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午後に県立の図書館に調べ物をするので寄っていたのですが、いつも車を置く八幡山の西駐車場が満車・・・塙田の駐車場において図書館に行きましたが、せっかくなので八幡山公園に寄ってみることにしました。昔の任務地がこの八幡山がある塙田という場所の北のほうにありまして、3年ほど前まではこの界隈の桜は毎日見る生活を送っていました。飽きてもいますが、地元なので御紹介します(爆)
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まずは、慈光寺のヒガン桜を見に行く事にしました。
慈光寺は県庁前通りの、県立図書館のちょうど裏側にあたる場所にあるお寺です。通称「赤門の桜」と呼ばれるヒガン桜が有名です。このヒガン桜は樹齢150年を超えて、宇都宮市内で一番早く咲き始める桜でもあります。
江戸時代(1778)に宇都宮城の鬼門である北東の位置の慈光寺に朱塗りの門が造られました。
第二次世界大戦で、宇都宮はアメリカの爆撃機(B29)により大空襲を受けています。その際に赤門は焼け落ちてしまいました。
そして60年の月日がたち、開山500年の事業として修復されることになりました。今年の11月には完成予定だそうです。墓地の方へ登ると、何本かの桜は満開を保っていましたが、早く咲いてしまった物はほとんど散ってしまっていました。 -
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本堂。
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そして、八幡山の方へ。
まずは蒲生神社に参拝します。
蒲生神社は蒲生君平【1768(明和五年)〜1813(文化十年)】を祀っている神社です。本殿は大正十五年七月に建立されました。蒲生君平は宇都宮市に生まれた江戸後期の儒学者です。祖先が会津藩主・蒲生氏郷であることから蒲生姓を名乗ったといわれています。「前方後円墳」の名付け親として有名です。
そして、本殿入り口には1620年代に活躍した初代横綱・「明石志賀之介(あかししがのすけ)」の石碑があります。明石志賀之介は宇都宮藩士・山内主膳の次男でした。石碑は江戸時代最後の横綱である第十二代横綱・陣幕が建てたものです。その横に、日本相撲協会の錦絵を参考に姿形を模した石像が建てられました。身長は221cm・体重は225kgの大男だったそうで、下に手形もありますが巨大でした(^_^;)d。境内には土俵もあります。 -
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土俵。
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そして八幡山へ。去年のクリスマスに宇都宮タワーのライトアップを紹介したのですが、桜の時期の夜はピンクのタワーになっています。
公園内は満開に近い状態を保っていまして、あの嵐のような雨でよく持ったな〜と感心(笑)。平日のせいか、人は少な目でした。 -
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八幡山公園を西へ突っ切って次に向かったのは、中央警察署の近くにある祥雲寺です。祥雲寺はしだれ桜が有名です。八幡山の桜たちよりちょっと早くに咲き誇る、推定樹齢300年の江戸時代の明暦年間(1655〜1658)に、旧本堂再建の記念に植えられたしだれ桜です。
祥雲寺は曹洞宗の寺院になります。山号は「戸祭山」。境内には祥雲寺観音霊場があって、境内内で西国三十三ヶ所観音霊場の観音巡りができるようになっています。いたる所に番数が書かれた観音地蔵様がいます('-'*)
この地には戸祭城がありました。戸祭城を築城したと言われる戸祭高定は宇都宮氏・第七代当主である宇都宮景綱(1235〜1298)の弟である宇都宮盛綱の子宇都宮泰貞の末裔にあたります。
・・・って行ってみたらこの桜は見事に雨の影響を受けて散ってしまっていました(^▽^;)。そして、帰りに塙田八幡宮へ寄って帰りました。
風が強くて雲の動きが激しく、天気がころころ変わる感じの日でした。 -
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塙田八幡宮。
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塙田八幡宮。
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