2009/03/31 - 2009/03/31
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SUOMITAさん
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けやき出版からでている今尾恵介著「多摩の鉄道沿線 古今ご案内」を読んでいて,大栗川の蛇行が開発により全く変わってしまったことが当時の地図とともに示されていた.多摩乞田川の桜を見た後,当時の痕跡が残っていないか本と地図を片手に大栗川沿いを歩いた.少年時代,このあたりの里山を歩き回ったことがたびたびある.由木堀之内,今の多摩テックの裏あたりから,南の方向を見たとき,里山が幾重にも連なり,一軒も家が見当たらないのに感激したことがある,1970年代初頭のことである.その後のニュータウン開発はすざましかった.大学の時,できたばかりの多摩センターの駅に降り周り中が造成の最中であったことを覚えている.結論からいえば神社,寺を除き,かつての多摩丘陵の面影,里山,水田,谷戸などはほとんど残っていなかった.大栗川の蛇行の後の痕跡もわずかだった.高度経済成長の中で本当に私の故郷(といってもかつては隣の村ー由木村だが.)が無秩序にこわされていったのだなあという考えにふけった.いまでも里山,谷戸,雑木林に囲まれた農家,ボンネットバスが土ぼこりを立て走るでこぼこ道の野猿街道(八王子の横山町郵便局から商店街,陸橋をとおる本当に細い道から始まっている)を思い出すと懐かしい.北野駅の踏切も思い出す.ブログを見る方々はなんの変哲もない東京郊外の殺伐とした風景かもしれないが,ほんの30数年前まではここに里山があったことを知ってほしい.
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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多摩センターからモノレールで大塚帝京大学へ.このモノレールも開通して10年たった.
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松が谷を過ぎ,大栗川(多摩川の支流)沿いに開けた平地に出る.以前は水田だったが今は宅地でぎっしり
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大栗川は治水対策によって見事に直線化されている.
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中央大学・明星大学(ふたつの大学の名前が駅名)へ向かうモノレール.ここは1000/50の急こう配.ここは古くは天野谷戸といった,おおきな谷戸だった.山を越えて(モノレールは多摩丘陵トンネルを越えて)多摩動物公園のある日野市程久保になる.
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こちらは多摩センター方向,やはり里山を越えて,多摩川支流の乞田川沿いの多摩センター方面に至る.そのためモノレールも上り.
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さてこれは現在(平成11年)の地図.大栗川は治水対策がされてまっすぐの新幹線のように走っている.大塚帝京大学に降りまず古い大栗川が残るA地点に行ってみる.
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昭和44年の地図,大栗川がかなり蛇行,川の周りは水田.天野谷戸もおおきな谷戸だったことがわかる.堰場も集落名だった.
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昭和4年の地図,農家が本当に散在していた田舎.治水前の大栗川はさらに蛇行.野猿街道も曲がりくねっている.今に面影を伝えるのはCの神社・寺,Dの大塚観音のみ.
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今の堰場交差点.上にモノレールが通る.堰場の名前は交差点にのみ残る
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大栗川を歩く
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大栗川を500m上流に歩き,古い流れが残存しているA地点に来た
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本流の右側に支流のようにある.
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地図のA地点.たぶん側流が多いので(この上の谷戸からの)この古い流れは残されたのだろう.
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しかしこの川も大きく堤防ですでに昭和44年には築堤されていたようだ
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支流から本流に,まるで排水溝
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川は円弧を描く,周りはあぜ道のよう.
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小さな畑を耕す人がいた.大栗川沿い
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鉄で補強された小さな木の橋があった.
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終わりは暗渠になっている.
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その上は道になり,新しい大栗川へと続く
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したのかわ橋にでる.平成11年の地図のAの西南側.
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橋からみた帝京大学,旧天野,天野谷戸方向を見る.里山がずたずただ.
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中小河川だが水量はある.洪水時は大変だったろう.治水前は簡単に流れも変わったであろう.やむを得ないことなのだが.
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図のEのところ.かつての川は道になっている
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平成11年の地図
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昭和44年の地図
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多摩丘陵は「谷戸」が多いが,かつての「谷戸」からながれでた小川は暗渠となって今は注ぐ.谷戸は結構じめじめしていて「かんあおい」とそれを食草にする「ぎふちょう」も多かったし,「まむし」にも注意しなければならなかった.
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再度対岸を「大塚帝京大学」に戻ってきた.モノレールが通る.昔の人が見たら「けったいな乗り物が頭上を飛んでる」とおもうだろうな,写真は「多摩動物公園」号
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このモノレールの駅のそばにあったFの蛇行はよく探したが跡かたは全くなかった.
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モノレールをくぐり,南側の「大塚宮田公園」へ.このあたりは大栗川の谷の南斜面で,日の当たりの悪いことからかつての字は「大塚日影」といった.
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桜は二分咲き
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Bの地点に.かつて蛇行のあった場所だ.
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平成11年の地図
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B地点も道路に
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橋を渡って,古い地図からずっとある神社に向かう.
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B地点の上にある橋より,下流,聖蹟桜ヶ丘側を望む.はたして神社やお寺はどうなっているのか.このあたりの里山や谷戸は,大栗川の治水造成工事とともに完膚なまでに住宅地化されてしまったいた.かつての名残はほんの少ししか見つからなかった.
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旅行記グループ 【近郊15】2009.3多摩,八王子大栗川散歩
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