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1988年8月22日。<br />午前6時半にエルサレム城内、ヤッフォ門近くの「ニューインペリアルホテル」33号室で目覚める。<br /><br />今日はとにかくイスラエルからヨルダンへの国境を越える。<br />すでにヨルダンからイスラエルの国境を越えているが、でも無事にヨルダンへ戻れるのか、それはまた別の話だからね。<br /><br />国境へのタクシーは、14シェケルまたは3JDで予約の必要なしとは調べている。<br />バックパックを背負って、ダマスカス門までエルサレム城内の細い道を歩く。<br /><br />まずもう2度と、ここへ戻ってくることはないだろう。<br />旅人の別れの寂しさと、次の町への意欲が心の中で入り混じる。<br /><br />午前7時50分から8時30分まで、40分もサービスタクシー(乗り合いタクシー)を待った。<br />人が集まったらすぐに出発する。<br /><br />1時間でイスラエルの国境へ到着。<br />前回イスラエルへ入ったときは、バックパックを全部開けられた。<br /><br />でも、イスラエル出国の時は、税関はノーチェック。<br />出国税は18米ドルまたは29シェケルだ。<br /><br />パスポートコントロールで、ピンク色のゲートパス(国境通過許可証)をもらう。<br />見ていると、イスラエルの治安が悪化している現在(1988年夏)、国境を通過するのは団体観光客がほとんどだ。<br /><br />特に、僕が通過したときは、黒人がほとんどの米国人グループがツアーバスで通過したのが印象深かった。<br />他には、女性の多いスペイン人グループが2つも小型バスで通った。<br /><br />イスラエルの出国手続きを無事に済ませる。<br />次に、イスラエルからヨルダンの入国管理事務所へと移動する。<br /><br />このバス代が1.5JD(540円)。<br />イスラエルからヨルダンへの入国は、当然ヨルダンのビザが必要になる。<br /><br />が、僕はタテマエ上はヨルダンを出国していない。<br />僕はアンマンで取った「西岸パミット」というヨルダン川西岸への入域許可をもらっている。<br /><br />その許可証でイスラエルへ入っているが、ヨルダンを出国していない。<br />もともとヨルダンを出国していないので、ヨルダンの入国には問題がないわけだ。<br /><br />簡単な手続きでヨルダンへ入国したあと、またサービスタクシーに乗ってアンマン市内まで1.2JDだった。<br />着いたところは、サービスタクシーが集まっているタクシー乗り場だ。<br /><br />僕は正直、この日、エルサレムからアンマンへ無事に移動することしか考えてなかった。<br />でも着いたところが、サービスタクシーの集まっているところ。<br /><br />そしてそこには、アンマンからダマスカスまで直行するタクシーもあるわけだ。<br />まだ昼ごろなので、このまますぐに、国境を越えてシリアへ行ける。<br /><br />もちろん僕は、すでにアンマンでシリアビザを取っているしね。<br />こういうとき、アラブ諸国では、自分で何かをしようと考える必要はない。<br /><br />向こうから、どこへ行くんだと話かけてくるものなんだよ。<br />このときも、「どこへ行くんだ?」と英語で聞かれる。<br /><br />僕が「ダマスカス」というと、すぐにタクシーを手配してくれた。<br />国境越えのタクシーはなぜか、昔の大型アメ車だ。<br /><br />だから、定員は運転手を除いて5人。<br />運転手の横に2人、後部座席に3人乗ることができる。<br /><br />料金は国境を越えて、シリアのダマスカスまで、1人4JD(1440円)だ。<br />でも僕は、最初の1人になったわけで、残りの4人が集まるまでタクシーは出発しない。<br /><br />サービスタクシーの世話役は、僕の持っているヨルダンディナール(JD)の額を聞く。<br />僕がその額を言うと、近くの食堂へ連れて行って、店の人に声をかけた。<br /><br />そして、タクシー代を支払った残りの金で食事を出すように言ったようだ。<br />すぐに食事が出てくる。<br /><br />言葉は正確には通じないが、雰囲気で「タクシーに人が集まったら呼びに来るからここで待ってろ」というのは理解できた。<br />僕はトイレに行ったあと食事をして、時間つぶしに食堂で本を読んでいた。<br /><br />実はこのタクシーの世話係は、片足がなかった。<br />でも、普通の人と同じかそれ以上に顔が広いようで、みんなを動かしていた。<br /><br />僕は1985年にインドを旅行したとき、南インドのバスターミナルでやはり同じような男性を見たことがある。<br />彼も片足がなかったが、30歳代で筋肉隆々。<br /><br />おしゃべりで明るくて、自信家で、僕に近寄ってきて、行き先を聞いた。<br />僕が答えると、一緒にバスまでついていってくれて、運転手に僕のことを頼んでくれたっけ。<br /><br />実際、海外では、片足がなくても、健常者以上に振舞っている人が多い気がする。<br />日本の場合は、障害者は絶対的に、後ろめたさを持って振舞わなければならない社会的な抑圧があるよね。<br /><br />身体障害者だから、まじめに生きなければならないとか。<br />身体障害者のクセに、風俗に行くなんてもってのほかとか。<br /><br />実際は、身体障害者でも、普通の人と同等かそれ以上にやれる仕事はたくさんあるはずなのに。<br />でも、日本国は、本質的に障害者を差別する国なんだよ。<br /><br />それは、日本という国の、成り立ちの根本にある思想だといえるだろうけどね。<br />日本ではすべて、真心つまり真っ白な心が重要だ。<br /><br />心が真っ白であることが尊ばれるならば、もちろん、身体も穢れのないものでなければならない。<br />日本では、身体障害者それ自体が差別を受けるような社会的背景があるんだ。<br /><br />だから、日本では身体が不自由な人は、家の中に閉じこもって当然という雰囲気がある。<br />身体障害者が外へ出ること自体に眉をひそめるのが、日本人一般の感覚だよね。<br /><br />それは、世界的に見れば大きく間違っているわけなんだよ。<br />実際片足がなかろうが、元気に朗らかに、普通の人以上に仕事をしている人を、僕は見てきているんだからね。<br /><br />日本では、障害を持っていること自体が差別されることになる。<br />それが、日本という国なんだよ。<br /><br />ヨルダンはアンマンのサービスタクシー乗り場で、片足のないヨルダン人に世話をしてもらう。<br />その中で、僕は日本という国の根底にある、日本を成り立たせている根本的な何かについて、考えていたわけだ。<br /><br />さて、古いアメ車に乗客が集まって、片足のない世話係が僕を呼びにきた。<br />僕は前の席のドア側に座る。<br /><br />そうして、一気にシリア国境へと走り出す。<br />すぐ国境へ到着するがここで、ヨルダン出国手続きと、シリアの入国審査がある。<br /><br />ヨルダンの出国はとても簡単で、出国税を3JD支払えば、出国スタンプを押してくれる。<br />みんなでタクシーに乗って、さらにシリアの入国審査へ行く。<br /><br />さて、この時期、問題だったのが、シリアの「強制両替」だった。<br />この時期、シリアポンドの実勢レートは非常に悪かった。<br /><br />観光客に対しては、公定レートで100米ドルの強制両替があった。<br />またこれとは別に、宿に泊まる時は、米ドルでの支払いとなる。<br /><br />つまり、100米ドルをシリアポンドに両替しても、食べ物飲み物と、乗り物にしか使えない。<br />シリアビザは2週間の滞在期限があるが、食べたり飲んだりするだけで100ドルは使いきれないものだよ。<br /><br />タクシーの運転手は、国境通過の世話を焼いてくれる。<br />が、他の乗客は全部現地人で、国境の手続きは簡単だ。<br /><br />僕の場合は、入国カードに記入したあと、国境の銀行で百ドルをシリアポンドに両替うる。<br />そして、その証明書を提出する。<br /><br />ちなみにこのとき、100ドルは、公定レートで1120シリアポンドに両替された。<br />タクシーの運転手に促されて、僕はまたタクシーに乗り込み、国境を出発する。<br /><br />さてところがここで、実は、大問題が起きていた。<br />この時期、シリアに入国する時は、「外貨申告書」の提出が必要だったんだよ。<br /><br />入国時の外貨を全部申告して、出国時にそれを照らし合わせるというタテマエ。<br />つまり、正規ではない両替を防止するためのものだ。<br /><br />僕はこの時期、まだ百万円以上のトラベラーズチェックを持っていた。<br />シリアの中で旅行者に聞いたら、「外貨申告をしていない場合、手持ちの金を全部没収される」というのだ(涙)。<br /><br />オイオイ、これはちょっとした問題じゃないかな。<br />でも、国境を越えたばかりの僕は、そういう手続きがあるとも知らず、のんきにダマスカスでの宿について考えていました。<br /><br />タクシーは無事に、ダマスカスのバスターミナルへ到着。<br />バックパックを背負って、ダマスカス中心街へ歩き出す。<br /><br />歩いていると、日本人のカップルと出会った。<br />あいさつして、「ヨルダンから来たばかりだ」と言う。<br /><br />すると、「えーっ、日本人はいまヨルダンに入国できないはずですよ!」と言うんだ。<br />はてさて、僕はヨルダンを通過してきたわけだが、なにかそういう話があるのかしらん??<br /><br />http://homepage3.nifty.com/worldtraveller/asia/jerusalem_amman_damascus.htm

『エルサレム(イスラエル)からアンマン(ヨルダン)、そのままダマスカス(シリア)へ突入(1988)したが、大切な手続きを忘れていた』

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1988/08/22 - 1988/08/22

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みどりのくつした

みどりのくつしたさん

1988年8月22日。
午前6時半にエルサレム城内、ヤッフォ門近くの「ニューインペリアルホテル」33号室で目覚める。

今日はとにかくイスラエルからヨルダンへの国境を越える。
すでにヨルダンからイスラエルの国境を越えているが、でも無事にヨルダンへ戻れるのか、それはまた別の話だからね。

国境へのタクシーは、14シェケルまたは3JDで予約の必要なしとは調べている。
バックパックを背負って、ダマスカス門までエルサレム城内の細い道を歩く。

まずもう2度と、ここへ戻ってくることはないだろう。
旅人の別れの寂しさと、次の町への意欲が心の中で入り混じる。

午前7時50分から8時30分まで、40分もサービスタクシー(乗り合いタクシー)を待った。
人が集まったらすぐに出発する。

1時間でイスラエルの国境へ到着。
前回イスラエルへ入ったときは、バックパックを全部開けられた。

でも、イスラエル出国の時は、税関はノーチェック。
出国税は18米ドルまたは29シェケルだ。

パスポートコントロールで、ピンク色のゲートパス(国境通過許可証)をもらう。
見ていると、イスラエルの治安が悪化している現在(1988年夏)、国境を通過するのは団体観光客がほとんどだ。

特に、僕が通過したときは、黒人がほとんどの米国人グループがツアーバスで通過したのが印象深かった。
他には、女性の多いスペイン人グループが2つも小型バスで通った。

イスラエルの出国手続きを無事に済ませる。
次に、イスラエルからヨルダンの入国管理事務所へと移動する。

このバス代が1.5JD(540円)。
イスラエルからヨルダンへの入国は、当然ヨルダンのビザが必要になる。

が、僕はタテマエ上はヨルダンを出国していない。
僕はアンマンで取った「西岸パミット」というヨルダン川西岸への入域許可をもらっている。

その許可証でイスラエルへ入っているが、ヨルダンを出国していない。
もともとヨルダンを出国していないので、ヨルダンの入国には問題がないわけだ。

簡単な手続きでヨルダンへ入国したあと、またサービスタクシーに乗ってアンマン市内まで1.2JDだった。
着いたところは、サービスタクシーが集まっているタクシー乗り場だ。

僕は正直、この日、エルサレムからアンマンへ無事に移動することしか考えてなかった。
でも着いたところが、サービスタクシーの集まっているところ。

そしてそこには、アンマンからダマスカスまで直行するタクシーもあるわけだ。
まだ昼ごろなので、このまますぐに、国境を越えてシリアへ行ける。

もちろん僕は、すでにアンマンでシリアビザを取っているしね。
こういうとき、アラブ諸国では、自分で何かをしようと考える必要はない。

向こうから、どこへ行くんだと話かけてくるものなんだよ。
このときも、「どこへ行くんだ?」と英語で聞かれる。

僕が「ダマスカス」というと、すぐにタクシーを手配してくれた。
国境越えのタクシーはなぜか、昔の大型アメ車だ。

だから、定員は運転手を除いて5人。
運転手の横に2人、後部座席に3人乗ることができる。

料金は国境を越えて、シリアのダマスカスまで、1人4JD(1440円)だ。
でも僕は、最初の1人になったわけで、残りの4人が集まるまでタクシーは出発しない。

サービスタクシーの世話役は、僕の持っているヨルダンディナール(JD)の額を聞く。
僕がその額を言うと、近くの食堂へ連れて行って、店の人に声をかけた。

そして、タクシー代を支払った残りの金で食事を出すように言ったようだ。
すぐに食事が出てくる。

言葉は正確には通じないが、雰囲気で「タクシーに人が集まったら呼びに来るからここで待ってろ」というのは理解できた。
僕はトイレに行ったあと食事をして、時間つぶしに食堂で本を読んでいた。

実はこのタクシーの世話係は、片足がなかった。
でも、普通の人と同じかそれ以上に顔が広いようで、みんなを動かしていた。

僕は1985年にインドを旅行したとき、南インドのバスターミナルでやはり同じような男性を見たことがある。
彼も片足がなかったが、30歳代で筋肉隆々。

おしゃべりで明るくて、自信家で、僕に近寄ってきて、行き先を聞いた。
僕が答えると、一緒にバスまでついていってくれて、運転手に僕のことを頼んでくれたっけ。

実際、海外では、片足がなくても、健常者以上に振舞っている人が多い気がする。
日本の場合は、障害者は絶対的に、後ろめたさを持って振舞わなければならない社会的な抑圧があるよね。

身体障害者だから、まじめに生きなければならないとか。
身体障害者のクセに、風俗に行くなんてもってのほかとか。

実際は、身体障害者でも、普通の人と同等かそれ以上にやれる仕事はたくさんあるはずなのに。
でも、日本国は、本質的に障害者を差別する国なんだよ。

それは、日本という国の、成り立ちの根本にある思想だといえるだろうけどね。
日本ではすべて、真心つまり真っ白な心が重要だ。

心が真っ白であることが尊ばれるならば、もちろん、身体も穢れのないものでなければならない。
日本では、身体障害者それ自体が差別を受けるような社会的背景があるんだ。

だから、日本では身体が不自由な人は、家の中に閉じこもって当然という雰囲気がある。
身体障害者が外へ出ること自体に眉をひそめるのが、日本人一般の感覚だよね。

それは、世界的に見れば大きく間違っているわけなんだよ。
実際片足がなかろうが、元気に朗らかに、普通の人以上に仕事をしている人を、僕は見てきているんだからね。

日本では、障害を持っていること自体が差別されることになる。
それが、日本という国なんだよ。

ヨルダンはアンマンのサービスタクシー乗り場で、片足のないヨルダン人に世話をしてもらう。
その中で、僕は日本という国の根底にある、日本を成り立たせている根本的な何かについて、考えていたわけだ。

さて、古いアメ車に乗客が集まって、片足のない世話係が僕を呼びにきた。
僕は前の席のドア側に座る。

そうして、一気にシリア国境へと走り出す。
すぐ国境へ到着するがここで、ヨルダン出国手続きと、シリアの入国審査がある。

ヨルダンの出国はとても簡単で、出国税を3JD支払えば、出国スタンプを押してくれる。
みんなでタクシーに乗って、さらにシリアの入国審査へ行く。

さて、この時期、問題だったのが、シリアの「強制両替」だった。
この時期、シリアポンドの実勢レートは非常に悪かった。

観光客に対しては、公定レートで100米ドルの強制両替があった。
またこれとは別に、宿に泊まる時は、米ドルでの支払いとなる。

つまり、100米ドルをシリアポンドに両替しても、食べ物飲み物と、乗り物にしか使えない。
シリアビザは2週間の滞在期限があるが、食べたり飲んだりするだけで100ドルは使いきれないものだよ。

タクシーの運転手は、国境通過の世話を焼いてくれる。
が、他の乗客は全部現地人で、国境の手続きは簡単だ。

僕の場合は、入国カードに記入したあと、国境の銀行で百ドルをシリアポンドに両替うる。
そして、その証明書を提出する。

ちなみにこのとき、100ドルは、公定レートで1120シリアポンドに両替された。
タクシーの運転手に促されて、僕はまたタクシーに乗り込み、国境を出発する。

さてところがここで、実は、大問題が起きていた。
この時期、シリアに入国する時は、「外貨申告書」の提出が必要だったんだよ。

入国時の外貨を全部申告して、出国時にそれを照らし合わせるというタテマエ。
つまり、正規ではない両替を防止するためのものだ。

僕はこの時期、まだ百万円以上のトラベラーズチェックを持っていた。
シリアの中で旅行者に聞いたら、「外貨申告をしていない場合、手持ちの金を全部没収される」というのだ(涙)。

オイオイ、これはちょっとした問題じゃないかな。
でも、国境を越えたばかりの僕は、そういう手続きがあるとも知らず、のんきにダマスカスでの宿について考えていました。

タクシーは無事に、ダマスカスのバスターミナルへ到着。
バックパックを背負って、ダマスカス中心街へ歩き出す。

歩いていると、日本人のカップルと出会った。
あいさつして、「ヨルダンから来たばかりだ」と言う。

すると、「えーっ、日本人はいまヨルダンに入国できないはずですよ!」と言うんだ。
はてさて、僕はヨルダンを通過してきたわけだが、なにかそういう話があるのかしらん??

http://homepage3.nifty.com/worldtraveller/asia/jerusalem_amman_damascus.htm

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