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2月28日、午後2時少し前に赤間神宮前に到着した。前回、ここを訪れているのと、昼食を唐戸市場で取るために急ぎ足で赤間神宮〜日清戦争講和記念館を見て回った。<br />しかしながら、源平合戦で敗れた平家一門と幼くして入水した安徳天皇が祀られた海底下の竜宮城を模したといわれる赤間神宮には今でも悲しいロマンが感ぜられるものである。<br /><br /><br />*写真は赤間神宮の中にある水天門

関門海峡の旅?赤間神宮付近

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2009/02/28 - 2009/02/28

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tsuneta

tsunetaさん

2月28日、午後2時少し前に赤間神宮前に到着した。前回、ここを訪れているのと、昼食を唐戸市場で取るために急ぎ足で赤間神宮〜日清戦争講和記念館を見て回った。
しかしながら、源平合戦で敗れた平家一門と幼くして入水した安徳天皇が祀られた海底下の竜宮城を模したといわれる赤間神宮には今でも悲しいロマンが感ぜられるものである。


*写真は赤間神宮の中にある水天門

  • みもすそ川公園よりレンタサイクルに乗って赤間神宮にやってきた。

    みもすそ川公園よりレンタサイクルに乗って赤間神宮にやってきた。

  • 謡曲「碇潜」と壇ノ浦の説明<br /><br />碇潜は平家一門の修羅の合戦の模様とその悲壮な最期を描いた曲。<br />平家滅亡の悲哀やその最後を美しくした総師の面目と情趣に思いの馳せる海岸である。<br />

    謡曲「碇潜」と壇ノ浦の説明

    碇潜は平家一門の修羅の合戦の模様とその悲壮な最期を描いた曲。
    平家滅亡の悲哀やその最後を美しくした総師の面目と情趣に思いの馳せる海岸である。

  • 海峡守護「碇」の由来

    海峡守護「碇」の由来

  • 赤間神宮前〜関門橋を望む

    赤間神宮前〜関門橋を望む

  • 海峡守護「碇」<br /><br />平家の大将平知盛は壇ノ浦の合戦を見届けた後、碇を背に幼帝のお供をしました、それを記し赤間神社の海参道に現代の碇を奉納しています。

    海峡守護「碇」

    平家の大将平知盛は壇ノ浦の合戦を見届けた後、碇を背に幼帝のお供をしました、それを記し赤間神社の海参道に現代の碇を奉納しています。

  • 赤間神宮前より関門橋を眺める

    赤間神宮前より関門橋を眺める

  • 赤間神宮前より関門橋を眺める  <br />  <br />

    赤間神宮前より関門橋を眺める
     

  • 赤間神宮前より門司港を眺める  <br />  <br />

    赤間神宮前より門司港を眺める
     

  • 赤間神宮前より関門橋を眺める  <br />  <br />

    赤間神宮前より関門橋を眺める
     

  • 関門橋を渡っている車をズームアップ

    関門橋を渡っている車をズームアップ

  • 赤間神宮の鳥居

    赤間神宮の鳥居

  • 赤間神宮の案内図

    赤間神宮の案内図

  • 赤間神宮の太鼓楼と水天門(右)が見られる

    赤間神宮の太鼓楼と水天門(右)が見られる

  • 水天門

    水天門

  • 赤間神宮、水天門、太鼓楼についての説明

    赤間神宮、水天門、太鼓楼についての説明

  • 水天門より赤間神宮を眺める

    水天門より赤間神宮を眺める

  • 水天門より赤間神宮を眺める

    水天門より赤間神宮を眺める

  • 赤間神宮の外拝殿

    赤間神宮の外拝殿

  • 水天門より関門海峡(門司港)を眺める

    水天門より関門海峡(門司港)を眺める

  • 赤間神宮の下の階段横にあった獅子一対<br /><br />中国大連の花崗岩を現地で彫ったもの。<br />この獅子は父獅子

    赤間神宮の下の階段横にあった獅子一対

    中国大連の花崗岩を現地で彫ったもの。
    この獅子は父獅子

  • 赤間神宮の下にある階段横の獅子一対の説明

    赤間神宮の下にある階段横の獅子一対の説明

  • 境内から見た水天門

    境内から見た水天門

  • 赤間神宮

    赤間神宮

  • 赤間神宮の外拝殿と内拝殿<br /><br />

    赤間神宮の外拝殿と内拝殿

  • 赤間神宮の外拝殿前にある狛犬

    赤間神宮の外拝殿前にある狛犬

  • 赤間神宮の外拝殿

    赤間神宮の外拝殿

  • 水天供養塔

    水天供養塔

  • 水天供養塔の由来<br /><br />海難や水難や幾多の水没者の方々は水天皇さまのお膝元に冥りたく、この石塔の台石下には幾多の小石に名をとどめて納められています。

    水天供養塔の由来

    海難や水難や幾多の水没者の方々は水天皇さまのお膝元に冥りたく、この石塔の台石下には幾多の小石に名をとどめて納められています。

  • 平家一門の墓

    平家一門の墓

  • 平家一門の墓<br /><br />前列に大将中納言の平 知盛らの墓がある。

    平家一門の墓

    前列に大将中納言の平 知盛らの墓がある。

  • 高浜 虚子の俳句

    高浜 虚子の俳句

  • 耳なし芳一<br /><br />阿弥陀寺(赤間神宮)に芳一という盲目の琵琶法師が住んでいた。 芳一は平家物語の弾き語りが得意で、特に壇ノ浦の段は「鬼神も涙を流す」と言われるほどの名手だった。

    耳なし芳一

    阿弥陀寺(赤間神宮)に芳一という盲目の琵琶法師が住んでいた。 芳一は平家物語の弾き語りが得意で、特に壇ノ浦の段は「鬼神も涙を流す」と言われるほどの名手だった。

  • 安徳天皇御陵<br /><br />菊のご紋がある

    安徳天皇御陵

    菊のご紋がある

  • 伊藤博文と陸奥宗光の胸像<br /><br />赤間神宮の横には日清講和記念会館がある。<br />その横に日清講和条約締結に携わった伊藤博文と陸奥宗光の胸像がある。

    伊藤博文と陸奥宗光の胸像

    赤間神宮の横には日清講和記念会館がある。
    その横に日清講和条約締結に携わった伊藤博文と陸奥宗光の胸像がある。

  • 日清講和記念会館

    日清講和記念会館

  • 春帆楼・・・説明文による<br /><br />数々の歴史の舞台となった関門の急流を望み深い緑に抱かれた佇まい美しい下関の迎賓館です。明治21年、伊藤博文公が春帆楼でふぐ料理を食されたのを契機にご禁制が解かれ、春帆楼がふく料理公許第一号の栄誉を担ったのです。

    春帆楼・・・説明文による

    数々の歴史の舞台となった関門の急流を望み深い緑に抱かれた佇まい美しい下関の迎賓館です。明治21年、伊藤博文公が春帆楼でふぐ料理を食されたのを契機にご禁制が解かれ、春帆楼がふく料理公許第一号の栄誉を担ったのです。

  • 春帆楼

    春帆楼

  • ふぐの碑<br /><br />春帆楼がふく料理公許第一号の栄誉を担った・・・

    ふぐの碑

    春帆楼がふく料理公許第一号の栄誉を担った・・・

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