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鹿児島空港から大隈半島をドライブし、その日のうちに宮崎県<br />日南市の飫肥(おび)という町までやってきました。<br /><br />この街は、あまり知られていませんが、なかなか風情のある町<br />ですよ。<br /><br />

城下町の風情がある街 飫肥(おび)

9いいね!

2005/01/30 - 2005/01/30

365位(同エリア619件中)

3

40

draken

drakenさん

鹿児島空港から大隈半島をドライブし、その日のうちに宮崎県
日南市の飫肥(おび)という町までやってきました。

この街は、あまり知られていませんが、なかなか風情のある町
ですよ。

交通手段
レンタカー ANAグループ

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  • この日は、日南市油津駅近くの安宿に宿泊です。<br /><br />素泊まりなので、食事は外へ。<br /><br />ほとんど飲食店がない寂しい駅前で、1軒だけ郷土料理の店があったので、一人はちょっと気が引けたけど、思い切って入りました。<br /><br />とりあえずビール(笑)と、写真は、地鶏を地元の海の塩で焼いたもの。<br /><br />鶏にしては濃厚な味わいの肉が、シンプルだけど深みがある天然塩と見事にマッチして、すごく美味しい。<br /><br />ビールがドンドンすすんじゃいます(苦笑)

    この日は、日南市油津駅近くの安宿に宿泊です。

    素泊まりなので、食事は外へ。

    ほとんど飲食店がない寂しい駅前で、1軒だけ郷土料理の店があったので、一人はちょっと気が引けたけど、思い切って入りました。

    とりあえずビール(笑)と、写真は、地鶏を地元の海の塩で焼いたもの。

    鶏にしては濃厚な味わいの肉が、シンプルだけど深みがある天然塩と見事にマッチして、すごく美味しい。

    ビールがドンドンすすんじゃいます(苦笑)

  • 次は普通のうどんに見えるけど、普通のうどんじゃありません。<br /><br />うどんの原料が小麦粉ではないのです。<br /><br /><br /><br /><br />実は、このうどん。魚のすり身からできているんです。このうどんはデンプンを使っていないから、弾力がないカマボコみたいな感じです。<br /><br />で、このうどんは魚のすり身からできているので、お湯で煮込むだけで出汁ができるのです。<br /><br />つまり、このうどん出汁でうどんを味付けして食べるのではなく、うどんが出汁を持っているのです。<br />旨いですよ、そりゃ〜。<br /><br /><br />で、この『魚うどん(ぎょうどん)』 実は、ここ『食事処えびす』の女将さんが考案したものなんですよ。<br /><br />店内に貼ってあったガイドブックに、ここが紹介されていました。<br /><br />この魚うどんのネタから、女将さんとの会話が弾んできました。

    次は普通のうどんに見えるけど、普通のうどんじゃありません。

    うどんの原料が小麦粉ではないのです。




    実は、このうどん。魚のすり身からできているんです。このうどんはデンプンを使っていないから、弾力がないカマボコみたいな感じです。

    で、このうどんは魚のすり身からできているので、お湯で煮込むだけで出汁ができるのです。

    つまり、このうどん出汁でうどんを味付けして食べるのではなく、うどんが出汁を持っているのです。
    旨いですよ、そりゃ〜。


    で、この『魚うどん(ぎょうどん)』 実は、ここ『食事処えびす』の女将さんが考案したものなんですよ。

    店内に貼ってあったガイドブックに、ここが紹介されていました。

    この魚うどんのネタから、女将さんとの会話が弾んできました。

  • で、これは確か『カツオめし』だったはず・・・。<br /><br />ご飯の上にカツオのタタキを乗せて、お茶漬けで食べます。<br /><br />これもかなり旨かったです。<br /><br /><br />と、料理の話はここまで<br /><br /><br />drakenがご飯を食べていると、地元の方々がやってきて、テーブル席でかなり盛り上がっていました。<br /><br />その地元のおじさんに話しかけられて、名古屋からやってきたと伝えると、そのおじさんも名古屋にいた事があり、息子さんも現在愛知県にいるらしく、共通の話題が見つかり、そのおじさん達と話が盛り上がりました。<br /><br />初対面なのに、こんなに親切に受け入れてくれて、ほんと嬉しかったです。地方ではまだまだおもてなしの心が残っていますね。<br /><br />ついつい甘えて、ビールや料理もごちそうになっちゃいました。<br /><br /><br />最後に清算をするときに、女将さんが出した手書き伝票の値段は、2500円。<br />draken「えっ?? たくさん食べて飲んでいるから、<br />それくらいじゃ済まないはずですよ。」<br /><br />女将さんは、何も言わず笑顔を返してくれました。<br /><br />・・・・・・。<br />あぁ、そういえば清算のとき、女将さんは電卓で計算した後、なんか書き直していたなぁ・・・。<br /><br />drakenは、女将さんの大サービスに素直に甘えることにし、「ごちそうさまでした。とても美味しかったです。」と、一言言って店を出ました。<br /><br /><br />さっきのおじさんには、近くのスナックにまで連れて行ってもらった上に、帰りは、なんとか自分で歩けるのに、僕が泊まっている宿まで案内してもらっちゃいました。<br /><br />部屋に戻って、すぐダウンするくらい酔っ払っていた<br />drakenでしたが、この晩感じた人の温かさは、今でも忘れることができません。<br /><br /><br />

    で、これは確か『カツオめし』だったはず・・・。

    ご飯の上にカツオのタタキを乗せて、お茶漬けで食べます。

    これもかなり旨かったです。


    と、料理の話はここまで


    drakenがご飯を食べていると、地元の方々がやってきて、テーブル席でかなり盛り上がっていました。

    その地元のおじさんに話しかけられて、名古屋からやってきたと伝えると、そのおじさんも名古屋にいた事があり、息子さんも現在愛知県にいるらしく、共通の話題が見つかり、そのおじさん達と話が盛り上がりました。

    初対面なのに、こんなに親切に受け入れてくれて、ほんと嬉しかったです。地方ではまだまだおもてなしの心が残っていますね。

    ついつい甘えて、ビールや料理もごちそうになっちゃいました。


    最後に清算をするときに、女将さんが出した手書き伝票の値段は、2500円。
    draken「えっ?? たくさん食べて飲んでいるから、
    それくらいじゃ済まないはずですよ。」

    女将さんは、何も言わず笑顔を返してくれました。

    ・・・・・・。
    あぁ、そういえば清算のとき、女将さんは電卓で計算した後、なんか書き直していたなぁ・・・。

    drakenは、女将さんの大サービスに素直に甘えることにし、「ごちそうさまでした。とても美味しかったです。」と、一言言って店を出ました。


    さっきのおじさんには、近くのスナックにまで連れて行ってもらった上に、帰りは、なんとか自分で歩けるのに、僕が泊まっている宿まで案内してもらっちゃいました。

    部屋に戻って、すぐダウンするくらい酔っ払っていた
    drakenでしたが、この晩感じた人の温かさは、今でも忘れることができません。


  • 翌朝、昨晩おいしいご飯を食べさせてくれた『食事処えびす』さんを訪れて、記念の写真を撮ってきました。<br /><br />昨晩感じた人の温かさを思い出し、胸が熱くなりました。<br /><br />http://www.kankou-nichinan.jp/kanko_annai/deli_gyo_udon.html

    翌朝、昨晩おいしいご飯を食べさせてくれた『食事処えびす』さんを訪れて、記念の写真を撮ってきました。

    昨晩感じた人の温かさを思い出し、胸が熱くなりました。

    http://www.kankou-nichinan.jp/kanko_annai/deli_gyo_udon.html

  • 『えびす』の後は、昨晩の2次会のスナックを探して、狭い繁華街エリアを歩き回りました。<br /><br />なぜか、見つけられませんでした。<br />なぜ???<br /><br />見つけられなかったのは残念だけど、drakenの記憶には、この日南の皆さんの親切な思いではちゃんと残っています。<br /><br />写真は、僕が泊まった宿です。<br /><br /><br />そういえば、宿に予約の電話を入れたときに、宿のおじさんに「何を使ってこちら(宿のこと)まで来ますか?(車or電車)」と聞かれたのに、<br />drakenは、「(名古屋から宮崎まで)飛行機です。」と答えたなぁ〜・・・。<br /><br />その時は、なんでおじさんがビックリしたのか分からなかったけど、宿に向かう車の中で、初めて上のようなズレがあったことに気づきました。<br />

    『えびす』の後は、昨晩の2次会のスナックを探して、狭い繁華街エリアを歩き回りました。

    なぜか、見つけられませんでした。
    なぜ???

    見つけられなかったのは残念だけど、drakenの記憶には、この日南の皆さんの親切な思いではちゃんと残っています。

    写真は、僕が泊まった宿です。


    そういえば、宿に予約の電話を入れたときに、宿のおじさんに「何を使ってこちら(宿のこと)まで来ますか?(車or電車)」と聞かれたのに、
    drakenは、「(名古屋から宮崎まで)飛行機です。」と答えたなぁ〜・・・。

    その時は、なんでおじさんがビックリしたのか分からなかったけど、宿に向かう車の中で、初めて上のようなズレがあったことに気づきました。

  • 油津駅前です。<br /><br />のどかな雰囲気でしょ?<br />

    油津駅前です。

    のどかな雰囲気でしょ?

  • 電車の本数が少ない・・・。<br /><br />1本乗り遅れたら、大変なことに・・・。

    電車の本数が少ない・・・。

    1本乗り遅れたら、大変なことに・・・。

  • 油津駅のすぐ近くには、広島カープのキャンプ地があります。<br /><br /><br />広島カープ 日南キャンプ情報<br />http://www.miyazaki-cci.or.jp/nichinan/carp/carpcamp.html

    油津駅のすぐ近くには、広島カープのキャンプ地があります。


    広島カープ 日南キャンプ情報
    http://www.miyazaki-cci.or.jp/nichinan/carp/carpcamp.html

  • 7:45くらいなのに、駅の窓口が開いていません。<br /><br />

    7:45くらいなのに、駅の窓口が開いていません。

  • こんな地方にもパチンコ店がありました。<br /><br />他にあまり娯楽がないみたいだから、はやっているんだろうか?

    こんな地方にもパチンコ店がありました。

    他にあまり娯楽がないみたいだから、はやっているんだろうか?

  • 油津港までやってきました。<br /><br />

    油津港までやってきました。

  • 油津の古い町並みを歩いてみましょう。<br /><br />堀川橋と奥に吾平津神社の鳥居が見えます。<br /><br />堀川橋は、明治36年に完成した石組みのアーチ橋です。

    油津の古い町並みを歩いてみましょう。

    堀川橋と奥に吾平津神社の鳥居が見えます。

    堀川橋は、明治36年に完成した石組みのアーチ橋です。

  • ここ油津で、『男はつらいよ〜寅次郎の青春』のロケが行われました。<br /><br />内容は知りませんが、先ほどの堀川橋が印象的なシーンで使われたそうです。<br />いい感じですもんね〜。<br /><br />

    ここ油津で、『男はつらいよ〜寅次郎の青春』のロケが行われました。

    内容は知りませんが、先ほどの堀川橋が印象的なシーンで使われたそうです。
    いい感じですもんね〜。

  • 堀川資料館です。<br /><br />堀川周辺のパンフレットや『男はつらいよ』のロケ風景の資料があるそうです。<br /><br />まだ開館時間前なので、中には入れませんでした。

    堀川資料館です。

    堀川周辺のパンフレットや『男はつらいよ』のロケ風景の資料があるそうです。

    まだ開館時間前なので、中には入れませんでした。

  • 油津の皆さんのシンボル『油津赤レンガ館』です。<br /><br /><br />どれだけ油津の皆さんが大切に思っているかは、<br />コチラからどうぞ。<br /><br /><br />三千万円を堀川に捨てた男達 身銭をはたいて守ったものは<br />http://www.kankou-nichinan.jp/kanko_annai/spot_aburatsu_akarenga.html<br /><br />

    油津の皆さんのシンボル『油津赤レンガ館』です。


    どれだけ油津の皆さんが大切に思っているかは、
    コチラからどうぞ。


    三千万円を堀川に捨てた男達 身銭をはたいて守ったものは
    http://www.kankou-nichinan.jp/kanko_annai/spot_aburatsu_akarenga.html

  • 油津の散歩が終わり、同じ日南市内の飫肥(おび)にやってきました。<br /><br />奥に見えるのは、飫肥城の大手門です。

    油津の散歩が終わり、同じ日南市内の飫肥(おび)にやってきました。

    奥に見えるのは、飫肥城の大手門です。

  • 城下町だった飫肥には、こんな石垣の街並みがあちこちで見られます。

    城下町だった飫肥には、こんな石垣の街並みがあちこちで見られます。

  • 知覧の武家屋敷の街並みもいいけど、こちらもいい感じですね〜。<br /><br />

    知覧の武家屋敷の街並みもいいけど、こちらもいい感じですね〜。

  • 小村寿太郎生誕の地<br /><br />皆さん、小村寿太郎はどんな人かご存知ですか?<br />彼が結んだ条約名の方が有名かもしれませんね。<br /><br /><br /><br />小村寿太郎は、1905年アメリカのポーツマスで<br />日露戦争の講和条約(ポーツマス条約)を結びました。<br /><br /><br />帝国主義時代の当時、世界最強と言われていたロシアに、東洋の小国日本が勝つなんて誰が予想できたでしょう。<br /><br />有色人種である日本人が、白色人種最強と言われていたロシアに勝利したことで、当時人種差別を受けていた有色人種は、大変勇気付けられたそうです。<br /><br /><br />世界史的には、非常に大きな出来事なのに、学校では<br />きちんと教えないんだよな〜。<br /><br />日露戦争フラッシュ<br />http://www.teiteitah.net/nichiro.html<br />

    小村寿太郎生誕の地

    皆さん、小村寿太郎はどんな人かご存知ですか?
    彼が結んだ条約名の方が有名かもしれませんね。



    小村寿太郎は、1905年アメリカのポーツマスで
    日露戦争の講和条約(ポーツマス条約)を結びました。


    帝国主義時代の当時、世界最強と言われていたロシアに、東洋の小国日本が勝つなんて誰が予想できたでしょう。

    有色人種である日本人が、白色人種最強と言われていたロシアに勝利したことで、当時人種差別を受けていた有色人種は、大変勇気付けられたそうです。


    世界史的には、非常に大きな出来事なのに、学校では
    きちんと教えないんだよな〜。

    日露戦争フラッシュ
    http://www.teiteitah.net/nichiro.html

  • 街の雰囲気に合わせて、木造の電話ボックスがありました。<br /><br />どうせなら、電話機の色ももっと地味な色にしてくれたらよかったのに。

    街の雰囲気に合わせて、木造の電話ボックスがありました。

    どうせなら、電話機の色ももっと地味な色にしてくれたらよかったのに。

  • 『博物館 明治村』にあってもおかしくないような<br />こんな建物が現役で残っています。<br /><br />

    『博物館 明治村』にあってもおかしくないような
    こんな建物が現役で残っています。

  • 飫肥の町を歩き回って、小腹がすいてきた時、目の前に『厚焼卵』の文字が。<br /><br />『厚焼卵』??お茶屋で卵焼きが出てくるの??<br />まあいいや、せっかくだから食べてみよう。<br />

    飫肥の町を歩き回って、小腹がすいてきた時、目の前に『厚焼卵』の文字が。

    『厚焼卵』??お茶屋で卵焼きが出てくるの??
    まあいいや、せっかくだから食べてみよう。

  • これが飫肥名物の厚焼卵です。<br /><br />厚焼卵といったら、すし屋にある厚めの卵焼きをイメージされると思いますが、これは違います。<br /><br />これは、どちらかというとプリンに近いスイーツです。<br /><br /><br />濃厚な卵をたくさん使い、厚めの鉄板を使い弱火で時間をかけて焼き上げます。<br /><br />丁寧に焼き上げたこの厚焼卵は、焼きこげた苦味が全くなく、濃厚な卵の風味と上品な砂糖の甘みが口いっぱいに広がるのです。<br /><br />いろいろ美味しい物を食べてきたdrakenですが、この<br />厚焼卵を食べたとき、感動で涙が出そうになるくらい<br />美味しかったです。<br /><br /><br /><br />こげ目をつけない職人技を伝承して、この絶品をいつまでも残して欲しいと思いました。<br /><br /><br />http://onpara.jp/share/around/QM005/285_index.html

    これが飫肥名物の厚焼卵です。

    厚焼卵といったら、すし屋にある厚めの卵焼きをイメージされると思いますが、これは違います。

    これは、どちらかというとプリンに近いスイーツです。


    濃厚な卵をたくさん使い、厚めの鉄板を使い弱火で時間をかけて焼き上げます。

    丁寧に焼き上げたこの厚焼卵は、焼きこげた苦味が全くなく、濃厚な卵の風味と上品な砂糖の甘みが口いっぱいに広がるのです。

    いろいろ美味しい物を食べてきたdrakenですが、この
    厚焼卵を食べたとき、感動で涙が出そうになるくらい
    美味しかったです。



    こげ目をつけない職人技を伝承して、この絶品をいつまでも残して欲しいと思いました。


    http://onpara.jp/share/around/QM005/285_index.html

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この旅行記へのコメント (3)

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  • 子狸ポンタさん 2009/01/31 19:36:38
    温かい人たち・・・
    drakenさん、こんばんは。

    宮崎はまだ行ったことなくて、ソテツの木がたち並んでいるような南国をイメージしていたけど、
    こんな風情のある町もいいですね。
    今ではすっかり見なくなった電話ボックスもかなり貴重ですね。
    今も残っているのかな。。。

    私も国内は色んなところに一人旅に行ってきたけど、
    九州行ったときは向こうの人に色々と助けてもらったり、話相手になってもらったりと
    九州は田舎でも博多や熊本の市街地でも、すごく温かくていい人達ばかりだったという印象があります。

    お互いに旅先でいい人達に恵まれて、いい旅の思い出ができましたね。

    draken

    drakenさん からの返信 2009/02/01 08:54:23
    RE: 温かい人たち・・・
    ポンタさん、おはようございます。

    > 宮崎はまだ行ったことなくて、ソテツの木がたち並んでいるような南国をイメージしていたけど、
    > こんな風情のある町もいいですね。
    > 今ではすっかり見なくなった電話ボックスもかなり貴重ですね。
    > 今も残っているのかな。。。

    そうだね、宮崎はソテツの木が並んでいる南国のイメージだよね。
    海岸沿いは、そんな南国っぽい雰囲気の所もあったよ。
    そういう所もいいけど、風情のある街並みをのんびり歩くのって、
    ほんと癒されます。
    ずっと、この街並みを残して欲しいな って歩きながら思いました。

    木製の電話ボックスも珍しいから、思わず写真に撮っちゃっいました。
    残っているといいなぁ〜。


    > 私も国内は色んなところに一人旅に行ってきたけど、
    > 九州行ったときは向こうの人に色々と助けてもらったり、話相手になってもらったりと
    > 九州は田舎でも博多や熊本の市街地でも、すごく温かくていい人達ばかりだったという印象があります。
    >
    > お互いに旅先でいい人達に恵まれて、いい旅の思い出ができましたね。


    ただ楽しかっただけでなく、地元の方の温かさを感じられて、ほんと良い旅ができたと思います。 またこんな旅をしたいな〜。

                       draken



    >
  • 横浜臨海公園さん 2009/01/23 18:24:12
    飫肥
    drakenさま、こんばんは。


    飫肥は小藩ながら幕末に有為の人物を輩出したものの大多数は西南の役に西郷軍側に投じた為に殆どが戦死してしまいました。
    然し、日露戦争の桂内閣に於いて外務大臣で飫肥出身の小村寿太郎が存在した関係でポーツマス会議では何とか日本側に有利な条件で条約を締結する事が叶いました。

    我が国では小村寿太郎の功績が段々忘れ去されているのが残念です。

    横浜臨海公園

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