2008/08/17 - 2008/08/22
767位(同エリア846件中)
tkさん
成都観光を武侯祠を中心に記します。
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さて九寨溝・黄龍ともお別れです。
空港にやって来ました。
18:25の飛行機で成都に戻ります。
僕の時計で18:25だから、中国との時差を考えて、まだ1時間あります。
と、思っていたら時間になっても飛行機の案内がありません。あれ可笑しいな?
ふと外を見たら雷鳴が響き、大雨になっていました。
成都からの飛行機が飛べないので、こちら側には飛行機が無いのです・・・ -
あまりの遅延に、弁当が支給されました。
ラッキー!!
でも味はイマイチです・・・
この時、僕の時計は19:49。 -
僕らの乗る飛行機は遅延になっています。
うむむ。
大分疲れてきました(+_+)
確か僕の時計で17:30には空港に着いていたので、3時間は待っています。
只今、僕の時計で20:16。 -
何か予感はしていたのですが、来てしまいました!!
欠航です。今日中に成都に戻れません。
明日の昼の便で日本に帰るのに困りました。
空港から輸送されてきたのは、昨日泊まったホテル。
また逆戻りです。
勿論、宿泊代はタダです。
それにしても憧れの武侯祠に行く時間をどうしてくれるのでしょう。先が見えません。
この写真は前日に撮ったものです。 -
お腹が空いたので、お菓子で飢えを凌ぎます。
高地だから袋がパンパンですね。
これからはフロントからの連絡待ちです。
まったく時間が読めません。 -
フロントから連絡がありました。
現地時間5:00です。
なんでも6:00にはホテルからバスが出るとの事。
みんな急いで朝飯を食べて準備します。 -
空港に現地時間7:00前に着いて、待つこと5時間。
やっと飛行機が飛びました♪
その間、乗る飛行機が変更したのは1度や2度ではなく、ガイドさんがいなかったら間違いなく泣いていました。
やはり、語学ができないのでトラブルに弱いです。
九寨溝黄龍空港には、長い滞在時間になっちゃいました。 -
成都空港に到着しました。
今回の遅延は航空会社に寄責性があるので、タダで飛行機を翌日の同じ時間に変更できることになりました。特に予定もなく、余裕を持って計画していたので、もちろん翌日に延長。
単純に、今日の午後だけ観光時間が増えました。
ラッキー!!
でも、その交渉はすべて中国語・・・
やはり語学が弱いとダメです。
他の日本人客とも知り合いになったので、合わせてガイドさんに手配を頼みました。
手配に時間がかかり暇なので、空港内を撮っています。
果物がいっぱいです。 -
北京オリンピックのマスコットもいます。
何かヨロヨロ動いていました。
最初は人が中に入っているのかと思いましたが、どうやら自動で動いています。不思議です。 -
さて空港を後にし、今日の午後は武侯祠に行きます。
三国志ファンの私にとっては1度は来たかった場所です。楽しみです。
ちなみに武候祠は、成都以外にもあるそうですが、成都のが1番大きくて有名らしいです。
それでは武侯祠観光に入ります。 -
書きたい事は沢山ありますが、旅行記なので主要な部分の説明をしたいと思います。
先ずは有名な孔明の「出師の表」の写しがあります。
正確には「前出師の表」ですね。
ここに書いてある文字は中国で字が綺麗な事で有名な岳飛の書いた文字のようです。
それにしても見事な文字です。 -
武候祠では劉備を中心に武官と文官が並んでいます。
私は全員の写真を撮りましたが、ここでは武官のエリアと文官のエリアで1人ずつと、桃園の誓いの3人を紹介します。
言わずと知れた「趙雲子龍」です。
甲冑姿でなく、聊か拍子抜けしましたが、中国では武官より文官の方が身分が高いため、鎧を外した格好の方が名誉があることらしいです。
趙雲は年を取ってからがモチーフになったのでしょうか?残念です。
趙雲といえば、やはり、長坂波の戦いで曹軍の中に突っ込んで阿斗を救い出した活躍を思い出します。数々の武勇伝を残した名将ですね。
映画レッドクリフでもあるシーンですね。 -
「張飛翼徳」です。
桃園の誓いの三人がメインに展示されています。
めちゃくちゃ怖い顔です。
張飛は1万人の兵に匹敵する強さと言われていました。戦いには、めっぽう強かったのですが、部下に厳し過ぎて、最後は部下に暗殺されています。
張飛は感情に素直で避け好きで人間身があり僕は大好きですが、今の時代にいたら、ちょっと近づき難いです。
張飛も趙雲と同じで長坂波の戦いが有名で、橋に1人で立ち曹軍を追い返していますね。武器の蛇矛は飾っていません。
張飛は今もなお中国に根付いており、現在では大好物であったとされる張飛牛肉として有名です。 -
「劉備玄徳」です。
三国志の蜀の初代皇帝です。
この像は雰囲気ありますね。
特徴の大耳は分かりませんが・・・
武侯祠として有名になっていますが、ホントは臣の孔明が祀られている場所ではなく、君の玄徳を祀っている漢照烈廟が有名になるべきなんですね。
中国では孔明の人気があり過ぎて、時代を越えて君主の存在を上回っているので、後の皇帝側から孔明は邪魔な存在として、敬遠されることもあったようです。
義の人、劉備は戦力や拠るべき土地は持っていなかったが、人望があり人が集まって来て最後は国を建国するに至りました。
今の時代にこそ、必要なリーダー像だと思います。 -
劉備玄徳の像の裏側です。
昔は劉備の子供の劉禅の像があったようです。
しかし、劉禅は国を滅ぼした張本人と考えられており、三国志の英雄に入っていないため、昔に火事で燃えてしまった後も、復刻されずそのままになっています。
後世の人にまで罵られるなんて生き方はしたくないですね・・・ちなみに私も劉禅は嫌いです。
趙雲が長坂波で助けなきゃよかったのに・・・
まあ、これは結果論で劉禅も最初はお利口さん君主だったのですがね。 -
続いては「関羽雲長」です。
日本でも有名ですね。
関羽は武神であり、義の人でもあり、また商業の神様でもあります。横浜中華街の関帝廟は有名です。
関羽は知勇兼備の将軍で、孔明が来るまでは劉備軍の軍師もやっていましたが、孔明に知恵で勝てない事が分かると潔く身を引いています。
そんな関羽を劉備は最も信頼しており、何かと関羽を頼っています。ちょっと張飛が可哀そうです。
関羽は曹操と袁紹が華北の実権を賭けた白馬の戦いで、当時曹操の客将として世話になっていたので、お礼に袁紹軍の猛将、顔良と文醜と倒しています。曹操軍で誰も倒せなかった顔良と文醜をあっさり倒してしまい武の方も半端でないです! -
関羽の武器である青龍偃月刀です。
試しに持ってみましたが、重たくて持ち上げるのがやっとでした。
こんな武器を軽々と扱うなんて考えられません。 -
次は文官エリアです。
筆頭で飾られているのは鳳雛の異名を持つ「龐統士元」です。
龐統は早死にしてしまったのと風貌から孔明に比べ地味なイメージがありますが、劉備が水鏡先生から「伏竜(諸葛亮)か鳳雛(龐統)がいれば天下も獲れる」と言われるくらい評価の高い英雄の一人です。 -
先ほどは入って左側に「前出師の表」がありましたが、今度は入って右側の「後出師の表」です。
やはり岳飛の書いた文字です。 -
劉備の像を外から撮ってみました。
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漢照烈廟を抜けて武候祠に向かいます。
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孔明像が飾られている場所です。
名垂宇宙とは、孔明の名は世界に響き渡っているという意味らしいです。 -
旅行記の表紙にもしていますが、「諸葛亮孔明」です。
中国の英雄で、発明品や残した言葉等数知れず・・・
後世にも影響を与えた人物です。
傾斜していく蜀の国を一人で支えていたと言っても過言ではありません。実際、孔明の死後、蜀の滅亡への流れは一層速くなってしまいました。
中国で孔明は頭の良い人の代名詞的な存在になっているようです。日本も同じですね。
私が真っ先に孔明で思い浮かぶのは天下三分の計ですかね。この人がいなければ劉備は、国を建国する事などできなかった事でしょう。
孔明像を見て感動しました!! -
真正面から、もう1枚。
やはり孔明には白羽扇が似合います♪ -
武侯祠の廊下です。
橋柱の上に飾ってある動物はみんな違います。
手前は蛙で、奥はネズミでしょうか?
続きは次の旅行記に。
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