2008/10/04 - 2008/10/04
1273位(同エリア1447件中)
円蔵さん
明治村も残す所、あと二つのエリアになってしまいました。
朝から休憩を含んで5時間半。
それで半分を見終わった位です。
後半は少しだけ急ぎ足になってしまった様な感じで。
それでは4丁目を歩いてみます。
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3丁目から4丁目に入る所に大きな広場がありました。
芝生が敷き詰められシートをしてユックリしている人達もいました。
奥に見える建物はシアトル日系福音教会です。
ここでも又喉が渇いて来たので自販機を探していましたが、この広場にはペットボトルの自販機は無くパックだけだったので一旦市電京都七条駅の方へ戻りました。 -
ここのお休み処には抹茶のソフトクリームがありそれを食べ、自販機で持ち歩きようのペットを購入。
ちょっとの休憩で再び力を戻して散策開始です。 -
この弓道場があるのは
「第四高等学校武術道場」(無声堂)です。
大正6年の建物です。
ここは「柔道」「剣道」「弓道」の3つの道場からなっています。 -
ここは柔道場の窓ですが。
柔道場と剣道場は同じフロアの中にありました。 -
柔道場の畳。
畳みに縁の部分が無いなぁ。
柔道の畳はこうなのかな。
学生の頃、授業で柔道はやっていましたが、忘れてしまいました。 -
手前の板の間が剣道の道場です。
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次は道場のすぐ目の前にある
「日本赤十字社中央病院棟」に入りましたが。。
この入り口を入った所で思わず「凄い」と言ってしまいました。
明治10年、西南戦争が始まった時に敵味方関係なく負傷者を収容した病院だそうです。 -
これを観て唸ってしまいました。
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ボケていますが、赤十字の上には鳳凰が
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もっと近づいてみると、掘り出されているのが解ります。
これは凄い!!! -
明かりを取り入れる長い廊下です。
左側には幾つもの病室がありました。 -
裏庭にでて外から病室を観てみました。
外壁は淡いグリーンに塗られていますが、当時からこの色だったのでしょうか?? -
日赤の裏の扉を出ると、すぐ目の前に
「名古屋衛戍病院」があります。
明治6年に設立された陸軍病院です。
なんと名古屋城三の丸に建設されたそうです。 -
これはX線の機械です。
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これはダイアナと言う診療機械ですが。
何を見たのかが解りません。。
さっきのX線の機械とは別の機械と思いましたが。。 -
薬の看板です。
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今回はこっちの建物には入れませんでした。
やはりこの辺りから急ぎ足になっているので、手元に資料が少なくなってきています。。 -
ここで市電名古屋駅に出ました。
しかし、市電に乗ってしまうと再び正門の方へ戻ってしまうので線路だけ撮って歩き出しました。
今回、乗り物券付きのチケットを買ったのですが結局一回しか乗らなかったなぁ。 -
4丁目を歩いているとハワイ移民集会所が見えました。
白い建物に青い空が若干異国の地っぽく見えました。 -
その向いにある
「ブラジル移民住宅」です。
日本人のブラジルへの移民は明治41年に始まったそうです。
日本人移民の方々はおもにコーヒー栽培に従事したそうです。 -
中にはその時に乗られた「笠戸丸」の模型が展示されています。
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そして六郷川鉄橋にある西尾鉄道蒸気機関車1号です
運転席にも入れるようになっていました。
この蒸気機関車、現在の名古屋鉄道西尾線と言う所を中心に走っていたそうです。
これはその時アメリカのブルックス社から買った第一号です。
六郷川鉄橋は現在の多摩川の六郷と川崎を結んでいた鉄橋で、当時は500メートルあったと言っていた様な。。 -
鉄橋を超えて
「宇治山田郵便局」にやってきました。
明治42年に伊勢神宮外宮前に設置されていた郵便局です。
現在も明治村簡易郵便局として活躍していました。 -
入ってすぐ、見上げるとドーム型の高い天井が。
この下に机が設置されていて、皆さんお手紙を書いていました。 -
普段はあまり見ることのない私書箱です。
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新しくなるポストの展示
正面の丸型ポストですら、あまり見なくなってしまいました。 -
これはカナリ古いポストです。
1887年って書いてあります。 -
4丁目、この建物を見て5丁目に移動してしまいましたが、実はまだまだ建物があります。
やはりちょっとした焦りがあったのか、帰ってきて園内マップを観てから気付きました。
ここは小泉八雲避暑の家です。
今は駄菓子やとして営業されていました。
元々は魚屋さんだったそうです。
そして、駄菓子やの奥には八雲怪談部屋って言うのがあり、タンスをあけたりすると面白い事がありました。 -
そうして4丁目最後に見学した建物
「呉服座」です。
またまた資料が無く、説明が出来ません。
何故かと言うと次の建物が気になって気になって(笑) -
5丁目に入りました。
気になっていた建物。
前回の時からお気に入りでちょっと「教会」という建物に目覚めさせてくれた建物です。
聖ザビエル天主堂 -
入り口です。
今日は午前中に結婚式が執り行われた様で。
きっと素敵な結婚式だったのだと思います。 -
入り口の上にあるステンドグラス。
本当に綺麗!
沢山の人が建物内にいましたが、本当に静かな場所でした。 -
この様な2人も
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見上げると様々な光の広場。
綺麗でした。 -
正面にもこの様なステンドグラスが。
ちょうどこの下にキリストと使途が居ました。 -
またまた光の世界へ
ここはテンションが上がって居ました。
そうしてこの建物を出たときは16時。
あと一時間しかありません!!!
ここから先は結構ピッチを上げて廻りました。 -
「金沢監獄正門」
説明文に門の外側と内側の装飾の差が著しいと書いてありました。
もっとちゃんと観てくれば良かったです。
外側はでこぼこがあるのに対し、内側は足を書ける場所が無いように造られているそうです。 -
監獄正門を抜けるとちょっとした池があります。
その池から観た5丁目です。
左から内閣文庫、隅田川新大橋、川崎銀行本店です。
もう太陽が傾き始めています。
そこで、もう少し時間が経てば夕陽に照らされた建物が撮れると思ったのですが、太陽が低くなると周りの山の陰に隠れてしまうので夕陽は断念しました。 -
道ナリに進むと新大橋を歩けます。
「隅田川新大橋」
明治45年に隅田川に掛けられたそうで
当時は吾妻橋・厠橋・両国橋・永代橋と共に明治5大鉄橋と呼ばれたそうです。 -
橋の装飾も年代を感じさせてくれました。
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そうして内閣文庫
明治44年、明治政府が中央図書館として建てたそうです。
外国の文化や建築がカナリ入って来たのでしょうか。
玄関の柱が、柱の上の装飾も模倣していますね
昭和46年まで使われていたそうです。 -
玄関を入るとすぐに階段がありましたが、残念ながら立ち入り禁止でした。
それでもこの手摺りが渋い。。 -
内部はこの様に棚が並んでおり、世界のミニチュア建物が展示されていました。
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帝国ホテル中央玄関までやって来ました。
5丁目に入ってから急ぎ足になって、ゆっくりと建物内部の見学をしていません。
次に来る時はこの帝国ホテル側から巡って観ようと思っています。 -
ふと見上げるとSLが走り抜けました。
あ!!っと思って写真を撮りましたが、既に機関車は陰になっていました(笑) -
そして、ちょっとだけ帝国ホテルに入ってみました。
2階がお茶が飲める喫茶室になっていましたが
ここは2階へ登る階段の踊り場です。
喫茶室へは行かず此処でUターン -
夕陽に照らされた内閣文庫を振り返り。。。
そんな事をしていながらSLに乗って正門の方へ戻ろうと考えていましたが、なんとSLの最終便が出てしまった後でした。
困ってしまいましたが、運良く正門行きの村営バス最終便があり、ようやく正門の方へ戻りました。
乗り物券付きの入場券を買ったのですが、なんと乗り物に乗ったのがこのバスが最初で最後(笑)
やっぱり全部を廻る事が出来ませんでした。
兎に角広い明治村。
完全にファンになりました!!
犬山夜景へ続く〜
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