2008/09/27 - 2008/09/27
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Johnnieさん
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妻の実家の近くに、日本100名城の一つに数えられる金山城跡(群馬県太田市)があるということで、週末を利用して行って来ました。
名城は意外な所に眠っているものですね。
石垣や石畳が復元されているとのことで楽しみにしていましたが、石垣も現存している石垣の上に新しい石を積んで復元している箇所が結構あって、とても良い雰囲気を醸し出していました。
金山城は小田原攻めによる北条氏滅亡後、廃城となったそうです。
そして平成6年〜12年に行われた第一期整備事業により、石垣を中心として復元されました。
400年あまりの時を超えて、今このようにして眠りから覚めたと言えるのではないでしょうか。
-
車で金山の中腹まで来て、駐車場に停めました。
さあ、いよいよ金山城跡の散策開始です。
金山城は、文明元年(1469年)に岩松家純によって築城され、下剋上によって城主となった由良氏の時代に全盛を迎えました。
上杉謙信や武田勝頼などの有力戦国大名から10数回に及ぶ攻撃を受けますが、金山城はその堅固さにより、一度も落城することはなかったそうです。
その後、謀略により北条氏が金山城を奪取しましたが、天正十八年(1590年)の小田原攻めで北条氏が滅亡すると、金山城もそのまま廃城となりました。 -
今いるのがマップの西端です。
ここから東向きに、本丸を目指して登って行きます。 -
この辺りは遺構ではなくて、私たちが歩くために作られた歩道ですね。
この地は、江戸時代の間は幕府の直轄領でした。
金山城跡は御林として保存されていたため、結果として遺構が現代にまで残っていたと言えそうです。
そして平成6年〜12年に行われた第一期整備事業により、石垣を中心として復元されました。
「関東地方の戦国時代の城に、石垣はない」と言われていた従来の定説を覆す発掘、復元になったようです。(関東には他にも、石垣の山城が幾つかありますが…)
石垣好きの夫婦なもので、今日は本当に楽しみなのです。 -
【西矢倉台西堀切】
堀切とは、尾根からの敵の侵入を防ぐために掘られた防御施設のことです。
西城(駐車場の辺り)から実城(本丸)までには4つの堀切があり、ここは最も西に位置するものです。
この堀切は多と異なり、堀底に石を敷いて通路としており、通路の先は桟道へ続いていたと言われています。 -
【西矢倉台下堀切】
こちらは二番目の堀切で、西矢倉台の下にあります。
「西矢倉台西堀切」とは違って、通路として使われていた跡はないそうです。 -
【桟道】
帰りは城の下にある道路を通って帰って来たのですが、そこから見た桟道(復元)です。
最初に見た「西矢倉台西堀切」と「西矢倉台下堀切」を結ぶ位置にあり、そのまま西矢倉台へと続いているようだったので、最後に通ってみようと思って来たのですが・・・。
どうやらここは通行禁止のようでした。
山の斜面に丸太を組んだ通路があったと想定されて復元したようです。
山城っぽさが出ていて好きになりました。 -
【西矢倉台通路】
今立っているのが、西矢倉台の址です。
上の桟道からここにつながっているようなのですが、どうやらこちらも通行禁止のようでした。
遺構を保存するためには仕方ないですね。 -
【西矢倉台通路】
西矢倉台と馬場曲輪をつなぐ内部通路です。
敷かれている石は復元ですが、発掘調査で石敷きだと判明した箇所だけを石で復元しているそうなので、ここは石畳の通路だったと言えるでしょう。
関東だけでなく、日本でも本当に珍しいのではないかと思います。 -
西矢倉台址から眺めた、太田の町並みです。
ハイキングコースとしても抜群の景観ですね。 -
【西矢倉台通路】
西矢倉台を後にして、物見台下の虎口へ向かいます。
いよいよ本格的な石の建造物に出会えるので、心が高鳴って来ました。 -
【物見台下虎口】
「物見台下虎口」へやって来ました。
通路の正面に石積みがあり、その先を見せないような工夫がされています。
左は岩盤を人工的に削って作った「物見台下堀切」です。
ちょうどこの場所で、地元のボランティアと思われる方々が、草刈りをしていました。
その中でもボス格のオジサンが色々と金山城跡の蘊蓄を教えてくれたので、とても勉強になりました。
オジサン、ありがとう!
(発掘調査で石敷きだと判明した箇所だけを石で復元しているというのも、オジサンの受け売りです♪) -
【虎口の石垣】
オジサン曰く、、、
石垣の間に挟んである鉛の印の下は、現存(オリジナル)の石で、その上が復元で新たに積んだ石なのだそうです。
左下の方ですが、見えますでしょうか?
築城時の石は、当山の岩盤(凝灰岩)を削って使用していたそうですが、新たに積んだ石は藤岡市の辺りから似たような石を持って来ているそうです。
結構脆い石だそうで、積みなおして不安定な箇所については、崩れた形での復元にしたり工夫しているのだとか。
勉強になりました〜。 -
【馬場下通路】
虎口を抜けた所にある「木の橋」も、実際にはこんな丈夫なものではなくて、簡単に上げたり下げたりできるような軽いものだったそうです。 -
【竪堀】
帰りに下から撮影した「馬場下通路」です。
竪堀の脇には石垣があり、堀底には通路があったそうです。 -
【馬場下通路】
「関東に石垣の山城は珍しいそうですね。」
と、オジサンに話を持ちかけたところ、
「4日ほど前に小学館から出た『日本名城百選』からは外されたんですよ。
何でなのか小学館に問い合わせをしたところ、復元した石垣が大きすぎる、この城の規模でこんなに大きな石垣があるはずがない、と学者先生達の間で一致したらしいんです。」と。
うーん、残念な気がしてしまいます。
せっかく頑張って復元した結果が、このような結果を生むとは皮肉な気がしますが、学者先生の見解が城の価値を100%決めるわけではないと思います。
城の好き好きも人によるでしょうが、私はこの城が大好きです。 -
【大手口馬場址】
そして最後に、「現存している綺麗な石垣が見たかったら、本丸の裏手に残っているから、時間があったら行ってみてはいかがですか?」と。
もちろん行かせていただきます。
それにしても、このオジサンやけに詳しかったんですが、いったいどなたなのでしょうか?
発掘チームの一員のような気がするのですが…
とにかくラッキーでした。
大手口の馬場址を歩いて、物見台へ向かいます。 -
【物見台】
金山城の周囲が見渡せるため、敵の動きを見張っていたのでしょう。
風が強いですが、私も上って見ることにします。 -
北を見やれば「赤城山」が。
-
西を見れば、左に「浅間山」、右に「榛名山」が。
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左から「浅間山」「榛名山」「赤城山」と三つの名山と、青空の中を流れるような白い雲を見渡すことができます。
見張り台としても抜群の立地ですが、当時の見張り兵はこの景色をも堪能したのではないでしょうか。
美しい山と空の景色は400年経っても変わらないものだと思うのです。 -
【馬場下曲輪】
「馬場下通路」の南下にある「馬場下曲輪」には、発掘調査の結果、岩盤を剃り貫いた建物の柱穴が見つかったそうです。
また、竪掘に沿って、石垣で出来た土塁が伸びていたこともわかったそうです。
現在整備した土塁は、石垣が崩れた状態を表現しているという説明書きがありました。 -
【馬場下曲輪】
ここが整備した土塁でしょうか?
物見台下虎口にいたオジサンも、石の強度で完全な復元が難しい箇所は、崩れた状態で復元していると言っていましたが、ここもそうなのでしょうか。
雰囲気はよく伝わって来ました。 -
【馬場曲輪】
大手虎口を守る兵が待機していたと思われる曲輪です。
下から見上げていると、今にも見張りの兵が出て来そうですよね。 -
【大堀切】
「馬場曲輪」から眺めた「大堀切」です。
実城(本丸)の手前にある、金山城の中で一番大きな堀切だそうです。
奥には「大手虎口」が見えて来ましたね。
いよいよ本日のメインです♪ -
【三ノ丸下塹壕】
大堀切の下の辺りです。
彼岸花がとても綺麗に咲いていますが、夏も終わり、もう秋がやって来る季節です。 -
【月ノ池】
「馬場曲輪」と「大手虎口」の間にある「月ノ池」です。
大手虎口の先にある「日ノ池」よりも小さな池ですが、上下二段の石垣で囲まれた池だったようです。
現在の姿は復元後ですが、石垣で丸く囲われた池というのは、日本では珍しく感じます。
「日本では・・・。」と言うのは、これまで訪れた日本庭園の池などと比べてそう思ったのです。
が、今ある日本庭園の池などは江戸時代以降の文化が色濃く反映されているため、戦国時代の流行とは大きく異なることも考えられます。
それにしても、戦国時代ではこのような池が普通だったのでしょうか? -
【月ノ池】
物見台下虎口にいたオジサンが、「今は水量が多いから見えにくいと思うけど、池にある石垣はほとんどそのままの形で発掘されたんですよ。」と言ってました。
たしかに水量多いですが、その下に石が見えますね。
二段になっているのも分かります。
もう少し乾いている時期に来たら、また一段と美しい石垣の「月ノ池」が見られることでしょう。 -
【大手虎口】
今日一番来たかった所へ辿り着きました。
ここ「大手虎口」は、実城へ向かうための通路を厳重に守っていた一大防御拠点です。
高く積まれた石垣は、敵を威圧し、城の威厳を示したことでしょう。
戦国時代、武田軍や上杉軍でさえ力づくでは陥落させられなかったと言われているように、本当に堅固な城だったのだと感じることが出来ました。 -
【大手虎口北下段曲輪】
虎口を抜けて左側の曲輪です。
石段を上りながら、マチュピチュ遺跡に何となく似ているな、と懐かしく感じました。
マチュピチュ旅行記はこちら↓
http://4travel.jp/traveler/johnnie-travel-diary/album/10118137/ -
【大手虎口北下段曲輪】
この曲輪には防御施設があったのでしょうか?
とても広い敷地なので屋敷があったのかとも思いましたが、虎口のすぐ奥なので、やはり防御施設があったのかな、と思います。 -
【大手虎口北下段曲輪】
水路があるのが分かるでしょうか?
大手虎口は水が集まりやすい谷に立地しているため、わずかな降雨でもすぐに水が溜まり、それが圧力となって石垣などの城の施設を崩してしまう危険性があったようです。
こうした石組みや排水路は、水害の元となる水を城の外部に流すための施設だったと考えられています。 -
【大手虎口北下段曲輪】
正面の土塁にもたくさんの石垣が使われていたようですね。
圧巻の景色です。 -
【大手虎口南上段曲輪】
大手通路を挟んで南側にある、南上段曲輪へやって来ました。
こちらの建物は南上段曲輪にある、「石敷き遺構展示施設」ですが、大きな蜂が飛び回っていたので、中に入るのは避けることに…。 -
【大手虎口南上段曲輪】
南上段曲輪から眺める井戸、そして正面の土塁です。
坂を上り、休憩所のある「南曲輪」へと向かいます。 -
【南曲輪】
日本百名城の記念でしょうか。 -
南曲輪から眺めた、「大手虎口南上段曲輪」と「大手虎口北下段曲輪」です。
そしてその奥に三ノ丸(入れませんが)があったとされています。 -
南曲輪(休憩所)から再び眺めた、太田の町並みです。
青空と白い雲が本当に綺麗でした。 -
【日ノ池】
「南曲輪」から「実城(本城)」へ向かう途中に見えた「日ノ池」です。
戦いでの勝利や雨乞いなどの儀式が行われたと思われる神聖な池だそうです。
先ほどの「月ノ池」よりも一回り大きく、形もきれいに整っている気がします。
しかし宗教的と言いますか、何だか日本ではないような気がしてきますね。
ローマの遺跡の匂いがしました。
戦国時代の遺構には、まだまだ私の知らない文化が眠っているのかもしれません。
右奥には(やはりこちらも入れませんが)二ノ丸があったとされています。 -
【実城(本城)】
金山城の中枢で、約一万坪もあるそうです。
今は大半が、草木に埋もれてしまっているようですが。 -
金山城の歴史を見守ってきた大ケヤキです。
-
階段を上って本丸へ向かいます。
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【本丸址(天主曲輪)】
本城最高位の郭で、西北の角には、金山城最大の石垣が使用されており、隅櫓形式の大建造物があったと言われています。 -
【新田神社】
新田義貞公の第二子「新田義興公」を祭った神社です。
金山城は鎌倉時代に、新田氏の城だったという伝承もあるようです(確認できるものは出ていないようですが)。 -
【御嶽神社】
お隣の御嶽神社。
ここ天主曲輪にはあと二つ、小さな社が建てられています。 -
【金山城主系図】
金山城主の系図に「新田義貞」も入っていますね。
現時点では伝承の域を超えていないようですが、太田の人々にとって「新田義貞」はやはり特別な存在なのだと改めて感じました。 -
物見台下虎口にいたオジサンから教わった、綺麗に現存している石垣を見に行くべく、天主曲輪の裏手へ周ります。
ちょっと険しそうですが、折角来たのですから。 -
【現存する石垣】
今にも崩れそうな石垣が、歴史の長さを生々しく物語っている気がします。
ちょうど天主曲輪の西北に位置する辺りなので、大きな隅櫓があったと言われている場所かもしれません。
時代が時代なので、二条城などの隅櫓ではなく、大河ドラマ(戦国物)に出てくるような、戦闘的な隅櫓を想像してみました。 -
険しい道を通って、先ほどの場所へ戻ります。
でも思ったよりも歩きやすく・・・
と言うよりも、普通にハイキングしている人達が結構いらっしゃいました。 -
【石垣改修の露出展示】
この場所は5回にも渡り石垣の改修が行われたことが分かったため、6回の構造の変遷を示す遺構としてそのままの姿で残しているそうです。
とは言っても、素人の私には、いまいち改修の跡がつかめませんでした・・・ -
こちらも下から二段目の石垣に鉛がついていますね。
下の二段は現存する石垣、上に乗せられているのが復元した部分ということですが、言われてみると何となく色の違いも分かりますね。 -
再び、大手虎口の曲輪へ戻って来ました。
-
【大手虎口南上段曲輪】
これでメインの見所は全て回ったのですが、なんとなく名残惜しい気持ちがします。 -
【大手虎口北下段曲輪】
安土城跡の時と同様、しばらく留まって名残を惜しんでいると、静かな曲輪に30人ほどの団体さんが、ガイド付きやって来ました。
後で駐車場に行くと、高校の同窓会というバスがあったので、その一団でしょう。
もう60歳を超えていそうな人たちですが、今でも仲良く城跡めぐりをされているのが、とても羨ましく、微笑ましく思えました。 -
【大手虎口】
団体の皆さんが天主曲輪に向かうのを見て、あれ・・・?
ガイドさんを良く見ると、物見台下の虎口にいたオジサンではないですか。
私達夫婦(+義母)には虎口の石垣に座って教えてくれるだけでしたが、さすがに30人の団体さんで張り切っちゃいましたかね。
ていうか、草刈しなくていいのかな・・・(笑) -
【大手虎口】
今日は本当に楽しい一日になりました。
関東には石垣のある山城はあまり無いと思い込んでいただけに、こんなに魅力的な城があったとは嬉しい驚きです。
他にも東京の八王子城、栃木の唐沢山城などに石垣が残っているようなので、次はそちらも攻めてみたいものです。
ここは妻の実家からも近いので、これからもちょくちょく訪れようかな、と思いました。
せっかく太田まで来たので、この後は渡良瀬川を渡って足利へ向かいます。
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この旅行記へのコメント (6)
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- ぴよにすとんさん 2009/06/21 23:54:19
- こんなに立派だったとは。。
- はじめまして^^
お写真も記述も素晴らしく、太田で生まれ育った私も知らなかった事ばかりです。今は嫁いで離れた地に暮らしておりますので懐かしく拝見させていただきました。
私も子供の頃、遠足で金山に行きました。
幼稚園は大光院の幼稚園だったのでいつも仰ぎ見ていた場所です。
けれど、こんなに整備されていなかったのでまるで知らない場所になっちゃったみたいで驚きました。
今日、市内から御城道を途中までたどりました。
天気がいまいちなので途中で引き返したのですが、日を改めて登ってみようと思います。
そうそう、由良氏の末裔の女性が高校時代に通った学校で教師をなさっていましたよ。私たち女子高生達は「由良姫」と彼女を密かに呼んでおりました。
- Johnnieさん からの返信 2009/06/22 23:36:55
- RE: こんなに立派だったとは。。
- 初めまして。
ご訪問いただきありがとうございます。
整備されたのが比較的最近のようで、群馬出身の妻もその家族も、こんなに立派な城だったとは知らなかったようでした。
天守閣などがあるような派手なお城ではありませんが、石垣などが整備された魅力あふれるお城ですよね。
よろしかったらまた遊びに来て下さい。
Johnnie
-
- ANZdrifterさん 2008/10/18 14:21:27
- 金山城は立派ですね それに岩松家のこと
- 50年以上も前に金山城を歩いたことがあります。
立派に復元されて良かったですね。
写真を拝見していて 同様に発掘復元されていて石垣がみごとな秀吉の名護屋城を思い出しました。
岩松家の子孫はたしか軍人になって男爵になっていたと思います。
以前は私の本籍が尾島町岩松にあって、岩松家と関係があると聞かされていましたので、金山城の写真はなつかしく、感慨深く拝見しました。
一票を投じて、感謝です。
- Johnnieさん からの返信 2008/10/18 16:33:08
- RE: 金山城は立派ですね それに岩松家のこと
- こんにちは。
ご訪問&ご投稿ありがとうございました。
石の建造物が大好きなので、日本では石垣のあるお城に目がないです。
私の妻は、小学生の頃に遠足で来たらしいのですが、やはり復元していなかったので当時は城跡だとは気付かなかったそうです。
ただ、日ノ池などには見覚えがあったようなのですが。
岩松家と関係のある家柄だなんて凄いですね。
思い入れもひとしおでしょうね。
名護屋城、一度行ってみたいと思っていた所です。
機会を見つけて行ってみます。
Johnnie
-
- ケッタコグさん 2008/10/11 09:56:28
- 素晴らしい石垣
- はじめまして、ケッタコグと申します。
いつも私のブログを覗いていただきありがとうございます^^
メインページの石垣を拝見させて頂き、思わず食いついてしまいました。
いやぁ見事です。。。
そして写真を見進めるにつれてドンドン引き込まれていきました。
より現状に近い形で復元されていて、すごく想像力をかき立てられます。
私も歴史やお城に興味があるのですが、恥ずかしながらこちらの金山城はJohnnieさんのブログで初めて知りました。
本文にも書かれておられますが、本当に日本ではない感じさえします。
写真の構図も素晴らしく勉強になりました。
また覗かせていただきます。ありがとうございました。
ケッタコグ
- Johnnieさん からの返信 2008/10/12 00:44:44
- RE: 素晴らしい石垣
- はじめまして、ケッタコグさん。
このたびはご投稿ありがとうございました。
実は私も金山城を知ったのはつい最近でして、妻と訪れた日本100名城を数えてみると20城そこそこしかなく、全部を周る目標を立てたんです。
そこで近場にあったのが、金山城跡でした。
私も城(特に石垣付き)や歴史が大好きです。
次はどの城を訪れるか、リサーチ中です。
金山城跡へは交通の便が少し不便ですが、ケッタコグさんも機会があればぜひ訪れてみて下さい。
Johnnie
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