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 セートは、ラング・ドック地方の最東端の町モンペリエから、列車で30分ばかりのところにある、地中海と鹹湖(かんこ)トーに挟まれた《トカゲのように延びた》(Pierre Berruer “Georges Brassens”p.13)町だ。トカゲの背中は、緑濃い「サン・クレール山」(海抜184メートル)に当たるのだろう。背中から腰の部分に運河が縦横にうがたれ、町並みが形成される。昔は漁師の町だったろうが、今はたくさんのヨットが係留されて、ちょっとしたヨット・ハーバーだ。<br /> こんな町にまったく異質な詩人が二人生まれた。20世紀の知性ポール・ヴァレリーと現代の吟遊詩人ジョルジュ・ブラッサンスだ。<br /><br />写真は生前ヴァレリーが歌い、没後ヴァレリーの眠る『海辺の墓地』

地中海の町セート、二人の詩人を訪ねる。

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2008/09/04 - 2008/09/04

83位(同エリア287件中)

2

29

スキピオ

スキピオさん

 セートは、ラング・ドック地方の最東端の町モンペリエから、列車で30分ばかりのところにある、地中海と鹹湖(かんこ)トーに挟まれた《トカゲのように延びた》(Pierre Berruer “Georges Brassens”p.13)町だ。トカゲの背中は、緑濃い「サン・クレール山」(海抜184メートル)に当たるのだろう。背中から腰の部分に運河が縦横にうがたれ、町並みが形成される。昔は漁師の町だったろうが、今はたくさんのヨットが係留されて、ちょっとしたヨット・ハーバーだ。
 こんな町にまったく異質な詩人が二人生まれた。20世紀の知性ポール・ヴァレリーと現代の吟遊詩人ジョルジュ・ブラッサンスだ。

写真は生前ヴァレリーが歌い、没後ヴァレリーの眠る『海辺の墓地』

  • 【セート駅】<br /><br />モンペリエから列車で約30分、セートに到着。駅から町の中心地まで、ブラブラ歩く。

    【セート駅】

    モンペリエから列車で約30分、セートに到着。駅から町の中心地まで、ブラブラ歩く。

  • 【駅前の運河】<br /><br />セートは運河の町、たくさんの船が係留されています。

    【駅前の運河】

    セートは運河の町、たくさんの船が係留されています。

  • 【モリエール劇場】<br /><br />駅前の「ヴィクトール・ユゴー通り」を真直ぐ行くと、左手に、こんな小さな町には立派すぎるような劇場がありました。フランス人の劇好きがうかがわれます。

    【モリエール劇場】

    駅前の「ヴィクトール・ユゴー通り」を真直ぐ行くと、左手に、こんな小さな町には立派すぎるような劇場がありました。フランス人の劇好きがうかがわれます。

  • 【パレ・コンシュレール(領事宮殿)】<br /><br />運河の対岸に見えた美しい建物。

    【パレ・コンシュレール(領事宮殿)】

    運河の対岸に見えた美しい建物。

  • 【ポン・ド・カナル(運河橋)】<br /><br /> この橋を渡ると、町の中心地です。セート駅に着いたのは、12時少し過ぎた頃でしたので、駅から町の中心地へと、レストランの看板を吟味しながら歩きます。これがじつに楽しい時間。ところが僕にとっては楽しい時間でも、同行している妻にはもっともうんざりする時間らしい。「どこでもいいから、入りましょうよ」とか「歩き過ぎたわ」とか「食い意地はって」とか、非難的言辞が、レストランのメニューを検討する僕の背中につぶてのように投げかけられます。<br />町の向こうに見える緑が、「サン・クレール山」。

    【ポン・ド・カナル(運河橋)】

     この橋を渡ると、町の中心地です。セート駅に着いたのは、12時少し過ぎた頃でしたので、駅から町の中心地へと、レストランの看板を吟味しながら歩きます。これがじつに楽しい時間。ところが僕にとっては楽しい時間でも、同行している妻にはもっともうんざりする時間らしい。「どこでもいいから、入りましょうよ」とか「歩き過ぎたわ」とか「食い意地はって」とか、非難的言辞が、レストランのメニューを検討する僕の背中につぶてのように投げかけられます。
    町の向こうに見える緑が、「サン・クレール山」。

  • 【運河】<br /><br />橋の上から運河を撮る。

    【運河】

    橋の上から運河を撮る。

  • 【セートの町並み】<br /><br />レストラン探しをしています。そしてやっと・・・

    【セートの町並み】

    レストラン探しをしています。そしてやっと・・・

  •  たった一度しか食べられない、セートでの食事を求めて、歩くこと、約一時間、市庁舎近くの市場の入り口のこじんまりした小路「ミストラル通り」で、やっとねらいのレストランを見つけました。<br /> 要するに海の地元料理が食べたかったのです。<br /> 妻は、牡蠣料理(12ユーロ)、僕は烏賊(イカ)の赤ワイン煮(8ユーロ、「今日の料理 plat du jour」だった)と冷えたロゼワインを500ml(正確な金額は忘れました。8ユーロくらいだったかな)を注文しました。

     たった一度しか食べられない、セートでの食事を求めて、歩くこと、約一時間、市庁舎近くの市場の入り口のこじんまりした小路「ミストラル通り」で、やっとねらいのレストランを見つけました。
     要するに海の地元料理が食べたかったのです。
     妻は、牡蠣料理(12ユーロ)、僕は烏賊(イカ)の赤ワイン煮(8ユーロ、「今日の料理 plat du jour」だった)と冷えたロゼワインを500ml(正確な金額は忘れました。8ユーロくらいだったかな)を注文しました。

  • 【一見マズそうな烏賊の赤ワイン煮】<br /><br /> 僕の注文した、烏賊の赤ワイン煮は思った通りのものでした。真っ白な烏賊(たぶん紋甲烏賊)を残酷にも赤黒く煮込んであります。案の定、烏賊は柔らかく舌触りがよく美味しいものでした。

    【一見マズそうな烏賊の赤ワイン煮】

     僕の注文した、烏賊の赤ワイン煮は思った通りのものでした。真っ白な烏賊(たぶん紋甲烏賊)を残酷にも赤黒く煮込んであります。案の定、烏賊は柔らかく舌触りがよく美味しいものでした。

  • 【アサリのパスタ】<br /><br /> 路上にはみ出したテーブルで料理を待って10分くらいでしょうか、妻の前に登場したのは牡蠣とは似ても似つかぬ、アサリのパスタでした。びっくりした僕は、さっそく店の奥に行き、だれか他の客のを持ってきたのではないかと抗議、が驚くことに、注文を取ったお姐さんのメモ用紙にはアサリ料理と書かれていました。<br /> このお姐さん、僕の注文を聞きながら、べつのことを書いていたというわけです。まさか、名前も(存在も)知らない料理を僕が注文するわけがありません。とはいえ、ここで言い争う気持ちなどみじんもありません。「アサリのパスタ」のほうが、僕の(そして妻の)要望にずっと添っていたからです。牡蠣なら、フランスで何度か食べたことがありますが、アサリは初めてです。地中海のアサリも一興。怪我の功名かもしれません。<br /> ちなみに、妻もアサリに満足していました。僕もつまみ食いしましたが、日本にいるようななつかしい味(結論 : 地中海のアサリも、東京湾のアサリも変わりがない。アサリはアサリでした)。<br />

    【アサリのパスタ】

     路上にはみ出したテーブルで料理を待って10分くらいでしょうか、妻の前に登場したのは牡蠣とは似ても似つかぬ、アサリのパスタでした。びっくりした僕は、さっそく店の奥に行き、だれか他の客のを持ってきたのではないかと抗議、が驚くことに、注文を取ったお姐さんのメモ用紙にはアサリ料理と書かれていました。
     このお姐さん、僕の注文を聞きながら、べつのことを書いていたというわけです。まさか、名前も(存在も)知らない料理を僕が注文するわけがありません。とはいえ、ここで言い争う気持ちなどみじんもありません。「アサリのパスタ」のほうが、僕の(そして妻の)要望にずっと添っていたからです。牡蠣なら、フランスで何度か食べたことがありますが、アサリは初めてです。地中海のアサリも一興。怪我の功名かもしれません。
     ちなみに、妻もアサリに満足していました。僕もつまみ食いしましたが、日本にいるようななつかしい味(結論 : 地中海のアサリも、東京湾のアサリも変わりがない。アサリはアサリでした)。

  • 【ムースのデザート】<br /><br /> ロゼワインでほろ酔い加減の僕は、その後コーヒーを、妻は、鹿の角がついたような(鼈甲飴)巨大なムースのデザートを注文しました。<br />

    【ムースのデザート】

     ロゼワインでほろ酔い加減の僕は、その後コーヒーを、妻は、鹿の角がついたような(鼈甲飴)巨大なムースのデザートを注文しました。

  • 【防波堤】<br /><br /> 昼食後は、いよいよ最初の目的地、「海辺の墓地」に向かいました。墓地へ行く途中の高台から・・・

    【防波堤】

     昼食後は、いよいよ最初の目的地、「海辺の墓地」に向かいました。墓地へ行く途中の高台から・・・

  • 【ヴァレリーの墓】<br /><br /> レストランのあった町の中心から、ブラブラ歩いて10分くらいでしょうか、バス通りから枝分かれした急坂が、われわれを誘うかのように、上に延びていました。「海辺の墓地」は、サン・クレール山のふもと、海岸の絶壁(コルニッシュ)の上にあります。

    【ヴァレリーの墓】

     レストランのあった町の中心から、ブラブラ歩いて10分くらいでしょうか、バス通りから枝分かれした急坂が、われわれを誘うかのように、上に延びていました。「海辺の墓地」は、サン・クレール山のふもと、海岸の絶壁(コルニッシュ)の上にあります。

  • 【海辺の墓地からの眺め】<br /><br /> ですから、詩人ポール・ヴァレリー(1871-1945)はその詩『海辺の墓地』の中で、この墓地をエーゲ海の島にそびえ立つ神殿にたとえたのでしょうか。<br /><br />揺るぎなき宝、ミネルヴァに捧ぐ質素な神殿、<br />静寂の量感(マッス)、慎みの現れ、<br />気難しき水、それは、炎のヴェールの下で<br />多くの眠りを己自身の中に保ちつづける「目」、<br />おお 我沈黙す! ・・・魂の中にそびゆる建築<br />しかも千の瓦からなりし黄金の極み、「屋根」!<br /><br />ただ一度のため息にたとえられもする「時」の神殿、<br />その純粋の地点へと我は登り、慣れ染む、<br />海の眺めにぐるりと取り巻かれて。<br />神々に捧ぐ我が至高の供物として、<br />うららかな星のまたたきが<br />この高台に極度の軽蔑の種をまく。<br />(『海辺の墓地』Le Cimetière marin  第4連と第5連 訳に挑戦しましたが、あまりの難解さに音を上げました。失礼!)

    【海辺の墓地からの眺め】

     ですから、詩人ポール・ヴァレリー(1871-1945)はその詩『海辺の墓地』の中で、この墓地をエーゲ海の島にそびえ立つ神殿にたとえたのでしょうか。

    揺るぎなき宝、ミネルヴァに捧ぐ質素な神殿、
    静寂の量感(マッス)、慎みの現れ、
    気難しき水、それは、炎のヴェールの下で
    多くの眠りを己自身の中に保ちつづける「目」、
    おお 我沈黙す! ・・・魂の中にそびゆる建築
    しかも千の瓦からなりし黄金の極み、「屋根」!

    ただ一度のため息にたとえられもする「時」の神殿、
    その純粋の地点へと我は登り、慣れ染む、
    海の眺めにぐるりと取り巻かれて。
    神々に捧ぐ我が至高の供物として、
    うららかな星のまたたきが
    この高台に極度の軽蔑の種をまく。
    (『海辺の墓地』Le Cimetière marin 第4連と第5連 訳に挑戦しましたが、あまりの難解さに音を上げました。失礼!)

  • 【ヴァレリーの墓】<br /><br /> 20世紀を代表する詩人、知性の人、ヴァレリーの墓は、もしも教えてくれる人がいなかったなら、見つけることができなかったでしょう。<br /> 墓地に入った僕たちは、墓地の地図もなしに来たことを後悔し始めていました。詩人が神殿に見立てた墓地は広大で、何の標識もなく、ヴァレリーの墓を見つけることは、少しオーバーですが、砂漠で針の一本を探すような至難の業と思われました。<br /> 前方に唯一観光客らしき一団がいましたので、位置を訪ねますと、その中のひとりが、わざわざ先導してくれました。僕は「その必要がありません。教えてくだされば・・・」と言いましたが、彼女は坂道を厭いもせず、ずんずん登り、一つの墓を指し示しました。<br /> ヴァレリーの墓でした。確かに、はっきり指し示されなければ、わからないかもしれないような、そんな地味な墓でした。ですが、その位置から海の方を眺めると、海の眺めが水平線まで目に入る、絶景の地点でした。

    【ヴァレリーの墓】

     20世紀を代表する詩人、知性の人、ヴァレリーの墓は、もしも教えてくれる人がいなかったなら、見つけることができなかったでしょう。
     墓地に入った僕たちは、墓地の地図もなしに来たことを後悔し始めていました。詩人が神殿に見立てた墓地は広大で、何の標識もなく、ヴァレリーの墓を見つけることは、少しオーバーですが、砂漠で針の一本を探すような至難の業と思われました。
     前方に唯一観光客らしき一団がいましたので、位置を訪ねますと、その中のひとりが、わざわざ先導してくれました。僕は「その必要がありません。教えてくだされば・・・」と言いましたが、彼女は坂道を厭いもせず、ずんずん登り、一つの墓を指し示しました。
     ヴァレリーの墓でした。確かに、はっきり指し示されなければ、わからないかもしれないような、そんな地味な墓でした。ですが、その位置から海の方を眺めると、海の眺めが水平線まで目に入る、絶景の地点でした。

  • 【海辺の墓地】<br /><br /><br />風立ちぬ! ・・・生きんとせねば!<br />無限の大気が我が書を開いては閉じる、<br />砕け散った波が思い切り岩からほとばしる!<br />飛び去れ、めくるめく頁の数々!<br />波よ、砕け! はしゃいだ水たちで砕いてしまえ<br />三角帆の鳩らがついばんでいたこの平穏な屋根を!<br />(『海辺の墓地』最終連 拙訳)<br /><br />この「風立ちぬ」の詩句は堀辰雄の小説の題名になったことでも有名です(歌謡曲にもあった?)。

    【海辺の墓地】


    風立ちぬ! ・・・生きんとせねば!
    無限の大気が我が書を開いては閉じる、
    砕け散った波が思い切り岩からほとばしる!
    飛び去れ、めくるめく頁の数々!
    波よ、砕け! はしゃいだ水たちで砕いてしまえ
    三角帆の鳩らがついばんでいたこの平穏な屋根を!
    (『海辺の墓地』最終連 拙訳)

    この「風立ちぬ」の詩句は堀辰雄の小説の題名になったことでも有名です(歌謡曲にもあった?)。

  • 【ピ−の墓地】<br /><br /> 海辺の墓地を後にして、坂道を下ると、トカゲの右側、地中海の反対側の鹹湖トーの方に行くバス停がありました。さて、次も墓地、ピーの墓地へと向かいます。<br /> ピーの墓地は海辺の墓地と違いほとんど起伏がなく、平たく広がっていました。ここでも地図がなければ目指す墓地を探し当てることはできないでしょう。不安を抱きながら墓地に入ると、幸いにも、入り口に管理事務所があり、年配の管理人がつめていました。

    【ピ−の墓地】

     海辺の墓地を後にして、坂道を下ると、トカゲの右側、地中海の反対側の鹹湖トーの方に行くバス停がありました。さて、次も墓地、ピーの墓地へと向かいます。
     ピーの墓地は海辺の墓地と違いほとんど起伏がなく、平たく広がっていました。ここでも地図がなければ目指す墓地を探し当てることはできないでしょう。不安を抱きながら墓地に入ると、幸いにも、入り口に管理事務所があり、年配の管理人がつめていました。

  • 【墓の場所を聞くスキピオ】<br /><br />「ジョルジュ・ブラッサンスの墓はどこでしょうか?」<br /> 管理人はとたんに相好をくずして、立ち上がり、ついてくるように合図をしました。小径に立つと、次のように言いました。<br /> 「ここを真直ぐ行って、三つ目の角を右に曲がりなさい。ほら、あの松の木の下ですよ」<br /> 「やはり、松の木があるのですね」にやりとすると・・・<br /> 「ええ、もちろん、彼のために植えたのですから」と、ウインクをしました。

    【墓の場所を聞くスキピオ】

    「ジョルジュ・ブラッサンスの墓はどこでしょうか?」
     管理人はとたんに相好をくずして、立ち上がり、ついてくるように合図をしました。小径に立つと、次のように言いました。
     「ここを真直ぐ行って、三つ目の角を右に曲がりなさい。ほら、あの松の木の下ですよ」
     「やはり、松の木があるのですね」にやりとすると・・・
     「ええ、もちろん、彼のために植えたのですから」と、ウインクをしました。

  •  後ろを振り返ると、ブラッサンスの墓を示す標識が立っていました。訊くまでもなかったのです。孤高の詩人ヴァレリーと異なり、この吟遊詩人はあくまで民衆を愛し、民衆に愛され、民衆として生きたから、墓参者が絶えないのでしょう。見ると、例の松の木の方に、何組かの墓参者の群れがありました。

     後ろを振り返ると、ブラッサンスの墓を示す標識が立っていました。訊くまでもなかったのです。孤高の詩人ヴァレリーと異なり、この吟遊詩人はあくまで民衆を愛し、民衆に愛され、民衆として生きたから、墓参者が絶えないのでしょう。見ると、例の松の木の方に、何組かの墓参者の群れがありました。

  • 【ジョルジュ・ブラッサンスの墓】<br /><br /> ところで、「松の木」のことですが、ブラッサンスは生前『セートの浜辺への埋葬祈願』(奥地 睦二・佐藤 哲生・小川 和洋共訳)という遺言のような詩を残し、その中で、「自分の墓に、お願いだから、松の木を、できたら笠松を植えてくれ」と歌っているからです。<br /> ブラッサンスの墓は、本人の願いもむなしく、写真付きの立派な墓で、しかも何人かの家族の者と同居していました。松の木は、本人の希望をことごとく裏切った埋葬者たちの、弁明なのでしょうか。<br />

    【ジョルジュ・ブラッサンスの墓】

     ところで、「松の木」のことですが、ブラッサンスは生前『セートの浜辺への埋葬祈願』(奥地 睦二・佐藤 哲生・小川 和洋共訳)という遺言のような詩を残し、その中で、「自分の墓に、お願いだから、松の木を、できたら笠松を植えてくれ」と歌っているからです。
     ブラッサンスの墓は、本人の願いもむなしく、写真付きの立派な墓で、しかも何人かの家族の者と同居していました。松の木は、本人の希望をことごとく裏切った埋葬者たちの、弁明なのでしょうか。

  • 【墓の上の写真】<br /><br />   我が家の墓穴は残念ながらさして新しくはない<br />   俗に言えば押し合いへし合いもいいとこだ<br />   おまけにここから誰も出て行く者はない<br />   遅過ぎたきらいがあるんだから言えやしない<br />   此処の律義な先住者達に「ちょっとつめて下さいな<br />   新入りのためにどうにかこうにかして」なんて<br />  (第4連 奥地 睦二・佐藤 哲生・小川 和洋共訳)

    【墓の上の写真】

       我が家の墓穴は残念ながらさして新しくはない
       俗に言えば押し合いへし合いもいいとこだ
       おまけにここから誰も出て行く者はない
       遅過ぎたきらいがあるんだから言えやしない
       此処の律義な先住者達に「ちょっとつめて下さいな
       新入りのためにどうにかこうにかして」なんて
      (第4連 奥地 睦二・佐藤 哲生・小川 和洋共訳)

  • 【松の木】<br /><br /> 彼はこう歌って、混み合った先祖の墓にではなく、海岸線の砂浜に埋葬して欲しいと頼んでいます。そうすれば、<br /><br />   彼が僕より素晴らしい詩句を書いたところで<br />   僕の墓地は少なくとも彼のよりは海寄りで<br />   土地の人達の苦情を聞かないのがいい<br />  (第8連 奥地 睦二・佐藤 哲生・小川 和洋共訳)<br /><br /> ちなみに、「彼」とは、彼の大先達、ポール・ヴァレリーのことです。つまり、詩句では20世紀最大のこの郷土の詩人に劣っても、せめて彼よりは海に近い所に埋葬して欲しいと願っているのです。

    【松の木】

     彼はこう歌って、混み合った先祖の墓にではなく、海岸線の砂浜に埋葬して欲しいと頼んでいます。そうすれば、

       彼が僕より素晴らしい詩句を書いたところで
       僕の墓地は少なくとも彼のよりは海寄りで
       土地の人達の苦情を聞かないのがいい
      (第8連 奥地 睦二・佐藤 哲生・小川 和洋共訳)

     ちなみに、「彼」とは、彼の大先達、ポール・ヴァレリーのことです。つまり、詩句では20世紀最大のこの郷土の詩人に劣っても、せめて彼よりは海に近い所に埋葬して欲しいと願っているのです。

  • 【「エスパス・プラッサンス』を示す標識】<br /><br /> 墓地からバス停で一区間ほどのところに「エスパス・ブラッサンス」があります。ここでブラッサンスの生涯の足跡が見られるはず。左手墓地の先に鹹湖トーが広がり、右手には緑なすサン・クレール山の山麓が這い上がる広大な視界の中をブラブラ歩きますと、右にブラッサンスおなじみのくわえパイプの標識が現れました。

    【「エスパス・プラッサンス』を示す標識】

     墓地からバス停で一区間ほどのところに「エスパス・ブラッサンス」があります。ここでブラッサンスの生涯の足跡が見られるはず。左手墓地の先に鹹湖トーが広がり、右手には緑なすサン・クレール山の山麓が這い上がる広大な視界の中をブラブラ歩きますと、右にブラッサンスおなじみのくわえパイプの標識が現れました。

  • 【エスパス・ブラッサンス】<br /><br /> 先には、ガラスとコンクリートの超近代的な建物があります。これが今回の旅の目的地の一つ「エスパス・ブラッサンス」です。さっそく中に入り、入場券を求めます(大人5ユーロ)。すると、受付の中年の男性に「どちらから来たか」と訪ねられました。おそらく東洋人の入来は珍しいのでしょう。「日本人」と答えると、とたんに相好が崩れます。日本が、特に「俳句」が好きなのだそうです。僕は僕で、ブラッサンス大好き人間だと自己紹介しておきました。

    【エスパス・ブラッサンス】

     先には、ガラスとコンクリートの超近代的な建物があります。これが今回の旅の目的地の一つ「エスパス・ブラッサンス」です。さっそく中に入り、入場券を求めます(大人5ユーロ)。すると、受付の中年の男性に「どちらから来たか」と訪ねられました。おそらく東洋人の入来は珍しいのでしょう。「日本人」と答えると、とたんに相好が崩れます。日本が、特に「俳句」が好きなのだそうです。僕は僕で、ブラッサンス大好き人間だと自己紹介しておきました。

  • 【「ジャンヌのアヒルの部屋】<br /><br /> 入り口で、オーディオ・ガイドのヘッドホーンを渡されます。これが優れものでした。<br /> 展示室の部屋に入るごとに、その部屋で展示されているテーマに合った彼の曲が聞こえてくる仕組みになっています。例えば、彼の生涯の友人ジャンヌ(とその夫)との出会いと生活の展示室では、『ジャンヌのアヒル』が、耳の中に流れ込むというわけです。<br /><br /> 《ジャンヌは料理に使うつもりで雌のあひるを一羽買った。けれどジャンヌも居候のブラッサンスも、そのあひるを絞め殺す気にはなれなかった。あひるはこの家で一種の神聖な鳥に成ってしまい、やがて年老いて死んだ。この実際にあった話をブラッサンスは『ジャンヌのあひる』というシャンソンにした。・・・(略)》<br /><br />ジャンヌのあひる  La cane de Jeanne 1953<br />   <br />   ジャンヌの<br />   あひるは<br />   めでたい正月に死んだ<br />   前の日に<br />   めずらしく<br />   卵を産んで<br /><br />   ジャンヌの<br />   あひるは<br />   風邪をひいて<br />   死んだ<br />   どうもそうらしい<br />   かわいそうに<br />  <br />   ジャンヌの<br />   あひるは<br />   卵をだいて<br />   死んだ<br />   まっさらな羽根の<br />   綺麗な衣装で<br /><br />   ジャンヌの<br />   あひるは<br />   つれあいがなかった<br />   羽根と卵をもらったのは<br />   あかの他人の<br />   わたしらだった <br /><br />   みんなみんな<br />   きっと<br />   長いこと<br />   覚えているだろう<br />   ジャンヌのあひるの<br />   思い出を<br />   何てこったんだと<br />(第10連 奥地 睦二・佐藤 哲生・小川 和洋共訳 解説も)

    【「ジャンヌのアヒルの部屋】

     入り口で、オーディオ・ガイドのヘッドホーンを渡されます。これが優れものでした。
     展示室の部屋に入るごとに、その部屋で展示されているテーマに合った彼の曲が聞こえてくる仕組みになっています。例えば、彼の生涯の友人ジャンヌ(とその夫)との出会いと生活の展示室では、『ジャンヌのアヒル』が、耳の中に流れ込むというわけです。

     《ジャンヌは料理に使うつもりで雌のあひるを一羽買った。けれどジャンヌも居候のブラッサンスも、そのあひるを絞め殺す気にはなれなかった。あひるはこの家で一種の神聖な鳥に成ってしまい、やがて年老いて死んだ。この実際にあった話をブラッサンスは『ジャンヌのあひる』というシャンソンにした。・・・(略)》

    ジャンヌのあひる  La cane de Jeanne 1953
       
       ジャンヌの
       あひるは
       めでたい正月に死んだ
       前の日に
       めずらしく
       卵を産んで

       ジャンヌの
       あひるは
       風邪をひいて
       死んだ
       どうもそうらしい
       かわいそうに
      
       ジャンヌの
       あひるは
       卵をだいて
       死んだ
       まっさらな羽根の
       綺麗な衣装で

       ジャンヌの
       あひるは
       つれあいがなかった
       羽根と卵をもらったのは
       あかの他人の
       わたしらだった 

       みんなみんな
       きっと
       長いこと
       覚えているだろう
       ジャンヌのあひるの
       思い出を
       何てこったんだと
    (第10連 奥地 睦二・佐藤 哲生・小川 和洋共訳 解説も)

  • 【展示室】<br /><br />「エスパス」は、ブラッサンシストを任ずる僕にとっては時間を忘れる、まるで竜宮城のような場所でした。とどめは、一番奥の上映室に極まります。なんと、彼のコンサートの映像を連綿と流しつづけているのです。<br /> 妻に促されて、やっと帰り支度。帰り際、先ほどのムッシューに、「どうでした?」と感想を求められました。もちろん、僕の口から出るのは感動のあめあられ。それどころか、酔ってもいないのに(展示に酔ったか?)、僕は少し、『オーヴェルニュの人に捧げる歌』を口ずさんだほどです。<br />♪Elle est à toi, cette chanson<br />♪Toi, l’Auvergnat qui, sans façon<br />♪M’as donné quatre bouts de bois<br />♪Quand dans ma vie il faisait froid …<br />これはあなたの歌です。<br />あなた、オ−ヴェルニュの人よ。さりげなく<br />わたしに薪をなん本かめぐんでくれた、<br />わたしが寒くて寒くてしょうのない時に。(拙訳)

    【展示室】

    「エスパス」は、ブラッサンシストを任ずる僕にとっては時間を忘れる、まるで竜宮城のような場所でした。とどめは、一番奥の上映室に極まります。なんと、彼のコンサートの映像を連綿と流しつづけているのです。
     妻に促されて、やっと帰り支度。帰り際、先ほどのムッシューに、「どうでした?」と感想を求められました。もちろん、僕の口から出るのは感動のあめあられ。それどころか、酔ってもいないのに(展示に酔ったか?)、僕は少し、『オーヴェルニュの人に捧げる歌』を口ずさんだほどです。
    ♪Elle est à toi, cette chanson
    ♪Toi, l’Auvergnat qui, sans façon
    ♪M’as donné quatre bouts de bois
    ♪Quand dans ma vie il faisait froid …
    これはあなたの歌です。
    あなた、オ−ヴェルニュの人よ。さりげなく
    わたしに薪をなん本かめぐんでくれた、
    わたしが寒くて寒くてしょうのない時に。(拙訳)

  • 【エスパス・ブラッサンス】<br /><br /> ムッシューのほうは、芭蕉の句を披露してくれました。僕は、レンモン・クノー(句集を出している)を知っているか、と訊いてみました。すると、さすが俳句のオジさん(失礼! 僕より年下かも)、ご存知でした。訪問客ノートに書けというので、Brassensisteを目指していると、汚い字ながらフランス語で書きますと、益々親密感を抱いてくれたのでしょう、売り物と思われるブラッサンスの大きなポスターを僕に差し出し、持って行けと言います。せっかくだから、いただきました。念のため言っておきますが、受付嬢など何人もスタッフがカウンター内にいたのです。彼女たちは、二人のにわか友達を見て、みなにこにこしていました。もしセートに宿泊予定なら、このムッシューと一晩語り明かしたかもしれません。<br /> セートにはよい想い出ができたものです。

    【エスパス・ブラッサンス】

     ムッシューのほうは、芭蕉の句を披露してくれました。僕は、レンモン・クノー(句集を出している)を知っているか、と訊いてみました。すると、さすが俳句のオジさん(失礼! 僕より年下かも)、ご存知でした。訪問客ノートに書けというので、Brassensisteを目指していると、汚い字ながらフランス語で書きますと、益々親密感を抱いてくれたのでしょう、売り物と思われるブラッサンスの大きなポスターを僕に差し出し、持って行けと言います。せっかくだから、いただきました。念のため言っておきますが、受付嬢など何人もスタッフがカウンター内にいたのです。彼女たちは、二人のにわか友達を見て、みなにこにこしていました。もしセートに宿泊予定なら、このムッシューと一晩語り明かしたかもしれません。
     セートにはよい想い出ができたものです。

  • 【ジョルジュ・ブラッサンスの知的な風貌】<br />(「エスパス・ブラッサンス」で買った絵葉書を転載)<br /><br />

    【ジョルジュ・ブラッサンスの知的な風貌】
    (「エスパス・ブラッサンス」で買った絵葉書を転載)

  • 【戦後シャンソン界の三巨匠、左からジャック・ブレル、レオ・フェレ、ジョルジュ・ブラッサンス】<br />(「エスパス・ブラッサンス」で買った絵葉書を転載)<br /><br /> 強烈な個性の三人は、一体どんなことを話したのでしょうか。今は、三人とも鬼籍に入ってます。

    【戦後シャンソン界の三巨匠、左からジャック・ブレル、レオ・フェレ、ジョルジュ・ブラッサンス】
    (「エスパス・ブラッサンス」で買った絵葉書を転載)

     強烈な個性の三人は、一体どんなことを話したのでしょうか。今は、三人とも鬼籍に入ってます。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • おでぶねこさん 2008/09/28 23:32:01
    お帰りなさい。
    スキピオさん、こんばんは。
    お久しぶりです。そしてお帰りなさい。
    素敵な旅行記が始まりましたね。
    スキピオさんならではのフランスに精通したこだわりの旅に
    おでぶねこもワクワクしています。

    素敵な詩人を訪ねての旅・・・。
    おでぶねこにはちんぷんかんぷんですが・・・。(*^^*)
    スキピオさんにとって至福の時間だったことでしょうね。
    そして俳句好きの素敵なおじ様との出会いも
    旅の良い思い出になりましたね。
    旅先での出会いは本当に数奇な運命のご褒美だと思います。

    おでぶねこも先日旅から戻りました。
    旅って本当にいいなぁ・・・。
    しみじみかみ締めているところです。

    続きの旅行記も楽しみにしていますね。

     おでぶねこ


    スキピオ

    スキピオさん からの返信 2008/09/30 22:11:23
    RE: お久しぶりです。
    おでぶねこさん、こんにちは。自己満足のような旅行記を訪ねて下さり、ありがとう。これからぼちぼち、他のも書いて行くつもりです。
    でも、おでぶねこさんもちょうどその頃(ほぼすれ違い?)、ヨーロッパにいたのですね。スロベニアを拝見しました。おでぶねこさんの精力的な行動力に、ますます感心しております。僕もおでぶねこさんの旅行記の完成を楽しみにしております。

    スキピオ

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