2008/01 - 2008/01
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ケッタコグさん
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「うだつの上がらない野郎だ」
??…恥ずかしながら意味を知らなかった。何のことだろうか
と調べてみると…
「出世したり地位が上がったりしない。金銭に恵まれない。よい境遇になれない」
(語言由来辞典より)
…なんとも戴けない例えではありますが。。
ともかく「うだつ」ってなんでしょうか?
その答えが美濃市、上有知(こうずち)の町にありました。
-
まだ早い冬の朝。
八幡神社の手水場には薄氷が張っていました。 -
八幡神社境内にある「足乳(たらちち)の杉」。
母乳がよく出るという願いから、
木のコブの部分にはいくつかのお賽銭が挟んでありました。 -
これが「うだつ」です。
漢字で「卯達」と書きます。
江戸時代中期この上有知の町に大火災が起こり、
町中の多くの家々が焼けてしまったそうです。
そのためにたとえ火事が起きたとしても、
隣家に燃え移るのを防ぐために考え出されたのが、
隣り合う家と家との境に作られた「うだつ」だといわれています。
普通「うだつ」は家の境に一つしか作られないのですが、
ここかでは珍しいダブルうだつが見られます。 -
「うだつ」は防火のために作られたものだからでしょうか、
屋根の上に龍の形のした枝を乗せたものもありました。
じっくり見ると全てのうだつは形が違います。 -
最初は防火意識のため上げられた「うだつ」でありましたが、近隣の家々が次々に「うだつ」を上げ始めたので、そのうちに「うだつ」の美を競い始めるようになりました。
そのため、防火だけのために作られたシンプルだった「うだつ」が、段々と高く、豪華になっていくのでした。
じきに「うだつ」そのものが富の象徴と見られるようになり、
「うだつの上がる家=金持ち、出世した」とされ、
逆に、
「うだつの上がらない家=貧乏、パッとしない」
となってしまい、
「うだつの上がらない人」
という言葉が生まれたそうです。
長くてすみません…。 -
「小坂家住宅」(国重要文化財)
現在でも造り酒屋を営まれています。
こちらは「むくり屋根」といって屋根が曲線を描いているのが特徴です。もちろん立派な「うだつ」も上がっています。 -
宝勝院の庫裏。
元々は現在の小倉公園内にあった小学校でしたが、移転を機にこちらに移築されたそうです。
柱や屋根が西洋建築のデザイン風で文明開化の香りがします。 -
美濃和紙の問屋をしていた旧今井家住宅です。
現在は美濃史料館となり、内部が見学できるようになっています。(大人/個人 300円) -
中を見学させていただきました。
ちょうど、ひな飾りの展示がしてありました。 -
中から外の街道を眺める。
意外と外からは見えないんですよね。 -
天井の明り取り。
-
水琴窟です。
瓶の中に水を落とすと…
「キーン、コン、キン」
と心地よい音が響きます。 -
他にも奥には色々な展示物があり、
美濃の歴史、和紙の関係等のことが学べます。
お邪魔しました。。 -
馬つなぎ石。
文字通りこの石に馬の綱を引っ掛けて止めておくものです。
昔は多くの家にこの石があったそうです。 -
店先のフクロウ。
-
うだつの町並みから離れ、小倉公園に向かいます。
途中、国道156号の道沿いに立派な松があります。
これは「長近(ながちか)の松」といいます。
小倉山に城を築き、上有知の町を整備した武将「金森長近(かなもりながちか」にちなみ命名されたものです。
電線がジャマやな。。 -
小倉公園にきました。
写真の櫓は模擬櫓ですが、それを支える石垣は金森長近が400年前に築いたものだと言われています。
金森長近は織田信長や豊臣秀吉に仕え、飛騨の姉小路攻めなどで功を賞され飛騨一国を与えられた人物です。
長近は街づくりの名手としても知られています。
京都の文化に感銘を受けていたとされており、各地で造った町並みは「小京都」と呼ばれるような碁盤目の形をした所が多く、飛騨高山をはじめ越前大野、そしてこの美濃上有知も金森長近が築城&町の造成を行った地であります。
地図で見るとうだつの町並みは「目」の形になっています。 -
さて小倉山に登頂だ!
途中、紅白の幕が掛った小屋がいくつもあります。
この小倉公園はサクラの名所でもあり、花見のシーズンにもなると多くのお客さんで賑わいます。
ここは花より団子&酒を楽しむ方々のために設けられた小屋です。 -
小倉山城の二の丸があった場所は現在小倉公園の駐車場、ミニ動物園などになっています。
ちょうどサルの親子がひなたぼっこ&毛づくろいをしていました。なんだか微笑ましいです^^ -
こちらはシカ。暇そうでした。
他にもクジャクやアヒルなんかもいましたね。 -
そして特に見所もなく一気に登頂!
見えてきました天守閣…いや天守閣型の展望台。。
下からここまで約10分。手軽です。 -
展望台から北を見る。
もともとこの土地には佐藤氏という武将が守る「鉈尾山城」という山城がありました。
(右手グランドの奥の山がそれです)
佐藤氏が関ヶ原の合戦で西軍に味方し敗れ、その後釜として入部したのが金森長近でした。戦国期から太平の江戸時代に入り、生活に不便な山城を廃して新たな城をこの小倉山に築いたのです。 -
南方向には長良川が下流に向かって流れます。
この真下に小さく灯台が見えますが、ここが上有知湊です。
ここから水運を使って特産品である「美濃和紙」などを長良川を下って岐阜や尾張方面に運んでいました。 -
再び山の麓へ降りて「清泰寺」へ。
ここは金森長近の菩提寺となっています。 -
清泰寺の本堂。
-
境内には小さな神社も祀られているのですが、その額をみると「金森大権現」とあります。
東照大権現というと徳川家康を祀る神の化身なのですが、金森長近もここの土地の方々からは神として崇められている存在なのでしょうか。 -
長良川に向かう途中は急な坂を下りていかねばなりません。
うだつの町に行くためにはこの急坂を上り下りしなければならず、昔の人は荷物を運ぶのに大変苦労したそうです。 -
長良川に出ると見えてくるのが「上有知灯台」です。
江戸末期に夜の川を照らすために造られました。
この地は郡上、飛騨、関、武芸、津保、牧谷の6つの街道の集散地として栄え、この湊から長良川を使い各地へと物資が運ばれていました。上有知の町…うだつの上がる街並みにうだつが上がる発展をしたのはこの湊があったからだというのは間違いないのでしょう。 -
対岸から見た灯台と小倉山。
-
明治末期になり鉄道ができたため、この湊も少しずつ廃れていきました。。
また上有知(こうずち)という地名も失われます。
理由は…どう読むのかわからないからということでした。
私も最初は正直、読めなかったです^^;
そして名産品の美濃紙を広めるため町名を「美濃町」として生まれ変わります。
(現在は美濃市)
しかし、その湊の繁栄を追いやった鉄道(名鉄美濃駅)も1999年に廃止となりました。
時の流れは速いです。 -
長良川にかかる「美濃橋」。
大正5年に掛けられたものですから、もう90年以上になります。
「橋濃美」と書かれているのに時代を感じます。
看板に「通行は20人以内に制限してください」と書かれていますので、渡るのが少し怖いです^^; -
ケッタ(自転車)で渡ってみるとカタカタと敷き板の音…思ったほどの恐怖感はないけど一気にスピードつけようという気にはなれません。
この地を約一世紀かけて見守った橋を渡ったと思うと感慨深いです。 -
日が暮れて再度うだつの街並みへ…。
町は静まりかえっていましたが、一軒の家の中から優しい光が…
伝統の美濃和紙で作られた「あかりアート」。
歴史を流れ今を生きる街がここにはありました。
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この旅行記へのコメント (3)
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- ミカンさん 2009/12/19 23:43:31
- うだつの上がる町並み
- ケッタコグさん はじめまして。
私は毎年冬になると国道156を通って奥美濃のスキー場へ行くのですが、
美濃市内を走行していると「うだつの上がる町なみ」という看板があり、
うだつって何だろう?とずっと気になっていました。
いつも車中、皆とその話題になって「うだつの上がらない」のうだつでしょ!って話にはなるけど、結局うだつ自体が何かわからない!!
気になって、うだつの上がる町を車で通ってみた事もあったけど、
暗い時間帯だったので古い町並みがあるのはわかったけど、他は暗くてわかりませんでした。
しかし、ケッタコグさんの旅行記を見てやっとうだつの謎が解けました!!
うだつの上がる町、雰囲気がステキですね♪
今度はスキー場ついでではなく、うだつ目的で昼間にゆっくり訪れてみたいと思いました。
私もケッタ持っていこうかな?
ミカン
-
- シンバさん 2008/09/15 07:43:35
- 悲鳴の上がる小倉公園
- ケッタコグさん おはようございます♪
どえらいケッタこいどりんさるんやねぇ〜。
「うだつの上がる街並み」は留学生が来てくれていた2年程前に行きました!
しかし、小倉公園!は、おそらく・・・30年ぶり!(^^)!
我が家のイベントでした。
夏の夜、夕涼みがてらドライブ。そして「影踏み」を広場でやりました。
母方のおばあちゃんと田楽を食べた記憶があって、
父方のおじいちゃんと田楽を食べてる写真が実家にあります。
そして何よりのおもひで、
・・・公園にタヌキが居て柵に指を入れたら、
「う・・・ぎゃぁあぁーーーー!!!」
幸いにも今10本とも指は健在なのですが、あの痛みは今でも鮮明に蘇ります。
シンバ
- ケッタコグさん からの返信 2008/09/15 22:13:42
- RE: 悲鳴の上がる小倉公園
- シンバさん、こんばんは☆
またまたローカルネタに来ていただきましてありがとうございます^^
> しかし、小倉公園!は、おそらく・・・30年ぶり!(^^)!
>
> 我が家のイベントでした。
> 夏の夜、夕涼みがてらドライブ。そして「影踏み」を広場でやりました。
>
> 母方のおばあちゃんと田楽を食べた記憶があって、
> 父方のおじいちゃんと田楽を食べてる写真が実家にあります。
>
> そして何よりのおもひで、
> ・・・公園にタヌキが居て柵に指を入れたら、
> 「う・・・ぎゃぁあぁーーーー!!!」
> 幸いにも今10本とも指は健在なのですが、あの痛みは今でも鮮明に蘇ります。
シンバさんにとって小倉公園は懐かしくって良い思い出も痛い思い出もある場所なんですね^^;
公園内に動物園があるって昭和の香りがしてイイ感じですよねぇ。
岐阜公園も昔はペンギンとかいたけど、知らぬ間にいなくなっちゃったし…。
しかし動物園にタヌキがいたってのも昭和やなぁ〜。
ケッタコグ
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