2008/09/07 - 2008/09/07
327位(同エリア711件中)
一歩人さん
東京のお祭りには、一種の町おこしに貢献している所がありますよね。
こちらは、落語の「目黒のさんま」伝説が由来となっているのでしょうか。
一方で、主催者のなみなみならぬ熱意が感じられます。
商店街を中心に、岩手、徳島、栃木と他県のご協力もすばらしいと思いました。
こうした町起こしが、地元や郷里でも立ち上げられないものでしょうか。
と、思いつつ、たずねて来ました。
例によって、目黒区の歴史も少し、載せてみました。お楽しみに。
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- JRローカル
-
1 燃え盛るさんま?
目黒駅を出ると、うっすらとぼやが立ち込めていました。
(江戸の目黒)
鷹狩場として、将軍や大名の狩猟が
行われた場所であった。 -
2 スタッフめ組?
4つの団体の支援とか。
(江戸の目黒:家光将軍)
特に、家光は、碑文谷への遊猟が一回、
目黒辺の放鷹が6回と記録されているとか。 -
3 スタッフの完全防備
全身をつつむスタッフさんたち。
(江戸の目黒:放鷹)
放鷹の際、立ち寄ったのが中目黒の
一軒茶屋(爺が茶屋)。 -
4 ぼやの正体は、やはりさんま。
焼く、焼く、ひたすら焼いておりました。
(江戸の目黒:茶屋の主人)
茶屋の主人は百姓彦四郎。 -
5 ぼやの中を通る人々
私たちも煙に巻かれながら、通りました。
(江戸の目黒:爺、爺)
家光はことのほか愛し、爺、爺と
声をかけたので、爺が茶屋とも
呼ばれるようになったとか。 -
6 ひたすら待つ
待ち焦がれる行列。10人単位で、
点呼がかっていたように思います。
(江戸の目黒:湯茶の接待)
茶屋では、はじめは湯茶の接待だけ
であった。 -
7 盛り付けも真剣でした
盛る、盛る、次々に、さんま、ゆず、大根が
盛られていきます。
(江戸の目黒:団子も)
が、10代将軍家治が立ち寄った時、
はじめて団子や田楽を差し出した。 -
8 盛り付けも手際よく
点呼のわけもわかります。
ただいま、午後2時30分。
10時開始でもまだ、どっさりのさんま。
(江戸の目黒:魚の田楽も)
その後、
里芋や魚の田楽をつくって出すように
なったとか。さんま伝説もここからか。 -
09 ミスすだち大使
徳島からの参加でしょうか。
ご協力ありがとうございます。
(江戸図屏風)
3代将軍家光の江戸の様子を
えがいたとされる江戸図屏風にも
目黒の鷹狩場としての様子が
描かれています。 -
10 体験
すだちのつかみどりが行われておりました。
(江戸図屏風:目黒の鷹狩)
目黒での鷹狩は、家臣や共を大勢動員し、
大規模に行われているとか。 -
11 交通安全のイベントも
子供たちを楽しませるイベントが一角でも。
(江戸図屏風:目黒の家光)
崖の上では、鳥を狩場に追い立てる様子を
見物する家光らしき人物が見えるとか。 -
12 シートベルト横転体験
見ていても、目が回るようでした。
(近代の目黒)
駒場農学高校の開校、山手線の開通、
ビール工場の設立、目黒競馬場の開設
(後に、府中に移転)と続いたとか。 -
13 バスの運転手体験?
子供たちは、大喜びでした。
そばには、都バスの運転台へ
座ることのできるバス1台駐車。
(近代の目黒)
駒場農学高校
明治11年(1878年)開校。
札幌農学校ならんで、明治初期の
農業技術の指導者育成に貢献。 -
14 輪投げ体験?
都営バスの運転手さんが遊び相手?
(近代の目黒)
山手線の開通
明治18年(1885年)、品川ー赤羽間に開通し、
目黒駅(所在地は品川区)も営業開始。 -
15 さしみ、塩焼き、そして佃煮
新橋で、見つけました。
(近代の目黒)
日本麦酒会社
明治20年、三田村に創立。
三田用水の水を使った。
事業拡大とともに、目黒村の村税の
半分以上を会社が負担し、貢献。
(参考文献)江戸図屏風を読む、江戸東京学事典
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