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東京のお祭りには、一種の町おこしに貢献している所がありますよね。<br />こちらは、落語の「目黒のさんま」伝説が由来となっているのでしょうか。<br />一方で、主催者のなみなみならぬ熱意が感じられます。<br />商店街を中心に、岩手、徳島、栃木と他県のご協力もすばらしいと思いました。<br />こうした町起こしが、地元や郷里でも立ち上げられないものでしょうか。<br />と、思いつつ、たずねて来ました。<br />例によって、目黒区の歴史も少し、載せてみました。お楽しみに。<br />

江戸東京紀行(目黒のさんま伝説の巻)

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2008/09/07 - 2008/09/07

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一歩人

一歩人さん

東京のお祭りには、一種の町おこしに貢献している所がありますよね。
こちらは、落語の「目黒のさんま」伝説が由来となっているのでしょうか。
一方で、主催者のなみなみならぬ熱意が感じられます。
商店街を中心に、岩手、徳島、栃木と他県のご協力もすばらしいと思いました。
こうした町起こしが、地元や郷里でも立ち上げられないものでしょうか。
と、思いつつ、たずねて来ました。
例によって、目黒区の歴史も少し、載せてみました。お楽しみに。

同行者
家族旅行
交通手段
JRローカル
  • 1 燃え盛るさんま?<br />目黒駅を出ると、うっすらとぼやが立ち込めていました。<br /><br />(江戸の目黒)<br />鷹狩場として、将軍や大名の狩猟が<br />行われた場所であった。<br />

    1 燃え盛るさんま?
    目黒駅を出ると、うっすらとぼやが立ち込めていました。

    (江戸の目黒)
    鷹狩場として、将軍や大名の狩猟が
    行われた場所であった。

  • 2 スタッフめ組?<br />4つの団体の支援とか。<br /><br />(江戸の目黒:家光将軍)<br />特に、家光は、碑文谷への遊猟が一回、<br />目黒辺の放鷹が6回と記録されているとか。<br />

    2 スタッフめ組?
    4つの団体の支援とか。

    (江戸の目黒:家光将軍)
    特に、家光は、碑文谷への遊猟が一回、
    目黒辺の放鷹が6回と記録されているとか。

  • 3 スタッフの完全防備<br />全身をつつむスタッフさんたち。<br /><br />(江戸の目黒:放鷹)<br />放鷹の際、立ち寄ったのが中目黒の<br />一軒茶屋(爺が茶屋)。<br />

    3 スタッフの完全防備
    全身をつつむスタッフさんたち。

    (江戸の目黒:放鷹)
    放鷹の際、立ち寄ったのが中目黒の
    一軒茶屋(爺が茶屋)。

  • 4 ぼやの正体は、やはりさんま。<br />焼く、焼く、ひたすら焼いておりました。<br /><br />(江戸の目黒:茶屋の主人)<br />茶屋の主人は百姓彦四郎。<br />

    4 ぼやの正体は、やはりさんま。
    焼く、焼く、ひたすら焼いておりました。

    (江戸の目黒:茶屋の主人)
    茶屋の主人は百姓彦四郎。

  • 5 ぼやの中を通る人々<br />私たちも煙に巻かれながら、通りました。<br /><br />(江戸の目黒:爺、爺)<br />家光はことのほか愛し、爺、爺と<br />声をかけたので、爺が茶屋とも<br />呼ばれるようになったとか。<br />

    5 ぼやの中を通る人々
    私たちも煙に巻かれながら、通りました。

    (江戸の目黒:爺、爺)
    家光はことのほか愛し、爺、爺と
    声をかけたので、爺が茶屋とも
    呼ばれるようになったとか。

  • 6 ひたすら待つ<br />待ち焦がれる行列。10人単位で、<br />点呼がかっていたように思います。<br /><br />(江戸の目黒:湯茶の接待)<br />茶屋では、はじめは湯茶の接待だけ<br />であった。<br />

    6 ひたすら待つ
    待ち焦がれる行列。10人単位で、
    点呼がかっていたように思います。

    (江戸の目黒:湯茶の接待)
    茶屋では、はじめは湯茶の接待だけ
    であった。

  • 7 盛り付けも真剣でした<br />盛る、盛る、次々に、さんま、ゆず、大根が<br />盛られていきます。<br /><br />(江戸の目黒:団子も)<br />が、10代将軍家治が立ち寄った時、<br />はじめて団子や田楽を差し出した。<br />

    7 盛り付けも真剣でした
    盛る、盛る、次々に、さんま、ゆず、大根が
    盛られていきます。

    (江戸の目黒:団子も)
    が、10代将軍家治が立ち寄った時、
    はじめて団子や田楽を差し出した。

  • 8 盛り付けも手際よく<br />点呼のわけもわかります。<br />ただいま、午後2時30分。<br />10時開始でもまだ、どっさりのさんま。<br /><br />(江戸の目黒:魚の田楽も)<br />その後、<br />里芋や魚の田楽をつくって出すように<br />なったとか。さんま伝説もここからか。<br />

    8 盛り付けも手際よく
    点呼のわけもわかります。
    ただいま、午後2時30分。
    10時開始でもまだ、どっさりのさんま。

    (江戸の目黒:魚の田楽も)
    その後、
    里芋や魚の田楽をつくって出すように
    なったとか。さんま伝説もここからか。

  • 09 ミスすだち大使<br />徳島からの参加でしょうか。<br />ご協力ありがとうございます。<br /><br />(江戸図屏風)<br />3代将軍家光の江戸の様子を<br />えがいたとされる江戸図屏風にも<br />目黒の鷹狩場としての様子が<br />描かれています。<br />

    09 ミスすだち大使
    徳島からの参加でしょうか。
    ご協力ありがとうございます。

    (江戸図屏風)
    3代将軍家光の江戸の様子を
    えがいたとされる江戸図屏風にも
    目黒の鷹狩場としての様子が
    描かれています。

  • 10 体験<br />すだちのつかみどりが行われておりました。<br /><br />(江戸図屏風:目黒の鷹狩)<br />目黒での鷹狩は、家臣や共を大勢動員し、<br />大規模に行われているとか。<br />

    10 体験
    すだちのつかみどりが行われておりました。

    (江戸図屏風:目黒の鷹狩)
    目黒での鷹狩は、家臣や共を大勢動員し、
    大規模に行われているとか。

  • 11 交通安全のイベントも<br />子供たちを楽しませるイベントが一角でも。<br /><br /><br />(江戸図屏風:目黒の家光)<br />崖の上では、鳥を狩場に追い立てる様子を<br />見物する家光らしき人物が見えるとか。<br />

    11 交通安全のイベントも
    子供たちを楽しませるイベントが一角でも。


    (江戸図屏風:目黒の家光)
    崖の上では、鳥を狩場に追い立てる様子を
    見物する家光らしき人物が見えるとか。

  • 12 シートベルト横転体験<br />見ていても、目が回るようでした。<br /><br />(近代の目黒)<br />駒場農学高校の開校、山手線の開通、<br />ビール工場の設立、目黒競馬場の開設<br />(後に、府中に移転)と続いたとか。<br />

    12 シートベルト横転体験
    見ていても、目が回るようでした。

    (近代の目黒)
    駒場農学高校の開校、山手線の開通、
    ビール工場の設立、目黒競馬場の開設
    (後に、府中に移転)と続いたとか。

  • 13 バスの運転手体験?<br />子供たちは、大喜びでした。<br />そばには、都バスの運転台へ<br />座ることのできるバス1台駐車。<br /><br />(近代の目黒)<br />駒場農学高校<br />明治11年(1878年)開校。<br />札幌農学校ならんで、明治初期の<br />農業技術の指導者育成に貢献。<br />

    13 バスの運転手体験?
    子供たちは、大喜びでした。
    そばには、都バスの運転台へ
    座ることのできるバス1台駐車。

    (近代の目黒)
    駒場農学高校
    明治11年(1878年)開校。
    札幌農学校ならんで、明治初期の
    農業技術の指導者育成に貢献。

  • 14 輪投げ体験?<br />都営バスの運転手さんが遊び相手?<br /><br />(近代の目黒)<br />山手線の開通<br />明治18年(1885年)、品川ー赤羽間に開通し、<br />目黒駅(所在地は品川区)も営業開始。<br />

    14 輪投げ体験?
    都営バスの運転手さんが遊び相手?

    (近代の目黒)
    山手線の開通
    明治18年(1885年)、品川ー赤羽間に開通し、
    目黒駅(所在地は品川区)も営業開始。

  • 15 さしみ、塩焼き、そして佃煮<br />新橋で、見つけました。<br /><br />(近代の目黒)<br />日本麦酒会社<br />明治20年、三田村に創立。<br />三田用水の水を使った。<br />事業拡大とともに、目黒村の村税の<br />半分以上を会社が負担し、貢献。<br /><br />(参考文献)江戸図屏風を読む、江戸東京学事典<br />

    15 さしみ、塩焼き、そして佃煮
    新橋で、見つけました。

    (近代の目黒)
    日本麦酒会社
    明治20年、三田村に創立。
    三田用水の水を使った。
    事業拡大とともに、目黒村の村税の
    半分以上を会社が負担し、貢献。

    (参考文献)江戸図屏風を読む、江戸東京学事典

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