2008/08/05 - 2008/08/06
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ケントマイルドさん
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平成20年8月2日〜11日のタイ旅行。
前半の3泊はバンコクで怠惰な日々を送ったが、中盤はいよいよ寝台列車に揺られて国境の町“ノンカイ”へ。
大きな旅行鞄はバンコクのホテルに預け、デイバック一つの気ままな旅となった。
優柔不断(?)なバスの旅、本来の目的地も気分次第で変更(・・・それも安易に)する事2回、まぁ、これが本来の「気ままな旅だ!」と自分に言い聞かせる自分であった。
- 交通手段
- 鉄道
-
地下鉄が止まっている!、らしい。
久々丹念にマッサージを受け、余裕でバンコク中央駅(ホランボーン)に向かうため地下鉄ホームに下りた。【PM6:30】
構内放送を不安げに聞く人や、駅員に説明を聞く人達。中には今後のマニュアル作り(?)か単なる記念撮影か知らないが、客の混乱度を写真に収めている関係者(写真左端の人)も見受けられる。
いわんや・・・のんびりしている。 -
状況が解らないので・・日本語で話してくれないと(無理だけど)
周りの状況から、3分の1の乗客は地下鉄をあきらめタクシーやバスに乗り換えるため地上へ。よって3分の2がまだホームに残っているので、こちらの方が歩があるだろうと判断。(・・・私の利用区間は、たった2駅分。最悪歩いたってどうってこと無い!)【PM19:04】 -
駅に到着。
結局、地下鉄駅での足止めは30分程度だった。
お国柄ですね、30分以上の不通が続くと、日本だったら大変なことになっている。
日本のマニュアルでは・・私の見たところ・・“振替乗車券”を直ちに配って不平不満を言いそうな奴ら(?)をその場から立ち去らせる。(・・・のかな。人が居ないので混乱回避で日本的な処置)
タイの人たちはいたって平静。
顔に“マイペンライ”と書いてあったような気がした。 -
さて、私は日本人!
30分の遅れを挽回すべく、小走りで3番ホームに向かうと・・・・。
「なんだ、列車がまだ来て無いじゃないか!」【PM7:19】
タイの長距離列車は、通常(・・私の思い込みかもしれないが)1時間前には入線していて、これからの長旅の準備をするという“風格”がある。日本の新幹線のように、3分前に現れて「チャチャ」っと掃除して「ハイ発車」とは根本的に違うのである。 -
やっと来た“ノンカイ行き夜行列車”。
入線シーンが見れて・・・良かった。
駅構内に響く車輪の音と、それをかき消すかのように轟くディーゼル機関車のエンジン音。【PM7:47】 -
いわゆる「サボ」。(・・・“サイドボード”の略で鉄道ファン用語らしい)ウィキペディアより。
自分の乗る車両を確認して、記念に一枚撮った。 -
エアコン2等寝台車。
隣は・・・作業服(電気工事風)を着たまま乗ってきたおっちゃん。ラオスの人か?
こいつが迷惑な奴で・・・。
携帯電話のラジオをスピーカー大音量で聞きやがって。イヤホンで聞けよ!
本来、注意すべき通路を挟んで隣のボックス居る人は、何事も無いかのように涼しい顔して“iPod”聞いていたし・・・私ですが。
この迷惑ラジオ男、列車が走り出してしばらくすると、電波が届かなくなったのか、スイッチを落として静かになった。 -
定刻発車に38分遅れて、列車は・・ホームのベルもましてや車内放送も全然無く、勝手に走り出した。
-
読書灯を点けて、しばらくは本を読んでいたが・・・いつの間にか寝ていた。
この写真は早朝6:21分。 -
気にしたほどエアコンは寒くなかった。
-
朝8時ジャスト。
ベットの片付け(?)は、ある程度申告しないとやってくれないらしい。最後まで私のボックスが残ってしまった。 -
そろそろ廻りは降りる準備を始めた。
ウドンタニに着く。
終点のノンカイまでは、ここから1時間半後に到着。
たまたま、同じボックスに座った女性は日本人だった。この7月からバンコクのアパートを借りて1人で住む。「危なくないの?」と問うと「似たような仲間が一杯いる」とのこと。人生は一度しかないから悔いの無い様にしたい、と思い切って日本を飛び出したそうである。
・・・あやかりたいものである。
終点のノンカイまで談笑。「不良おやじ」と言われるが、本望である。この子は、ラオスでビザを更新して、バンコクにまたもや夜行に乗ってとんぼ返りするとの事。・・・前途を祈る。 -
9時40分、終点のノンカイに無事到着。
列車から降りる乗客は、ほとんどが観光客。 -
2度目のノンカイである。4年前に来た時は、飛行機で来たのでこの駅の“トゥクトゥク争奪戦(?)”は経験していない。のんびりしていると、置いてかれそうな雰囲気。
「こっちに乗りなさい!」と指図されるがままに、西洋人夫婦の2人と私の相乗りだったが・・。
女性ドライバー(太ったおっかちゃん)、威勢がよくテキパキしていたが・・・。 -
人数は3人なれど、夫婦の荷物が大きすぎて私は荷台に座れなかった。
すかさず「ここ乗んな!」と言うかのごとく手招き。
乗せられた場所は・・・
おかぁちゃんのビーチサンダル、ジャージに派手なアロハシャツ・・・。その隣に・・座ったというか寄りかかったというか。 -
たいがいの乗客の行き先は、友好橋だった。したがってトゥクトゥクは友好橋を目指していっせいに走る。
私は友好橋を後にして、ノンカイ市内へ。
行き先は「レンタルバイク屋に連れてって」と、あらかじめ仕込んでおいた(?)タイ語でスピーチ。 -
1日借りて200B也。(デポジット1000B)
50CCの原付バイク。
実はバイクに乗るのはこれで3度目。いずれもタイで・・・。ギアの入れ方が慣れてないので、出発の際、借りた直後(バイク屋のおやじ2人)に見送られつつ、恥ずかしいぐらいノッキングして・・・。
普通(・・・日本だったら)、「お客さん、危ないから止めときなさい」なんだろうけど、タイ人の場合は後ろで“大笑い”してた。
意地でも乗りこなしてやる、と心で誓った。 -
メコンに平行する安全な道で慣らし運転。
-
ひととおり練習して、お腹が空いたのでガイドブックに載っている食堂で、遅い朝食。
カオトム(30B)は、胡椒がききすぎてイマイチだった。 -
さてと、市内見学という段になって・・・
バイクのエンジンが掛からなくて困っていると、ここの食堂のおばちゃんが笑いながら手伝ってくれた。
ギアをニュートラルにして・・・基本中の基本。 -
公道を走ってしまえば、免許暦数十年・・・安全運転に徹する。
でっ、道を間違えてとある幼稚園の校庭で一休み。 -
旧ノンカイ鉄道駅。牛がいた。
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駅のホームはそのまま駐輪場に。
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友好橋を望む。
次回来た時は、この橋を渡ってラオスにでも行って見よう。 -
レンタバイク屋の正面にあるレストラン所有の水上レストラン。「Mut Mee」と書いてある。(・・・現地でもらった地図で調べたら、“グランドゲストハウス”とある。一見、日本で言うところの高級割烹料理見たいな店構えだったが・・)
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タイらしい護岸工事。切り立ったコンクリートの壁にしないで、階段状にして上部に休憩所を設ける。
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イミグレーション(地元民のみの)。
ここも時代の流れだろうか、4年前はもっと活気があった様な気がする。友好橋が出来て・・・人の流れも次第に変わってしまうだろう。ラオスからは、直接ウドンに行く国際バスが頻繁に出ているらしい。 -
それでも向こうの国は・・・
相変わらず静かでのんびりしているのだろうなぁ。 -
それでも、先程荷積みしていた小船が荷物を満載してラオスへ向かった。
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ワット・ケークへ向かう。
国道をバイクで走ること数分、地図で調べたとおり反対車線に寺院の入口があった。 -
入場料20Bを払って中へ。
想像していた以上の感動である。 -
何が凄いって、やはりこの像の大きさと芸術性だろう。
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事前の知識では・・・
“ヘンテコ奇怪な仏像”的なイメージで、わざわざ乗り物をチャーターしてまでは「行く価値無し!」、と勝手に決めていた場所。
がっ、実際来て見ると大違いで「御免なさい、舐めてました」。 -
ひとつひとつの仏像(・・バラモン教なので何て呼ぶのか知らないが)の前に立つと、そのオーラというかインパクトに圧倒される。
昔、岡本太郎氏が芸術とは・・・。
作品の前に立って、じっとそれを眺める。するとその作品からオーラみたいなインパクトが湧き出て、それを受け止めた時に、人はみな「何だ!これは!」と爆発するのである、と説いた。CMのコピー文句にもなった「芸術は爆発だ!」の世界である。 -
「何だこれは!」と立ち止まったオブジェ。
この中が『ワット・ケークの旅行記』で有名な(?)、人の一生をモチーフにした像が展示されている。回りもオブジェで囲まれていて、中にはこの魚の口(?)から入らなくてはならない。それも入口が小さいのでかがみながら・・・。 -
遠足に来た小学生達も、「何だこれは!」ととり付かれた様に無心に写生していた。
-
入口の脇に目をやると・・・
この如来様のような像が、いっせいに視線を私に向けて建っている。
「ウゥ・・!」邪悪邪念な心を持つ人間にとって、スペクタクルな視線は・・・。
「お前は入れない!」と言われたような気がして、ここは入らなかった。(・・・腰をかがめて入るのも面倒だったし) -
宗教芸術なんだろうけど、型にはまらず自由な表現をしている。何を言わんとするオブジェか、そのインパクトは直ぐに感じ取れる。
「芸術は爆発だ!」 -
野ざらしにされているので・・。
コケが生えたりして、さらに風格というか重みを増した感じ。 -
しばし見つめると、何かものすごいパワーが湧き出そうな・・・そんな像である。
-
「ワット・ケーク」を後にして、一路街中へ戻る。
途中、国道を走っていると天気もよくなり爽快。バイクを止めてしばし気分を味わう。“ライダー”達の楽しさもわかるような気がする。 -
そのバイクを、目的達成したので早々と返却する。(・・・無駄に乗り回し、事故でも起こすと大変なので)
別れ際に手を振ってくれた貸しバイク屋のオヤジ。滅茶苦茶な英語を使って・・・陽気な人だった。
貸しバイク屋は、ノンカイ病院の敷地に面してメコン側にある。 -
再度、メコン河岸へ。
川辺に整備された遊歩道が出来て、見違えるような観光地になった。 -
昔はこのように、バラック小屋の食堂が川にせり出すように並んでいて、直ぐしたが土手になっていた。
-
【4年前の写真】
こんな感じが・・・タイらしくて懐かしい。 -
ノンカイは、ラオス貿易の窓口として栄えていた。しかし、友好橋の完成や陸上交通の発達で・・・時代の流れで観光に重点を置く政策に変更か。これは災害対策も兼ねているのだろうが、どうせ国の補助金引っ張ってきたんだろう。(・・・日本のODAだったりして)
-
感じの良すぎる(?)レストラン。
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とりあえず入って、ビールをたのむ。
すると、昔見た風景が・・・。 -
【4年前の撮影(・・わざとセピア色にしました)】
ここだったかな・・・? -
まぁ、嘆いてもしょうがない。
メコンの川風は昔のままだ。 -
時間帯が悪かったのか・・・、閑散としたマーケット。
前はもっと活気があったような気がする。店構えは整ったが・・。 -
次ぎの目的地、シーチェンマイへ向かうバスに乗る。
事前の情報通り、“緑色の小型バス”が停まってた。 -
乗車する前に乗車券を購入(40B)。
中に入ると乗客は6人(・・・私を含めて)。
観光客はファラン2名と私の3名。 -
8月6日15時00分(・・・定刻?)、ようやくタイトル通りの「イサーンのんびりバスの旅」は始まった。
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