2008/08/11 - 2008/08/17
218位(同エリア288件中)
大王さん
今年2008年は、源氏物語が記録上で確認されてから千年。壮大な歴史絵巻の転換点となったゆかりの地「須磨」。そのゆかりの地で育った歴史絵巻を散歩することにした。
- 交通手段
- 自転車
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最初は須磨寺。
源氏物語ゆかりの若木の桜をはじめ青葉の笛、芭蕉句碑等がある。
須磨寺駅から智慧の道(須磨寺商店街)を過ぎ、参道をまっすぐ行くとまずこのりゅうげ橋と仁王門が見えてくる。 -
りゅうげ橋の下にはたくさんの亀がいる。ひょっとしたら子供の頃買った緑亀を逃がしたのが大きくなっているのかもしれない。
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仁王門
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仁王門
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仁王門を過ぎ本堂に向う参道。春には桜のトンネルになる。
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源平の庭。一の谷の合戦の一場面を再現したもの。この一角に若木の桜がある。
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本堂前の階段。
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ここで清めてからお参り。
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本堂、大師堂など
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敦盛首塚
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ちょっと珍しい標識。
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次は須磨離宮公園。昭和42年今上天皇御成婚記念事業として完成。武庫離宮が前身。
源氏物語の光源氏のモデルの一人である在原行平月見の山としても有名。
正門は当時の面影を残した形になっている。 -
離宮道。正門同様当時の面影を残している。子供の頃、確か昭和天皇が訪問されたことがあり、この離宮道を通って離宮公園に行かれた記憶がある。
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正門を入ったこの道は馬車道で、右側の斜面は皇居のお堀端のイメージになっている。
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中門広場。
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潮見台から見た風景。在原行平が見た月見の山はここではなく別の場所みたいだが、今回はパス。
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彫刻も色々展示されている。
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当時のまま残っているトンネル。
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植物園も昭和54年に増設され色々な植物が楽しめる。
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離宮道をそのまま降りてくると山陽電車の踏み切りの直前に松風村雨堂がある。
在原行平が「松風」「村雨」と名付け当地で愛した姉妹
が、行平帰京後に無事を祈り庵をたてたのだそうだ。 -
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4つ目は須磨海浜公園。離宮道をそのまま海に向うとそこは須磨海岸。旧和田岬灯台が展示されている場所から水族園のある間が松林になっている海浜公園。住友本家の別荘跡地。
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旧和田岬灯台。
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海浜公園内にはサイクリングコースやマストの時計台などもあり海岸沿いの憩いの場所でもある。
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須磨海岸。特に休みの日は海水浴客でにぎわっている。
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風景だけ見れば南国リゾートなのだが、海水の汚れがもっと綺麗になればと思う。(子供の頃は赤潮とかで海に入るのがいやだった頃に比べれば格段に綺麗になっているのだが)
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防波堤でつりを楽しむ人。
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関東の江ノ島に相当するのが、この須磨海岸。テレビの取材も多い。
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夕暮れになると海水浴客は減るのかと思いきや、最近の海の家は日が沈んでもにぎやかにやっていて海の家周辺は若者でいっぱい。条例により9時までなのだが。
防波堤では夜釣りを楽しむ人、愛を語り合うカップルなどさまざま。 -
明石海峡大橋のライトアップが須磨海岸のさまざまな演出をしてくれる。
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5つ目は現光寺。昔は源氏寺と呼ばれ門前に碑がある。源氏物語の光源氏の住居跡と伝えられている。
残念ながら、震災でほとんどの建物が倒壊したので、現在は再建された新しい建物。 -
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6つ目は須磨関守稲荷神社。現光寺から少し歩いたところにある。
源氏物語で光源氏が巳の日戦いをしたことにちなみ、巳の日戦稲荷とも呼ばれている。須磨の関の守護神。
百人一首で有名な「淡路島かよふ千鳥の鳴く声にいく夜寝ざめぬ須磨の関守」の歌碑がある。 -
須磨の関の由来が記されている。
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最後に、源氏物語須磨の巻の舞台の松林と丘陵を再現した須磨浦公園。この一帯は戦いの浜と呼ばれ一の谷合戦の舞台としても有名。須磨海浜公園から須磨浦公園は日本白砂青松百選にも選ばれている。
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源平史跡「戦いの浜」碑
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敦盛塚。(須磨寺にあるのは首塚)
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小学校の遠足は学校から続く須磨浦公園までの尾根づたいのハイキングコースを歩いて山頂でお弁当、ここで少し遊んで解散だった。懐かしい場所。
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源氏物語とは全く関係無いが、須磨寺駅前の市場が全く無くなってしまったのは、私にとっては大きな歴史の変化であり最後に入れておきたい。
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