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 梅雨の合間に関ヶ原、大垣を散策してきました。<br /><br />一日目(激戦地を眺めながら自然を満喫)<br /> <br /> ⇒関ヶ原IC⇒歴史民俗資料館⇒陣場野公園(御霊神社、貴船神社、徳川家康最後陣跡)⇒北野神社⇒丸山、黒田・竹中陣跡⇒エコフィールド(東海自然歩道)⇒決戦地⇒笹尾山・石田三成陣跡⇒神明神社⇒小池・島津義弘陣跡⇒関ヶ原400年記念平和の社⇒開戦地・小西行長陣跡⇒関ヶ原ウォーランド⇒宝蔵寺⇒関ヶ原鍾乳洞⇒胡麻の郷⇒徳川家康最初陣跡⇒南宮大社⇒朝倉山真禅院⇒手力雄神社⇒水都神社⇒ホテル<br />                 <br />                  バードグリーンホテル泊<br /><br />二日目(歴史文学、中山道赤坂宿を散策)<br /> <br /> ⇒市営駐車場⇒常葉神社⇒大垣城⇒郷土館⇒円通寺⇒大垣八幡神社⇒大手いこ井の泉⇒住吉燈台と船町港跡⇒奥の細道むすびの地⇒水神神社・正覚寺・愛宕神社⇒輪中館⇒水屋(浅草・大橋邸)⇒曽根城公園(曽根城跡・華渓禅寺・花菖蒲)⇒加賀野八幡神社⇒大垣市情報工房⇒安楽寺⇒子安神社・秋葉神社⇒金生山化石館⇒金生山神社⇒明星輪寺赤坂宿跡⇒関ヶ原IC

水と大垣散策コース:大垣城

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2008/06/17 - 2008/06/18

347位(同エリア442件中)

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35

satoshi.s2

satoshi.s2さん

 梅雨の合間に関ヶ原、大垣を散策してきました。

一日目(激戦地を眺めながら自然を満喫)
 
 ⇒関ヶ原IC⇒歴史民俗資料館⇒陣場野公園(御霊神社、貴船神社、徳川家康最後陣跡)⇒北野神社⇒丸山、黒田・竹中陣跡⇒エコフィールド(東海自然歩道)⇒決戦地⇒笹尾山・石田三成陣跡⇒神明神社⇒小池・島津義弘陣跡⇒関ヶ原400年記念平和の社⇒開戦地・小西行長陣跡⇒関ヶ原ウォーランド⇒宝蔵寺⇒関ヶ原鍾乳洞⇒胡麻の郷⇒徳川家康最初陣跡⇒南宮大社⇒朝倉山真禅院⇒手力雄神社⇒水都神社⇒ホテル
                 
                  バードグリーンホテル泊

二日目(歴史文学、中山道赤坂宿を散策)
 
 ⇒市営駐車場⇒常葉神社⇒大垣城⇒郷土館⇒円通寺⇒大垣八幡神社⇒大手いこ井の泉⇒住吉燈台と船町港跡⇒奥の細道むすびの地⇒水神神社・正覚寺・愛宕神社⇒輪中館⇒水屋(浅草・大橋邸)⇒曽根城公園(曽根城跡・華渓禅寺・花菖蒲)⇒加賀野八幡神社⇒大垣市情報工房⇒安楽寺⇒子安神社・秋葉神社⇒金生山化石館⇒金生山神社⇒明星輪寺赤坂宿跡⇒関ヶ原IC

同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円 - 3万円
交通手段
自家用車
旅行の手配内容
その他
  • 大垣城の見どころ <br /> 大垣城の縄張り図を見ると、本の丸と二の丸を並郭式に配置し、そのまわりを輪郭式に水郷を思い浮かべるように、幾重にも水堀が巡らされているが、今では殆どの堀が埋め立てられ、本の丸(大垣公園)に一部が残っているだけだ。<br /> 本の丸には、戦災で焼けた四層四階の天守が再建さ れて、その他に東門・多聞櫓・艮櫓・乾櫓も復元されている。 <br /><br />大垣城の歴史 <br /> 大垣城の築城については竹腰尚綱が明応9年に築いた説と宮川安貞が天文4年に築いた説の2説がある。<br /> 永禄6年、氏家直元はそれまで本の丸・二の丸だけであった城を大規模に拡張し、慶長元年に城主となった伊藤祐盛が天守を築いた。<br /> 関ヶ原の役では、西軍の拠点となり、関ヶ原以後、大垣城主は、目まぐるしく替わる。 <br /> 石川・松平(久松)と替わり、寛永元年には岡部長盛が丹波福知山から入る。 寛永10年には岡部宣勝が播磨龍野へ、その後に山城淀から松平定綱が入るが、まもなく伊勢桑名へと移る。 いかに大垣城が幕府にとって重要な城の一つかわかる。 <br /> 元和12年、摂津尼崎より戸田氏鉄が10万石で入封てやっと安定する。 以後戸田氏が11代続いて明治に至った。 <br />

    大垣城の見どころ
    大垣城の縄張り図を見ると、本の丸と二の丸を並郭式に配置し、そのまわりを輪郭式に水郷を思い浮かべるように、幾重にも水堀が巡らされているが、今では殆どの堀が埋め立てられ、本の丸(大垣公園)に一部が残っているだけだ。
     本の丸には、戦災で焼けた四層四階の天守が再建さ れて、その他に東門・多聞櫓・艮櫓・乾櫓も復元されている。

    大垣城の歴史
    大垣城の築城については竹腰尚綱が明応9年に築いた説と宮川安貞が天文4年に築いた説の2説がある。
     永禄6年、氏家直元はそれまで本の丸・二の丸だけであった城を大規模に拡張し、慶長元年に城主となった伊藤祐盛が天守を築いた。
     関ヶ原の役では、西軍の拠点となり、関ヶ原以後、大垣城主は、目まぐるしく替わる。 
     石川・松平(久松)と替わり、寛永元年には岡部長盛が丹波福知山から入る。 寛永10年には岡部宣勝が播磨龍野へ、その後に山城淀から松平定綱が入るが、まもなく伊勢桑名へと移る。 いかに大垣城が幕府にとって重要な城の一つかわかる。 
     元和12年、摂津尼崎より戸田氏鉄が10万石で入封てやっと安定する。 以後戸田氏が11代続いて明治に至った。

  • 入場料100円

    入場料100円

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