2008/05/02 - 2008/05/02
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hirootaniさん
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スィグルダを終え、再びバスに乗り、1時間かけてリーガへ。リーガへはつい2週間前に訪れたばかり。今回泊まるホテルまでおなじ。
リーガは80万人近い人口を抱えるラトヴィアの首都。バルト三国の中で一番大きな都市。地理的にもバルト三国の中心に位置し、経済的にも他の都市をリードする。
リーガが歴史に登場するのは1201年。ブレーメンの僧正アルベルトがここに上陸し、要塞を築いたことに始まる。その際、住民たちに牛の皮一枚で囲める土地を要求し、皮を紐にして広大な土地を占有したという。
その後、彼らは帯剣騎士団を組織し、リーガがドイツ人によるバルト地方征服の根拠地となった。
13世紀末にはハンザ同盟に加入し、町は急速に発展。旧市街に残る教会や商家などはこの頃に建てられたものが多い。
16世紀から19世紀にかけてリーガはポーランド、スウェーデン、帝政ロシアの支配下に置かれた。帝政ロシア期には「ヨーロッパへの窓」として発展。新市街にはユーゲルシュティール様式の優雅な建築が次々と建てられた。
ソ連時代は、「零落した貴婦人」といわれ落ちぶれたが、独立後は修復がすすみ、今では美しい姿を回復している。
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バスはリーガ大聖堂の近くにとまり、そこからリーガ旧市街の3時間のウォーキングツアーがはじまった。
最初は、リーガ大聖堂。中にはいり、すばらしいステンドグラスをみる。有名なパイプオルガンが改修中であった。回廊には大砲や風見鶏など色々なものが展示されている。
【リーガ大聖堂】 -
「アルベルト僧正による大聖堂の建設」
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「1525年、リーガ市長に信仰の自由の宣告書を渡すリヴォニア騎士団長プレッテンベルグ」
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「1621年、スウェーデン王グスタフ?アドルフを迎える大聖堂前のセレモニー」
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【リーガ大聖堂内部】
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【1883年に造られたパイプオルガン】
残念ながら改装中 -
【リーガ大聖堂の回廊】
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【アルベルト大僧正】
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【教会の上の風見鶏】
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【リーガ大聖堂】
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【リーガ大聖堂】
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その後、ブラックヘッドのギルドがある市庁舎広場で30分の休憩。
【ブラックヘッドのギルド】 -
【ブラックヘッドのギルドの時計】
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【聖ローランドの像】
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【旧市庁舎】
ここでツアーが終わってしまうと思い、またまた駆け足で主なポイントを一回り。大汗をかいた。ただし、これは完全な勘違いだった。 -
休憩後一行は、聖ペテロ教会に向かう。
13世紀の初めに最初に教会が建てられ、18世紀には現在の形に改築された。高さは123.25m。
この塔は何度も火災に遭い、そのつど立て直された。完成時に塔の上からワイングラスが落とされ、その割れたグラスの破片の数で存続する年数を占った。
1746年にグラスが落とされたときは、たまたま下を通った荷馬車のわらのうえに落ち、一辺がかけただけだった。しかし、幸運にもその塔は第二次大戦までの200年間何事も起こらずに残った。
【聖ペテロ教会】 -
聖ペテロ教会裏にあるブレーメンの音楽隊のいのししの鼻を皆がタッチ。これで幸せになれるという。
【ブレーメンの音楽隊】 -
その隣の聖ヨハネ教会の壁には二人の修道士が災いから建物を守るために、自ら埋め込まれた。すぐに命を落としてしまったが、当時の法王はその行為を利己的とみなし、彼らは聖人として認められなかった。
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また、壁には口を開いた二つの修道士の顔がみえるが、ここから神父が外部に説教したという。
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【リーブ広場に面したメイスタルどおりの建築群】
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【猫の家】
リーブ広場の北側には屋根の上で伸びをする猫が見える。これは、以前は反対の方向を向いていた。
これは、この家に住んでいたラトヴィア商人がビッグ・ギルドに加わりたいと申し出たにも関わらず、ドイツ人でなかったためにに加入を断られた。それに腹を立て、ビッグ・ギルドに尻を向けた猫を屋根に取り付けた。
現在、猫はコンサートホールのほうを向いているが、これはギルドがコンサートホールに変わった後、猫が音楽に誘われてそちらを向いたとのこと。 -
【火薬塔】
14世紀に建てられ、1650年に再建された火薬の保管庫。高さ25.5m、外壁の厚さ3m。 -
【旧兵舎】
現在はおしゃれなブティックに変わっている。 -
【城壁】
リーガの旧市街も13世紀から18世紀まで城壁に囲まれていた。城壁には25の門があり、日没とともに閉じられ、夜明けに開けられた。 -
【大砲】
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【旧兵舎のギャラリーの看板】
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【スウェーデン門】
リーガに残る唯一の城門。向かいの兵舎にスウェーデン人が住んでいたのでこの名がついた。
かつてリーガの娘たちは外国人と会うことを禁じられていたが、ひとりの娘がスウェーデン兵と恋に落ち、この門でひそかに会っていた。ある日、スウェーデン兵を待っていた娘は捕らわれ、罰として門の内側に塗りこめられたという。真夜中には娘のすすり泣きがきこえるという・・・・ -
【城壁周辺の路地】
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【聖ヤコブ教会】
1225年に最初の記録が登場する古い教会。15世紀に立て直され、塔は80mの高さがある。 -
この塔の中ほどにある突起物は「哀れな罪人の鐘」と呼ばれた鐘がつるされていた。これは、市庁舎広場で罪人の処罰が行われる際に知らせる役をもっていた。
また、この鐘は傍を不貞な女性が通ると自然に鳴り出したという。 -
【通りかかった民族衣装の少女たち】
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【三人兄弟】
兄弟のように寄り添っている中世の住宅。 -
【石畳の路地】
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【リーガ城】
1297年から1330年にかけ、リヴォニア騎士団とリーガ市民と激しい衝突が起こり、敗北した住民が破壊された最初の城に替わって建てされられたもの。 -
【リーガ城前の観光馬車】
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【ダウガヴァ川と橋】
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旧市街のあとは新市街のユーゲントシュティール(アール・ヌーボー)の建物を見学。ここで今回の旅で初めて雨に見舞われた。
【アールヌーボーの建物】 -
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【旧市街と新市街を隔てる公園】
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【自由記念碑】
1935年にラトヴィアの独立を記念して建てられた高さ51メートルの像。碑の基部には「祖国と自由に」という文字が刻まれてる。
ソ連時代に壊されることはなかったが、近づくとシベリア贈りにされたという。 -
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【国立劇場】
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その後ホテルにチェックイン。ホテルはラトヴィアホテル。このあたりでは一番大きなホテル。
<夕食>
今日の夕食はフリーだったため、ホテルで荷物を置き、夜景撮影用の三脚を持って、鈴木君と再びダウンタウンへ。地球の歩き方に紹介されているアルス・セータというラトヴィアの田舎風ビアハウスへ。バッファスタイルで気軽に食べることができた。
その後、前回のリーガ訪問で果たせなかった夜景の撮影をしっかりすることができた。
【ブラックヘッドのギルド】 -
【旧市庁舎】
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【聖ペテロ教会】
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【路地】
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【ラトヴィア国会】
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【路地】
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【路地】
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【スウェーデン門】
娘のすすり泣きが・・・・ -
【城壁の内側】
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【城壁と旧兵舎】
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