2008/04/30 - 2008/04/30
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etretatさん
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ダリ美術館のあるフィゲラスから、国境を越えてフランス・コリウール (Collioure)へ
行った。
乗換えを入れて、2時間26分かかった。乗り換えのセルベーレ(cerbere)で
1時間39分も待った。
ここのホームに降り立つと、税関検査がある。パスポートの提示が必要。「ホテルに置いている」と答えると「Nationality?」と聞かれ、「Japan」と答えると、中に入れてくれた。
コリウール (Collioure)は小さな、綺麗な町、そして色彩豊か。昨秋訪ねたニースを
小さく、きれいにして、なおかつ安全性を高めたような街。
マティス(1869−1954)や、ドラン(1880−1954)は1905年以降、コリウール (Collioure)で精力的に創作活動している。彼らは「フォーヴィスム」の画家と言われる。
1905年にパリで開催された「サロン・ドートンヌ」に出品された一群の作品の、
原色を多用した強烈な色彩と、激しいタッチを見た批評家が「あたかも野獣の
檻(フォーヴ、fauverie)の中にいるようだ」と評したことから命名された。
エコール・デ・ボザールの教授をしていたギュスターヴ・モローがフォーヴィスムの
指導者で、ヴラマンク、デュフィ、ルオー、マルケなどもマティスらの仲間だった。
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コリウール (Collioure)の駅。この電車はアヴィニョン行きだった。
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この部屋から、窓の外の風景を取り込んだ。(マティス、1905年)
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室内の描写。(マティス、1911年)
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描かれた現場で、絵を見ることが出来ます。
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海辺へ道を降りていくと、小さな広場で運動している人がいた。
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色彩豊かな飴、思わず買ってしまう。
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手提げも淡くて、明るい色彩が多い。
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絵になる街で、画廊も多かった。
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(ドラン、1905年)
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(マティス、1905年)
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絵の舞台、コリウールの港。
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(ドラン、1905年)
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ドランの絵では、手前の砂浜にボートがいっぱい、とまっている。
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(マティス、1914年)
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(マティス、1905年)
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マティスの「コリウール (Collioure)」(1950年)
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マティスの「コリウール (Collioure)」は洋品店の横の壁に、さりげなく。
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浜辺のレストランでは、海を眺めながら多くの客が静かな時を過ごしていた。
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この旅行記へのコメント (2)
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- Ted@CiscoTours comさん 2008/06/17 23:36:25
- 町中が画廊のよう
- etreratさん、こんにちは
ご無沙汰しています。
コリウールって本当にステキな街。
街に展示されている絵は、みんな本物ですよね!
行ってみたくなります。
Ted
- etretatさん からの返信 2008/06/21 08:58:00
- RE: 町中が画廊のよう
- Tedさん、こんにちは。
凄くきれいな街です。
スペイン国境近くで、スペイン領の時もあったようです。
でも、バルセロナやフィゲラスとは感じが違いすぎます。
ニースを浄化して、町を小さくして、治安が更にいいという感じの街でした。
絵はレプリカですよ。全部同じサイズで作られています。
マティスを見るなら、ニースのマティス美術館、パリのポンピドゥーですね。
23日間の旅でしたが、編集作業はなかなか進みません。
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