2008/05/22 - 2008/05/23
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satoshi.s2さん
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滋賀を歩こうのウォーキングマップを参考に観音の里・余呉湖・賤ケ岳を散策してきました。
第一日
⇒木の本IC⇒JR高月駅⇒存法寺⇒向源寺⇒渡岸寺観音堂(国宝)⇒河濯大権現⇒高月観音堂(大円寺)・高槻神社⇒天川命神社⇒雨森芳洲庵⇒立法寺・白山神社⇒石道寺⇒鶏足寺⇒與志漏神社⇒己高閣・世代閣⇒高野大師堂(高野神社)⇒赤後寺・日吉神社⇒長照寺⇒小江神社⇒西野薬師堂・西野水道⇒充満寺⇒正妙寺・日枝神社⇒木之本地蔵院⇒JR木ノ本駅⇒余呉湖(衣掛柳)
民宿みずうみ泊
第二日目
⇒早朝散策⇒余呉湖周遊⇒賤ケ岳古戦場⇒西光寺⇒八幡神社⇒JR永原駅⇒二尊地蔵磨崖仏⇒黒山石仏群⇒稲荷神社⇒北淡海・丸子船の舘⇒腹帯観音・正源寺⇒須賀神社⇒奥琵琶湖パークウェー(前日より土砂崩れで通行不能、残念)⇒正応寺⇒善隆寺和蔵堂⇒木の本IC
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- その他
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二尊地蔵磨崖仏
岩肌に彫られた二体の地蔵菩薩。向かって右側の一体は錫杖と宝珠を持ち、左側の一体は胸前で合掌しています。戦国乱世の鎌倉時代に、大衆の厚い信仰を集めたといわれます。 -
二尊地蔵磨崖仏の裏側
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黒山石仏群
塩津街道がない頃、敦賀へ続く北陸街道唯一の道であった黒山は大変栄えていました。この地には200戸以上の民家と40余りの寺院があったといいます。現在残されている石仏や石塔群は当時の寺院に並べられていたものだといわれています。
もともとこの石仏は賤ヶ岳の合戦の折りに、柴田勝家配下の部下達が、いずれ負け戦になることを予測して家族をこの地に住まわせ、その後合戦により討ち死にした武士の家族が、石仏を奉って一族の菩提を弔ったものと言われています。 -
黒山石仏群
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黒山石仏群
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