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 春の朝哲学の道を桜を眺めながらの散策は至福のひと時であった。<br /><br />  岡崎神社のお参りを済ませてからから懇親会の開催される同窓会館までたどりつくと既に幹事の人達が集まり、打ち合わせをしていた。<br /><br />  2000年のミレニアム記念の会合で会って以来の顔ぶれで懐かしい。やがて会員達も次々に集まって来るが予定の人数までには程遠い。原因は花見客が京都市内に押し寄せて道路が渋滞しバスやタクシーがのろのろ運転らしい。<br /><br /> 30分程開会を遅らせて唱友会と称する同窓会の開会である。<br /><br />  昔紅顔の美少年と美少女達もそれぞれに年輪を顔に刻み風格がでている。<br /> <br /> 久し振りに楽譜をみながら混声合唱が始まる。<br /><br />  今日の集まりを記念して文集を作りたいと言う幹事の提案に応募した「コールポコチと寮生活の思い出と余生」と題する原稿を以下に掲げることにしよう。<br /><br /> またある友は、手持ちのアルバムから拾い出して若きコールポコチの面々の姿を再現してくれた。<br /><br />そのURLは<br />http://www.geocities.co.jp/sgwr0/pokochi/pokochi.html である。<br /><br />コールポコチと寮生活の思い出と余生 <br />                        <br /> 「女工哀史」で有名な京都織物の旧女工寮(左京区下阿達町)を大学が買収し昭和34年4月に吉田寮西寮を開設した。筆者はこの西寮の第1期入寮生である。過半の西寮生は宇治寮からの転入であったが新規に西寮に入寮した寮生もいた。<br />施設管理は大学が行っていたが「自治寮」を標榜していた京都大学学生寄宿舎近衛寮では入寮希望者の選考を寮生である学生の手で行い大学は関与しないという不文律があった。筆者も吉田寮入寮希望者選考委員会の一委員として選考に加わった栄誉を有す。<br />西寮の開設に伴い近衛寮も呼称を吉田寮と変更し吉田寮には3回生と4回生が生活することになった。西寮には2回生だけが生活した。3回生になると吉田寮に転寮し4回生になると待望の個室が与えられた。部屋備え付けの電熱器は重宝であった。<br /> 西寮では6人の相室で2階に12畳の勉強部屋、1階に12畳の寝室が与えられ6人で<br />2部屋を使用した。食堂は西寮には設置されていなかったので吉田寮まで食べに通った。<br /> 吉田寮事務室には寮生に慕われた野田のおばちゃんが健在でその謦咳にも触れることができた。おばちゃんが退官されたのは昭和35年であったと記憶する。<br /> 食事に毎日通っているうちにコールポコチという歌う会のあることを知った。「ポコチ」とは何ぞやときくと「ポコチとは本人は真面目に真剣にやっているつもりでも傍からみると何処か抜けていておかしい」という意味だ。と解説してくれる人がいた。生来の音痴を自認している身にとっては多少でも音痴が矯正されるのであればポコチで皆と歌うのも良かろうと判断しコールポコチに入団することにした。<br /> 何回か練習にも参加し女子団員との合同練習にも参加したことがある。吉田寮の同一構内にある部活用の建物であったか医学部構内の教室であったか記憶は定かでない。<br /> 女子部員と合ハイに出かけて楽しかったと述懐する寮友が多いが筆者には合ハイに参加した記憶がない。多分運悪くアルバイトの日程と競合して参加できなかったのであろう。<br /> ミレニアム記念で2000年に京都でコールポコチの会合が土曜日に催された時には昭和37年卒寮生の同期会である「同釜会(どうふかい)」が前日の金曜日に開催されたので遠来の参加者に便宜であり初参加した。この時参加者が百名近い大盛会であったことは驚きであり、卒寮以来初めての先輩諸賢や後輩諸君と旧交を温めることが出来たのは嬉しいことであった。<br /> 寮生であった弁護士の守井雄一郎氏が「余生に遊ぶ幸せ論」の中で述べているように人生を三分割して捉えてみれば、第1期の親の脛を齧りながら愚行を重ねつつコールポコチにも出会いひたすら学んだ時期。第2期は子孫を残し家族を養う時期であるがこの時期はポコチのことも忘却の彼方へあった。第3期の全ての柵から解放されて自分のために多くの時間を割ける余生の時期に、忘却の彼方にあったコールポコチが蘇り再び平成20年4月5日コールポコチの皆さんと再会できたことは余生を楽しむ身にとって、日々の思い出に輝かし一齣を付け加えてくれた。幹事各位のご尽力に感謝しつつ筆を置く。<br /><br />

コールポコチという集まり

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2008/04/05 - 2008/04/05

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早島 潮

早島 潮さん

春の朝哲学の道を桜を眺めながらの散策は至福のひと時であった。

岡崎神社のお参りを済ませてからから懇親会の開催される同窓会館までたどりつくと既に幹事の人達が集まり、打ち合わせをしていた。

2000年のミレニアム記念の会合で会って以来の顔ぶれで懐かしい。やがて会員達も次々に集まって来るが予定の人数までには程遠い。原因は花見客が京都市内に押し寄せて道路が渋滞しバスやタクシーがのろのろ運転らしい。

30分程開会を遅らせて唱友会と称する同窓会の開会である。

昔紅顔の美少年と美少女達もそれぞれに年輪を顔に刻み風格がでている。

久し振りに楽譜をみながら混声合唱が始まる。

今日の集まりを記念して文集を作りたいと言う幹事の提案に応募した「コールポコチと寮生活の思い出と余生」と題する原稿を以下に掲げることにしよう。

またある友は、手持ちのアルバムから拾い出して若きコールポコチの面々の姿を再現してくれた。

そのURLは
http://www.geocities.co.jp/sgwr0/pokochi/pokochi.html である。

コールポコチと寮生活の思い出と余生 
                        
 「女工哀史」で有名な京都織物の旧女工寮(左京区下阿達町)を大学が買収し昭和34年4月に吉田寮西寮を開設した。筆者はこの西寮の第1期入寮生である。過半の西寮生は宇治寮からの転入であったが新規に西寮に入寮した寮生もいた。
施設管理は大学が行っていたが「自治寮」を標榜していた京都大学学生寄宿舎近衛寮では入寮希望者の選考を寮生である学生の手で行い大学は関与しないという不文律があった。筆者も吉田寮入寮希望者選考委員会の一委員として選考に加わった栄誉を有す。
西寮の開設に伴い近衛寮も呼称を吉田寮と変更し吉田寮には3回生と4回生が生活することになった。西寮には2回生だけが生活した。3回生になると吉田寮に転寮し4回生になると待望の個室が与えられた。部屋備え付けの電熱器は重宝であった。
 西寮では6人の相室で2階に12畳の勉強部屋、1階に12畳の寝室が与えられ6人で
2部屋を使用した。食堂は西寮には設置されていなかったので吉田寮まで食べに通った。
 吉田寮事務室には寮生に慕われた野田のおばちゃんが健在でその謦咳にも触れることができた。おばちゃんが退官されたのは昭和35年であったと記憶する。
 食事に毎日通っているうちにコールポコチという歌う会のあることを知った。「ポコチ」とは何ぞやときくと「ポコチとは本人は真面目に真剣にやっているつもりでも傍からみると何処か抜けていておかしい」という意味だ。と解説してくれる人がいた。生来の音痴を自認している身にとっては多少でも音痴が矯正されるのであればポコチで皆と歌うのも良かろうと判断しコールポコチに入団することにした。
 何回か練習にも参加し女子団員との合同練習にも参加したことがある。吉田寮の同一構内にある部活用の建物であったか医学部構内の教室であったか記憶は定かでない。
 女子部員と合ハイに出かけて楽しかったと述懐する寮友が多いが筆者には合ハイに参加した記憶がない。多分運悪くアルバイトの日程と競合して参加できなかったのであろう。
 ミレニアム記念で2000年に京都でコールポコチの会合が土曜日に催された時には昭和37年卒寮生の同期会である「同釜会(どうふかい)」が前日の金曜日に開催されたので遠来の参加者に便宜であり初参加した。この時参加者が百名近い大盛会であったことは驚きであり、卒寮以来初めての先輩諸賢や後輩諸君と旧交を温めることが出来たのは嬉しいことであった。
 寮生であった弁護士の守井雄一郎氏が「余生に遊ぶ幸せ論」の中で述べているように人生を三分割して捉えてみれば、第1期の親の脛を齧りながら愚行を重ねつつコールポコチにも出会いひたすら学んだ時期。第2期は子孫を残し家族を養う時期であるがこの時期はポコチのことも忘却の彼方へあった。第3期の全ての柵から解放されて自分のために多くの時間を割ける余生の時期に、忘却の彼方にあったコールポコチが蘇り再び平成20年4月5日コールポコチの皆さんと再会できたことは余生を楽しむ身にとって、日々の思い出に輝かし一齣を付け加えてくれた。幹事各位のご尽力に感謝しつつ筆を置く。

同行者
その他
交通手段
新幹線
旅行の手配内容
その他
  • 唱友会に参加した人達

    唱友会に参加した人達

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