1994/08 - 1994/08
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みどりのくつしたさん
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ベトナムへのビザが早く手に入らなければ、今回の短期の旅行では、このままカンボジアからタイへ帰らなければならない。
たった10日の旅行なのだから、タイとカンボジアへ行って、世界中で僕の訪ねた遺跡リストにアンコール遺跡群をつけ加えるだけで十分、と言えないことはない。
余った日数はタイのビーチでごろごろしていれば、もし普通の旅行者ならば、それでも自慢できる旅行といえるだろう。
しかし、僕は普通の旅行者ではない。
「世界旅行者」なのだ。
そして、「世界旅行者」は神に導かれている。
この局面には必ず何かの解決法があって、それを神が示すはずなのだ。
それが「超特急のビザはないのか?」( Do you not have a super-express visa?)と、 僕が聞いた理由だった。
「超特急のビザはありませんよ。ここはカンボジアですから特急までです。超特急は日本にしかないでしょ?」(We don't have Super-Express. Only Express. You have Super-Express in Japan, but not here in Cambodia.) と、答が返ってきた。
む〜ん、なかなか粋な返事だ。
70点をつけてあげよう。
しかし、冗談を言い合って点数をつけている場合ではない。
僕は今日の午後には、飛行機に乗ってシェムリアップへ飛ばなければならないのだ。
キャピトルホテルの受付では確かに2日でビザが取れると言っていたが。
「2日でビザが取れると聞いたけれど。なにか特別なルートはないの?」
「もちろん2日で取れますよ」
「でも、観光ビザは4日かかると言ったじゃないか!」
「観光ビザは4日かかります」
「それじゃあ・・・」
「トランジットビザなら明日中に取れます」
何と、トランジットビザがあったのだ。
「でも、トランジットビザは4日間しか滞在できないんです」
僕は4日で十分だ。
「でも、トランジットビザだと陸路では国境を越えられません。トランジットビザは飛行機で出入国する場合のビザなんです」
む〜ん、落とし穴があったか。
僕の頭の中は激しく回転し出した。
もちろん陸路で国境を越えるのは魅力的だ。
本物の旅行者ならば絶対に空路よりも陸路を選ぶ。
それは決して飛行機に乗るのが怖いからでも、飛行機代が高いからでもない。
陸路を通るのが人間として自然だからだ。
だから、日本から飛行機に乗ってある国に行くことを繰り返して旅行国をいくら増やしても、本物の旅行者とは誰も呼ばない。
本物の旅行者とは、陸路で国境を越えるものなのだから。
もちろん旅をしていると、どうしても飛行機を使わないと国境を越えられない場合もある。
でもそれは、アフリカ内の国境を除いては、ほとんどは大陸を越える時だけだ。
たとえば、ヨーロッパからアメリカへ(大西洋)、また中米から南米へ(ダリエンギャップ)、そして日本から米国へ(太平洋)くらいかな。
あとはほとんど陸路で移動できる。
だから、東南アジア程度の旅行で、わざわざ飛行機を使うようではダメなんだよなー(涙)。
ただ1994年の時点では、カンボジアへ行ってアンコール遺跡群を見ることだけでも大変なことだった。
ベトナムもまだまだ、日本のメディアが取り上げてなかったので、そんなに人気でもなかった。
ということは、1994年ならば、飛行機で入国しても、まだそんなに恥ずかしくはないってことなんだ。
世界旅行者みどりのくつした(みどくつさん/みど先生)はベトナム反戦運動が盛んだったころに学生時代を送っていた。
ベトナム問題について膨大な本を読み、映像を見てきたのだから、ベトナムは一度は押さえておかなければならない国だ。
そういう僕にとっては、とにかくサイゴンさえ見ればいい。
旧大統領官邸や戦争博物館を見るだけで、一つの歴史の終わりを確認することが出来るからね。
だとすれば、ここで無理に陸路にこだわることはない。
もともと今回の旅行はたった10日で、しかも全部現地でやろうというものなのだからね。
こうして僕は、トランジットビザでサイゴンへ飛ぶことに決めた。
それに、もうひとついいことがある。
「ハッキリ君、君は特急でビザを取った方がいいよ。僕はトランジットにするから」と決意を述べる。
ハッキリ君は、ベトナムの首都ハノイからラオスの首都ビエンチャンへの片道切符をすでに持って、予約までしてある。
どこかの旅行代理店にだまされて、この変な切符を買ってしまったのだ。
ベトナムの現地の状況がよくわかりもしないのに、ハノイからビエンチャンの切符をバンコクで買っているのは、かなりおかしい。
ハッキリ君は「もしも今回の旅行でこの切符が使えなければ、ノーマルティケットで一年有効ですから、また来ればいいんです」と言う。
安い切符を一枚持っているだけで自分の自由を縛るという、旅行では最悪のことしようとしていながら、それを得したと思いこんでいるのだ。
よく見かける、どこどこでは切符が安いという幻想に惑わされて、本当は行く必要のない(例えば)バンコクへしょっちゅう行く連中。
無駄な切符を買いながら自己満足している、安く切符を買うことと飛行機の乗り方だけの知識しかない「エセ旅行者」連中だ。
ハッキリ君もしょせんその程度の退屈な男だとだんだん僕は気づいてきている。
しかも、ハッキリ君はラオスのビザはベトナムで取る予定で、しかもホーチミン市からハノイまでは長距離バスで北上する予定なのだ。
だから、4日しか滞在できないのではこの計画は無理だ。
まあ、これは日本のガイドブックが「大冒険」と大げさにほめちぎってあることをそのまま実行しようとしているだけなので、どうでもいいことだが。
僕はハッキリ君にだんだん退屈してきている。
いつも僕のそばにいて、いろいろと話しかけてくるのが煩わしくなってきた。
一緒にアンコール遺跡群に行くのはしかたないが、ベトナムへ行く時は別行動をしたい。
それには、このビザの件はいいチャンスなのだ。
僕はこれ幸いとそのトランジットビザを使うことに決定した。
ビザの申請にパスポートサイズの写真が2枚必要だが、もちろん僕は持っている。
さらにその場で航空券の予約を入れて、切符を買うことにする。
フライトは、8月29日午前8時半プノンペン発、午前9時ホーチミン市着、9月1日午前11時半ホーチミン市発、午後12時50分バンコク着。
ベトナム航空が一番安いという話で、航空券が185ドル、トランジットビザ代が40ドルの合計225ドル。
ここでは支払いにクレジットカードもトラベラーズチェックも使えず、ドルキャッシュしか受け取らない。
両替できる場所を聞くと、一軒置いた並びにあるカンボジア開発銀行で大丈夫だそうだ。
銀行へ、2パーセントの手数料を払い、200ドルを196ドルにして、代金を支払った。
ホーチミン市へのフライトは29日、つまり月曜日の朝。
だからビザは航空券と一緒に日曜日の朝10時半にこのオフィスで受け取ることにした。
わざわざ僕たちのためにオフィスを開けてくれるのだそうだ。
しかしこれは綱渡りだね。
何しろシェムリアップからプノンペンに着くのが日曜日の朝10時の予定なのだから。
でもこれがビザを手に入れてベトナムへ行くにはぎりぎりのスケジュールだ。
まあ、万が一問題が起こってベトナムへ入れなければ、それはそれでおもしろい話のネタになるだけさ。
旅行というものは、予定通りに行かないことを楽しむものなのだから。
さて、僕はこれですべて済んだ。
ハッキリ君はカウンターで僕の話を聞いてじっと考えていたが、突然「僕も西本さんと同じにします!」と言い放った。
おいおい、何を考えてるんだよー。
困ったな〜。
どうも彼は一人で旅するということがわかってないようだ。
旅行慣れしていれば、自然と、互いに別行動を取ろうとするものなのだが。
だからこの場合は、たとえハッキリ君がトランジットビザを使って空路ベトナム入りをするとしても、わざと日をずらすべきだ。
そして、「僕はもう一日プノンペンにいるので、残念ですが西本さんとは一緒に行けません」と言うのが、本格的旅行者。
そうすれば、おもしろいやつと出会ったと、互いにいい思い出が作れるのに。
こんな面白くない素人旅行者の世話をして、一緒に行動しなければならないなんて、ぞっとする。
でもまあいいさ。
アンコールワットの遺跡に行けば、僕は一人で歩くつもりなのだから。
切符もビザも手配したのだから、とっととキャピトルホテルに戻らなければ。
チェックアウトが正午で、まだ荷物をまとめてもいない。
カウンターのスー女史に、日曜日10時半の約束を確認した。
「いろいろとありがとうございました。おかげでベトナムへ行けそうです」とお礼を述べる。
そこで僕は、今日一日ずーっと気になっていたことを聞いてみた。
「なぜ僕が京都大学に関係あるとわかったんですか?(読者が知りたがっていると思うんですが)」ってね。
彼女はにこっと笑った。
「誰だってわかるわ♪」
「やはり僕が賢そうだからですか」
「そうね、あなたは本当に頭がいいわ。でも、それだけじゃない」
そして、彼女の口からは、思いがけない言葉が発せられた。
「あなたのTシャツに "KYOTO UNIVERSITY" と書いてあるもの(チャン、チャン!)」
http://www.midokutsu.com/1994/solutions.htm
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