1989/06 - 1989/06
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みどりのくつしたさん
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これは、ピサック遺跡に馬で登ると…@ピサック/クスコ/ペルーの続きです。
ピサックの日曜市で、手編みのインカ帽子を買った。
これが上の写真で僕がかぶっている茶色のやつだ。
交渉した結果、そのころの値段で4500インティでゲットした。
1989年はペルーの通貨が「インティ」で、この通貨は毎日激しく変動していた。
僕がクスコにいた1989年6月は、だいたい1ドルが3千インティを超える程度。
だから、4500インティは180円くらいだね。
手編みのインカ帽子が180円なら安いと思いませんか?
それに、このインカ帽はとても役に立つんだ。
例えば、知らない人と最初に待ち合わせする時にいい。
このインカ帽をかぶっていれば一発で世界旅行者だとわかる。
ですから、読者の皆さん、クスコへ行ったらお土産にいいですよ♪
さて、そのインカ帽をピサックの日曜市で購入した。
そのあと、ピサック遺跡へ馬に乗って、登りだした。
この馬がすごかった。
子供が馬と一緒に山を登っていく。
が、子供は歩いていて、時々馬のお尻を鞭で叩く。
すると馬は、急に走り出したりする。
その馬には、僕が乗っているわけだけどね。
何しろ僕の長い人生で、初めて馬に乗ったわけなので、ただ馬にしがみつくだけ。
山道はとても狭くて、片側は断崖絶壁だ。
子供が馬の尻を打つと、馬はその断崖へ向けて走り出す。
僕は「もう僕の人生は終わった…」と、何度も思ったよ。
しかし馬は馬で、変な日本人を乗せたまま崖から飛び降りるつもりはない。
崖の手前でちゃんと止まるんだ。
だから、考えてみれば、馬に乗ってた方が安全かもね(笑)。
このときもナスカで知り合った薬剤師くんが一緒だった。
2人で「死ぬー!」と叫びあっていた。
子供はむっつりしていたが、僕はその瞳の中に隠し切れない悦楽を読み取ったよ。
僕たちは馬2頭を連ねて、叫びながら、山道を上っていった。
と、後ろから声がかかって、1人で馬に乗った白人美女が追い越していった。
僕はその白人女性のお尻を見ながら、絶望的な人種的劣等感を感じたね。
というか、金持ちと貧乏人の絶対的な格差、というものかもしれないが。
おそらく20分程度で山の上の平らなところへ着いた。
ここで僕は、特に意識したのではなくて、杉良太郎の「すきま風」を歌っていた。
「いいさ、生きてさーえいれば〜」
そのあとに僕は、「いつか、ピサック遺跡にめぐり合えるー♪」と続けた。
ピサック遺跡馬を降りて、約束の2500インティ(1ドル)に500インティのチップ渡した。
あとは歩いて、ピサック遺跡を見て回る。
歩いて「INTIHUATANA(インティワタナ)」へ行き、さらにトンネルを通って、「QALLAGASA(カジャガサ)」へ。
カジャガサでは石組みだけではなくて、日干し煉瓦(ADOBE)も使ってあった。
正直言うと、遺跡自体については、それほどの記憶はない。
遺跡に腰掛けて、ウルバンバ渓谷を見下ろしたときの感情だけが、今も残っている。
ウルバンバ渓谷を見下ろして、僕は滅びていった文明のことを考えていた。
その文明がどんなに(今から考えれば)変わったものであろうと、そこにはたくさんの愛が生まれたことだろう。
それがどんなに激しいものであろうと、どんなに純粋な美しいものであろうと、すべて失われてしまった。
すべては滅びていく。
滅びと戦うこと出来ない。
すべてのものは、ゼッタイに滅びるのだから。
人に出来ることは、ただ滅びること、失われることを、受け入れることだけなのだ。
そして、世界旅行者をピサック遺跡へ導いた神の意思を感じていた。
一緒に来た薬剤師くんも、南米一周中の本格的な個人旅行者なので、互いに干渉することはない。
そうやって静かにウルバンバ渓谷の風に吹かれている。
すると、「あらっ、日本の方?」という声が聞こえる。
声のする方へ振り返ると、日本人カップルが立っていた。
普通の観光客の服装なので、「あの山道をここまで上るのは大変だったろうなー」と考えた。
それを聞いてみると、彼らは「山の上までタクシーで来た」そうだ。
遺跡の裏には、ちゃんと舗装された道路が走っていたよ(涙)。
これはかなりなショックだったね。
薬剤師くんと一緒に山道を歩いて降りると、30分ほどかかった。
ピサックには教会もあったので、僕はとにかく神に祈った。
そのあと、ピサックからクスコへのバスを待つのが大変だったんだよ。
バスは来るのだが、ほとんど満員で乗れない。
また、日曜の午後のせいなのか、バスを待つ人が多かった。
やってくる車に声をかけて、ヒッチハイクをする人もいる。
この状況では、下手すると「ピサックで泊まらなければならないかも」と覚悟を決める。
そのとき、ピックアップトラックがやってきて、みんながぞろぞろと乗り込む。
僕と薬剤師くんも荷台に乗った。
このピックアップの料金が1人千インティ(約50円)だった。
荷台でペルー人のお姉さんと世間話をしていたら、クスコに到着しました。
これは僕が中南米を陸路でゆっくりと旅行していた、1989年の話です。
いま(2008年)は、最初からタクシーで突入した方がいいでしょう。
クスコやウルバンバ渓谷に、きちんと交通システムが整備されているとは思えないからね。
【旅行哲学】見に行った遺跡よりも、帰りのバスを待つ時間が想い出に残ることもある。
http://www.midokutsu.com/south_america/pisac2.htm
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