2008/03/30 - 2008/03/31
2249位(同エリア2532件中)
koiさん
美しき町並みに出会う!中央ヨーロッパ14日間 ヨーロッパ 12泊 14日〜
ベルリンの歴史は、他のヨーロッパの都市と比較しますと800年にも満たない短いものです。しかし歴史は他に類を見ません。町の基礎となった2つの都市ケルンとベルリンは1307年に統合されました。フリードリッヒ三世が戴冠後プロイセンの王フリードリッヒ一世となり、ベルリンは1701年王宮所在地になりました。フリードリッヒ二世の元、建築上の再開発が始まり、その後の10年の間にクノーベルスドルフとシンケルによる擬古主義の町の顔とも言える建築が姿を現わしました。ドイツの首都ベルリンは、週末の小旅行先としてヨーロッパ中の人々を魅了しています。古いものと新しいものが町中に混在するこの町の活気は、まるでその過酷な歴史を象徴しているかのようです。ベルリンの壁跡地は、1961年8月12日〜13日にかけて145kmに及ぶ壁が築かれ東西ドイツの交通が遮断された。その後、156kmまで延長された。そして壁が壊されたのは、1989年11月だった。ブランデンブルグ門は、ベルリンのシンボルで、古代ギリシアのアクロポリスにある「前門」を元にC.G.ラングハンスがデザインし1791年に完成した。この門の周りに真っ先に壁が出現し、長い間東西分断の悲劇の象徴だった。
中央ヨーロッパの5カ国を巡る。
◆世界遺産は合計10箇所へ。
◆ドイツでは戦後ドイツを分断していたベルリンの壁やポツダム観光、旧ザクセン王国の首都ドレスデンの見所観光!さらにマイセン焼博物館も観光。
◆サウンド・オブ・ミュージックの世界が広がる美しい湖水地方【ザルツカンマーグート観光】に観光。
◆中世の雰囲気漂うドナウ河上流のドナウベント観光では「センテンドレ」へ。スロバキアの中世の香り漂う古都「ブラチスラバ」へ観光。
◆ベルリン・ザルツブルク・ウイーン・ブダペストなど、それぞれ2連泊しての観光もお楽しむ。
1. 関西空港発 ベルリン着
関西空港発「アリタリア航空」にてミラノへ。乗り継ぎ、ベルリンへ。
ベルリンへ 夜/到着後、ホテルへ
2.食事(朝:アメリカン) 【世界遺産ベルリン観光】(約4時間)
★戦後ドイツを分断していた ベルリンの壁、古代ギリシャ遺跡を再現した☆ペルガモン博物館、★ブランデンブルク門、 高さ114?の ベルガモン博物館。
昼食 ソーセージ料理 レストランにて昼食後、
ポツダムへ。
【ポツダム観光】(約2時間)
(1945年にポツダム会談が行なわれた☆ツェツェリンホフ宮殿、★サンスーシー宮殿)
【※注】ツェツェリンホフ宮殿が予約方の際にはサンスーシー宮殿またはサンスーシー新宮殿に入場観光。
再びベルリンへ。宿泊:(ベルリン泊)
3 食事(朝:アメリカン) ベルリン発 バッハの故郷ライプチヒへ
途中 デッサウの世界遺産 バウハウスを見学
ライプチヒ 12:00/レストランにて昼食。
バッハゆかりの 聖トーマス教会 ファサード 大時計が美しい旧庁舎 観光後、ドレスデンへ。
17:00/ホテル着。♪夕食はビーフ料理。宿泊:(ドレスデン泊)
4.食事(朝:アメリカン)
【ドレスデン観光】(約3時間)
(エルベ河畔にたたずむバロック式の宮殿★ツヴィンガー宮殿、ワーグナーで有名な★ゼンパーオペラ、★劇場広場)
12:00/【マイセン観光】(約1時間) (☆マイセン磁器の博物館) 宿泊:(ドレスデン泊)
5.食事(朝:アメリカン) ドレスデン発 プラハへ
プラハ着 9:00/バスにて「百塔の都」と称された街プラハへ。
プラハ到着後、昼:チキン料理。
午後/【世界遺産プラハ歴史地区観光】(約4時間)
丘のうえにある☆プラハ城ではミュシャのステンドグラスのある☆聖ビート教会、プラハ最古の石橋★カレル橋、中性の町並みを残す★旧市街。
17:30/ホテル着。
19:00/
♪夕食はプラハ最古のビアレストラン「ウ・フレク」にて郷土料理。チェコ名物黒ビール飲み放題(約60分)。 宿泊:(プラハ泊)
6.食事(朝:アメリカン)プラハ発 クトナーホラへ
チェコの世界遺産クトナーホラ観光(約2時間) 昼:レストランでロールキャベツ
クトナーホラからテルチへ
世界遺産テルチ歴史築観光(約1時間)その後プラハへ 宿泊:(プラハ泊)
7.食事(朝:アメリカン)プラハ発 オーストリアのザルツブルグへへ
途中 チェコで最も美しいと称される中世の街チェスキークルムロフへ
ビール造りで有名な チェスキーブディヨブッツ(約1時間) 昼:ビーフ料理
【世界遺産チェスキークルムロフ歴史地区観光】(約1時間30分)。13世紀の面影が残る★チェスキークルムロフ城、★旧市街。
観光後、国境を越えモーツァルトゆかりの地、ザルツブルクへ。 ♪夕食は魚のロースト。 宿泊:(ザルツブルク泊)
8.食事(朝:アメリカン)
終日ザルツカンマーグート観光?(約1時間30分)。★【世界遺産ハルシュタット】、
「サウンド・オブ・ミュージック」の世界が広がる美しい湖水地方へ。 ★昼食はビーフシチュー。
午後【世界遺産ザルツブルク観光】(約3時間)
(☆モーツァルトの生家、★ゲトライデ・ガッセ、映画「サウンド・オブ・ミュージック」の舞台の☆ミラベル庭園) 宿泊:(ザルツブルク泊)
9.食事(朝:アメリカン) ザルツブルク発 ウィーンー
途中 世界遺産のヴァッハウ渓谷へ バスにて社葬よりドナウ川沿いの景色を楽しむ。
レストランで昼食後/一路、ウイーンへ。 宿泊:(ウィーン泊)
ウィーン着後【世界遺産ウイーン歴史地区観光】(約3時間)
ハプスブルグ家の夏の宮殿☆世界遺産シェーンブルン宮殿、バロック様式の美しい★ベルベデーレ宮殿、世界遺産の歴史地区に立つ★シュテファン寺院★オペラ座)
♪夕食はウインナーシュニツェル 宿泊:(ウィーン泊)
10.食事(朝:アメリカン) ウィーン 自由行動
タクシーをチャーターして、音楽家の生家や墓等を回る。
11.食事(朝:アメリカン)ウィーン発 ブラチスラバへ
バスにて国境を越えスロバキアの首都ブラチスラバへ。
【ブラチスラバ観光】(1時間)
(ドナウ川を見下ろす★ブラチスラバ城、石畳の広場や建物群の保存状態が美しい★旧市街、★聖マルティン教会)
レストランで昼食後
ハンガリーのドナウベント地方を代表する【★センテンドレ散策(約30分)、エステルゴム(約30分)】観光後、ドナウの真珠ブダペストへ。
宿泊:(ブダペスト泊)
12.食事(朝:アメリカン)ブダペスト 【世界遺産ブダペスト観光】(約4時間)
(巨大な★旧王宮、★漁夫の砦、★マーチャーシュ教会、市内を一望できる★ゲレルトの丘、★くさり橋)
昼:中華料理。午後、自由行動。夕方からドナウ河イルミネーションクルーズ、夕食付き。 宿泊:(ブダペスト泊)
13.食事(朝:アメリカン) ブダペスト発 空路、ミラノへ。
乗り継ぎ「アリタリア航空」にて帰国の途へ。
14.関西空港着10:00 。
【警告】
油の高騰により燃油特別深運賃が高騰しているが、20008年7月から更に急高騰し、総旅費の半分以上になる場合が発生している。ゆえに当分海外良好は見送った方がよい。
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ブランデンブルグ門〜東西ベルリンの接点〜
ブランデンブルグ門は、1788−1794年にかけ建築家ラングハンスがアテネ神殿を手本に建造したもの。ドイツ古典主義建築の代表的建築物。第2次大戦で全壊。1957年及び1990年に復元される。ブランデルグ門は、1791年、プロイセン王国の凱旋門として建てられたそうだ。門の上には4頭立て騎馬に乗っているのは勝利の女神ビクトリアである。冷戦構造の崩壊の象徴でもあるベルリンの壁はこのブランデンブルグ門の前を通っていたと言う意味で、ベルリン市民にとって、この門は生死の境界線上にあったことになる。1793年に完成。プロシアに勝利し、神聖ローマ帝国を滅亡させたナポレオンが1809年にこの門をくぐり凱旋した。 -
ベルリンではブランデンブルグ門とともに、連邦議事堂が東西ドイツ統一の大きな象徴となっていることは間違いない。1961年8月13日には武装民兵が壁のようにこの門の前に一列に並んだ光景が全世界に向けて報道され、以降、壁崩壊の1989年11月9日までの28年間、2枚の壁の間に挟まれたこの門を誰もくぐることはできませんでした。こうしてベルリンの「象徴」、「シンボル」となったブランデンブルク門は、プロイセン王国の凱旋門として、1788年にフリードリッヒ・ヴィルヘルム2世の命によって建てられ、1791年に完成しました。ギリシャのアクアポリスの神殿入り口を形どって造られた門の上の馬車には、勝利の女神ビクトリアが乗っています。この馬車は1806年、プロイセンに勝ったナポレオンがパリに持ち帰ってしまった時期もありましたが、1814年には再びベルリンに戻されました。
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ベルガモン博物館
ベルガモン博物館は、コの字型の建物で古代ローマ・ギリシャ美術、ベルガモン祭壇、西アジア館がある。博物館の西アジア館(右建物)には、豪華なバビロンのイシュタル門が復元して展示されている。バビロン(現イラク・バグダッド南)は紀元前6世紀頃に新バビロニア帝国として繁栄したが、その後ペルシャに支配され衰退した。このバビロンのイシュタル門にはライオン、牛、ドラゴンの文様が定型の彩釉レンガで装飾されている。2500年まえに豪華な彩釉レンガの装飾技術が確立されていたとは驚きである。この古代バビロンの都は堕落した社会の象徴として聖書では比喩的(例えばブリューゲルの「バベルの塔」)に使われるが、このイシュタル門が日本の縄文時代に建造されたと思うとやはり感動する。 -
ベルガモン博物館 ゼウスの大祭壇(正面館)
博物館の正面には、ベルガモンのゼウスの祭壇が展示されている。祭壇の彫刻作品は天井から射す自然光で鑑賞できる。ベルガモン王国(現トルコ・ベルガマ)は、紀元前2世紀に最も繁栄し、記念碑、列柱廊、大祭壇など大理石の壮大な建築物で装飾され、ローマ時代の円形神殿、療養施設、小劇場、体育館が併設されていた。このゼウスの祭壇は、19世紀後半にドイツ人によって発掘され、このベルガモン博物館に運ばれ復元して展示されている。祭壇の彫刻はギリシャ神話のゼウスや神々との闘いを表現している。 -
ペルガモン博物館
壮大なスケールで古代都市の一部を再現したドイツが世界に誇る一大考古学博物館。外観は古代ギリシア神殿様式を模した建物。最大のみどころは、ペルガモンのゼウスの大祭壇や、新バビロニア王国のイシュタール門など。どこかのテレビ局が撮影していた。 -
ベルガモン博物館 ベルガモン祭壇(ゼウスの祭壇跡)ギリシャ建築物
コレクションの前身は1830年の旧ベルリン博物館にさかのぼる。1930年に現在のベルガモン博物館が開館し、その後1982年に中央玄関ホ−ルが新設された。100年以上に渡って展示方法が考えられた世界有数(ル−ブル・大英・ベルガモン)の博物館である。ギリシャ建築・ロ−マ建築と西南アジア地域の3つの建築物が包括的に展示され、特に実物大のベルガモン祭壇(トルコ遺跡:ギリシャ建築BC164〜156年)は、19世紀にドイツの考古学者カ−ル・フ−マン指導により10年がかりの発掘調査でトルコのベルガモン遺跡(ゼウスの祭壇跡)よりベルリンに持ち出された大理石の壮大な祭壇の建造物である。現在、トルコのベルガモン遺跡には三本の松と少しの階段だけが残っている。 -
ベルガモン博物館 ベルガモン祭壇(ゼウスの祭壇跡)ギリシャ建築物
ミレトス市場門(ロ−マ遺跡:BC120年)・バビロンの行列通り(バグダットバビロン遺跡:BC6世紀)に見る者を引きつける。バビロンの遺跡はバグダッドから南に約130kmのところ。20世紀初頭にドイツ人コルデヴァイが発掘。紀元前7世紀から6世紀頃の栄えた新バビロニア王国の遺跡。バビロンは、もともとシュメール人が建設した都市にセム系のアムル人が進入して紀元前1890年頃に王朝を開いたとされている。これが「目には目を」で有名なハンムラビ法典(古バビロニア王国)である。 イシュタル門の彩釉煉瓦】 西南アジア(バビロン)ベルガモン博物館の西南アジア館内に、紀元前6世紀。新バビロンの時代の「イシュタル門」が龍や牡牛をかたどった彩色煉瓦で復元されている。門をくぐり抜けると、高さ12.5メ−トル、幅8.0メ−トル、総延長30メ−トルの「行列通り」に続く門の正式な名前は「イシュタル・サ−キパト・デビシャ(イシュタルは敵を征服する女神)」という名前である。ライオンはイシュタル女神の聖動物(天空の女帝)として崇拝されていた。
イシュタール門は、紀元前7世紀ころにバビロニアを囲む壁に築かれた門は、天空の女帝イシュタールに捧げられたことからこの名で呼ばれるようになった。表面は色鮮やかな彩釉煉瓦で飾られている世界遺産に登録されている。 -
ベルリンの壁
壁の歴史について一番良く記録が残っているのは、チェックポイント・チャーリーにある博物館です。かつての連合軍の国境通過点にあたる国境検問所の小屋も見られます。イースト・サイド・ギャラリーでは何百メートルにも渡って世界最大のオープンエアの展覧会が見られます。名のあるグラフィティーのアーティストがここの壁をキャンバスにして絵を描きました。
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ベルリンの壁
1961年8月13日に作られた壁は町を分断し、西ベルリンを東ドイツの真ん中にできた島のように囲んでしまいました。この壁が原因で多くの人が命を落としました。東側がきずいた壁は45kmにおよんだがその一部が記念碑として残っている。そこには、思い思いの絵がペイントされている。壁の西側には政治的なメッセージ、グラフィティー、絵などが描かれました。壁崩壊後トンカチを持ち出して啄木鳥ならぬ壁つつきをする人が幾千人も現われ、色とりどりの壁のかけらは今では貴重品。しかし現在のベルリンの街中には壁の面影はほとんど見当たりません。 -
ベルリンの壁
ナチ独裁者の恐怖政治、第2次世界大戦終結の後、町は破壊され瓦礫の山となりました。1961年8月13日に壁が作られ始め、町は分断、人々は東西に引き離されてしまいました。1989年11月9日、壁が崩壊し、町は歓喜にあふれました。1990年には再統一。これによってベルリンは連邦政府所在地となりました。1999年4月19日には旧帝国議会議事堂が新装され、最初の全体会議が開かれました。真新しいガラスのドームのある旧帝国議会議事堂はベルリン人や世界中から訪れる観光客の人気スポットとなりました。ミレニアム祝賀の時にはブランデンブルク門で華々しいパーティーが催されました。その後再び首都となったベルリンは多くの変化を経験しました。そしてベルリンは今後も躍動を続けるでしょう。
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