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 2006年の10月下旬。紅葉にはまだ早い大阪。妻と電車で一足早い紅葉を求めて高野山へ。のんびり昼ごろ出発。まだまだポカポカ陽気の大阪市内から高野山へ。紅葉が始まっているだけあってやはり肌寒かった。私にとって高野山は初めて。東京の高尾山や御岳山のようにケーブルカーで上がったところに大きなお寺でもあるのかと思いきや、登山電車のような南海高野山線で行きケーブルカーに乗りさらにバスで行った先には一大都市が!びっくり!<br /> 紅葉を一足先に楽しむつもりだったけど高野山がこういうとことは知らなかった。驚きの初高野山体験を記念して旅行記を作成します。

紅葉を求めて高野山へ

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2006/10/22 - 2006/10/22

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ぶうちゃん

ぶうちゃんさん

 2006年の10月下旬。紅葉にはまだ早い大阪。妻と電車で一足早い紅葉を求めて高野山へ。のんびり昼ごろ出発。まだまだポカポカ陽気の大阪市内から高野山へ。紅葉が始まっているだけあってやはり肌寒かった。私にとって高野山は初めて。東京の高尾山や御岳山のようにケーブルカーで上がったところに大きなお寺でもあるのかと思いきや、登山電車のような南海高野山線で行きケーブルカーに乗りさらにバスで行った先には一大都市が!びっくり!
 紅葉を一足先に楽しむつもりだったけど高野山がこういうとことは知らなかった。驚きの初高野山体験を記念して旅行記を作成します。

同行者
カップル・夫婦
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
私鉄

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  • 奥の院<br />高野山は、およそ1200年前に、弘法大師によって開かれた、真言密教の修行道場。高野山真言宗の総本山。標高およそ900mに位置する宗教都市。約4千人の人が住みお坊さんだけでも1千人もいる。平成16年7月7日に高野山は「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産に登録。<br />ここより先の本当の奥の院は撮影禁止。

    奥の院
    高野山は、およそ1200年前に、弘法大師によって開かれた、真言密教の修行道場。高野山真言宗の総本山。標高およそ900mに位置する宗教都市。約4千人の人が住みお坊さんだけでも1千人もいる。平成16年7月7日に高野山は「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産に登録。
    ここより先の本当の奥の院は撮影禁止。

  • 奥の院のお地蔵さん。

    奥の院のお地蔵さん。

  • 奥の院の紅葉

    奥の院の紅葉

  • 奥の院の紅葉

    奥の院の紅葉

  • 奥の院の紅葉

    奥の院の紅葉

  • 奥の院の紅葉

    奥の院の紅葉

  • 奥の院の紅葉

    奥の院の紅葉

  • 高野山本覚院壇上伽藍根本大塔<br />弘法大師空海上人が最初に開いた、壇上伽藍の中心にそびえ建っているのが根本大塔。写真左側朱色の建物。真言密教の根本。幾度となく落雷に合い消失。現在の大塔は昭和12年再建。高さ48.5m、四方各25m。拝観料200円也。右側手前の建物は「愛染堂」建武元年(1334)。本尊は後醍醐天皇等身大と伝える愛染明王像。創建以来三度の火災に厄い、現在の建物は嘉永元年(1848)の再建。<br /><br />http://www.hongakuin.jp/garan.html

    高野山本覚院壇上伽藍根本大塔
    弘法大師空海上人が最初に開いた、壇上伽藍の中心にそびえ建っているのが根本大塔。写真左側朱色の建物。真言密教の根本。幾度となく落雷に合い消失。現在の大塔は昭和12年再建。高さ48.5m、四方各25m。拝観料200円也。右側手前の建物は「愛染堂」建武元年(1334)。本尊は後醍醐天皇等身大と伝える愛染明王像。創建以来三度の火災に厄い、現在の建物は嘉永元年(1848)の再建。

    http://www.hongakuin.jp/garan.html

  • 高野山本覚院壇上伽藍西塔<br />光考天皇の勅命で、傳燈国師真然大徳が仁和3年(887)創建。塔は、五度の焼失の後天保5年(1834)に再建されたもの。

    高野山本覚院壇上伽藍西塔
    光考天皇の勅命で、傳燈国師真然大徳が仁和3年(887)創建。塔は、五度の焼失の後天保5年(1834)に再建されたもの。

  • 高野山本覚院壇上伽藍東塔<br />伽藍の東端に建つ、白河上皇の御願によって大治2年(1127)建立。焼失再建を繰り返し天保14年(1843)の大火災により焼失した後、ながく礎石のみとなっていた。現在の建物は昭和59年(1984)、弘法大師御入定1150年御遠忌記念事業の一環として、残されていた図面を参考に再建。

    高野山本覚院壇上伽藍東塔
    伽藍の東端に建つ、白河上皇の御願によって大治2年(1127)建立。焼失再建を繰り返し天保14年(1843)の大火災により焼失した後、ながく礎石のみとなっていた。現在の建物は昭和59年(1984)、弘法大師御入定1150年御遠忌記念事業の一環として、残されていた図面を参考に再建。

  • バスの待合所で。

    バスの待合所で。

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