2007/07/27 - 2007/07/27
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4nobuさん
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ベネルックス旅行の第一目的である美術鑑賞散歩の日で、今日のベルギー王立美術館は私にとってはフランドル絵画、かみさんにとってはマグリットの傑作を見れることに期待が高い。
美術館の開館前に到着してしまい、近くの公園でしばらく待つ。3時間ほどかけてゆっくりと鑑賞する。しかし残念なことに期待したマグリットの作品が以前に比べて極端に少なくてがっかりする。
後で知ったが今新しくマグリットだけの美術館を建設中で完成後にそこに展示されるそうだ。連想したのはベルン美術館のクレーだ。8年ほど前にベルン美術館Kunstmuseumにクレーを見に行ったらその数年前に比べて展示数がずっと減っていた。それはその数年後に完成したクレー専門の美術館クレーセンターと関係があったのだろうか。
そして今回も同じ様な理由で?
この美術館は撮影が自由なので興味のある沢山の絵画を撮影した。ここでは美術館の雰囲気を見せる範囲にとどめて作品の紹介は別編にすることにする。
美術館を出て遅めのランチを公園のベンチで摂り、そのあと公園前の王宮を見物する。期待しなかったので意外にも楽しかったとはかみさんの言。
隣の聖ヤコブ教会も見てから坂を下ってグランパレスを掠めヌーヴ通りを通りホテルに帰る。
今日のディナーは料理研究家で、元上司のご内室に教えていただいた聖カトリーヌ教会傍の運河沿いレストランに予約を入れて行く。
王立美術館:
ここの歴史と収蔵品はベルギーの歴史そのものだ。
この地域は15世紀にブルゴーニュ候国と合併、その後ハプスブルク家に帰属する。ブルージュの宮廷はやがてブリュッセルに移る。宮廷、貴族の庇護により芸術家が集まり、更に貿易が隆盛期を迎え中産階級が勢力を持つと絵画の需要が高まる。この時代のフランドル画家の名品がブルージュ、ブリュッセルに集まるとともにウィーンにもあるのはこのような事情による。
王立美術館はナポレオンの文化政策をきっかけに設立された。18世紀末にフランスがオーストリアを駆逐して支配下に置くとルーブル美術館の収蔵を増やそうとフランドルの名画を選びフランスに持ち帰る。その選考に外れた作品から約100点で第一次美術館が設立される。
ナポレオンのルーブルコレクションの諸都市への分散計画で50点以上の作品が戻され、さらにナポレオンの失墜でウィーン会議でのベルギーへの返還命令で所蔵が増える。ベルギーが独立した直後は市立美術館であったが16年後に王立美術・彫刻美術館となる。飛躍的に増え続ける古典美術部門と現代美術部門の収容のための展示面積の不足を解決する大工事が23年の長期にわたって行なわれて現代の地上2階、地下8階の建物が完成した。
そして現在もなお改築が続き、100点以上の遺贈されたマグリットの絵画とデッサンを集合した(現在郊外にあるマグリット美術館とは別の)マグリット美術館が開設されるとのこと。
なお王立博物館はこの古典美術部門、近代美術部門の他にWiertz MuseumとMeunier Museumの部門もある。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 航空会社
- KLMオランダ航空
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王宮前のパレス広場。左がブリュッセル公園。この一帯はKoudenbergという丘で11世紀にブラバント伯爵が城を築いた。後継者が元の居住地のルーヴェンを引き上げこの城を住所に決める。以後の支配者はずっとここを建て増していく。16世紀にはこの宮殿は欧州の王の居城で最も華麗な一つと言われるようになる。
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王宮に近付く。左はブリュッセル公園
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王宮正面
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正面入口から見た王宮玄関
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王宮横で、王宮見物から帰途の親子
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王宮左翼の王宮付属ベレヴ博物館
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ブリュッセル公園入口。かっては王の狩猟場であったとか
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公園内寸描1
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公園内寸描2
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ヤコブ教会を背にしたロイヤル広場と広場の銅像。はるかに市庁舎の塔が見える。
この界隈はBalienpleinと呼ばれ、上流社会、オーストリアやオランダの統治者の邸宅などが並んでいた。1731年の大火で丸焼けになる。再建にあたり当時流行の啓蒙運動スタイルの新古典主義スタイルに統一することにした。これが後述のこの界隈にあるヤコブ教会のデザインにも影響する。 -
ロイヤル広場の美術館側の一角にある楽器博物館。1898年にデパートとして建てられたアールヌーボー様式。
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楽器博物館。一階にカフェがあり、美術館の帰りに入ろうとしたら混んでいた。
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王立美術館一階入口すぐのホール。フォーラムホールで元々特別展示のためだった。
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2階回廊。左の廊下が15/16世紀絵画部門。
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15/16世紀絵画部門展示の廊下。かみさんが見ているのは有名な聖バルバラ伝説の画家の「聖バルバラの生涯」
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ブリュージュの教会画家メムリンクの「聖セバスチャンの殉教」
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16世紀ブリューゲルなどフランドル絵画の部屋
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ピーター・ブリューゲル父の「ベツレヘムの戸籍調査」
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ピーター・ブリューゲル父「イカルスの失墜」
前回の思い出。この絵でイカルスの落下したところが判らず傍の中年女性に聞いたら親切に教えてくれて、その後も彼女の解説で楽しい鑑賞が続いた。 -
クラナッハ「ヴィーナスと愛」
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17世紀ルーベンス、ファン・ダイクなどの部屋。中央はヴォス「画家とその家族」
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端正な象徴主義バーン・ジョーンズの「(ギリシャ神話に拠る)プシケの婚礼行列」
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超現実主義デルヴォーの名品「(ギリシャ神話による)ピグマリオン」
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ベルギーが誇る20世紀超現実主義画家マグリットの傑作のひとつ「光の帝国」
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ロイヤル広場前の聖ヤコブ教会。ネオクラシック様式ではじめは教会とは思わなかった。それに後ほど付け加えられた小さな塔がある。どうも似つかわしいと思わないのだが。広場には旗を持った騎士の銅像。
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銅像は第一次十字軍の指導者ゴーデフロイド・ド・ブィヨン(ゴットフリード・ファン・ブィヨン)。
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ゴットフリード・ファン・ブィヨン像の向うにグラン・プラスの市庁舎の塔が見える
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ヤコブ教会の内陣
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主祭壇とドーム。ここにもネオクラシック様式の影響が残る
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祭壇の聖母子像
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ロイヤル広場からモン・デ・アール(芸術の森)に降りていく途中にある馬上のアルバート1世像。
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モン・デ・アールのフランス庭園の向うに市庁舎の塔が見える。左はアルバート1世図書館
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今晩のディナーに行った運河際にある聖カトリーヌ教会。
ブリュッセル内港の埋立てた後にできた。教会前の運河はそのまま残り両岸には海鮮レストランと海産物店が並ぶ。 -
カトり−ヌ教会の側面
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教会入口
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運河は今では機能せず濠の形。こちら側はレンガ河岸。
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反対側は焚き木河岸。
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レンガ河岸のレストラン、ラグビーマンでディナー。店内でなく通りの向う側の運河に面したテントの方を選ぶ。
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運河際の赤いほうのテントハウスでディナー。
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予約してしかも早く行ったのでいい席をくれた。
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摂ったメインディッシュは私がロブスター、かみさんはドーバーソール。味もいいが生きのいいのにびっくり。
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