2007/12/22 - 2007/12/22
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morino296さん
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師走の雨の中、等持院、相国寺、知恩院を訪れました。
紅葉も終わり観光客も一段落、加えて、降りしきる冷たい雨のため空いていて、ゆっくり楽しむことができました。
近くまで行っていながら、足を運べなかった等持院へやっと行ってきました。その後は、やはり足利氏に縁の相国寺へ回りました。
そして、最後の知恩院では、間もなく迎える除夜の鐘を前に、今年一年を振り返り、感謝する機会となりました。
今年一年間、京都を沢山知ることが出来ました。いろいろ教えていただいた皆さんに感謝しています。有難うございます。
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立本寺(りゅうほんじ) 表門
京都駅で手に入れたJRのイベントガイド「京都散策(冬号)」の情報を見て、等持院へ行く前に立ち寄ってみました。
(バス停「千本中立売」から徒歩約7分) -
立本寺 総門の脇は紅葉の落ち葉が鮮やかです。
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立本寺 刹堂(鬼子母神堂)
「北野の鬼子母神さま」とも呼ばれる安産・子育て守護で有名な子安鬼子母神は毎月8日にご開帳されるそうです。 -
立本寺 本堂(本尊は十界曼陀羅)
日蓮宗本山。元亨元年(1321)日像が京都最初の道場として四条大宮に開いた妙顕寺竜華院が始まり。
その後、何度か場所を変えるが、宝永の大火(1708)で類焼した後、現在地に移ったそうです。
境内には吉野太夫や石田三成の軍師、島左近の墓もあるそうです。(吉野太夫の墓は、鷹が峯の常照寺にもありますね。) -
立本寺 客殿
中には入れませんでしたが、資料によると、
仏間が背面に張り出す日蓮宗客殿の様式を今に伝え、
建物の西側と南側には客殿庭園(京都市指定名勝)があります。
(冬の非公開文化財特別公開で見られるようです。) -
立本寺 庫裏
受付事務所、右手には托鉢に使うのでしょうか、笠も掛けられています。 -
立本寺 客殿と庫裏の間にある古井戸
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立本寺 鐘楼
寛文年中(1661〜73)の造営で、宝永の大火でも焼失を免れたそうです。
建物の材の風蝕が大いそうですが、そのためか鐘はありませんでした。 -
等持院 山門
(千本中立売から等持院道までバスで移動) -
等持院 墓所に立つマキノ省三先生の碑
日本の劇映画の祖、長門博之・津川雅彦の祖父にあたります。
母親が「千本座」という小劇場(後の千本日活)を手に入れると、そこの経営を手伝いながら、時折高座で義太夫や芝居を披露したそうです。
千本座は、先ほどの千本中立売の近くにあったようです。 -
等持院 臨済宗天龍寺派
足利将軍家の菩提寺。暦応4年(1341)年足利尊氏が等持寺の別院として夢窓国師を開山に創建。
尊氏の死後、その墓所となり、等持院と改められました。
(この写真では、衣笠山を借景にしていることが分かります。) -
等持院
玄関を入ると、目に飛び込んでくる達磨の絵。
これもどこかで見覚えがありますね。
臨済宗天龍寺派といわれれば納得。嵐山の天龍寺の玄関でもお出迎えされていますね。 -
等持院 方丈の広縁
南庭に面した廊下は鴬張りになっています。
この方丈(本堂)は、元和3年(1616)に福島正則が妙心寺塔頭海福院から移築したものだそうです。 -
等持院 方丈(本堂)
方丈の襖絵は、狩野興以の作で、年1回公開されるそうです。 -
等持院 方丈(本堂)の達磨の額
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等持院 庭園(南庭)
方丈の広縁からの眺めです。 -
等持院 霊光殿
尊氏が日頃念持仏として信仰した地蔵尊を本尊に、達磨大師と夢窓国師を左右に、足利歴代の将軍像が徳川家康と共に両側に安置されています。 -
等持院 霊光殿 足利歴代の将軍像(右側の一部)
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等持院 霊光殿 足利歴代の将軍像(左側の一部)
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等持院 霊光殿
第7代将軍足利義勝は、9歳にして将軍職を継ぎ、在位8ヶ月の10歳で亡くなった。
死因は謎に包まれるが、落馬、暗殺、病死などの諸説があり、大河ドラマ「花の乱」では落馬説が描かれていましたが、実際は赤痢による病死が有力とされているそうです。後任の将軍は弟の足利義政が継ぎました。 -
等持院 霊光殿
初代将軍足利尊氏の木像 -
等持院 方丈の北側にある庭園(西庭)の蹲
雨に濡れた趣もいいです。 -
等持院 庭園(西庭)と茶室清漣亭
夢窓国師作と伝わる三大名園の一つ。
背景に衣笠山を借景にしているはずですが、今は、立命館大学の校舎を借景としています。 -
等持院 庭園(西庭)
書院から見た西庭は、古い木立で区切られ、芙蓉の花を形とった庭園です。 -
等持院 書院から見た庭園(西庭)
ここでお茶をいただくことが出来ます。
この日は、雨が降っていたため、お庭に出るのは止めましたが、北庭は、東の苑池・心字池(草書体の心の字を形とった池庭)があるそうです。
私は観たことがありませんが、半夏生(三白草)が咲く夏至の頃が良いそうです。 -
等持院 書院から見た庭園(西庭)
落ち着いてお庭が眺められました。
また、季節を変えて、天気の良い日に訪れてみたいものです。 -
等持院 庭園(西庭)と茶室清漣亭
足利尊氏の百年忌の長禄元年(1457)に建てられたものといわれ、義政好みと呼ばれるようになったそうです。
寒の頃から咲き始める有楽椿(侘助椿)、春先に咲く馬酔木、初夏のさつき、7月頃のくちなしの花、初秋の芙蓉の花が清漣亭の前庭を飾るそうです。
(今が、一番何もない時期でしょうか?) -
等持院 足利尊氏の墓
方丈北の庭の中央にある宝筐印塔が尊氏の墓と伝わるそうです。 -
等持院 方丈の廊下から見た茶室清漣亭
雑踏を避け、ゆっくりと庭を眺めることの出来るお薦めの場所です。 -
六請神社(ろくしょうじんじゃ)
等持院の直ぐ横にある神社。
立て札によれば、古来衣笠山麓に鎮座したため衣笠御霊とよばれ、その山に鎮まる先人の霊を合わせ祀ったことに始まります。
天照大神ら六柱を勧進して六請神といわれるようになり、足利氏の等持院を創立以来、鎮守社として境内に祀られていたもので、神仏分離により現在の地に移されたそうです。
(ここから北野白梅町まで歩き、昼食をいただきました。) -
相国寺 総門
昼食後、雨脚も強くなり、散歩には不向きな状況となったため、ポイントを絞って回ることにしました。
北野白梅町から烏丸今出川までバスに乗り、相国寺へ。
相国寺の特別拝観は残念ながら終了しており、承天閣
美術館を見学することにしました。 -
相国寺 参道の奥に見える庫裏も雨に霞みます。
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相国寺 承天閣美術館へと続く道
足元が雨に濡れてきました。 -
相国寺 承天閣美術館 玄関横の庭「普陀落山の庭」
美術館では、開基足利義満600年忌記念事業の一環として、「相国寺の禅林文化 室町から近世へ」が開かれていました。
人気の伊藤若冲の絵も観ることができました。 -
相国寺 承天閣美術館前の庭
すっかり散った紅葉ですが、雨に濡れ色鮮やかな絨毯を楽しめました。 -
相国寺 承天閣美術館前の庭
雨に濡れ色鮮やかな紅葉の絨毯 -
相国寺 承天閣美術館前の庭にて
僅かに残る紅葉、冷たい雨に濡れながら散るのを惜しんでいるようです。 -
相国寺 法堂
慶長10年(1605)、豊臣秀頼の寄進により、5回目の再建になり、我が国法堂建築の最古のものだそうです。
紅葉の落ち葉を敷き詰めています。 -
相国寺 法堂(正面から)
相国寺は京都五山第二位に位置づけられていますが、五山を束ねる役割を担っていたことから、実質は最上位だとの解説もありました。
第一位:天龍寺、第二位:相国寺、第三位:建仁寺、第四位:東福寺、第五位:万寿寺(東福寺の塔頭)だそうです。 -
相国寺塔頭 瑞春院 水琴窟の雅趣漂う『雁の寺』
作家水上勉が9歳から約4年間、同院で修行した思い出を綴った『雁の寺』の舞台として知られます。
その由来となったのが、円山派の画家・上田萬秋が描いた「雁の絵」、現在も当時にまま残っているそうですが、見学は完全予約制とか。 -
相国寺塔頭 瑞春院
この日は、予約もしておらず、また、「見学はできません」となっていました。
門の隙間から、玄関先の雰囲気だけ、撮らせていただきました。(失礼しました)
この後は、知恩院へ向かいます。 -
知恩院 新門
バスで知恩院前まで移動。
相変わらず、雨脚は強いままです。 -
知恩院 三門(国宝)
この門は、「空・無相・無願」という、悟りに通ずる三つの解脱の境地を表わす門(三解脱門)の意味で、「三門」と書くそうです。
元和7年(1621)、徳川二代将軍秀忠によって建立されたもので、高さ24m、横幅50m、屋根瓦約7万枚が使われる、現存の木造建築として最大の楼門です。(京都三大門の一つ)
楼上内部は、非公開の仏堂となっており、釈迦牟尼仏像、十六羅漢像が安置されているほか、天井や柱、壁などに天女や飛龍が極彩色で描かれていうそうです。
ここも、冬の非公開文化財特別公開が予定されています。 -
知恩院 御影堂(国宝)
浄土宗の総本山の中心となる建物。
「大殿(だいでん)」と呼ばれるこの建物は、元祖法然上人の御影(みえい)をまつることから、「御影堂」と呼ばれます。
寛永16年(1639)徳川三代将軍家光によって再建されたもので、奥行35m、間口45m、周囲に幅3mの大外縁がめぐらされています。 -
知恩院 寶佛殿
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知恩院 経蔵(重要文化財、非公開)
三門と同じ元和7年(1621)に建てられたもの。
徳川二代将軍秀忠の寄附によって納められた経約六千巻を安置する輪蔵があり、その輪蔵を一回転させれば、大蔵経を読誦するのと同じ功徳を積むことができるといわれています。 -
知恩院 大方丈
この日は、戸を立てて修行が行われていました。
寛永18年(1641)の建築で、洛中随一の名書院といわれ、54畳敷の鶴の間を中心に、上・中・下段の間、松の間、梅の間、柳の間、鷺の間、菊の間、竹の間と武者隠しの部屋があり、それぞれ狩野一派の筆による襖絵に彩られ、豪華な雰囲気を漂わせているそうです。 -
知恩院 方丈庭園
江戸時代初期に小堀遠州と縁のある僧玉淵によって作庭されたと伝えられる、池泉回遊式の庭園です。 -
知恩院 方丈庭園
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知恩院 方丈庭園にある「二十五菩薩の庭」
知恩院所蔵の国宝「阿弥陀如来二十五菩薩来迎図」を基に作られた庭で、臨終の時に念仏を唱えれば、阿弥陀如来と二十五菩薩が浄土へ迎えてくださる様子を表すそうです。(解説板より) -
知恩院 権現堂前の石燈籠
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知恩院 権現堂
知恩院と浄土門のために外護舎として力となった徳川家康、秀忠、家光の三代の霊を祀る廟宇で、昭和49年、浄土開宗800年祈念に建てられたものだそうです。 -
知恩院 権現堂から望む大方丈
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知恩院 方丈庭園の苔むす井戸
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知恩院 大鐘楼(重要文化財)
高さ3.3m、口径2.8m、重さ約70トンの釣鐘は、京都方広寺、奈良東大寺と並ぶ大鐘として知られています。
この大鐘は、寛永13年(1636)に鋳造されたものですが、当初、この鐘を吊る環が、何度造り替えてもその重さに耐えかねていたところ、ある日、刀匠正宗・村正兄弟が知恩院へ参詣の折り、この事を聞き兄弟力をあわせて精魂込めて鋳造し、ついにこの大鐘を吊るすことができたとの言い伝えがあります。 -
知恩院 大鐘楼(重要文化財)
大晦日の除夜の鐘で紹介されることも多いですが、鐘を撞くのは僧侶17人がかりで、一人が親綱を持ち、仰向けにぶら下がり、撞木を加速させ、体ごと鐘にぶつかるようにして撞き、残り16人は子綱を持ち、「えーい、ひとおーつ」「そーれ」の掛け声に応えるように動きを合わせるそうです。
除夜の鐘も、あと僅かに迫ってきましたね。
今年一年、京都を沢山知ることが出来ました。
いろいろ情報を教えていただいた皆さんに感謝いたします。
有難うございました。
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この旅行記へのコメント (6)
-
- jyugonさん 2007/12/27 01:54:55
- 今年の締めも京都ですね
- morino296さん 再びこんばんは。
お寒かったでしょう…冷たい雨の中、渋い選択です。
さすがという感じです。
好きこそとは申しますが、本当にお詳しいですよね。
知っているようで知らない京都を沢山教えて頂いたように思います。
ありがとうございました。
相国寺、知恩院さんは、ちょっと繋がりのあるお寺なので
しみじみと眺めるような事がないので改めて見ると新鮮です。
相国寺さんの承天閣美術館にはお参りがてら行きたいと思っていました。
>立本寺 客殿
中には入れませんでしたが、資料によると、
仏間が背面に張り出す日蓮宗客殿の様式を今に伝え、
建物の西側と南側には客殿庭園(京都市指定名勝)があります。
(冬の非公開文化財特別公開で見られるようです。)
非公開文化財特別公開は、今から楽しみにしております。
どうしても行きたい所がありますので…
立本寺の客殿庭園にも足を運ぼうと思っています。
雨でより静かで趣深い年の瀬の京都でこの一年を振り返るような
素敵な旅でしたね。こういう時間は必要かもしれません…
私はこれからもうひと頑張りですが、どうぞ良いお年を!
大晦日は知恩院さんの除夜の鐘を聞きながら
心静かにこの一年に感謝したいと思っています。
来年もどうぞよろしくお願い致します。m(__)m
jyugon
- morino296さん からの返信 2007/12/27 07:38:06
- RE: 今年の締めも京都ですね
- jyugonさん
おはようございます。
いつも有難うございます。
京都では、市バスの一日乗車券を利用することが多いのですが、
一緒にもらえる市バス観光マップ「バスなび」が大変役立っています。
目的地に行くには、何番のバスに乗ればよいのか、これが頼りです。
今年は、正月の鞍馬・貴船に始まり、この日の等持院・相国寺・知恩院まで、
この「バスなび」に載っている寺社は、随分行かせてもらいました。
(実は、24日も京都で、千本釈迦堂、壬生寺、東・西本願寺に行ってきました。)
また、皆さんからいろいろ教えていただき、とても参考になり感謝しております。
jyugonさんは、お正月もお仕事のようですが、大変ですね。ご苦労様です。
時節柄、ご自愛いただき、清々しい新年をお迎えください。
これからもお世話になりますが、宜しくお願いします。
有難うございました。
morino296
-
- 前日光さん 2007/12/26 22:32:09
- 等持院!
- こんばんは〜
衣笠山を背景とした(今は立命館大)等持院、昭和53年に訪れて以来
ですね。
足利15代の像が印象に残るばかりで、それ以外の庭などについては、
ほとんど覚えておりません。
御朱印というものを集め始めた最初が、等持院でした!
もっとも、判子だけで侘びしかった記憶がありますが。
こんなにすばらしい庭があったなんて!
その他のお寺も、今年の締めくくりに相応しいものでしたね。
いつも京都のお寺の奥深い良さを教えていただき、ありがとうございます。
今年は、色々な世界を知ることができた年でした。
あと5日ほどで今年も終わりですが、この4トラを知ることができて
私にとっては、世界が大きく広がった1年でした。
みなさんに感謝、感謝の気持ちです<(_ _)>
- morino296さん からの返信 2007/12/26 23:24:14
- RE: 等持院!
- 前日光さん
こんばんは。
いつも有難うございます。
等持院、やっと行けました。
雨が降っていたこともありますが、
京都はこの時期が、一番空いているのかも知れませんね。
私も、4travelを始めて1年ですが、いろんなことを知ることが出来ました。
京都へも何度も出掛けましたが、皆さんからいろいろ教えていただいたお陰で、
沢山楽しむことが出来たました。
寒さも厳しくなってきましたので、健康にご留意いただき、良いお正月をお迎えください。
morino296
-
- はんなりさん 2007/12/23 22:30:59
- 師走の京都
- こんばんは〜
あらぁ、雨の京都にいらしてたんですね。
等持院には今年の二月に侘助椿が見たくって出かけました。
旅行記も作成しましたが
このとき茶室は修復中でブルーシートが
立本寺の苔むした古井戸良いですねぇ。
静寂感溢れる旅記と
いつもながら詳しいコメントに敬服です。
>除夜の鐘も、あと僅かに迫ってきましたね。
まだ実感が無いのですが・・・
京都への今年の締めくくりに知恩院と言うのは
素敵な選択ですね。
はんなり
- morino296さん からの返信 2007/12/24 00:17:13
- RE: 師走の京都
- はんなりさん
今晩は。
早速ご覧頂き、有難うございます。
雨の中ではありましたが、楽しませて頂きました。
、
知恩院は、東山花灯路でライトアップを見ましたが、
大晦日に撞く大鐘楼を見たくて行ってきました。
知恩院の七不思議を確認せずに帰りましたので、
またの機会に是非行きたいと考えています。
等持院も庭を歩けませんでしたので、
またのお楽しみにしたいと思います。
実は、今日(24日)、もう一度、京都にお邪魔します。
これで、今年は最後になりますが。
いろいろ有難うございました。
morino296
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