2007/09/26 - 2007/09/26
123位(同エリア195件中)
カンゲンさん
世界遺産、『ペルセポリス』と『パサルガダエ』の拠点になるシラーズは、テヘランの約900キロ南、標高1600メートルの高地に位置する。
B.C.559年、アケメネス朝はこの地に起こった。
「庭園と詩人の街」と呼ばれ、バラの美しさが有名で、レモン、ブドウもとれ、革命前にはシラーズワインが造られていた。
イラン国民が愛する二大詩人、ハーフェズとサーデイーの出身地でもある。
人口170万人、テヘランについでイランで2番目の地下鉄を建設中。
シラーズの地名は、ペルシャ語のシーレジャンギャル、ライオンから命名された。古代にはこの地方にもライオンが生息していたのか?
写真は「エラム宮殿」
19世紀、ガジャール朝のパイナリー1世・2世の宮殿。エラムとは楽園の意味。
パーレビーの別荘としても使われた。
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エラム庭園
後方はシラーズ大学、イラン一のエリート校とか。 -
ザクロ、四季を通じ花や果実が実っています。
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糸杉の並木が素晴らしい。
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☆『ペルセポリス』(世界遺産:114 1979年)
ペルセポリウスは、アケメネス朝ペルシャ(B.C.559〜330)のダレイオス1世が建造に着手、その子クセルクセス1世により完成を見た。
マルブダシュト平原のラフマット(慈悲の山)山の麓に築かれ、広さ12万5000平方メートルに及ぶ。
ダレイオス3世のB.C.331年、マケドニアのアレキサンダーによる東方遠征の際、百柱の間から出火し廃墟となった。
アケメネス朝を滅ぼしたマケドニアは、B.C.323年にアレクサンダーの死後内紛が絶えずB.C.305年滅亡する。 -
ペルセポリウスに向かうメイン通り
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入口
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左右に大階段
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乗馬したまま昇降したので階段の1段1段が低い。
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クセルクセスの門(万国の門)
前面(西)に牡牛像 -
背面(東)は人面有翼獣神像
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未完成の間にある架空の動物グリフイン
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百柱の間
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門柱のレリーフ
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後方山腹にアルタクセルクセス2世の墓
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三門宮(トリピュロン)階段の雄牛を襲う勇壮なライオンのレリーフ
ライオンが「夏」、牡牛が「冬」の季節を表す説と、ライオンを王、牡牛を敵と解釈する説がある。 -
アバターナ(謁見の間)への階段
王に貢ぎ物をする属国(インドからリビア・エチオピアまで)の使者の姿がレリーフに描かれている。 -
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アバターナ(謁見の間)
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山腹南側にあるダレイオス3世の王墓
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山腹から見たペルセポリウスの全景
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ペルセポリウスからの出土品
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見学に来ていた地元の家族
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ナクシェ・ロスタム
ペルセポリウスの北西約6キロの地にあるアケメネス朝の王墓、
壁面の左からアルタクセルクセス1世、クセルクセス1世、ダレイオス1世、ダレイオス3世が眠る。
ダレイオス1世の墓 -
☆『パサルガダエ』(世界遺産:1106 2004年)
パサルガダエは、シラーズの北東約130キロの荒野にある。
アケメネス朝ペルシャを創設したキュロス大王(キュロス2世)が最初の都をおいた地で、ダレイオス1世が首都をスーサに移すまで
ペルシャ帝国の政治・文化・軍事の中心であった。
キュロス大王は、人々に尊敬された征服者で、ペルシャ人からは「父」、ギリシャ人からは「理想の王」、ユダヤ人からはバビロン入場の際
捕らわれていた4万人を解放したことから「バビロン捕囚の解放者」と呼ばれ、かのアレクサンダーがペルシャを滅ぼしたとき兵士に王の墓を破壊することを禁じた。
アケメネス朝、後の王ダレイオス1世は、大キュロス大王の直系から帝位を簒奪したらしいということが近年明らかになっている。(Wikipedia)
王の墓、6段の石段の上に王と后の遺体が葬られていた。 -
案内板
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宮殿跡
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キュロス大王の言葉
楔形文字で「我はキュロス、アケメネスの王」と書かれている。 -
有翼人物のレリーフ
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ヤズドに向かう車窓から
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