2006/10/15 - 2006/10/16
60位(同エリア237件中)
たかぎさん
西条市全体では屋台(山車)総数200台以上にもなる西条祭り。
その中で最大規模の伊曾乃例大祭を、氏子の私自身が毎年帰省し参加していることを、内側からご説明を兼ねてご案内させて頂きます。
以下の方々も西条祭り伊曽乃例大祭の伊曽乃神社氏子です。
オペラ歌手の秋川雅史君
タレントの眞鍋かをりさん
インテルミラノの長友佑都君
阪神タイガースの秋山拓巳君
※祭り帰省時に各所で言われたので追加
任侠劇画家の村上和彦さん
トワエモアの芥川澄夫さん
以下は故人で
日本耳鼻咽喉学の祖である岡田和一郎氏
日本物理療法の先駆者で夏目漱石の主治医だった眞鍋嘉一郎氏
第二代大関朝潮(3代高砂親方)
最初の神風特攻隊隊長の関行男中佐
戦前戦後の読売巨人軍で背番号3を付けた近鉄監督も歴任した千葉茂さん
も氏子です。
-
10月15日、午前零時。
普段は静かな街が真夜中から躍動し始めます。
怒涛のような二日間の開始。
氏神さんである伊曾乃神社へ神様を迎えにだんじりとみこしが向かいます。
出発は神社から遠い町内だと零時です。
※2010年辺りから更に混雑を避けるために早くなって前日午後11時集合、11時半出発となりました -
最近は学区ごとにまとまって屋台が向かうことが多くなりました。
神拝(かんばい)校区では午前一時に文化会館前に集まり始め、二時にそこから再出発。
※ここも一時間早くなって零時から集まり始め、一時に再出発となりました。
早くもだんじりの一部は差し上げています。
※『差し上げ』とはだんじりの土台部分を肩に乗せて担ぎ上げる勇壮な振舞いです。
差し上げの更に上に『手差し』というのがあって、土台部分を皆の両手で持ち上げる事です。
そして更に上が『手差し放り上げ』で手差し状態で呼吸を合わせて空中に放り上げる快挙で、これを行えるだんじりはごく僅かです。
『手差し放り上げ』の動画 ↓
http://www.youtube.com/watch?v=b24OkW489qU
4分10秒あたりから -
イチオシ
宮出しの途中、加茂川橋を渡るだんじり。
ここは祭り好きの西条人が「また祭りがやってきたなー」、と格別な思いに浸る観光の方にはあまり知られていない名場面の一つです。
古川だんじりのルート(片道だけで6キロ弱)
http://chizuz.com/map/map135972.html -
西条市中野にある伊曾乃神社にだんじりが集まります。
時間は午前一時過ぎから午前四時あたりにかけて80台以上の屋台が次々と。 -
午前四時過ぎあたりになるとみこしがやってきます。
西条祭りでみこしと呼ばれているのは写真にある豪華な刺繍の屋台です。
世間一般で言われるみこしは神さん、又は御神輿(ごしんよ)と西条では呼ばれています。
他の地域と異なり提灯の灯りはろうそくで、屋台の練りに合わせて幻想的にまたたきます。
ろうそくの火がちょうちんや屋台に燃え移ることも珍しくありませんが、西条では電球に代える事を拒み頑なにろうそくにこだわります。
令和5年の祭りで行われたみこしの階段上げ動画
https://youtu.be/OFM-1Ows2_w?si=xxny32IwFqTRKUZm -
午前五時過ぎ、東の空が白み始めました。
提灯のろうそくも短くなり、消えている提灯もちらほら。
集まっていただんじりは境内から階段を下ろし、参道を下へ向かいます。 -
午前六時過ぎ。夜が明けました。
のろしが上がり神さんが氏子町内を廻りに出発します。
だんじり・みこしの各屋台はいったん町内に戻ったり、あるいはそのまま花集めに周ります。
*花集めとは屋台を市内に繰り出し、それぞれの家などからご祝儀を頂くこと。
西条祭りは市や県からの援助は一切なく、各町内で集める寄付と家庭や商店等からのご祝儀のお花で運営されています。 -
お花(だんじりやみこしへのご祝儀)を渡した家や商店などには画像のような『花の御礼』という札が渡されます。
昔は名刺サイズで文字だけでしたが、最近は画像のように各屋台が創意工夫してコレクションとしても重宝されるものになってきました。 -
こんな感じでお花を頂きます。
お花は
・祝儀袋に入れたお金、100円から場合によっては数万円
・この画像のように日本酒一升瓶
・ビールを箱で
などが一般的です。 -
伊曾乃神社。
由緒由来は ↓
http://fuji11.web.fc2.com/isono-jinjya.html -
参道と二の鳥居。
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拝殿。
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15日の昼間は各屋台は自由行動です。
この日は花集めが主ですが、最近は彫り師が同じだんじりが集まって舁き比べを行ったりしています。
七泰会 昭和初期の彫刻師近藤泰山による日明、福武天皇、福武新田、仲町小川、新町、玉津永易、市塚
川人会 現代の彫刻師川人三郎による船形、登道、清水町、上神拝、御所通、富士見町
石水会、植村会 -
また4台のみこしが大屋前(西条市紺屋町あたり)で豪快な練りを披露します。
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一方、神さんは一日中氏子町内を巡幸されます。
そしてお神楽を上げて下さいます。
お神楽の後では神主さんが今年生まれた子供の健康な成長を祈願して下さいます。
10/15の神さんの巡幸は23.991キロメートルになります
↓
http://chizuz.com/map/map77286.html -
15日は夕方の6時くらいでほとんどの屋台は町内へ帰ります。
6時以降もみこしの喜多濱はアーケードの商店街で綱引きを行います。
また伝統ある北之丁の三屋台は旧藩主御殿前のお堀に提灯に蝋燭を灯して集合し、感謝を表してから帰町します。
神さんは氏子町内の半分を廻り終え、大町校区常心上組にある御旅所で休息を取られます。
15日の運行ルート
川原町 http://chizuz.com/map/map77282.html
魚屋町 http://chizuz.com/map/map77213.html
川沿町 http://chizuz.com/map/map77281.html
榮町上組 http://chizuz.com/map/map77289.html
駅西 http://chizuz.com/map/map77292.html
吉原三本松http://chizuz.com/map/map77450.html
喜多川中 http://chizuz.com/map/map77457.html
富士見町 http://chizuz.com/map/map77205.html
15日ルート募集中 -
16日の始まりです。
午前零時に屋台が出発します。
担き夫は15日の夜に帰宅して、風呂に入って食事して数時間寝ただけです。
これが仕事だとやってられませんが、年に一度の祭りなので辛くはありません。
神さんが一夜を過ごされたお旅所にお迎えに上がります。 -
午前一時あたりから御旅所にだんじりが集まり始めます。
最近はほぼ校区順に集まっていて
神戸校区(だんじり11台)
大町校区(だんじり27台)
玉津校区(だんじり3台)
神拝校区(だんじり24台)
西条校区(だんじり12台)
みこし (4台)となります。 -
朱塗りのだんじり。新地(東町三丁目)
※画像変更、夜のお旅所から元大屋前での鮮明画像へ
新地の後ろのだんじりは紺屋町で西条市指定有形民俗文化財となっています。 -
黒塗りのだんじり。松之巷(まつのこうじ)
提灯をだんじりの欄干に付けてます、その提灯を畳んでいるので中の蝋燭が見えますね
※巷という地名は昔は日本の各所にありましたが、だんだん小路という字に置き換えられました。
そんな中で西条では巷という字が残っています
だんじりのある町内で松之巷、常盤巷、百軒巷。だんじりの無い町内も含めると滋巷、八千代巷、竹梅巷とあります
(台湾、中国、香港、マカオに行くと今でも細い小路には◯◯巷の名前が残っています) -
午前4時半過ぎに全部のだんじりがお旅所に到着し奉納します。
場内はだんじりと舁き夫、そして観光客とでたぶんこの時間の日本国内で一番沸騰している場所となっています。 -
午前五時頃、みこしが次々と入場してきます。
御旅所は興奮のるつぼとなります。
拝殿前でみこしが威勢良く練り廻します。
(中西) -
みこしの練り。(朔日市)
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みこしの練り。(下喜多川)
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みこしの練り。喜多濱)
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午前五時、のろしが上がりまもなく神さんの出発です。
みこしは練りを終えて所定の場所へ据えます。
米国の方が編集した16日の動画です
http://player.vimeo.com/video/7458088?portrait=0%22%20width=%221281%22%20height=%22720%22%20frameborder=%220%22%20webkitAllowFullScreen%20mozallowfullscreen%20allowFullScreen -
16日はだんじりは統一運行となります。
一番だんじりの中野から81台の屋台が御旅所を出発します。
ようやく夜明けです。
太陽が出ても西条の一番長い日はまだ始まったばかりです。
(ここに写る北の町中組のだんじりは後半に紹介するように新調されました。現在このだんじりは西条市丹原祭りの下町として奉納されています) -
午前六時
神戸校区、大町校区のだんじりは出発しました。
神拝校区だんじりの後半少しと玉津校区、西条校区のだんじりが出発を待っています
屋台数が多いので最後尾のだんじりが出発する時には、一番だんじりはもう2キロ近く先へ進んでいます -
明るくなった御旅所拝殿前。
御供だんじりの本町。 -
御旅所は文豪夏目漱石の主治医だった眞鍋嘉一郎博士の生家でもあります。
また写真左後方には最初の神風特攻隊隊長だった関中佐の記念碑も建立されています。
眞鍋嘉一郎氏
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9E%E9%8D%8B%E5%98%89%E4%B8%80%E9%83%8E
関行男中佐
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%A2%E8%A1%8C%E7%94%B7 -
朝のまぶしい光の中、だんじりは伊予西条駅の西にある踏切を超えてアーケード街へ。
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西条市では当たり前。
学校も会社も商店もみんな休みです。
開いているのはコンビニくらい。
※最近は「それではあまりに不便」という事で『祭り期間に営業してるお店一覧』が印刷やウェブ上で出るようになりました。 -
アーケード街をだんじりは進みます。
太鼓と鉦がこだまして屋外とはまた一味異なります。
西条市のアーケード街、南から
登道、栄町上組、栄町中組、栄町下組、紺屋町、東町二丁目、東町一丁目
全部のアーケード街の町にだんじりがあります。
(現在は東町一丁目と東町二丁目は『東町』だんじりとして奉納。過去は上横町と東町とで別のだんじりでした)
※平成26年に東町アーケード(アオイロード)のアーケードは撤去されて、道が拡幅され普通の自動車が走る道になりました -
イチオシ
朝、御殿前へ屋台は集合します。
ここは西条藩主の陣屋があったところです。
西條藩は豊臣秀吉股肱の臣であった一柳(ひとつやなぎ)氏が当初赴任し、その後紀州徳川家の分家である松平氏が明治維新まで治めました。
歴代藩主がこの祭りを奨励保護し、今日の礎となったようです。 -
江戸城で仙台藩主が祭り自慢をしていた際、西條藩主が「当地にはもっと凄い祭りがござり候」
そう言って後日伊達候に贈った江戸時代の西条祭り絵巻の一部。
(仙台藩62万石と伊予西條藩3万石は石高は断然仙台藩のほうが大きいのですが、外様の仙台藩と御連枝の西條藩という格の違いで江戸城での伺候席が同じ大広間でした)
この場所が御殿前と呼ばれ、平成の今も全部の屋台が統一運行で、16日の朝6時辺りから集まります。 -
お堀の中を大手門へ向かいます。
だんじりの向こうに見える門が西條藩の大手門で一つ前の絵巻に出ている門でもあります。
※画像変更、『さら』のほうに。
(『さら』は西条弁で新品、新しいという意味で、祭りの掛け声でも「ぼろじゃい、さらじゃい」などと声を張り上げています)
西条弁一覧
http://fuji11.web.fc2.com/newpage1.html -
だんじりが全て揃うとみこしがやってきます。(中西)
-
高縫い立体刺繍法被できめた下喜多川白虎隊女子
動画
https://www.youtube.com/watch?v=_rqIFUrsmWE&list=UUmRfnqDx6AMFPBzuQ1ku9BQ -
みこしの車はこんなに大きく約170cm。
後ろは西條藩御殿の大手門(現在は県立西条高校校門) -
金糸銀糸が美しい。
またゆらめく房が一段と華やかさを演出します。 -
神さんがやってきました。
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神さんが前をお通りになる際には『おつべ立て』をして敬意を表します。
画像のようにだんじりが頭を下げあたかも敬礼しているよう。
※おつべ 西条弁でお尻 -
伊曾乃神社は天皇家と深い関わりがあるので菊の紋が付いています。
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南側からお堀を見ます。周囲をずらりと屋台が囲んでいます。
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お堀のほとりには慰霊碑が並んでいます。
西條から出征し亡くなられた方への慰霊碑で、西南戦争・日清戦争・日露戦争の碑が主です。
写真の右、日露戦争慰霊碑は乃木希典大将の書。
左の日清戦争慰霊碑は野津道貫元帥の書です。 -
新幹線を造った国鉄総裁の十河信二さんは西条市の第二代市長です。
彼が推進した予土線(伊予と土佐、愛媛と高知を結ぶ道路)は神拝小学校の横を通り、地元屋台は画像のように差し上げを行います。
写真は平成23年の大修理を終えた喜多川中 -
予土線から東に入り新町泉を統一巡行は通過します。
西条市は「水の都」と呼ばれており、旧市内を中心に『うちぬき』という単にパイプ(現在は鋼管で以前は竹)を地中に10m程度差し込めば霊峰石鎚山からの天然ミネラルウォーターがこんこんと湧き出ます。
自然に湧水する箇所も多く、それらが集まった場所の一つが新町泉。
地元の神拝校区のだんじりは差し上げて舁き比べを行い、それが水面に映って殊更美しさを増してみせます。
新町泉、差し上げの動画です ↓
http://www.youtube.com/watch?v=A1fDNZdKOWQ -
そうした水質のよさからアサヒビールが西条市に中四国唯一の製造工場を持ち、各種ビールやソフトドリンクを生産しています。
そしてこの時期には画像のような西条祭りラベルのスーパードライが発売されています。
またアサヒビールさんにおいては毎年本町一丁目の塩正商店入り口において、すべての屋台にビールをワンケースお花として提供してくれています。
※令和5年にアサヒビール工場は閉鎖されました -
予土線を通り新町泉、そして大屋デパート横で昼食となります。
(平成26年からは毎年遅れてしまうスケジュール調整のため昼食は玉津となりました)
※この大屋デパートも閉店となり、平成23年の祭礼時には解体工事が進んでいました。 市内初のエレベーターを導入したりで西条を象徴する建物の一つでした。 -
昼過ぎに全だんじりは氏子区域の最東北部になる玉津永易に到着します。
平成26年からはここで昼食です。 -
玉津橋の上では地元の玉津校区三屋台が差し上げを競い合います。
-
玉津永易北側に並ぶだんじり。
神戸(かんべ)・大町、のそれぞれ校区のだんじり。 -
おなじく南側に並ぶだんじり。
神拝(かんばい)・西条、のそれぞれ校区のだんじり。 -
玉津を出発し、いよいよクライマックスの川入りへ向けて全だんじりが向い始めます。
右が平成16年に新調した西新町
彫刻は源平合戦で水引は萌黄に銀の御所車刺繍一つ
左が平成17年に新調した都町
彫刻は源氏物語で水引は紫紺に銀の御所車刺繍一つ -
平成18年に新調した川沿町のだんじり
彫刻は賤ヶ岳七本槍で屋根破風の龍には本物の水晶を握らせている
水引は猩々緋に金色の波と御所車一つの刺繍 -
平成21年に新調された八丁だんじり。
彫刻は信長記で水引は猩々緋に御所車の二つを高縫い刺繍 -
平成22年に新調した北の町中組だんじり
彫刻は総花鳥で水引き幕は猩々緋に波に鶴の刺繍 -
平成23年に新調された喜多町だんじり
彫刻は先々代屋台の彫りを再現した川中島の戦いや頼光鬼退治等
水引は猩々緋に銀の御所車刺繍一つ
※後ろのブルーシートに覆われているのは解体中の大屋デパート -
平成27年に新調された福武錦町だんじり
彫刻は先代屋台の彫りを踏襲した源平合戦、特に源義経の鵯越
水引は猩々緋に銀の御所車刺繍二つ -
朱塗りの新地は色鮮やか
彫刻は元寇の戦い、水引は本紫に銀色の御所車刺繍二つ -
こんな小さい時から
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男の子も女の子も法被を着て
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だんじりに乗せられていると立派な祭り馬鹿
(この言葉は西条ではとても誇らしい尊称です)、に育っていきます。 -
玉津永易を出ただんじりは明神木・福武を通り大町へ入ります。
大町鷹丸には新幹線生みの親で国鉄総裁、第二代西條市市長の十河信二さんの銅像があります。
平成19年11月には十河記念館・四国鉄道記念館が伊予西条駅の東にオープンし、機械遺産に指定された新幹線0系などが多数展示されます。
※この銅像はオープンした十河信二記念館に移されました
http://saijo-imadoki.heteml.jp/archives/7791
四国鉄道文化館
http://saijo-imadoki.heteml.jp/archives/116
十河信二さんについて
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%81%E6%B2%B3%E4%BF%A1%E4%BA%8C
http://fuji11.web.fc2.com/saijo-hito.html -
実りの秋、たわわに実る稲穂にだんじり。
五穀豊穣や大漁祈願から屋台の奉納が始まった原風景のような場面です。 -
全だんじりとみこしは伊曾乃神社近くの加茂川へ戻ってきました。
-
イチオシ
加茂川土手東側には川入りに参加しない屋台がずらりと並びます。
そして舁き夫と観光客とでぎっしり。
有料桟敷席? 以前はそんな声も出ましたがそんなもの不要です。
観光化された土日開催の見に来る人の為の祭りじゃないんです。
別に威張ってる訳ではなく、観光用に俗化されてしまいどっち向いているのか分からない祭りが多くなっている昨今、こんな伝統を守る祭りもあっていいかと思います。 -
神さんは戦前までは二日間の巡幸での穢れを川を渡ることで清めて宮入となっていました。
戦後のある年から「神さんが川を渡り終えたら祭りも終わってしまう」
そんな思いから伊曾乃神社地元の神戸校区の屋台が川に入り、少しでも祭りを続けようと神さんが渡り終えるのを「今しばらく」と名残惜しむようになりました。
(西条祭り紹介でよく「邪魔をする」とか「渡るのを阻む」などと表現されているのは少し間違いです。神様に失礼な事はしません)
これが見せ場としては一番の川入りとなっています。 -
神さんとだんじりが川に入り始めました。
-
流れが急で冷たい川の中、神さんとだんじりは盛大に練りあいます。
祭りが終わるのを惜しむように。 -
清流に水しぶきが上がり、太鼓と鐘の音、そして威勢のよい掛け声と観客の歓声があたりを包みます。
-
神さんが川から上がりました。
ここ中野宵で最後のお神楽を上げ、神さんは伊曾乃の杜へお帰りになられます。 -
神さんとだんじりが川から上がり、元の静謐を取り戻した加茂川の流れ。
向こう岸の土手には見送る神戸校区以外の屋台。
心なしか太鼓や鐘の音が先程までと同じはずなのに少し寂しく聞こえます。
神さんが還御されて祭りの神事は終わりです。
この後に、北の町中組屋台は直接土手からだんじりを河川敷まで舁いて降ろします。 (平成23年は上喜多川も土手降ろしを行いました)
一連の神事は終わりましたが、この後もまだ各校区別で名残を惜しむように舁き比べが行われます。
(伊予西条駅前や夜の御殿前など)
西条人にとって盆より正月より一番大事な行事。
学業や仕事で他所に出ていても、この時だけはどんなことがあっても帰省してくる例大祭。
嵐のような48時間が終わり、また一年首を長くして来年の祭りを待つ西条人です。
より詳しくは ↓
http://fuji11.web.fc2.com/index.html
※平成28年の祭りで初めて神さん舁き(かき)をしました
その体験記です
http://saijo-matsuri.jimdo.com/
最後までお付き合い頂いてありがとうございました。
了。
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この旅行記へのコメント (4)
-
- sunnyさん 2007/10/11 14:57:50
- 私も西条人です。
- 不二さん、はじめまして。足跡たどってお邪魔しました。
プロフの写真がだんじりだったので、もしやと思ってましたらやはり!
同郷の方でしたか。4トラで初めてお会いできてとても嬉しいです。
私は高校から関東に出てきてますので、西条に帰るのは年に2,3回くらいです。
おとどし西条祭りで帰りましたが、その時は喜多浜(だったかな?)みこしが出ていなくて3台で寂しかったです。
今年のお祭りも近いですね。そろそろ市内で太鼓の音が響き渡ってる頃でしょうか?
私は帰れないので、レポートを楽しみにしてます。
sunny321
- たかぎさん からの返信 2007/10/11 22:16:09
- こんばんは
- 同じ西条ですね〜。
こちらは帰省はきっちりと年一回、祭りの時だけです。
なのでまもなく実家へ帰ります。
盆と正月は旅に出たいし・・・。
今後ともよろしくです。
-
- 夏への扉さん 2007/10/01 00:08:34
- こんにちは
- 西条市が故郷の友人がいるので、旅行記(旅行ではないんですね!)を
見に来ました。
進行状況を丁寧に書かれていますが、夜中から明け方もやっているとは!
びっくりです。
不二さんは登録されたばかりなのに、もう旅行記21冊も作ったんですね。
写真を登録するまで時間かかるし、それから文章も考えて・・・
この10日間ほど、ずっとパソコンにかじりついていたんでしょうか?
今日は全部は見切れないので、また後日見に来ます。
- たかぎさん からの返信 2007/10/01 23:55:33
- こんばんわ
- 夏への扉さんこんばんわ、はじめまして。
西条の人間は祭りのことになると馬鹿になるというか、テンションが2オクターブくらい上がってしまいます。
あと13日でいよいよ祭りなので気もそぞろです。
旅行記は4トラベル以前からよく書いてましたので、それの焼き直しです。
なのでそんなに時間がかかったわけでもありません。
短いのは10分くらいだし。
今回の祭りが3時間ちょっとなので一番時間がかかったかな。
今後ともよろしくです。
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