1999/06/09 - 1999/06/12
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rojinさん
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1999/06/09
*ニースからパリ・リヨン駅までTGVで7時間の長距離移動。
最高級プチホテル<Hotel de Vigney>に3連泊。
夜はルーブル美術館へ
1999/06/10
*オランジェリー美術館からオルセー美術館、ロダン美術館を見 て回り、モンマルトルの丘にあるサクレクール寺院へ。
最後は地下鉄でエッフェル塔に向かい、歩いてホテルへ戻る。
1999/06/11
*凱旋門に上がってから、地下鉄を利用して下町散策。
セーヌ川でスケッチ・中心街で買い物。
1999/06/12
*空港へ
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 鉄道
- 航空会社
- エールフランス
-
写真はパリの宿ー最高級プチホテル<Hotel de Vigney>です。
ニースからパリへはTGVで7時間の長距離移動になりました。
季節柄、TGVは満員の盛況です。
ニース駅の混雑しているホーム中央で、乗る列車(1号車ー1等車)の停車位置を聞いたら、”Voilà "(ここだよ)という雑な答えしか返ってきません。
1号車がホームの中央に連結されている筈はない。
やがてイタリア始発のTGV列車が入ってきました。車両は5,4,3,2,1の順番だから、矢張り1号車は最後尾でした。
重いキャスターと荷物を持って最後尾まで走り、1号車に乗り込んだのですが・・・・・
予約した席番号の14番と15番が探しても無いのです!
どうしたのかな?
車内の座席は22番から始まっている。
一体どうなってるんだ!
一瞬、頭はパニック状態になってしまいました。
たまたま制服姿のビュッフェ係り(女性)が居たので
座席指定券を見せて、聞くと、
「 Où est cette places ? 」(この席はどこ?)
座席番号をじっと見て、ああーという表情をしてから
”ついて来なさい”という身振りをして歩き出した。
彼女は、なんと1号車のドアから出て連結の後ろにある扉を開け、
”Here." ( ここです )
なるほど、そこには隠し部屋か、護送車のような狭い空間に、3人掛けの席が向かい合わせにありました。
何故このような別の変な場所に1等座席があるのだろう。
荷物を網棚に上げてやっと寛げました。やれやれと思っていたら
次に停車したカンヌ駅からイギリス人らしいカップルと中年のフランス婦人が乗ってきたので、狭い部屋に5人
が膝突き合わせることになってしまい、次第に息苦しい雰囲気になってきました。
丁度その時、機械点検の為に車掌がやってきたので、これ幸いと、席替えを頼んでみます。
「 Pardon Monsieur!
Est ce qui'l y a la places libre ?
Pouvez-vous changer mes places ? 」
( 空いてる席はありませんか?
席を替えてくれませんか? )
すると、車掌が座席リストを取り出して首を振り
暫く考えていましが、
”次の駅を過ぎたら・・そうだな・・・
You can sit No.22 and 23. OK. "
いやあー助かった!
「 Merci beaucoup! 」
早速、荷物を棚から下ろして席を替えに、連結を通って前の車両に移り、22番と23番に座れたのです。
これを知った中年のフランス婦人が、なにやら大声で車掌のあとを追いかけて席替え交渉をやりだしました。
静かな1等車内に大声が響きわたるので、みんな何事かと視線を向けています。
結果は、どうやら彼女もどこかに席を見つけて貰ったようで、荷物を抱えて別の車両に移っていったのですが。
7時間の移動は長かったですが、居眠りができてよかったです。 -
パリで泊まるホテルは<Hotel de Vigney>というプチホテルを予約しておいたのですが、ここは、値段は1泊6万円の最高級ホテル並です。
そのホテルは、TGVが到着した終点パリ・リヨン駅から地下鉄に乗って凱旋門の手前、George ?(ジョルジュ・サンク)駅で降りて5分のところに在りました。 元は貴族の館だったそうです。
チェックインもこっちがフランス語で喋ると、
ちゃんとフランス語で応じてくれるます。
ニースのMeridienのように英語でやれ、とは言いません。
矢張り優雅な雰囲気に溢れていました。
こんな具合です。
「 Bonjour Madame ! Je m'appelle KONO. Japonais.
Voici la confirmacion de la reservation. 」
” Oui, Monsieur KONO。”
” よくいらっしゃいました。”
”ところで明日の朝食と今晩んの夕食はどうなさいますか?”
と聞いてくる。
ここはホテル代金も高いがレストランも値段が張ると聞いていたので、
「 Non merci. 」
” D'accord. ”( 承知しました )
” Votre passeport,s.v.p. ”( パスポートをお願いします)
「 La voilà. 」( はい これです )
” Merci. ”
あのボーヌから郵便で送ったワインが届いているかな、心配だったので尋ねました。
「 By the way, didi you accept my mail-baggage? 」
” Yes. 預かっています。後ほど部屋へお届けします。”
やれやれ、これで一安心。
一休みしてから、夕方6時ころ外出。ルーブル美術館に向かいます。
ルーブル美術館が今日の水曜日だけは、夜9:45まで開いているとガイドブックに書いてあったのです。
部屋の鍵を玄関脇にいた男性に預けてホテルを出ます。
写真はホテルの部屋。 -
ルーブル美術館は、矢張り見学客で混みあっていました。
夜、ホテルに戻ってくると、鍵を渡した男性が玄関脇に立っており
こっちの顔を見て鍵を渡してくれました。
「 Merci. 」 -
今日は、オルセー美術館からロダン美術館へ歩いて回り、地下鉄でモンマルトルの丘にあるサクレクール寺院へ向かい、最後はエッフェル塔へ昇ってパリ市街を眺めるという予定です。
まずはオルセー美術館へむかいます。
印象派の展示室が人気があるようで人混みで一杯でした。
ルノアール、マネ、モネ、シスレーなど時間をかけて鑑賞しました。この美術館の建物は元の駅舎を改造して造ったそうで、駅にあったレストランが、現在でも開いており、ガイドブックによれば趣があってよろしい、というので、昼食をここで摂りました。
しかし、実際は愛想のないウェイトレスが一皿に盛りきりの料理を運んできて、サラダもデザートもなし。なんとも味気ない食事にガッカリです。
次に、場所を尋ねながらロダン美術館へと向かいます。
写真はオルセー美術館です。 -
ロダン美術館の場所は、英雄ナポレンが葬られているアンバリッドの近くにありました。
広い屋敷内のあちこちに彫刻が展示されています。
観光客に人気があるのでしょう、人が溢れています。
ロダンの作品にはエネルギーが感じられますね。
写真はロダン美術館の屋敷内です。 -
写真はサクレクール寺院。
ロダン美術館を出て地下鉄の最寄り駅Soferinoから
モンマルトの丘に近い駅Abesseへと向かいます。走っている地下鉄の駅名を読み取るのは、なかなか苦労ですから、目的地の駅まで電車が停まる数を数えながら乗っていると、間違えずにすみます。11駅目でした。
駅で下車してから、他の観光客の後ろについて坂道を登っていくと、サクレクール寺院が見えてきました。
寺院の周囲は大勢の旅行者で一杯。
しばし階段に座って一休みします。ここからパリ市内が一望できて愉しい所でした。 小学生達も先生に引率されてやってきています。
つぎの目的地エッフェル塔へ行くには、ここから地下鉄に乗ってエトワール駅で②号線に乗り換えてトロカデロ駅で下車すればいい、とガイドブックに出ています。
小生にとって初めてのパリ、初めての地下鉄でしたが、
乗りこなせれば地下鉄が移動には一番便利でしたね。
エッフェル塔は鉄の時代の象徴として建築史上に残る代表的建物といわれるだけに、実際にエレベーターで昇ってみると、鉄、鉄、鉄、の塊が体感できます。
下の街を眺めると、エトワール広場の凱旋門がすぐ真下に見えました。 これなら、宿のホテルまで歩いて帰れる距離だな、と思い、エレベーターで降りてから、セーヌ川の歩道を歩きます。そして、暫く歩いてからクレマンソー大通りに入り、
シャンゼリゼへと向かいました。
小さな路地で見つけた<Charcuterie>で、パン、サラダ、ワイン、ハム、チーズなどを買い込んで、これで今夜の夕食にします。 -
今日が旅の最後の日です。
朝から天気は快晴で、パリ散策には絶好でした。
真っ先に、ホテルから歩いてエトワール広場の凱旋門を目指します。
9:30の開場まで時間があったので、近くを散歩していると、石畳を修理中の光景にでくわしました。(写真)
こうやって石をひとつひとつ嵌めていく手順を眺めていると、歴史の重みを感じてしまいます。
切符売りの黒人女性に、凱旋門は夜にはライトアップされるか、
どうか、英語で聞くと、
「 Light up at night ?」の英語を、”Lift up at now ?”と聞き違えたらしく、
”NO. Walking up at stairs. Very tired. "
( いや、 階段を歩いて登るのさ。しんどいよ )
ア、ハッハ、ハッハ・・・と豪快に笑いとばされてしまいました。
実際に、エレベーターが修理中の為、200段もある階段を歩いて上ることになってしまったのです! -
写真は200段の階段を歩いて上った凱旋門。
-
次の目的地は下町のAllésia.というところ。
地下鉄を①号線から④号線に乗り換えて終点のひとつ手前で降ります。
放射線状に伸びた道路の一角に、古い由緒ある教会が街のシンボルのように鎮座しています。
下町風情の濃い街並みが続いており、ここにアウトレットの店があると聞いてやってきた次第です。
ところが、実際に来て見ると期待に反して目欲しい物はなく、ガッカリ。時間つぶしになってしまったのです。
でも、パリの下町歩きを体験できたので、満足しましょう。
天気もいいのでセーヌ川の岸辺でスケッチでもしようと決めて、地下鉄に乗ってサン・ミッシェル駅で下車。
シテ島に渡る橋の袂から川岸に降りて、絵筆を取り出す。
木陰には、そこかしこカップルが座っており、川面にはバトームッシュなどの観光遊覧船が、目の前を通り過ぎていく、真にのどかなパリの昼下がりでした。(写真)
パリ市内地図を広げて現在地を確認すると、意外にも
ルーブル美術館が近く、またオペラ座にも歩いていけることが分かったので、そこから又散策に出発です。。 -
オペラ通りをオペラ座へ向かってぶらぶら散策していると、開業1888年という看板のかかった紳士用品店があり、ウィンドウに感じのいいYシャツが目にとまりました。
そこで店内に足を踏み入れ、
「 Bonjour Monsieur!
Montrez-moi cette chemize ?
( こんちわ! このシャツを見せてください)
「 Pour moi,ça va ?」
( わたしに似合いますか?)
と聞くと、応対してくれた中年の店員さんが、
”よく似合いますよ”
「 C'est combien ?」( おいくら?)
”650フラン”の返事を紙に書いてくれる。
「 Dernier votre prix ?」(それが最後の値段?)
「 Pouvez-vous me faire un prix ?」
( すこし値引きできませんか?)
二人のやりとりを聞いていた店の主人が笑って、
”そこまでJaponaisが言えるなら、500フランにしてやっていいよ ”と口を挟んだ。
そこで中年の店員さんが、
” 500フラン。OK.”
「 Merci. Je prends ça. 」
(有難う、それクダサイ)
男性とガッチリ握手する。ついでに写真を家内と一緒に撮らせて、と頼むとニッコリ笑って、
”Oui. "
パリでの思いで深い写真となりました。
そこを離れたあとは、有名なデパート<ラファイエット>まで歩き、少し買い物を楽しみます。 周辺は日本の銀座のように人混みで溢れていました。
ホテルに戻ったのは夕方、気温がかなり低く肌寒い感じです。
パリの一日は昼夜で、気温の変化が実に激しい。
街を歩く革ジャンパーの若者やダッフルコートを着込んだ女性まで見かけました。
今回の旅行もこれが最終日、なんとか無事にフランスの旅を終えることができてホっとしました。
おわり。
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