2007/05 - 2007/05
350位(同エリア842件中)
yokoさん
ユーレイルグローバスパスを使って、ヨーロッパ周遊・女一人旅&安宿探しをしてきました。
ドイツ最古の大学生街ハイデルベルク。レンガ色の街並みとネッカー川に架かるカール・テオドール橋が美しいです。個人的にはとってもハイデルベルクを訪れてみたかったんです。なぜかというと学生時代に"ハイデルベルク"という名のアパートに住んでいたから…。そのアパートとハイデルベルクの街並みの共通点は"三角の屋根"くらいしかありません。どうしてアパートのオーナーは"ハイデルベルク"って名付けたんだろうと考えながら、"哲学者の道"を歩いてみました。
今回の旅で訪れた国は、ルクセンブルク→ベルギー→オランダ→ドイツ→オーストリア→スイス→フランスです。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道
- 航空会社
- JAL
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電車に乗って、ハイデルベルクへ。
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今日の安宿は"ハイデルベルグYH"。
1泊25.30ユーロで、4人部屋でした。オランダのYHと同じく朝食は豪華で、数種類のパン、チーズ、ハム、シリアルなどがありました。部屋は清潔で、大きめのロッカーがありました。シャワーはやや水圧が弱かったです。よかったことは1つの部屋にコンセントが複数あったことです。欠点は旧市街まで遠いところ。駅から31番か32番のバスに乗って、10〜15分くらいです。貧乏旅行なので旧市街まで行く交通費もバカになりません (;_;)
YH発祥の地のドイツのYHは、本当にユース向け。宿泊者のほとんどが小中学生で、勉強やスポーツができる施設が整っています。20才を過ぎていそうな宿泊者は1〜2割くらいでした。 -
"ハイデルベルク大学旧校舎"です。現在は学長舎として使われています。
ハイデルベルク大学は、選帝アルピレヒト1世が、1386年に創立したドイツ最古の大学で、7人のノーベル賞受賞者を輩出という名門大学です。 -
ケーブルカー乗り場に近い、コルンマルクト(穀物市場)の中央に立っている"マドンナの像"の像です。
コルンマルクト(穀物市場)からは、ハイデルベルグ城がよく見えます。 -
ケーブルカーでハイデルベルク城へ。
ハイデルベルク城は、かつて代々の選帝侯(皇帝を選ぶ権利を持った貴族)が住んだ場所だそうです。 -
"カール・テオドール橋"を中心に眺めた旧市街。
ケーブルカーの駅の近くで、ハイデルベルグ城の日本語オーディオガイドを借りました。確か6ユーロくらいだったような気がします。ドイツはデポジット社会。オーディオガイドを借りるとき、パスポートとか運転免許証などの証明書類を預けてほしいと言われました。パスポートのコピーも持っていたので、渡したところコピーでもOKとのことでした。このあと旅するオーストリアでも、何かを借りるときに、証明書類を預けなければならなかったので、ドイツ&オーストリアを旅するときは、パスポートのコピーを持ち歩くことをお勧めします。 -
ケーブルカーを下車後、"聖霊教会"を中心に眺めた旧市街の街並み。
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"ロンデル「半円砲塔」"
左右に二人の人物がのレリーフがあります。この塔は壁の厚さは7mもあります。 -
左側の方が"ルードヴィッヒ5世"。
16世紀中期の方で、防御用の城としてこの城を建てた王です。城の西側の防御として、大砲なども設置したそうです。"平和王”とも呼ばれています。 -
右側の方は、"冬の王"と呼ばれた"フリードリッヒ5世"です。
17世紀前期の方。フリードリッヒ5世は演劇好き、シェークスピア好きで、演劇場を作りました。また、英国から15歳のエリザベート・スチュアートを妃として迎え、彼女のために城に庭園をつくり城の防御施設を大幅に縮小したために、後の30年戦争で、敵の将軍に容易に城と街を包囲されたといわれています。 -
これは日本の城でいうと"お堀"です。
この"庭と城の間の深い堀"は、堀に鹿などの動物を放し飼いにして、狩猟をして楽しんでいました。戦争の際は、防御のために水を満たし、山側からの攻撃に対する防御となっていました。また、丸い塔は刑務所として使われていた時もあったそうです。 -
別名"一夜の門"と呼ばれる"エリザベート門"です。
フリードリッヒ5世が、妃エリザベートの為にたった一晩で作り上げた門です。彼女の誕生日の朝、いつものように散歩していたら、昨日までには、なかった門を見つけて、大変驚いたそうです。夫のフリードリッヒ5世は、彼女を喜ばせるために、一夜のうちにこの門を建てさせ、プレゼントしたのだそうです。さすがスケールが違いますね。
2人は政略結婚でしたが、大変仲のよい夫婦だったそうです。エリザベートは頭がよくて美女、フリードリッヒ5世はなかなかハンサムで、13人の子宝に恵まれたそうです。
カップルがこの門をバックに写真を撮ると、幸せになれるとか?この門を正面からくぐると、恋人同士は結ばれ、夫婦はずっと幸せになれるとか?仲のよかった2人にあやかって、いろいろな説があります。 -
高さ52m、奥行き13.5mの"城門塔"です。
昔は跳ね橋になっていました。この城門塔は、とても堅固なもので、度重なる戦争にも耐えて残った塔です。入り口の上部の2階、3階は防御用で、時計がある4階は門兵の住居があったそうです。城が要塞だった時は、この門を突破するのはとても困難で、屈強な門番がおり、合言葉を言わないと跳ね橋を渡れなかったのだそうです。 -
城門塔のレリーフです。
槍を持った2人の屈強な巨人兵士の像と、その内側にプファルツの象徴であるライオンの像があります。このライオンはプファルツの黄金の盾を持っていたのですが、ナポレオン軍によって持ち去られ、今はどこにあるかわからないのだそうです。 -
"ルプレヒト館"
門を通ってすぐ左の建物が"ルプレヒト館"です。ルプレヒト館は城で最も古い住居館で、15世紀前半のゴシック様式の建物です。写真の真ん中に、建造主であるルプレヒト3世を表す鷲の紋章が残されています。 -
"花輪をもった双子の天使の彫刻像"
ルプレヒト館の入り口に、花輪をもった双子の天使の彫刻像があります。天使は花のリースを持っており、そのリースの真ん中にはコンパスがはめ込まれています。伝説によると『この館を建設していた大工の棟梁の可愛らしい双子の子供がおりました。館の完成直前に、建築現場に遊びに来ていた双子は、足を滑られせて死んでしまいました。棟梁はとても悲しみ、仕事も手に着かなくなり、毎日毎日双子の墓に白バラを供えていました。ある夜、棟梁の夢に双子が白バラのリースを持って現れ、もう悲しまないでと言います。翌朝目を覚ますとその夢に出てきた白バラのリースが枕元に置かれていました。棟梁は、この夢をもとに石の彫刻像を造り、コンパスを彼の職業のシンボルとしてはめ込んだのだそうです。その後、棟梁は立ち直り、また元気に仕事をするようになりました。』とのことです。 -
"フリードリッヒ館"
門から入って、正面のルネッサンス風建物が、フリードリッヒ館です。1607年にフリードリッヒ4世によって建てられて以来、代々の選帝侯の居住館ででした。
ファサードの彫刻は、建造主のフリードリッヒ4世と彼のヴィステルバッハ家出身の有名な祖先達です。下から2段目の一番左に立っているのは、ハイデルベルク大学を創設した、ルプレヒト1世。同じ段の一番右に立っているのは、この建物の右にある鏡の間、オットーハインリッヒ館の建造主の、オットー・ハインリッヒ。かなりの肥満だったらしいです。最下段の一番右に立っているのが、この館を造ったフリードリッヒ4世。彼は大酒飲みで、酒の飲みすぎで、30歳で杖を突き、36歳で死去したそうです。こんな立派な館を作ったのに…。
現在置かれてれている彫刻はレプリカで、オリジナルは風化から守るため城内に保存されています。 -
フリードリッヒ館の右側の"鏡の間"です。
日時計のついた細長い建物とその右側の渡り廊下&階段塔の建物(現在は修復中でした)は、"鏡の間"と言われています。最上館にあった広間の壁をヴェネチア製の鏡で張りめぐらせていたのだそうです。この建物は、右手のオットー・ハインリヒ館と調和よく結びつける。1764年の落雷により炎上し、3日3晩燃え続けたそうです。 -
"鏡の間"の"日時計"の建物です。
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こちらは城内の"井戸"。
戦いで兵糧攻めになる時のことを考えて造られたそうです。 -
こちらは、井戸の近くにある"噴水"です。
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"馬車が通るための階段"です。
人の歩幅ではなく、馬の歩幅に合わせて階段が造られているそうです。馬専用階段です。昔はこの階段を馬車がひっきりなしに通っていたんでしょうね。 -
"オットー・ハインリッヒ館"
1546年にオットー・ハインリッヒによって造られました。彼は大変な巨漢で肥満であったが、大変教養の深い人だったそうです。この館は正面ファッサードしか残っていませんが、ドイツ・ルネサンスの最高傑作と言われています。
1番上には太陽と神々の王といわれる木星の2体の像あり、次の段には農業神である土星、軍神である火星、愛と美の女神の金星、技能神である水星、月の女神の像の5体があります。2階部分の立像は5つの徳を表し、左から、権力、信仰、愛情、希望、正義を象徴する像が立っています。1階部分には旧約聖書の人物のヨシュア、サムソン、ヘラクレス、ダビデの4体の像が置かれています。
これらの彫像は、オランダ人アレクサンダー・コーリンにより作られたそうです。立像はフリードリッヒ館と同様に、オリジナルは城内に保管されているそうです。 -
1番上には太陽と神々の王といわれる木星の2体の像が見えます。その下の段は、左から、軍神である火星、愛と美の女神の金星、技能神である水星を表す像かな?そのまた下の段は、左から、信仰、愛情、希望を象徴する像でしょうか?
それにしても空が青いなぁ〜。天気が良すぎるんです。ベルギーにいたときは最高気温15℃で、ブルブル震えていたんですが、ドイツに入ってからは、5月なのに最高気温が連日30℃を越えています。ヨーロッパはあまりトイレがないから水分を多めに取れないし、水分を取らな過ぎると熱中症になりそうだし、困った事態です(笑)。トイレ情報が書いてある旅行ガイドブックがあれば、真っ先に買うのに(笑)。 -
1階部分のダビデ像です。
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オットー・ハインリッヒの像。
確かにちょっと太ってますね。 -
お城の中に入りま〜す。
出迎えてくれたのは"巨大ワイン樽"。
このワイン樽は、1751年にカール・テオドールの命によって造られたもので、直径7m、長さ8.5m、222,000リットルのワインが貯蔵できます。木製の樽としては世界一のものだそうです。昔は税金をワインで納める習慣があったので、大きな樽が必要だったのだそうです。 -
これは宮廷の道化師で樽の番人の"ペルケオ"の像。
"ペルケオ"は、カール・フィリップやカール・テオドールに使えたイタリア出身の道化師で、1日18本ものワインを飲む大酒のみで、人をからかうことが好きだったそうです。
"ペルケオ"は、あるとき、人にワインの代わりに水を勧められ、飲んでみてあまりのまずさに驚いて、それが原因で死んでしまったそうなんです…。
像の横に時計の形をした箱があって、紐が付けられてるので、今度旅行される方は、ぜひ引っ張ってみてください(笑) -
お城の"テラス"にやってきました。
ここから見る景色は本当に絶景! -
テラスから見る"ヴェーア橋"。
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テラスから見る"カール・テオドール橋"。
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テラスから見る"聖霊教会"。
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テラスの中央あたりに、このような"大きな足型"が残されています。これには諸説あるようです。
私がオーディオガイドで聞いた話は『騎士・剣士の足跡』説。『昔フリードリッヒ館で宴会中に火事があり、ある1人の騎士だけが上階に取り残されてしまった。もう火の手が回っていたので、騎士は高い窓からジャンプして脱出を試みた。誰もが助からないだろうと思ったが、強い騎士であった彼は無傷で下に着地した。しかし着地の衝撃によって、彼が履いていた鉄のブーツが、テラスに大きな足跡を残した。』というものでした。
もう1つは『浮気者の足跡』説。『王様があまりに浮気をするので、頭にきた妃が復讐をしようと、王が狩りに出た留守中に若い騎士を部屋に呼び込んだ。ところが狩りに出たはずの王が急に帰ってきてしまい、慌てた騎士は鎧をつけたまま妃の部屋の窓から飛び降りた。その時にできた足跡がこれで、この足跡にぴったり合う人は浮気ものだとか…。』というものです。
ハイデルベルク人は『騎士・剣士の足跡』を信じているようです。 -
崩れた"元火薬庫の塔"です。
火薬を詰め込みすぎて、崩れたという来歴がありますが、崩れ方が美しいとも言われています。 -
ゲーテが"この塔の崩れ方は美しい"とスケッチをしたんだそうです。
ゲーテがこの塔をスケッチした場所に碑があります。 -
こちらはフリードリッヒ5世が妃エリザベートに贈った庭園です。
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庭園の端にあるポセイドンらしき噴水。
フリードリッヒ5世は妃エリザベートを喜ばすため、故郷のイングランドから庭師を呼び寄せたり、ルネッサンス様式の庭園にしようと思ったらしいのですが、その後戦争などがあり、うまくいかなかったようです。 -
緑だけで十分美しい公園です。
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"ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ"さん。
ドイツの詩人、劇作家、小説家、科学者、哲学者、政治家。特に文学において優れた作品を多く残し、シュトゥルム・ウント・ドラングとヴァイマル古典主義を代表する作家の一人となったそうです。
でも私には恋多き男性というイメージが…。 -
文豪ゲーテがお気に入りだったというベンチ。
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公園から離れたところにも、展望台があります。
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公演の展望台から見るハイデルベルク城。
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公園の展望台から見た"旧市街"
可愛らしいミニチュアの街みたいに見えます。 -
公園の展望台から見た"カール・テオドール橋"。
絶景です!暑い中ここまで歩いてきてよかった…。 -
暑い〜!
私も皆さんに習って、木陰の芝生でゴロリ。
木の濃い緑がウサギさんに見える〜。
最後まで見ていただいてありがとうございます。
次は、オーストリア・ザルツブルクに行きます。 -
最古の大学生街の駅前にある近代的なオブジェ。
バイバイ、ハイデルベルク!
次はオーストリア・ザルツブルクへ。
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この旅行記へのコメント (2)
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- パパスさん 2007/09/04 23:03:39
- ハイデルベルク!
- yoko-saisaiさん、はじめまして!
ハイデルベルク旅行記製作中の所お邪魔いたします。
ユーレイルパスで周られたのですね!
パパスも大昔にユーレイルパスで2ヶ月ほど周りました。
で、ハイデルベルク。
数年前にも再訪したのですが、ケーブルカーが出来ているんですね!
これなら楽に行くことが出来ますね。
そしてワイン樽の番人!
紐を引っ張ってベルを鳴らしました??
最後に白状しますが、あの足跡、パパスのです!(爆)
パパス。
- yokoさん からの返信 2007/09/05 01:16:46
- RE: ハイデルベルク!
- パパスさん、はじめまして!
ご訪問&メッセージありがとうございます。
>で、ハイデルベルク。
>数年前にも再訪したのですが、ケーブルカーが出来ているんですね!
>これなら楽に行くことが出来ますね。
数年前はなかったんですか?!
この日は5月なのに30℃を越す暑さで、ハイデルベルク城めぐりをする
だけでも、熱射病になりかけました…。ケーブルカーがなかったら、
私はきっと倒れていたでしょう!ケーブルカーに感謝。
このケーブルカーはハイデルベルグ城よりも上へ行けるそうですよ。
>そしてワイン樽の番人!
>紐を引っ張ってベルを鳴らしました??
私より一足先に、韓国人の団体客が紐を引っ張ってベルを鳴らし
まくってました…。私は紐を引っ張れず…残念です。
>最後に白状しますが、あの足跡、パパスのです!(爆)
あははは。パパスさんの足跡だったんですか?!
骨折しませんでしたか?(笑)
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