2007/08/12 - 2007/08/16
77位(同エリア107件中)
きっちーさん
公州から扶余市外バス共用ターミナルへ到着したものの、外は大雨!
バスターミナルから、国立扶余博物館までは歩いてもじゅうぶん行けそうな距離。
ですが、トランクもあるし雨がひどいので、タクシーに乗り込みます。
ワンメーターほどで、扶余博物館がみえてきます。
今回の旅で、お母さんが楽しみにしていた、国立扶余博物館。
最近熱心に読んでいる、書籍にたびたび登場しているので、相当みたかったもよう。
天気は良くないのに上機嫌です。
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー
- 航空会社
- 大韓航空
-
なんか天気が悪いと、行動範囲がせまくなってしまうのが、ツライ。
近くに川があるんですけど、それが『白村江の戦い』で有名な古戦場セマングム(新萬金)につながっている、『錦江(白馬江)』!
しっかし、ふつー読んで「はくそんこう」が、どしたら「はくすきのえ」なんて、読めるのだ?ひねりすぎ!
ひょっとして、古い発音なのかしら?ハングル語源?
お母さんは、その古戦場につながる錦江をナマでおがむのも楽しみにしていたのですが、時折り叩きつけるように降る雨に、
「もういいや、川はやめておこう」
と、やや凹んでいます。
まあ、古戦場はぐぐっとくだった河口一帯に広がる干潟だし、背伸びしたってこっから見れるもんじゃないんですけど、楽しみにしてたのでちょっとかわいそう。
まあ、また来ればいいじゃん。
・・・じつは、公州についた途端に渡った川が錦江で、観光案内所のお姉さんが「よろしかったらお持ちください」とくれた公州日本語パンフレットにも、ちゃーんと書いてあったのですが、人の好意を無にする母子はロクに目を通しておらず、このときはすでに見ている事にまったく気づいていないのでした。
それよか、この手の中の重いトランクは持ったまま?
このまま見学するのは恥ずかしいし、シンドイ。
なので、博物館のロッカーに入れようとしますが・・・。
は、入らない・・・っ!
結構おっきいロッカーなんですが、さすがにトランクまでは入らなかった〜。
困っていると、受付のおじさんが「見張っててあげますよ」(たぶん、そう言った)と、やさしく声をかけてくれます。 -
「カムサハムニダ〜」
これだけは、まちがえずに言えるハングルを、お母さんと合唱します。
よし、手ぶらになったし!
じぃ〜っくり観て歩きましょ。
ところで、このペアルック胸像はなに? -
あ、これの再現か。
なるほどー。
さてさて、さきほどの「白村江の戦い」ですが、戦前この出来事は日本の歴史教科書から完全抹殺されていました。
知られていなかったから?
そうではありません。
じゃあ、なんで教えていなかったのかといえば、「白村江の戦い」とういうよりは、「白村江の大敗」といった方が正確だったから。
よーするに、日本の参加した朝鮮半島バトル、めちゃ負け
だったわけです。
「日本は対外戦争において無敗」「神風がふく」とか吹聴していた人たちにとって、この負け戦は非常に不都合でした。
日本の不敗神話に風穴をあける史実だったからです。
いまからみれば、実際にあったことはあったこと。
そんなトコ見栄張ったって意味ないような気がしますが。
当時の政権と朝鮮半島の深いかかわりを示唆する、「白村江の戦い」は教科書から完全削除。
文字通り、歴史の闇に葬られていたわけです。
戦後、国家による検閲がおさまり、ようやく庶民にも中身が明らかに。
しかして、「白村江の戦い」とはどんなものだったのか・・!
ベベン、ベンベン・・。 -
中国の「三国志」は、日本でもおなじみです。
魏・呉・蜀のアレですね。
ラヴ孔明さんの時代!
『レッドクリフ』ですね☆
トニー・レオンが周瑜!
どっちかといえば孔明サンのイメージなんだけど〜。トニーならなんでもいいー♪←離れなさい
そんな三国時代が、朝鮮半島でもありました。
高句麗(コグリョ)・百済(ペクチェ)・新羅(シルラ)のみっつの国が、半島で覇権を競っていたのです。
朝鮮半島を支配下におきたい中国の唐は、負けつづけていた高句麗に対して制圧を狙い、三国のひとつ、新羅と手を組みます。
新羅も、高句麗・百済連合に押され気味で危機感があったのでしょう、唐・新羅同盟が実現します。
660年3月、唐・新羅同盟はまずは百済をたおします。
あとは、相方を失った高句麗を、すばやく南北から挟みうちに・・・。
とは、なりませんでした。
唐は、いずれは新羅も滅ぼし朝鮮半島をわがものに、と狙っていましたし、新羅のほうも、自ら朝鮮半島の覇権を目指していました。
そうなると、同盟関係はやや微妙。
敵の敵は味方だったのが、そうともいえなくなってきました。
さらに、百済の遺臣たちが、倭国に住んでいた(!)前王の子、余豊璋を新国王にうち立て、再攻勢。
百済の家来たちは倭国に援軍を求めます。
こうして、唐・新羅vs百済・倭国が白村江でぶつかります。 -
ワタクシ、瓦とかまったく興味がないので、そうとうかっ飛ばして歩きますが、お母さんは一個一個ていねいに見学しています。
英語の表記もありますが、ほとんどハングルなので、わかんないよう。
一応、写真だけ。
模様はカワイイかな。
・・・・・はっ!
白村江の戦い、でした。
663年8月、倭国水軍は錦江下流の白村江へ進軍します。
陸からも、百済・倭国連合軍が唐・新羅同盟へ立ち向かいます。
しかし、待ち受けていた唐・新羅同盟に水軍・陸軍ともに敗北。
船は燃やされ、白村江は血と炎で真っ赤に染め上がったといいます。
百済の人々は、高句麗に逃れたり、敗走する倭国の船で落ち延びていきました。
百済が滅亡し、倭国は敗戦し、半島で孤立した高句麗は5年間持ちこたえたものの、やがて征服されてしまいます。
以上、戦前の教科書では教えられなかった「白村江の戦い」でした。
私もじっくり本などで読み返したのは、この旅行終わってからなんですけどー(笑)。
これから行かれる方には、ぜひ読んでほしい!
『歴史教科書と靖国問題〜日本・中国・韓国古代史ノート〜』川口和也 著!
すっごい面白いっス!
お母さんと、ひとり一冊ずつ買いました。←まわし読みすりゃいーじゃん
もっと、詳しく知りたい方は、ぜひご一読を! -
こういうのも鬼瓦の一種なんでしょうか?
-
おっきいものはあまりないのですが、きれいな遺物が展示されています。
技術者も含めて、この扶余から日本へ渡来した人がいると思うと、なんだか不思議です。
DNAを調べたら、ひょっとして親戚がいるかも? -
お。
わたしの大好きなレプリカ(笑)。
このような窯でさっきの瓦などが焼かれたもよう。 -
有名な、出土品!!
このデザインは人気があったらしく、各国でよく似た物が作られたことが紹介されています。 -
中国も名高い石刻がいくつもありますが、朝鮮半島でもこのような磨崖仏が制作されました。
迫力がありますよね。 -
さて、今回の旅行でもっとも面白かったものが、これ!!
-
国立公州博物館にも同じ物の一部が展示されていたのですが、こちらにまとめてドーンッと紹介されておりました。
-
何かといいますと中国の書で、『中国王朝へ朝貢に訪れた各国の使者』をイラスト入りで紹介した書。
南から北まで、いろんな国が来ていたのがわかります。 -
これが倭国の使者!
正直、ずいぶんカジュアルっつーか汚いっつーか(笑)。
『中国の皇帝に謁見してた!』というイメージが〜っ!
海を渡って来たんだし、多少は仕方ないのかもしれませんが、もうちょっとキレイにしてきても良さそうのに。
ちなみに、「倭国とはどこか?」という素朴な疑問が湧いてきます。
当然、いまの日本の領土が「倭国」であったわけはありません。
ですから、日本列島=倭国と考えるのは当然誤りです。
紀元3世紀の倭人スタイルは、「漁労が得意で全身に刺青をしている」(『魏志倭人伝』)そうです。
5世紀の『後漢書・東夷伝』のなかで、朝鮮半島南部〜九州北部に倭人の領域があったとされています。
(『歴史教科書問題と靖国問題〜日本・中国・韓国古代史ノート』川口和也)
「日本独自の伝統文化」と紹介されやすい、仏教・古墳・雅楽なども、アジア史から見れば完全に輸入文化です。
「日本の精神が息づく・・」って酔いやすく、耳に心地よい文句に踊らされずに歴史に向き合ったら?
この頃の、朝鮮半島や中国の歴史書をもっともっと研究したら?
日本列島とユーラシア大陸のダイナミックな地域史が浮かんできそうです。
いまは、あちらこちらで国境を越えた共同研究や、そういった志をもつ学者さんたちが、本を書いたりしているので、いつかすっごい研究結果がでてくるのじゃないかと楽しみです。 -
そんななか、
「お。こういうのが謁見スタイルだよね」
という絵を見つけて近づいたら、これが百済国史!
並べちゃうと、文化水準が一目瞭然です。
そっかー。
ぜんぜん負けてるな。
実態は田舎の小国でも、こういうトコで見得張っとかないと、いくら「ウチすごいんです」系の歴史書を書いても、関係国にも資料が残ってるわけで、あとでバレちゃうんだなあ〜。
思わず苦笑してしまいます。 -
国立扶余博物館は、そんなに大きい施設でもないので、1時間ちょっとで見学を終え、先ほどの扶余市外バス共用ターミナルへ戻ります。
歩いてもそんなに距離がないんですが、雨があいかわらず強弱しながら続いているので、またもタクシーのお世話に。
といっても、扶余博物館のまえにタクシー乗り場はないので、扶余博物館の受付のお姉さんに頼んでみます。
おっかさん、まかせたっ。
フツー博物館の受付で、タクシー呼んでもらうなんて、かなりずうずうしいと思いますが、お母さんが頼むと年上にやさしいと名高い韓国では、いやな顔ひとつせず速攻でやってくれます。
よし。
困ったときは、お母さんに言ってもらお。←悪党 -
ソウルへの時刻表。
頻繁に出てますね。
バスが使えると、アジアの旅はとても面白いし、利便性が高い。
お母さんも、こんどの旅ではバスばかり。
なんだかすっかり慣れたようすで、ベンチに腰掛けて、バスの到着を待っています。
あまりに馴染んでいるためか、となりに座った地元のお婆ちゃんに話しかけられたりしています。
「いえ!わたし、日本人なんです!言葉わかりません〜っ」
かなり、慌てています。
そうなのよね。
顔がかわんないから、けっこう話しかけられちゃうのよね。
きっちー家は、南じゃなければどこ行っても地元っぽく見えるらしく、しょっちゅう気軽に話しかけてもらえます。
そのため、自分たちも親近感がつよくなり、旅行後、しばらくして実家に帰ると、母の本棚にハングル語レッスン本が出現していたりします。
似たもの親子だなあ。 -
これが、ソウル行きバスチケット。
座席で待っていると、出発まぎわに車掌さんがもぎりに来ます。 -
13:40、バスがソウルへ向けて、出発します。
みじかい滞在でしたが、素朴な郊外といった雰囲気の扶余は、夏休みが似合います。
韓国へおこしの際は、ぜひ。
そんな感じで、ソウルへゴー!
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
19