2007/07/06 - 2007/07/07
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さすらいおじさんさん
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機物神社(はたものじんじゃ)は大阪・交野市(かたのし)の七夕伝説で知られる神社で祭神は天棚機比売大神(あまのたなばたひめ)、栲機千々比売大神(たくはたちぢひめ)、地代主大神(ことしろぬし)、八重事代主大神(やえことしろぬし)の四神。
交野、枚方(ひらかた・平方は鉄を延ばしたもの)一帯は古来より百済、漢などからの渡来人が多く住む「渡来人の里」で渡来人の秦一族「秦者(はたもの)」の人達が祀る社ということで、「はたものの社」が本来の呼び名であったが七夕伝説と結ぴ付け、「奏」を機織りの「機」の文字にして現在の機物神社になったそうだ。
5−6世紀に秦氏ら渡来人の豪族が招聘した養蚕布織の技術者が大陸から渡来、交野山(こうのさん)と太陽の位置関孫で、冬至には交野山の頂上から太陽が昇り、日の出の直前に交野山の背後に白道ができるという不思議な現象を発見した。大陸伝来の呪詛祭祀のための神堂を現在の機物神社の場所に設け、この地に始めて機織りの技術を伝えた交野忌寸(いみき)の祖・漢人庄員(しょういん)を祭神としたのが 神社の創建と言われている。
桓武天皇(かんむてんのう737−806年)が平城京から遷都して造営された長岡京(784−794年)は機物神社の御神体、交野山の真北に配置されており、これは道教の宇宙と生命の一体化を目指す世界観に基づくものとのこと。桓武天皇は天文、暦数、時刻、易などに基ずく陰陽道を重視し、794年の平安遷都の際は風水に基づく四神相応の考えに従って都市設計をしたと伝えられている。桓武天皇は交野ヶ原に何度も訪れているが、不思議な現象を起こす交野山、七夕伝説などを持つこの地は宗教的にも重要な地だったのだろう。
「おりひめ(織女 )」と「ひこぼし(牽牛)」は春秋時代(紀元前770−前403年)の中国最古の詩篇『詩経(しきょう)』に初めて登場し、前漢時代の『史記(しき紀元前91年頃)』に著され、魏晋南北朝時代(ぎしんなんぼくちょうじだい184−589年)に、七夕伝説が完成したと言われる。日本では 織姫の原形とされる棚機津女(たなばたつめ)が『古事記(こじき712年頃)』に著されているので桓武天皇の時代には良く知られた伝説だったのだろう。日本の七夕伝説は村の災厄を除くため水辺の機屋(はたや)で神の衣を織り、神の一夜妻となるために神の降臨を待つ棚機津女(たなばたひめ)という巫女(みこ)の伝説と、機織りの技術や多くの文化とともに渡来人によって伝えられた「織姫」と「牽牛(けんぎゅう)」の七夕伝説が融合したと考えられている。
平安時代に桓武天皇はじめ京都朝廷の貴族が遊猟や花見に交野ヶ原をしばしば訪れた頃、天体崇拝思想に基ずく七夕伝説から、機物神社の祭神は織女星・天棚機比売大神(あまのたなばたひめ)となって、現在に至っている。
平安時代に惟喬親王(これたかしんのう844―897年)の従者として交野ヶ原を訪れた桓武天皇の孫でもあった在原 業平(ありわらの なりひら825−880年)は、棚機津女(たなばたひめ)の一夜の契り伝説を引用して
「狩りくらし 七夕(たなばた)つめに宿からん
あまの河原に 我はきにけり」
と 歌っている。
交野ヶ原に現存する天の川、銀河を見立てた天の川に架かる逢合(あいあい)橋、星田、天田の宮、かささぎ橋、牽牛石、などロマンチックな地名も平安時代に名付けられたと考えられている。
機物神社では平安時代からの七夕伝説に基づいて、七夕の7月6,7日には「七夕祭り」が行われている。境内には高さ5−6メートルの竹が3−40本立てられ、毎年多くの人が参拝、七夕飾りの短冊に願いを託している。
機物神社の歴史をひも解いてみると、交野ヶ原の地は桓武天皇など公家の狩猟、花見の場所だっただけでなく、天体崇拝思想からも重要な地であったことが良く解る。交野ヶ原は日本の古代を想像させ、古代へのロマンを掻き立てる地だ。
(写真は機物神社の七夕飾り)
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機物神社の鳥居。
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機物神社に備えらている古い機織機。
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本殿前。
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機物神社の七夕飾り。
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機物神社に備えらている古い機織機。
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機物神社の七夕飾り。
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機物神社の七夕飾り。「新たな恋ができますように」や「宝くじが当たりますように」などの願いごとを書いた短冊がかけられている。
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機物神社の本殿。
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機物神社の七夕飾りの願いごとを書いた短冊。
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機物神社の参道。夜店は準備中。
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機物神社の神輿。
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機物神社の「七夕祭り」の飾り。
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機物神社の参道。夜店は準備中。
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機物神社の「七夕祭り」の飾り。
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機物神社の周辺。
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機物神社のあじさい。
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源氏の滝の5分ほど手前にある高天原本宮。伊邪那岐命・伊邪那美命・天照大神など「古事記」に著されている十六神を祀っている。
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高天原本宮前の橋。
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源氏の滝。交野(こうの)山腹にある白旗池から流れる谷川にあり、高さは十八メートル。付近では最大の大きさで大阪みどりの百選の一つ。
「源氏の滝」と呼び名は平安時代に開元寺が近くにあり、元寺(げんじ)滝と名付けられたとされている。古くから修験者が身を清めた場所として知られている。 -
源氏の滝近くの「夜泣き石」。「夜泣き石」の周りにはたくさんのお地蔵さんが置かれている。
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源氏の滝近くの「夜泣き石」。逸話では昔、この里に源氏姫という美しい姫と梅千代という少年が一緒に住んでいた。ある時二人は盗賊にさらわれ、その時のショックで少年が死に、怒りに震えた姫は盗賊の女頭を刺し殺した。しかし、姫が刺し殺した盗賊の女頭は実は生き別れになった二人の母親で、梅千代は実の弟だと明かした。弟を失い、母を手にかけてしまった悲しみから姫はこの源氏の滝に身を投げた。それ以後、夜になると源氏姫の悲しみを背負い石が泣くようになったため「夜泣き石」と呼ばれるのだという。「夜泣き石」の周りにはたくさんのお地蔵さんが置かれている。
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この旅行記へのコメント (2)
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- ニナさん 2007/07/12 10:07:26
- 笹の葉さらさら
- さすらいおじさん、おはようございます。
短冊に「恋にポジティブになれますように」っていいですねえ^^。
私だったら何て書くかなあ。
やっぱり健康でありますように、ですね!
- さすらいおじさんさん からの返信 2007/07/12 19:31:50
- RE: 笹の葉さらさら
- ニナさん
機物神社をごらんいただきありがとうございます。
短冊の「恋にポジティブになれますように」は私も目について、「この人は好きな人に好きだと言えないで悩んでいるのかなあ」と思いながら見ました。
でも機物神社は七夕伝説の地で織姫を祀る神社ですからきっと「恋にポジティブになれる」でしょう。
私の願いはニナさん と同じで、「健康で旅が続けられますように」です。
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