2007/07/07 - 2007/07/07
13234位(同エリア19014件中)
にゃんこ姫さん
- にゃんこ姫さんTOP
- 旅行記432冊
- クチコミ136件
- Q&A回答13件
- 751,575アクセス
- フォロワー21人
梅雨の晴れ間の一日、思い立って「過去への旅」へと
出かけました。
まずは、私の一番身近なところで、埼玉県内の「粕壁宿」から。
本来は、街道の起点である(私の出生地にも近い)
「日本橋」から始めるのが筋なのでしょうが、そこはそれ、
気まぐれネコですから。(笑)
春日部は、その昔は粕壁と表記され、「千住」「草加、「越ヶ谷」
に次ぐ、日光街道の第四番目の宿場町として栄えていました。
日光街道は、江戸から日光東照宮への参詣路となっていて、
全長36里11町(約141.6km)あります。
朝、江戸を発った旅人たちは、たいてい一日で、この粕壁宿
まで歩いたのだとか。
日本橋から9里2町(約35.3km)あったというのに、
昔の人って、すごい健脚!!
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
-
越ヶ谷宿から国道4号線に沿って歩き、一宮から
2号線に入って少し行ったところに、東陽寺が
あります。 -
この寺は、俳人松尾芭蕉が宿泊したという
言い伝えがあります。 -
東陽寺の本堂。
静かなお寺です。 -
芭蕉翁と弟子の曽良(そら)の碑。
芭蕉が本当にこの寺に泊まったかどうか
確証はないそうですが、粕壁宿に泊まったことは
事実のようです。
この碑は、曽良の日記の中の「カスカベニ泊ル
江戸ヨリ九里余」という記述です。
江戸から36kmも、一日で歩いたのですね。
けっこうなお歳だったはずなのに、恐るべし! -
ついでに、ちょっと横道にそれて、
郷土資料館へ。
教育センターの建物内の一角にある、
本当に小さくて目立たない資料館です。
ここに、昔の粕壁宿の模型があります。
館内が暗くて、小さな模型なので、
うまく撮れませんでした。 -
資料館内にある日光街道の説明と地図。
-
ふたたびもとの道(かすかべ大通り=旧宿場通り)に戻って、旧家「田村家」前へ。
古いほうの建物は蔵造りの商家です。 -
この田村家の前にある道標。
もともとは、田村家の裏庭にあったものだそうです。
道標の正面には「西南いハつき」と書いてあります。
「いハつき」は、たぶん今の地名「岩槻(いわつき)」でしょう。 -
道標の裏側。
「北日光」と書かれています。 -
道標のはす向かいに、こんな標識が
ありました。
最近できたようです。
そう、このあたりは「寺町」だったのですね。
(地名ではなく、門前町といった意味です。) -
「かすかべ大通り」をさらに進んで行くと、
春日部駅前からのびている通りと
ぶつかります。
ここを左に折れて10分ほど歩けば、
春日部駅東口に着きますが、ここでは逆に
右折します。
この川が古利根川です。
昔は、利根川本流でしたが、その後
用水路的役割になったそうです。
荷を積んだ舟が行き来していたところです。 -
ここに架かっている橋が
「古利根公園橋」です。
なんともモダンな橋で、粕壁宿らしくは
ありませんが。
昔は、川沿いに商家の蔵が並んでいたのですね。
ちなみに、このあたりの通りには、
やたらと彫刻の像がたくさんあります。
それというのも、春日部市が「彫刻のある町」
というのをキャッチフレーズにしているからです。 -
今でも、こんな蔵が見かけられます。
-
「かすかべ大通り」にも、あるんですね。
さすがに、使われてはいないようですが。
建物の前に、手水鉢みたいな物がまだ
置かれていました。
パーマ屋さんだった?
「はまじま美術館」という古い看板が
掛かっています。
なんだったのか、見てみたかったな〜。 -
屋根にはツタがからんで、蔵の頑丈な扉が
開いています。 -
通り沿いのお茶屋さんです。
2階の格子窓に、かすかに昔の面影が
・・・。 -
別の店「永○庄兵衛商店」です。
ここは営業中らしい。
玄関の木の引き戸が
残っていますね。 -
こんな標識もできていました。
-
「かすかべ大通り」が終わって、道は細く
なります。
その突き当たりが「最勝院」です。
門前が工事中で、邪魔ですが。
(このところ、やたらと再開発の工事が
あちこちで行われています。)
ますます昔の風景が遠くなります。) -
門前には「最勝院」の由来を書いた立て札が。
-
中に入ると、木の間隠れに本堂が
見えてきます。
この境内も一部工事中のようです。 -
本堂正面です。
-
本堂横の鳥居をを抜けた一番奥に、
春日部市の名の由来となった
「春日部重行」のお墓があります。
鎌倉時代の豪族で、この地で戦死したとか
聞いています。 -
お墓の説明です。
-
お墓のそばの歌碑です。
「さきたまの空蒼茫と雁渡る」と
書いてあります。
作者名は「旅人」?
(よく読めません。) -
「最勝院」から、通りを少し戻って、
古利根川の「新町橋」(「古利根公園橋」の
ひとつ西側の橋)を渡り、左に
緩やかにカーブした道をどこまでも歩きます。
これまで曇っていた空から日が射してきて、
汗を拭きながらの道中です。
途中道に迷って、本来15分の道のりを
30分以上かかりました。
で、やっと「一里塚」です。
う〜ん、字が摩耗して読めません。
傍らの立て札がなければ、これが史跡
とは判らなかったかも。 -
さらに少し先に、「庚申(こうしん)塔」があります。
「左日光道」と、はっきり読みとれます。
宝歴4年(1754年)のものだって。
スゴイ! -
庚申塔の右側の小さい自然石は、
もう字が摩耗していますが、
「右方せきやど道」「左方あふしう道」
と書かれていたとのことです。
(それぞれ「関宿」「奥州」でしょうね。) -
道から少しはずれた所では木々が
茂っていて、その昔は小暗い森だった
のかも、などと想像してしまいます。 -
庚申塚のすぐ先は、国道16号線の
小淵交差点です。
「桐の街・春日部」なんていう立て看板が
ありました。
『押し絵羽子板』『桐たんす』『桐小箱』
『麦わら帽子』、みんな春日部の伝統的な
産物です。 -
古利根川まで戻ってきました。
小淵交差点から、16号線を越えて、
徒歩10分ほどのところには、
京都聖護院の末寺「小淵観音院」があります。
円空が滞在して仏像を彫ったというお寺ですが、
蒸し暑くなってきたし、道に迷ったりして
疲れたので、きょうはここまで。
次の宿場「杉戸宿」を訪ねる時に譲ります。
あは、昔の旅人にくらべて、とっても根性なしの
にゃんこ姫であります。 -
春日部駅近くの、古い建物が残っている
通りです。
ここは「山中千手観音堂」。 -
観音堂の説明文です。
ちょっと面白いので、興味がおありの方は
お読みになってみてください。 -
蔵づくりの家です。
こんな建物も、ほとんど見かけなくなり
ました。 -
建物の窓。
典型的な蔵づくりです。 -
地面近くに作られた換気口です。
この通りは、何年か前に通った時には、
もっと昔の町並みが残っていた記憶が
あるのですが。
時代の流れは止められません。
あの頃から、もっと写真を撮って
おけばよかったのかも。
でも、今からでも、こうして記録を
残しておくことが、少しは意義があるの
でしょうか。 -
おまけ:
昔風の家です。
これまでご紹介した幾つかの家同様、
江戸の昔というわけにはいきませんが、
今では珍しい、(映画『3丁目の夕日』の
昭和30年代頃までの)感じですね。 -
おまけ、その2:
手作り豆腐の店です。
こういう店が健在なのは嬉しいですね。
スーパーなどに押されて、商売も大変
でしょうが、頑張ってほしいです。 -
おまけ、その3:
レトロな丸ポストです。
このあたりでは、まだ数個が現役で役立って
いますが、もうすぐ消えていくのでしょうね。
なんだかいとおしいような・・・。 -
おまけ、その4:
ここにもありました。
色あせていながらも、けなげに
立っています。 -
おまけ、その5:
庚申塔の方面で見つけた廃屋?です。
不思議な雰囲気。 -
おまけ、その6:
こんなに木やツタが茂るには、
どのくらいの時が必要なのでしょうか。 -
おまけその7:
おまけの最後は、線路をはさんで、
春日部駅の西口。
市の文化財「秋葉神社の夫婦松」です。
1本の幹から、銀杏と松とが生えている
珍しい木です。
(そんなことが可能なのでしょうか?)
神社が別の場所に移ったため、今はこの木だけが
駅前のシンボルのようにそびえています。
以前から大木でしたが、ますます巨大に
成長しています。
(おまけ、終わり)
ー「日光街道・粕壁宿」完ー
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
43