寝屋川・枚方・交野旅行記(ブログ) 一覧に戻る
京街道(きょうかいどう)は、京都へ向かう街道の総称で京都へ至る道は大坂街道とも呼ばれた。大坂から淀川左岸、淀を経て、鳥羽街道を通り京都へ至る道と淀から淀川右岸の堤(淀堤)上の道を通り、伏見を経て、伏見街道か竹田街道を通り京都へ至る道があった。<br />大阪・枚方は京都と大坂の中間に位置する交通の要衝で、陸の京街道とともに街道沿いを流れる淀川を利用した「淀川三十石船」などの水上交通の中継港としても栄えた。 <br />枚方宿は東西約1500m、京街道の道幅約5mで宿場には 本陣 (大名や旗本、幕府役人、勅使、宮、門跡などが使用した宿)、脇本陣、家老専用本陣、問屋場(といやば、馬や人足の手配場所)、旅籠(はたご、庶民の宿屋)55軒、船宿、茶屋、寺院、民家約400軒などが軒を連ねていた。<br />参勤交代の際には親藩や譜代など徳川家に縁故の大名が枚方宿で休泊、1841年、紀州徳川家11代藩主徳川斉順(とくがわ なりゆき1801−1846年)の参勤交代では武士1639人、人足2237人、馬103頭をが枚方宿で休泊したそうだ。紀州徳川家の大名行列は格式高いものだっただろうが、財政も大変だっただろう。京街道(大坂街道)沿いには枚方宿当時の町家が見られ、代表格は1500年代後半創業の「鍵屋」。<br />鍵屋前では「餅くらわんか、酒くらわんか」と乱暴な口調で酒や食べ物を売りつけるくらわんか舟が名物となり、その様子は歌川広重((うたがわ ひろしげ1797−1858年。安藤広重とも)の「京都名所之内 淀川」や十返舎一九(じっぺんしゃ いっく1765−1831年)の「東海道中膝栗毛」にも描かれている。<br />また、鍵屋は「ここはどこじゃと船頭衆に問えばここは枚方鍵屋浦、ここは枚方鍵屋の浦よ綱も碇も手につかぬ、鍵屋浦には碇がいらぬ三味や太鼓で船とめる」と「淀川三十石船唄」に唄われている。鍵屋は枚方宿を代表する船宿で2001年には市立枚方宿鍵屋資料館としてオープンし、1997年に有形文化財に指定された。<br />鍵屋主屋(かぎやおもや)は京街道に面する枚方宿を代表する町家で、1800年代初頭に建築されたと推定されている。3間続きの客間と広間があり、客人が酒や団子等を供しながら船を待つのに使ったと考えられている。裏手は淀川に面する船着き場、炊事場、台所の見学もできる。<br />枚方宿を過ぎて京都方面に進むと「天の川」にかかった「かささぎ橋」を渡る。枚方から隣接する交野市にかけての一帯には、平安の昔「交野ヶ原」(かたのがはら)と呼ばれていた頃から伝わる織姫と牽牛が、年に一度、七夕の夜に逢うという七夕伝説がある。枚方から交野を流れる川は「天の川」と名づけられており、「かささぎ橋」は7月7日の夜、美しい天の川をはさんでかささぎが羽を大きく広げ、織姫と牽牛を渡らせて逢わせたという七夕伝説にちなんで名づけられたもの。平安貴族たちの遊猟の地であった交野ヶ原には、天体に由来する多くの地名が残されている。とてもロマンチックな伝説がある街だ。<br />(写真は京街道に面する鍵屋)<br /><br /><br />

日本の旅 関西を歩く 大阪・枚方の京街道と鍵屋

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2007/05/14 - 2007/05/14

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さすらいおじさん

さすらいおじさんさん

京街道(きょうかいどう)は、京都へ向かう街道の総称で京都へ至る道は大坂街道とも呼ばれた。大坂から淀川左岸、淀を経て、鳥羽街道を通り京都へ至る道と淀から淀川右岸の堤(淀堤)上の道を通り、伏見を経て、伏見街道か竹田街道を通り京都へ至る道があった。
大阪・枚方は京都と大坂の中間に位置する交通の要衝で、陸の京街道とともに街道沿いを流れる淀川を利用した「淀川三十石船」などの水上交通の中継港としても栄えた。
枚方宿は東西約1500m、京街道の道幅約5mで宿場には 本陣 (大名や旗本、幕府役人、勅使、宮、門跡などが使用した宿)、脇本陣、家老専用本陣、問屋場(といやば、馬や人足の手配場所)、旅籠(はたご、庶民の宿屋)55軒、船宿、茶屋、寺院、民家約400軒などが軒を連ねていた。
参勤交代の際には親藩や譜代など徳川家に縁故の大名が枚方宿で休泊、1841年、紀州徳川家11代藩主徳川斉順(とくがわ なりゆき1801−1846年)の参勤交代では武士1639人、人足2237人、馬103頭をが枚方宿で休泊したそうだ。紀州徳川家の大名行列は格式高いものだっただろうが、財政も大変だっただろう。京街道(大坂街道)沿いには枚方宿当時の町家が見られ、代表格は1500年代後半創業の「鍵屋」。
鍵屋前では「餅くらわんか、酒くらわんか」と乱暴な口調で酒や食べ物を売りつけるくらわんか舟が名物となり、その様子は歌川広重((うたがわ ひろしげ1797−1858年。安藤広重とも)の「京都名所之内 淀川」や十返舎一九(じっぺんしゃ いっく1765−1831年)の「東海道中膝栗毛」にも描かれている。
また、鍵屋は「ここはどこじゃと船頭衆に問えばここは枚方鍵屋浦、ここは枚方鍵屋の浦よ綱も碇も手につかぬ、鍵屋浦には碇がいらぬ三味や太鼓で船とめる」と「淀川三十石船唄」に唄われている。鍵屋は枚方宿を代表する船宿で2001年には市立枚方宿鍵屋資料館としてオープンし、1997年に有形文化財に指定された。
鍵屋主屋(かぎやおもや)は京街道に面する枚方宿を代表する町家で、1800年代初頭に建築されたと推定されている。3間続きの客間と広間があり、客人が酒や団子等を供しながら船を待つのに使ったと考えられている。裏手は淀川に面する船着き場、炊事場、台所の見学もできる。
枚方宿を過ぎて京都方面に進むと「天の川」にかかった「かささぎ橋」を渡る。枚方から隣接する交野市にかけての一帯には、平安の昔「交野ヶ原」(かたのがはら)と呼ばれていた頃から伝わる織姫と牽牛が、年に一度、七夕の夜に逢うという七夕伝説がある。枚方から交野を流れる川は「天の川」と名づけられており、「かささぎ橋」は7月7日の夜、美しい天の川をはさんでかささぎが羽を大きく広げ、織姫と牽牛を渡らせて逢わせたという七夕伝説にちなんで名づけられたもの。平安貴族たちの遊猟の地であった交野ヶ原には、天体に由来する多くの地名が残されている。とてもロマンチックな伝説がある街だ。
(写真は京街道に面する鍵屋)


  • 枚方市駅近くの京街道の道標。<br />

    枚方市駅近くの京街道の道標。

  • 枚方市駅前の花壇。<br />

    枚方市駅前の花壇。

  • 京街道沿いの旧家。<br />

    京街道沿いの旧家。

  • 枚方市駅前の花壇。<br />

    枚方市駅前の花壇。

  • 枚方本陣跡の説明板。<br />

    枚方本陣跡の説明板。

  • 枚方本陣跡は公園になっている。<br />

    枚方本陣跡は公園になっている。

  • 枚方市駅前の花壇。<br />

    枚方市駅前の花壇。

  • 京街道沿いの常夜灯。<br />

    京街道沿いの常夜灯。

  • 枚方市駅前の親子の像。<br />

    枚方市駅前の親子の像。

  • 木南家(問屋役人)の旧家。問屋場(といやば、馬や人足の手配場所)の役人だった。<br />

    木南家(問屋役人)の旧家。問屋場(といやば、馬や人足の手配場所)の役人だった。

  • 鍵屋資料館。<br />

    鍵屋資料館。

  • 京街道の光景。<br />

    京街道の光景。

  • 鍵屋資料館。<br />

    鍵屋資料館。

  • 鍵屋主屋の内部。江戸時代の籠の展示もある。<br />

    鍵屋主屋の内部。江戸時代の籠の展示もある。

  • 鍵屋主屋の内部。江戸時代の籠の展示もある。<br />

    鍵屋主屋の内部。江戸時代の籠の展示もある。

  • 鍵屋主屋の内部。炊事場。<br />

    鍵屋主屋の内部。炊事場。

  • 鍵屋主屋の内部。客間。<br />

    鍵屋主屋の内部。客間。

  • 郵便屋の渡し跡の碑。淀川に橋がかかっていない時代、1930年枚方大橋ができるまで郵便輸送に使われた。<br /><br />

    郵便屋の渡し跡の碑。淀川に橋がかかっていない時代、1930年枚方大橋ができるまで郵便輸送に使われた。

  • 郵便屋の渡し跡。<br />

    郵便屋の渡し跡。

  • 枚方大橋。<br />

    枚方大橋。

  • 枚方大橋から見る淀川。「淀川三十石船唄」に唄われた。<br />

    枚方大橋から見る淀川。「淀川三十石船唄」に唄われた。

  • 天の川の橋にはけん牛織女星の絵模様がある。<br /><br /><br />

    天の川の橋にはけん牛織女星の絵模様がある。


  • 天の川のけん牛織女星の図。<br />

    天の川のけん牛織女星の図。

  • 七夕伝説の天の川。<br />

    七夕伝説の天の川。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • たぬぽんさん 2007/07/31 23:40:11
    京街道一と思っています
    初めまして、さすらいおじさんさん!
    たぬぽんと申します。

    私も先日、枚方宿をてくてく歩きました。
    生憎の雨でしたが、静かな雰囲気があまり雨をうっとおしいものと感じさせない、落ち着いたところでした。
    枚方宿は、4つある京街道の宿場町で一番雰囲気が残っていますよね(復元といったほうが正しいのかも)。
    鍵屋ではおばちゃんが丁寧にいろいろ教えてくれました。

    枚方宿に行こうと思ったのは、
    実は、さすらいおじさんさんのこの旅行記を見たためです。
    旧街道に最近興味を持ち始めたので「よし、早速!」って感じでした。
    ありがとうございます!

    さすらいおじさん

    さすらいおじさんさん からの返信 2007/08/01 18:36:40
    RE: 京街道一と思っています
    たぬぽんさん

    私の旅行記をごらんいただき、枚方宿を歩かれ、書き込みをいただきありがとうございます。旅行記が情報として役に立ててうれしいです。

    私は京街道の宿場町を全部を歩いていませんが鍵屋から枚方駅までは古い町家が残り、大名行列をしていた頃の様子を想像させてくれます。
    今年は関西をゆっくり歩こうと思っていますが、身近なところにすばらしい歴史文化遺産がたくさんあるなあ、と足元をしっかり見ていなかったことを反省しています。

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