2007/06/10 - 2007/06/10
13544位(同エリア15052件中)
ひま人さん
大和高原の中核をなす都祁地区は、大和で最も古い歴史を持つ山里である。早くからこの地に住み着いた人々は独自の文化を育み、古代国家闘鶏(つげ)国を築き上げた。「闘鶏国」は大和朝廷に統一され、大化の改新により都祁卿となった。
又、この地は、中世には伊勢や伊賀などに通じる交通の要衝として栄えた。都祁山から伊勢へと続く伊勢街道を中心に、人や物資だけでなく様々な文化が伝えられ、高原に開かれた都祁村(現在は奈良市に併合)が生まれる所となった。
現在、当地には数多くの史跡、文化財が残っており、見るべきものが多い。主な見所として、金龍寺、八柱神社、国津神社、雄神神社、三陵墓古墳群、山口神社、来迎寺、小治田安萬侶墓、水分神社などがある。
当地を訪れるには、公共交通機関がなく不便なので、車に頼るしかないと思う。
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 観光バス
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金龍寺本堂。山田城の城主山田道安が室町時代末期、永禄年間に創立した東大寺の末寺である。道安は水墨画の名手であり、戦災で焼け落ちた東大寺の大仏を修復したことで名が知られている。
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金龍寺、十一面観音菩薩立像、厨子入りの珍しい形で安置されている。
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八柱神社本殿、高御産巣日神をはじめ八柱を祀る神社である。毎年秋祭りの宵宮で重要無形民俗文化財「題目立(だいもくたて)」が奉納される。
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国津神社本殿、御神体は大きな石で大国魂命を祀り国土を守る神、農業の神として信仰されてきた。
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雄神(おが)神社本殿、祭神は出雲健男命と伝えられ、山を神体とする原始的自然崇拝をしている。
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三陵墓古墳。前方後円譜墳、全長110m、後円部径72m、前方部長39m、前方部幅50mあり後円部は三段築成で、各段に埴輪が並んでいる。
大和高原で最大級の古墳であり、築造時期は5世紀後半で、被葬者は国造りの有力者ではないかと考えられている。 -
都祁山口神社本殿、祭神は大山祗命。神武天皇の皇子、神八井耳命の子孫、都祁直が闘鶏国造として居住し、闘鶏の国の鎮守、都祁氏の氏神として祀ったのが起源といわれている。
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来迎寺本堂、奈良時代に行基が開基したといわれる。
永久2年(1114年)源満仲の一族の僧、顕鏡が草庵をむすんだのが事実上の創建になる。 -
小治田矢萬侶墓、奈良時代の高官の火葬墓。明治45年に金銅板の墓誌が発見され、ほかに和銅開珎の銀銭などが出土している。
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都祁水分(みくまり)神社本殿(国指定重要文化財)、古来から水の神様として崇敬されてきた。
現在の本殿は室町時代中期、明応8年に建造された。
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