2006/08 - 2006/08
510位(同エリア556件中)
かりさん
昨夜の夜行でヴェネツィア(22:07発)からバーリ(7:08着)へ。6人用のコンパートメントは全席埋まっていたし、とても寒く、ほとんど寝られなかった・・・
8月14日
けれど、バーリからアルベロベッロまでの電車の旅はなかなかのもの。のどかなオリーブ畑が続く。初めて車窓からトゥルッリを見た時、すごく胸が躍りました。NHKの世界遺産で見て、行ってみたい!と思い続けた場所!!なんてかわいらしいの!!!
バーリ発8:22 アルベロベッロ着10:00
駅について町の中心へ向かう途中、日本人の女の人1人を見つけ声をかけた。
どうやら同じ電車で来たみたい。
バーリを拠点に南イタリアを回っているというその人と違い、私は今夜の宿を見つけなければならない。
アルベロベッロは私のあこがれの地。
だから、絶対ここで泊まってみたい。
と、その人と別れて宿探しのため、インホメーションセンターに向かった。
インフォメーションの人たちは、田舎だからか、全く英語が通じなかったけれど、とてもよい人たちで私のつたない英語とジェスチャーを何とかくみとってくれ、一生懸命に宿を探してくれた。明日が祝日ということもあってか、なかなか見つからない・・・
だけれども、その人たちの熱意で私は楽観的でいられた。
色々電話で聞いてくれ、トゥルッリを利用したホテルに57ユーロで泊まれるかも・・・となった時には大興奮した。
トゥルッリに泊まるなんて夢にも思わなかったのに、本当!?
ところが、結局満室だった・・・
やっと50ユーロで少し離れたところにあるホテルで空き室が見つかった。
トゥルッリに惹かれつつも、迎えにきてくれたし、ホテルの人が優しかったのでとても満足でした。
2時間ホテルで寝て洗濯もして14:00にホテルを出発!
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町で、先ほどの日本の人と再会し2時間ほど話した。
今の仕事も前の仕事も同じだということがわかり、意気投合し、かなり話したんだけれど、アルベロベッロに興奮状態の私たちは、散策を開始してまもなくはぐれてしまい、二度と会うことがなかった・・・
私のデジカメの電池がなくなりかけ、その人にたくさん写真を撮ってもらったのに、名乗ることもメルアドの交換もしないまま別れてしまったのがすごく残念・・・ -
トゥルッリの中の窓から見た風景。
かわいい・・・ -
トゥルッリをお店としてつかっている。
この店でとても安くパスタを買った。 -
トゥルッリの町は想像以上にかわいい。
あえて日本で言うなら白川郷かなあ。
本当にかわいらしい。
はるばる来て良かった・・・ -
アルベロベッロのレストランは夜20:00に開店するところばかりだった。
そこで、それまで広場で過ごすことにした。
この広場はNHKの世界遺産で見たまんまだった。
南イタリアのおじさん達がのんびりくつろいでいる。
さしずめ、夕涼みってとこかなあ。 -
アルベロベッロには今でもそこで日常生活を営んでいる人たちがたくさんいる。観光客である私が、その生活の邪魔にならないよう、なるべーく、そ〜っと観光させてもらう。
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夕食のレストランで、イタリア人の男2人組が隣に座る。
「日本人?」と聞かれ、会話が始まった。
一人の服になにやらよくわからない漢字が書かれていたから、親日家なんだろうな。
ほとんど英語が通じない。
とりあえず、デルピエロ、ロベルト・バッジョ、ブッフォン、トッティ、ユベントス、インテルなど、知っている限りのイタリア語(!!)を並べてみる。
これだけで、イタリアっこ大盛り上がり。
周りのお客まで口を挟み始めとても楽しくなってきた。
二人はアンドリューとマッシモ。共に31歳。
アンドリューは車の整備士、マッシモはパソコン会社勤務。どうやら、二人は広場で私を見知っていたらしく、「長い間、広場にいたよね。」と言っていた。
二人は夏休みで車でミラノから来ていると言っていた。夏休みが何と2週間、3週間ある、と言っていて、びっくりした。日本人とえらい違い!日本人は働き過ぎだよね。憲法改革なんかより、日本人の生活を豊かにしてほしいなあ。イタリアでは一週間に三日休日があるって言ってた。すごいなあ。
話の途中、マッシモの携帯にマンマから電話がかかってきた。日本の若者が心配したお母さんからの電話を受ける時と同じ対応をしていて、すごく微笑ましかった。どこも同じなんだなあって。アンドリューと私がからかうと、はにかんで「やめてや。」と言ったと思う。食後、エスプレッソをごちそうになったりして、とても楽しい時間だった。
そう言えば、イタリアへ来る前、イタリア男はすぐ声かけてくるけど、ホイホイついていったらあかんよって何人にも言われたけれど、今まで誘われたことなかったな・・・
ホテルの前で近くから花火が上がるのが見えた。
アルベロベッロの休日。
私にとってのグレゴリー・ペックはアンドリューとマッシモだったのかもしれないな。 -
翌朝、バーリまで帰る時間のため、早くにチェックアウトする。朝食の時間の前にもかかわらず、朝食を出してくれる。しかも駅まで車で送ってくれる。アルベロベッロの人たちは、とーーってもよい人たちだあ。
途中のトゥルッリ達にアルベデルチ!!!
祝日のため、電車がなく、代行バスでバーリへ。
しかも、このバス、駅前からではなく、駅から200m程先の大通りで待っていなければならない。
もし、駅から人が出てきて、教えてくれていなければ、私は完全にバーリ行きの早朝のバスを逃していた。ということは、バーリからローマまでその日帰れなかったということであり・・・よかった・・・
バスからの景色も最高!!!
バーリ着後、ローマ行きの電車の時間までバーリの町を散策。
海沿いで、ほろ酔い気味のお兄ちゃんに声をかけられる。
「一緒に飲もうよ!おれには日本人のケイコって友だちがいるんだぜ!」
旅ではこの手の声かけが多い。
日本人のケイコを知っている、というだけで、信用度が上がると思っているところが、どこか憎めない。
バーリからは確かクロアチアやギリシアへのフェリーが出ている。今度はバーリを拠点に南イタリアの小さな村を回って、フェリーで国境越えをしてみたいな。
マッテラの洞窟にも行けなかったしな。
ローマに帰ってイタリア初日に泊まった宿に泊まる。
が、今回は韓国人の女の子二人連れ二組と一緒の部屋だったんだけれど、とーってもマナーが悪くて嫌だった。規則に反して門限時刻は守らない。シャワーの時間は守らない。そんなんだったら、別の規則のない宿に泊まればいいのに。修道院の宿なのでシスター達も困っていた。
ヴァチカン市国をイタリア最終日に見て回ることに。
長蛇の列に我慢の後、やっとサン・ピエトロ大聖堂に入ることができた。数々の法王のお墓に祈りを捧げる人々。そんな中、無宗教者の私は場違いな気がして、なるべく邪魔しないよう、おこぞかに歩く。そして、目的の「ピエタ」。ミケランジェロ25歳の作であるこのピエタに、作家沢木耕太郎さんはとても感銘を受けたって言っていたので、私も是非!と思ったけれど、私は全く何とも思わなかった。それどころか、「どれがピエタ?」と見過ごすところだった。やっぱり人間趣味も感動するものも違うんだなあ。
そして、とても楽しみにしていた博物館。
ロンドンの大英博物館には丸一日いても足りなくて一週間は必要だな、と感じたので、ここでももっといたくなるだろうな、でも、一日しかとれないや、と思って博物館へ。
あれ〜全然並んでないなあ。
と思って入り口へ行くと、何と今日は休みとのこと!
がーん。。
本当にショックだったので、これで終わり。
仕方なく、イタリア最終日をボルゲーゼ公園のなるべく人の少ないところで、まったり過ごすことにしたのでした。
イタリアはとてもロマンチックな国でした。
そして、国全体が、町全体が世界遺産のような国でした。
個人的に言えば、ローマ、ナポリ、フィレンツェ、ミラノ、ヴェネツィアの5大都市より、小さな田舎の村の方がステキでした。
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