2007/05/17 - 2007/05/29
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kan-abe@千葉さん
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今回の旅の目的は、北京郊外の未だ訪れていない世界遺産や見所を訪ねる事と山西省の世界遺産「大同の石窟」、「平遥の古城」を訪ねる事で有る。
北京郊外への足の便は、週末の土、日に宣武門バスターミナルから出る
「一日游」バスを利用する為、往き週末と帰りの週末を北京で過ごし、中間の月〜金で山西省を周る事にした。
ここでは最初の週末である5/18、19、20、の北京での周遊状況を纏め,5/21〜25の周遊状況は「山西省」編で、5/26〜29の
周遊状況は「北京編ー2」で纏めてみる事にした。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 観光バス タクシー
- 航空会社
- アシアナ航空
-
今回の訪京は8年半振りで、首都空港のターミナルも新設後初めてで勝手が判らず、市内も大幅に変化している事等
を考慮し、エアーチケットは、明るい内にホテルにチェックイン出来る事を前提に探した結果、値段は少々高くなるが韓国アシアナ航空のソール経由北京行き{成田AM10時発、ソール空港で乗り換え、北京空港PM2時40分着}の
チケットをゲットした。
当日、成田では滑走路の混雑で離陸が30分遅れ、元々乗り換え時間が1時間20分しかないので、荷物の積み替えが間に合うか心配だったが、着いて見ると、北京行きのOZ
333便は出発が1時間遅れで一安心。
所が、北京空港に到着後、荷物が中々出て来ない。イライラしながらレーンの側で待つ事40分やっと出て来た。
何の事はない、同時刻に到着した3機分の荷物を同じレーンに流していた。こんな事は初めてだ。
ターミナルを出て西単行きの機場バスに乗り、西単からはタクシーでホテルへ。どうにか明るい内にチェックイン出来た。
ホテルは”一日游”バスターミナルのある宣武門地下鉄駅
利用に比較的便利な牛街の近くに取った。{市内中心部の南西部}
写真はソール{仁川}空港で我々の登機を待つOZ333便 -
乗機が大陸{天津}上空にさしかかった時の空の様子である。横線の上方に青空と白い雲がはっきり見え、横線の下方には黄色くもやっている下に地上が見える。
中国本土にさしかかった途端にこんな空気である。
喉を遣られない様に注意しなくては・・・。先が思いやられる。 -
北京での2日目{5/18}は{金}で”一日游”バスは無いので、西方近郊に点在する古刹めぐりをする事にした。写真は法海寺の門前。ここでは古い壁画が見られるとの事であった。地下鉄1号線の西の終点りんご園駅前よりバイクタクシーに跨り5〜6分、途中迄来ると、市の日なのか
人込みでバイクが通れず、坂道を登る事約15分、やっと
この写真の門前に着いた。
北京週游の第1号に選んだ場所だが残念にも現在全面改修中で拝観できず、門前の写真1枚で引き揚げた。 -
次に向かったのは、市内から西郊外約40kmの所にある
たんしゃ寺。りんご園駅近くのバス停でバスを待っていると1台のタクシーが寄って来て「何処へ行く?」と聞くので「たんしゃ寺へ行く」言うと自分の地元だから30元で行くと言う。遥かに見える山並みを指差して「あの山の裏側だから25kmぐらいある。バスだと相当時間が掛るよ」と言われ、30元{480円}ならまあいいかと乗る事にした。暫らく走ると、往復だとまた自分の家{たんしゃ寺の近く}まで戻らなければならないから80元だと言い出した。相手がそうなら当方も次に行きたいと思っている戒台寺{帰り道の途中から横道へ5km程入った所にある}に寄って参観中を待って100元でどうだと提案し、これで手を打った。
たんしゃ寺は約1700年前の晋代に建立された寺院で、唐の則天武后期、金代、明代、清代とたびたび改称され、現在は通称であったたんしゃ寺と呼ばれている。
{写真は山門} -
宝珠峰の山すその広い敷地に建てられた、山門をはじめ天王殿や大雄宝殿等どれも貴重な建築物である由。
-
天王殿
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天王殿の中に巨大な5体の立像。
写真は左側の2体、1体は枇杷を、もう1体は剣をてにしている。 -
右側の2体、左側の1体は手に蛇と珠を、右側の1体は傘を手にしている。
-
4天王?に守られて中央に立つお釈迦様?
いや・・違う。この立像は顔はお釈迦様の様
だが、鎧を着け、腰に剣を差している。
この立像は何なのか?ガイドの居ない悲しさ
さっぱり判らない。 -
大雄宝殿
ここがたんしゃ寺の本殿か?参拝客が線香を上げて拝んでいる。 -
たんしゃ寺の名前の由来になった山ぐわ{木偏に石、しゃ
と読む}の巨木。 -
たんしゃ寺より南東に5km程戻った所にある戒台寺。
約1400年前{唐代}に建立された仏教寺院。
明、清代に何度も修建され、現在残って居る建造物は
ほとんど清代のものとの事。 -
戒台5松として有名なものの一つ九龍松。
-
遼代に高僧がここで戒壇を設けて説法を行ったことから
戒壇寺と呼ばれている。
写真は石造りの大きな戒壇。{写真は少々ピンボケ} -
市内に戻る途中「ろ溝橋」に立ち寄った。
現在は橋全体も抗日記念博物館になっている。
橋は中国の代表的な石橋で、その欄干の柱頭には
さまざまな姿をした石の獅子が彫られている。
{写真撮影に失敗して、ご覧頂けないのが残念です。}
抗日記念博物館のすぐ前にはろ溝橋事件を仕掛けた日本軍
が最初に占領した宛平城があり、橋上より真正面に見える。{写真は橋上より見た宛平城} -
宛平城の城門
-
宛平城の城壁。
ほぼ当時のまま残っていて、日本軍が撃った砲弾の
跡もある。 -
北京での3日目は{土}で、”一日游”バスの運航日である。早起きして7時半頃宣武門駅近くのバスターミナルに行った。
幸いにも司馬台長城行きのバスは、乗客二十数名おり、運行は成立{乗客十五名以下の場合は運行不成立}してたので早速チケットを買いバスに飛び乗った。
{チケット代は一般は110元の所、小生は老人優待で
75元であった。}
乗客は、欧米人が半分で、残りは中国人と韓国人で日本人は小生一人であった。
長城は市内より北東約150kmの所にあり、片道約2時間半掛った。 -
入口付近から見た長城の遠景。
険しい岩山の上に長城が点々と見える。 -
麓のロープウエイ駅前にて。
時間の関係?で中腹までロープウエイで行き、あとは急な坂道を徒歩で登り、頂上からは長城の上を歩いて降りて来るコースを取った。 -
二人乗りのロープウエイ。
司馬台長城は長い万里の長城の中で最も険しい所に明代に
築かれたものである。 -
岩山の上に点々と長城が見えてきた。
-
ロープウエイの終点から更に険しい山道を、時には手摺り
に捕まりながら登る事約40分頂上に達すると今度は長城の上を徒歩で降るのだが、降りの3分の2は石段である。
長城は何で造られているか?、12年前初めて長城に来た
のは八達嶺であったが、その時は漫然とレンガで造られていると考えて、ちゃんと確認しなかったが、今回ここに来て驚いた。何と全部石をレンガ状に切り出したものであった。これだけの石を何処から運んで来たのか?またまた疑問にぶつかった。 -
土曜日で、天気にも恵まれ観光客も多い。
それにしてもこんな険しい所に何でこんなバカでかい
物を造らなければならなかったのか理解出来ない。
これが明朝の崩壊を早めた原因ではないか? -
途中で、北京駐在の日本人一家に出会った。
これは今降って来た道を振り返って撮った写真。
逆に登りのルートをとっている人達も多かったが
これは大変だ。 -
好天に恵まれ、風も爽やかで気分爽快だが、
そろそろ膝が笑いそうになってきた。
道程はまだ3分の1程残って居ると言うのに・・。 -
おう〜〜。これは? こんな長城は初めてだ。
余りに険しい尾根に築いた為長城の幅が取れず
厚さ1m弱の一枚壁の長城だ。
しかも、一枚壁の南側さえ人一人やっと通れる
幅の道しかない。勿論長城の上は歩けない。 -
一枚壁の長城に近ずいて見ると沢山の銃眼が
造られている。
この銃眼から北側の騎馬民族の動きを監視して
いたのだろうか? こんな険しい尾根の上から・・・。 -
これは一枚壁の断面である。
険しい急斜面に石を積み上げるのに、滑って
ずり落ちない様楔型に加工されている。 -
下に湖が見えて来た。
あの湖の左手に登りのロープウエイ駅がある。
降りもやっと終りに近い。 -
長城が湖によって分断されて、今は橋が架けられている。
もともとはあそこも長城で繋がっていたんだろうか? -
街灯に注目!
この司馬台長城の入口のアプローチ道路から
全ての街灯に太陽光発電パネルが設置されている。 -
翌日も早朝宣武門バスターミナルに行き、何処行きのバスが運行成立しているか聞いたところ、「清東陵」行きが有る言う。チケット{門票+往復バス代で145元のところ
老人優待で115元}を買いバスに乗り込んだ。乗客は数名の欧米人と小生以外は中国人で合計20人。
清東陵も明十三陵や清西陵共々「明、清の皇家陵墓」として世界遺産に登録されている。
北京市内から東方約150kmの河北省遵化県に有る清東陵は、中国に現存する最大規模の皇家陵墓群で、順治帝{孝陵}、乾隆帝{裕陵}など五帝の陵墓の他皇后や妃等
161人が葬られている。
この内、西太后の陵墓が最も豪華に造られている。
写真は裕陵の牌楼{乾隆帝の陵墓に建つ石製の門」 -
裕陵の牌楼をバックに記念写真
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中国の陵墓でよく見受けられる、参道の両側に立って参観者を迎える大臣、将軍や動物の石像。
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裕陵の門楼 -
裕陵の本殿{名称不明} -
孝陵{順治帝}の門楼? -
孝陵{順治帝}の本殿?
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隣り合わせに二つの陵墓{名称不明だが皇帝と皇后の陵墓らしい}
広大な敷地に点在する陵墓を参観するのに、5〜6人でバイク参観車をチャーターして廻ったがガイドいない為、又各陵墓の建築物がほとんど似通って居た事も有って、後半は陵墓の名称がこんがらかってしまった。
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