2007/05/12 - 2007/05/12
815位(同エリア887件中)
のださん
今年は2年に一度の神田祭・本祭ということで、見に行こうと思います。
今日はその中でも神幸祭と呼ばれるものだそうです。
恥ずかしながら、神田祭ではどのような催し物が行われるのか知りません。
未だによくわかっていませんが、ちょっと調べたところによると、今日は「附け祭」と言って、16時半頃に三越本店前で出し物が通るそうなので、その時間に合わせて行くことにします。
せっかくですから、その前に、近くにある貨幣博物館を見学することにします。
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東京駅の日本橋口を出て歩いていきます。
ちなみに日本橋口というのは高速バスが到着するターミナルで、私もこの前佐野からJRバスに乗ってきたときに初めて知りました。
下に日本橋川が流れていますが、その上を一石橋が架かっています。
この辺の歴史は全然知らないので、事前に調べておけば良かったと後悔しております。
掲示板の説明を読むと、両替町の後藤庄三郎+呉服町の後藤縫殿助の後藤をもじって五斗、五斗+五斗で一石と名付けられたと「江戸砂子」に見える、とあります。
関東大震災でも落橋せず、日本橋地区と神田地区を結ぶ重要な橋だったそうです。 -
こちらは常盤橋。
貨幣博物館側から見ていますが、説明板がないのでよくわかりません。
重要な橋だった、とは思います。
橋を渡って向こう側から見れば、また新たな発見があるかもしれません。 -
そして常盤橋の前にそびえ立つのが、貨幣博物館。
無料で入れるので小さなところだろうと勝手に思っていましたが、立派な建物ですね。
実は日本銀行本店の南分館だそうです。
現在15時くらいで、博物館は16時半までですので、1時間半くらい見学してから、神幸祭を見に行こうと思います。
多分1時間半もあれば十分でしょう。 -
まずは入り口でビデオを観て、いざ見学。
うわっ、思ったよりも大分広いぞ。
広いと言うより、見るべきものが目白押し、といった感じです。
あまりにも点数が多いので、その中でも一部、とも全く言えないくらい少しをご紹介。 -
世界初の紙幣。
宋で使われ始めたそうです。 -
小分銅を持ってみることができます。
約375gだそうです。
意外に重く感じます。 -
対馬藩と薩摩藩はそれぞれ幕府の許可を得てそれぞれ朝鮮と琉球と貿易を行ったが、多量の銀が流出した。
対馬藩が朝鮮人参の輸入を名目に慶長丁銀と同等の丁銀の交付を幕府に願い出た。
そうして特鋳されたのが、「人参代往古銀」だそうです。 -
「包金銀」では、包んだものをそのまま授受されたそうです。
包紙に書かれた両替商の名前が信用され、内容を吟味されることはまずなかった、ってんだから驚きです。
私ならまず相手を疑ってかかるのに。
一応確認くらいはしようぜ。 -
天秤・分銅です。
これはわかりやすいですね。 -
1872年に新紙幣(明治通宝札)が発行され、1878年に至り、政府紙幣はこれに統一されました。
しかし、偽造が多発したため、1881年、日本初の肖像紙幣「神功皇后札」(改造紙幣)が発行されました。
この方は非実在説もありますね。
日本銀行券の肖像に採用された女性は、樋口一葉が初ですね。
また、私は恥ずかしながら知らなかったのですが、二千円札の裏面には紫式部が描かれているそうです。
私は二千円札を2、3回手にしたことがありますが、いずれも流通させるためすぐに使ってしまい、じっくり見たことはありません。 -
和気清麻呂さん。
称徳天皇をメロメロにさせた道鏡を失脚させようと、己の命も投げ出す覚悟だった勇の人です。
称徳天皇と道鏡に関しても面白いエピソードがありますが、ここでお話しすることではないので黙っておきます。 -
道真さんも肖像になっていたのですか。
恥ずかしながら知りませんでした。
道真さんとは何かと縁がありますね。
それほどでもないか? -
金銀と交換することを前提とした兌換紙幣に対し、それができない紙幣を不換紙幣と呼びます。
金(銀)の保有量しか紙幣を発行できない金(銀)本位制だと不況を悪化させるとして、時代は管理通貨制度へ移行します。
しかし、不換紙幣の登場によって通貨が過度に増発され、両大戦後などに各国でインフレが発生しました。
たとえばハンガリー。
何だこの数字は・・・ -
うわ、懐かしいですねえ〜。
岩倉具視の500円札なんてわかるのは私の世代くらいまででしょうか?
今の若い人は知っているのかな?
って、若いとは何歳くらいまでだ?
聖徳太子の肖像は戦後も多く使われていますが、もらったリーフレットに、その理由として、GHQが聖徳太子を認めた、とあります。
「聖徳太子は平和愛好者だが、藤原鎌足、菅原道真、和気清麻呂などは、軍国主義的色彩が強い」
として、肖像候補から外してしまった、とのことです。
何じゃそりゃ?
当時の一萬田日銀総裁が、聖徳太子だけは残してくれ、と頼んだそうです。
岩倉具視の500円札が発行されたのは1951年ということですが、このときはまだGHQの影響下でしたよね?
岩倉具視は良いのですか?
この辺は勉強不足でよくわかりません。
岩倉具視に関しても書きたいことはありますが、黙っておきます。 -
子どもっぽいですが、私は「ギザ10」を集めています。
お釣りでギザ10をもらったら、使わずにとっておきますが、集めてどうなるというものでもありません。
ところで、10円硬貨のギザギザがなくなったのは昭和34年ということですが、なぜそれまでギザギザがつけられていたのかというと、偽造防止のためと、昭和30年までは10円が最高額の硬貨だったので、それを表すため、だそうです。
これは、1ヶ月前のテレビ朝日系列の「芸能人雑学王 最強No.1決定戦!!」という番組で、問題・解説がありました。
(時々手にすることがある、側面がギザギザの10円玉。しかし現在は、ギザギザのないものを製造している。このギザギザ付きの10円玉は、昭和26年から33年まで製造されていた。その理由は、まず「偽造しにくいこと」。そして、もうひとつ理由がある。そのもうひとつの理由とは?) -
現在はテーマ展示として「貯金箱いろいろ 〜時代とかたち〜」が開催されており、さまざまな形の貯金箱を見ることができます。
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一億円の重さを体感することができます。
約10kgだそうです。
これを重いと見るか軽いと見るか?
私は意外に軽いと思いました。 -
見積りが甘かった。
1時間半じゃ私には全然足りなかった。
貨幣博物館は無料で入れますが、私はこれだけ楽しめれば金を払っても良いくらいだと思います。
出ると、目の前には日本銀行本店。
手前が旧館、向こう側が新館だそうです。
日銀本店も予約すれば見学できるみたいですので、いつか見学してみようと思います。 -
三越前まで歩いていくと、ものすごい人だかりが。
報道陣も待ち構えています。
どうやらパレード(?)が始まったようです。
神田明神には三神が祀られており、こちらの神輿は「二之宮 少彦名命」だそうです。
他に「一之宮 大己貴命」と「三之宮 平将門命」が祀られています。
神田明神と言えば将門、というイメージがありますね。
この神幸祭でも、私が前に通った「将門の首塚」(http://4travel.jp/traveler/last-sam/pict/11877133/)も通るみたいです。 -
馬に乗っています。
気持ち良さそうです。 -
バスが通ります。
交通規制していても、やはりバスは規制するわけにもいかないみたいです。
この通りは片側車線だけ規制していて、もう片方は一般車両も通っています。
大変ですね。 -
神田祭では、人形を出して練り歩く「附け祭」が人気だそうです。
こちらは「大江山凱陣」と言って、約170年ぶりに復活したそうです。
大江山凱陣の話は知りませんでした。
170年ぶりに見られたということは、ラッキーだったのでしょうか? -
「大鯰と要石」。
こちらは前回復活したそうです。 -
「エアー神輿」だそうです。
これは微妙・・・ -
東京藝術大学による「狛犬・獅子」。
サンバチームが一緒に練り歩くということだそうですが、サンバの格好するんじゃないの?
興ざめだなあ。 -
町ごとに神輿を担いでいるみたいですが、こちらは「鍛冶一」だそうですので、鍛冶町1丁目ということでよろしいのでしょうか?
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日本橋と言えば三越本店、というくらい三越は有名です。
三越前駅という地下鉄駅もあるくらいです。 -
これまた有名なライオン像。
渋谷のハチ公像と人気を二分する、かどうかは知らないが、私は初めて生で見ました。 -
こちらにも神田明神の祭壇か?
室町一丁目町会神輿、だそうです。
神田祭の規模の大きさは想像もつきません。
こんな大きな祭りを今まで見に来なかったのは恥なのかもしれません。 -
ついでと言っては何だが、日本橋を見ておきます。
江戸東京博物館では江戸時代の日本橋を復元していますよね。
こちらの上にも首都高が走っていますが、悪い景観100選に入っていますね(http://www.utsukushii-keikan.net/10_worst70/worst.html)。 -
移設された東京市道路元標。
元々街灯の役割も兼ねていたそうです。
この下のほうに日本国道路元標の複製があります。
本物は日本橋の真ん中にあるということですが、チラッと聞いた話では、土日にはこの界隈は歩行者天国になるとかならないとかで、チャンスがあれば見てみてください。 -
地下鉄で大手町乗り換えで御茶ノ水まで。
出口から神田明神までの道順がちょっとわかりにくかった。
三越前からだったら、銀座線で末広町まで行って、そこから歩いたほうが断然早かったような気がする。
神田明神到着。
ただ今17:45くらいです。
人々は曳物が戻ってくるのを今か今かと待ち構えているようです。
予定では18時ごろに来るのかな? -
隨神門という立派な門です。
さすがに人が多いな。 -
境内の案内図がないみたいです。
ちょっと不親切ではないかな。
事前にサイトで見ておけば良かったな。
神殿前には行列ができています。
今日は将門神像を拝観できるみたいです。 -
一之宮・大己貴命は大国主の若いころの名前ですね。
大国が「大黒」とも発音できることから、大黒天と習合しています。 -
何やら演奏が行われているようです。
「加茂能人形山車」と言い、魚河岸会自慢の山車で、俗に「龍神の山車」と呼ばれるものだそうです。
魚河岸会というのは、築地で活動している団体だということです。
上部には、能楽「加茂」の後シテ「別雷神(ワケイカズチノカミ)」。
能は知りませんが、これもある意味恥だよな。
別雷神は上賀茂神社の祭神だそうです。
立派ですね。
高さ5mはありますよね。 -
18時になり、大江山凱陣が戻ってきました。
結構時間通りにいくものですね。 -
その後に大鯰と要石。
お疲れ様です。 -
神楽殿では三味線が披露されています。
もちろんタイミングによって出し物が異なります。 -
二之宮少彦名命は、手のひらに乗るくらい小さな神で、波を模ったオブジェに囲まれるようにちょこんと乗っているのがわかります。
金色の姿です。
大己貴命の「大」に対比して「少」なのでしょう。
えびす天と習合しているのは、海に関連があるからでしょうね。 -
隣の宮本公園の特設ステージでは、和太鼓が披露されています。
ほとんど女性ですね。
白梅太鼓みたいなものか? -
もうそろそろおいとましましょう。
鳥居をくぐると、狛犬・獅子。 -
巡行では馬が使われていましたが、今はトラックに入っています。
お疲れでしょうね。 -
日光東照宮?
何か関係があるの?
私は知りません。
これでおしまい
by 勝海舟
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この旅行記へのコメント (3)
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- 義臣さん 2009/05/10 11:23:18
- 向い側に
- 初めまして?
私は向かい側の山本海苔付近で写してました。
此処までで草臥れて、、
神社には行きませんでしたが。
三越付近は来週にでも作成しようと思ってます。
義臣
- のださん からの返信 2009/05/11 07:06:42
- RE: 向い側に
- 義臣さん、ありがとうございます。
これアップしたのは2年前です。
そういえば今年もまた本祭ですが、神幸祭は私は行きませんでした。
最近フォートラベルはトンとご無沙汰です。
今後ともよろしくお願いいたします。
- 義臣さん からの返信 2009/05/11 07:38:16
- RE: 向い側に
- 二年前、、日付けも見ずにコメント大失敗
失礼しました
> 義臣
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