2007/05/03 - 2007/05/04
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ケントマイルドさん
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夜行列車に揺られてチェンマイへ行く。事前(2ヶ月前)にキップを手配しての万全たる計画の下、今回旅行のメインイベントでもある。(最初過ぎるが・・したがって残りの日程は惰性で過ごす。)
「バンコク→チェンマイ(14時間)!」は、飛行機なら単純に日本に往復して来れる時間である。「何で鉄道なの!」と言われても、元鉄道マニアの血というか『世界の車窓から』の見過ぎではないのだけれど、とにかく異国の地の車窓をボケッと眺めながら癒されたい一心であった。そんな空白の時間を作りたいが為、バンコク発の夜行列車を選んだ理由がここにある。(K社員、読んでくれてるかな)
がっ、空白の時間はそんな甘いもんじゃなかった・・・。
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9時34分にバンコク中央駅に戻る。
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目指す列車は「10番ホーム」ですでに待機していた。駅構内のコンビにで、飲料水やちょっとしたスナックを確保。
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どうでも良いけど、やけに年季の入った車両であった。
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2等寝台ノンエアコン車、12号車の16番。以前(だいぶ前に)エアコン寝台車に乗ったことがあるが、死ぬほど寒かった経験があるので、今回はあえてノンエアコン車を選んだ。
このキップを事前に購入してくれたのは、友人のコンヌア君(同じトラベラー)。彼が3月にバンコクへ来たついでに買ってもらった。581Bであった。この顛末は彼の旅行記に載っているのでそちらもどうぞ・・。写真にも発券日が3月20日11:25とある。コンヌア君、ありがとう楽しい旅行が出来ました。 -
発車時刻の15分前には、私の本日の指定された座席(ベット)に到着。ベットメイクはまだ行われていなかった。サウナにいるような蒸し暑さ。帰国時の出社用に衣服は上下スーツを着ていたのだが、おもむろに上着を脱ぎ捨てる。ズボンも脱ぎたかったが、写真に見えるエムちゃん(コン・タイ)16歳の前ではエチケットに反するので・・・母親(30歳代後半)も見ていたし。
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ベットメイクが始まった。手際よく作業が進む。10時27分、定刻10時00分発車なのに列車はまだホームで待機中。この作業するオジサン、チェンマイまでお世話になった。
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中央の通路を挟んで左右にベットが上下2段に配置される。階段や荷物置き用のラックは、昼夜据え付き状態であった。
写真は私の席(進行方向)斜め後ろの乗客。綺麗なタイのお姉さんだった(大学生か?・・黙って寝ている写真を撮っちゃったけど・・)
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通路を挟んで反対側の下段が退役軍人のアメリカ人。私が日本人と判ると、「日本と戦った」とか「日本は強かった」と訳の判らないことをしゃべった。私は「英語しゃべれないもので・・」と適当にあしらったのだが・・。この爺さん酔っ払っていたし。そして退役軍人の上段がエムちゃんの母親が寝た。この母親、最初のうちは退役軍人の話し相手をしていたのだが、内容がだんだん卑猥になるにつれ会話のシフトを私に向けてきた。私はといえばエムちゃんに日本から持ってきた”折り紙(千代紙柄)”で鶴を折っていたのだが・・。
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午後11時半。ベットメイクがすべて終了しても、通路の電気がついていたのでグループ(家族)で来ている乗客はまだ会話が進む時間帯だった。斜め前(進行方向)はタイ人の若夫婦が上下のベットで寝ていた。3歳ぐらいの坊やがお父さんと一緒に下段に眠る。この坊や、多国籍の車内を渡り歩き愛嬌を振りまいていた。私の周りは、タイ人9名(うち幼児1名)、英語圏3名そして日本人は私一人の構成。
ひととおり周りが寝静まった頃、私の上に寝ているエムちゃんが母親のベットに向かって、「メー、メー」と鳴いていた(?)のが印象に残る。日本語に直すと「お母さん、お母さん」である。エムちゃんはまだ高校生、寝付けなかったのかな。私もこの「メーメー」のさえずりを聞きながら静かに眠りに入る。 -
【6時34分】
どこか大きな駅で目が覚める。朝方まだ暗いうちに一旦目が覚めた。ピサヌロークの駅であつた。それからまた寝込み・・・この時間まで寝ていたのだから、十分睡眠は取れたと思う。 -
ふと窓の外をみると、今は日本では見ることの出来ない「貨車」が沢山留まっている。
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私の子供の頃は貨物列車といえばこのような「2軸の車輪」の貨車が何十両もつながれて走っていた。車軸が等間隔になるので、線路のつなぎ目で発する音が、「ダン、ダン、ダン、ダン」と快適な音が響き子供心に・・・どうでもいいか。(元鉄道ファンのひとり言でした。)
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あれっ、あそこに見えるのは日本の「ブルートレイン」じゃない!それもよくみると事故か何かで大きく破損している。
以前どなたかの旅行記で破損した「ブルートレイン」を見たことがあるが、あれは確かホアランボーン駅だったと思う。あの車両かな?するとここは修理工場、いやきっとスクラップ工場じゃないかな。異国の地に来て・・あぁ、ブルートレインよ! -
【7時19分】
列車はだんだん峠越えの連続になる。チェンマイ(盆地)ももう直ぐか、と思いきや到着予定時刻まではまだ5時間以上もある。 -
【7時20分】
列車は山間の小さい駅で上下線交換のため停車。上り列車は程なく通過したが、我が列車はなかなか発車しない。 -
爆音を散らして保線員用のトラクターみたいな車両が出現。我々の進行方向反対側(上り方向)に作業しに消える。
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「PANG TON PHUNG」と書いてある。
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列車は出発したのは良いのだけれど、時速10キロ以下のスピードでこの先の峠に挑む。この写真は列車がとうとう停止してしまったところ。「何かあったのかな?」と思うぐらい長い間この場で停車した。どうやらこの坂を登れないらしい。
スモーカーは車両のデッキでタバコを吸って気晴らしに行く。エムちゃんのお母さんもスモーカーだった。「日本人ならなぜ飛行機で行かない?」「チョープチョープ、ロットファイ」「・・・」と延々と単純なタイ語会話が続いた。楽しかった。
この後、日本じゃ信じられないがバックして前の駅まで戻った。それも一度とならず二度も。二度目のチャレンジに失敗して駅に戻った時はさすがに心配になった。駅員が騒いでいるし・・。振り替えのバスかタクシー(ありえないが・・)手配しているのかと思いきや、応援の機関車を手配していた。・・・最初っから機関車用意しとけよ!客車14両も引いているだから・・・。 -
坊やの家族も次の駅で降りるらしい。お爺ちゃんお婆ちゃんの家に行くのだろうか、さっきまで来ていた服を着替え、正装(あの黄色いポロシャツ)に着替えた。
エムちゃん親子は・・・この時間ちゃっかりエアコン座席車に移動して涼んでいた。
退役軍人は・・・お歳なのか、うとうとと船を漕ぐように寝ていた。しかし、日本と戦ったことがあると言ってたけど、本当なら80歳以上のはずである。どうみてもこの爺さん、60〜70歳ぐらいにしか見えないのだ。もしかしてベトナム帰還兵じゃないか、負けて帰ってきた・・・。 -
車内のタイ人はほとんどこの駅で降りたような気がする。駅名失念。
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数々の”出会い”がこの車窓から伺えた。
時計は9時26分を指している。この時間の到着なら飛行機と競争してもメリットはあるな。汽車賃500B程度で来れるなら。
車内に残されたのは、ファラン(西洋人)と物好きな日本人だけだった。退役軍人は・・まだ寝てるし。 -
車内が空いたので、2両先にある食堂車に行ってみた。
・・・・本日の営業は終了状態だった。 -
ベットを通常の座席に戻したところ。エムちゃんが途中で居なくなったので、このボックス席を私が一人で使用。窓全開で心地良かった。
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読みかけの本、じっくりと読める。というか、飽きるぐらい・・・時間があるのだ。この時点で時計は11時ジャスト。「ランパン」にまだ着いていないから、この分で行くと1時間以上の遅れは確実だ。
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朝食代わりに食べた肉団子。車内販売(?)のおばさんから・・・実は車内販売で購入するのは初めての経験。
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ガイジンだとぼられるのではないかと消極的で今まで買わなかった。がっ、そもそもぼられるような値段じゃないし、時間も有り余っていたので、売り子のおばちゃんと一言二言会話するのも楽しかった。
「これいかが・・」「辛いのは日本人ダメダメ!」
いろいろな種類の食べ物を持ってくるので飽きなかった。 -
そろそろ平坦な地を快走しだした。終点のチェンマイが近いのだろう。
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終点!長かった道のりである。時計は2時23分を指している。16時間23分の列車の旅が終わった。早くホテルに入って、シャワーを浴びてふかふかのベットで眠りたい。
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