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1937年(昭和12年)、私が小学校に入学したとき、小学生のほとんど全員が、ズック靴を履いていた。<br />外履きだけでなく、校内履きも同じ、黒の前ゴムズック靴である。<br /><br />その2年前私の兄が小学校を出たころ、まだズック靴はそれほど普及していなかったから、この僅か二年間に大きな波があったらしい。<br /><br />このように早い普及速度は驚くべきもので、なぜだろうかを研究したいものだ。<br />日本以外ではどうだったのか、国内でもほかの品物に例があったのか。<br /><br />ズック靴は、布とゴムを張り合わせる技術である。<br />ゴムは15世紀に南アメリカからヨーロッパに紹介されたが、爆発的に普及し始めたのは、19世紀の後半だった。<br /><br />その理由はなんと言っても、19世紀中ごろ硫化技術の発見によって、ゴムの品質が安定するとともに、改善したことだ。<br /><br />そして、天然ものしかなかったゴムが人工栽培されるようになり、安価で手に入り易くなったことも、大きな理由だろう。<br /><br />日本にも、明治の終わりころからゴム靴が輸入され、やがて国産化された。<br />しかし、ゴムと布を張り合わせる技術は、ゴム靴を作るよりやや難しかったと考えられる。<br /><br />布製の靴にゴム底を縫い合わせたものを一段と進化させ、テープを使ってしっかり張り合わせるズック靴が現れたのは、19世紀の終わりごろ(1896年=明治29年?)だった。<br /><br />この靴は、軽くて動きやすいので、急速に世界中に普及した。<br />その延長がスニーカーであり、現在も普及拡大の流れは続いている。<br />

ズック靴の時代 片瀬貴文の遍歴【371】

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1957/04 - 1957/04

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ソフィ

ソフィさん

1937年(昭和12年)、私が小学校に入学したとき、小学生のほとんど全員が、ズック靴を履いていた。
外履きだけでなく、校内履きも同じ、黒の前ゴムズック靴である。

その2年前私の兄が小学校を出たころ、まだズック靴はそれほど普及していなかったから、この僅か二年間に大きな波があったらしい。

このように早い普及速度は驚くべきもので、なぜだろうかを研究したいものだ。
日本以外ではどうだったのか、国内でもほかの品物に例があったのか。

ズック靴は、布とゴムを張り合わせる技術である。
ゴムは15世紀に南アメリカからヨーロッパに紹介されたが、爆発的に普及し始めたのは、19世紀の後半だった。

その理由はなんと言っても、19世紀中ごろ硫化技術の発見によって、ゴムの品質が安定するとともに、改善したことだ。

そして、天然ものしかなかったゴムが人工栽培されるようになり、安価で手に入り易くなったことも、大きな理由だろう。

日本にも、明治の終わりころからゴム靴が輸入され、やがて国産化された。
しかし、ゴムと布を張り合わせる技術は、ゴム靴を作るよりやや難しかったと考えられる。

布製の靴にゴム底を縫い合わせたものを一段と進化させ、テープを使ってしっかり張り合わせるズック靴が現れたのは、19世紀の終わりごろ(1896年=明治29年?)だった。

この靴は、軽くて動きやすいので、急速に世界中に普及した。
その延長がスニーカーであり、現在も普及拡大の流れは続いている。

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この旅行記へのコメント (3)

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  • Reisernさん 2008/07/27 09:43:08
    あの時代は酷かった
    今日は
    今日初めてこの一連の膨大なblogを流し読みですが、物事をしっかりとと見据えた記述に感心しつつ拝見し始めたところです。そんな中でズック靴の記述に引っ掛かるものがあり、あの頃の苦い思い出が蘇りました。正確には分かりませんがソフィさんは私より4〜5年年上とお見受けします。小学生の頃はあらゆるものが姿を消し、小学校で配給されることになったズック靴には痛い思い出があります。

    私の足はその学齢では大きかったので、足のサイズに合うのが見つかりませんでした。その時代は「バカヤロー、靴に足を合わせるんだ」の時代でしたので、やむ得ず、踵を最初から踏みつけ、靴の足先が張り裂けるような状態で無理に履いたがために、親指や小指が内反となってしまいました。今思うのに、運動会の駆けっこではよく転倒したのはそのためだったのではないかと疑っています。いずれにしろ、そのころは社会のあらゆるものが無茶苦茶の時代で、今の60台以降の人には想像も出来ないでしょう。

    このブロッグに取り上げられているスイスは四国ほどの平地は僅かの山だらけの小国ですが、それを観光として生かし、永世中立政策により、兎角問題にされますが、金融王国として高い生活水準を享受しているのはあっぱれということでしょう。インターネット時代になってもその英知は生きているようで、このブログも,気の利いたインターネット局(http://www.radioswissclassic.ch/)のLudwig van Beethoven Sinfonie Nr. 1, C-dur (Op.21)を聞きながら書きました。

    ソフィ

    ソフィさん からの返信 2008/07/29 03:51:01
    Re ご訪問ありがとうございます
    ご訪問くださり、厚く感謝します。

    生まれて以来の77年は、ずいぶん長い年月なのですね。
    生まれる77年前は1853年、ペリーがやって来た年ですものね。

    しかし幅広い体験ができた点で、非常に恵まれていたと感謝しています。
    また夢にも恵まれましたね。

    最近スイス、ギリシャ、オランダと行ってみて、彼らの生きようとする意思と、実行力に感心しています。

    またの御来訪をお待ちします。

    片瀬貴文(ソフィ)

    katase_t@nifty.com

    Reisernさん からの返信 2008/07/29 09:35:21
    RE: Re 了解いたしました。
    スイス、ギリシャ、オランダまでお出かけになり、「彼らの生きようとする意思と、実行力に感心」できたのは、素晴らしい体験でした。ペリーが来てから70年と云うことに気付きませんでしたが、この140年はオランダと日本との間でも「昨日の師匠は今日の敵」となる戦争があり、激動の年だったということを改めて思い起こしました。
     止むことのない好奇心は健康にも良いことと思っています。これからもお元気でご活躍して下さい。片瀬さんの4travelリポート続編も期待しております。

ソフィさんのトラベラーページ

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