2005/09/04 - 2005/09/11
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コマエさん
今回の旅前半に予定していた軍港めぐり。台風により後半に変更することとなりましたが、念願だった初の呉・江田島行きをついに達成。大変濃い1日でした。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 船 JRローカル 徒歩
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朝6時前の益田駅前。ここで祖父母に別れを告げ、バスで3時間かけて広島駅まで行きます。
途中から大降りになった雨をよそに、山間を淡々とバスは走り、ところどころで高校生やスーツ姿のおじさんを乗せて行きました。 -
広島からはJR呉線に乗って呉へ。
ついにやって来ました呉!まずは大和ミュージアムへ。すぐさま目につくのが、TVで何度も見かけたあの10分の1スケール模型です。 -
ブリッジを右舷から。10分の1でも凄く高く感じます。外に張り出した機銃区ってこのことだな!とか、こんなデッキをソーフで洗ったんだ!とか想像してテンション上がりすぎました。
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艦尾から。スクリューが見えます。
ちょうど大和の向こう側、正面に見える2階には、ずらりと海軍が所有していた艦の模型があって垂涎ものでした。 -
向こう側に黒く見えるのは展示室の入口で、望遠鏡の大きいレンズとかボイラーとか不沈艦といわれる所以のシステムとか、さまざまな展示物があります。
大和乗組員のコーナーは見ていて辛かった。高校生くらいの年齢で亡くなった水兵が、親に宛てた手紙に書いた純粋さに泣けてきます…。 -
艦隊巨砲主義の行き着いた果てか…。山本五十六が称えていた航空機の重要性は前進的な考えだったんだなあ。
けど後世にも感銘を与える大和の存在は、当時から実用的(本当の意図はこれだっただろうけど)というよりもむしろ象徴的なものだったのかな、という気がしてしまいます。 -
他にもいろいろ展示がありました。これは零式戦闘機。真上のちょうどいい所にスロープがあるので撮ったら、後で私の祖父もまったく同じアングルで写真を撮っていたことが判明。
つい写真を撮りたくなる場所のようです。 -
大和ミュージアムを出て、お次は入船山公園をめざします。
右手に写っている建物は呉中央桟橋ターミナル(江田島行き高速船はここから乗船)。その向こう側のクレーンが沢山見える場所は、旧呉海軍軍需部。 -
右手に写っている道をずーっとまっすぐ歩いて行きます。
川の向こう側にあるのは海上自衛隊呉教育隊で、もともと呉海兵団があったところ。時代が変わっても新兵さん教育の地でした。 -
入船山記念公園に到着。
まず海軍工廠塔時計として使われていた時計台(修正復元したもの)がありました。
奥に見える建物は病院。もともと呉海軍病院があった場所に建っています。みんな海軍時代と同じような場所を使っているんだなあ。 -
入口付近には番兵塔。出入り口の形は、土地によって違ったそうです。
ちなみに公園入口にはボランティアのガイドさんがいまして、案内していただくことになりました。 -
入場料を払い、入ってすぐ右側にある火薬庫。
壁は石造りでがっしりしていますが、屋根は割合やわに造られているとのこと。というのも、万が一火薬庫内で爆発が起こった時、爆風のエネルギーを上に逃がして、周囲の被害を最小限にとどめるのが目的だそう。 -
郷土館の中にあった展示物。柱島沖で原因不明の沈没をした戦艦陸奥の舷窓です。
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一番奥まで歩いていくと、そこには呉鎮守府司令長官官舎が。
歴代の呉鎮守府司令長官が住んだお宅です。お邪魔してみます。 -
ひとつの家が見事に和館と洋館のまっぷたつに分かれていました。
こちらは洋館の玄関(見学入口はまた別の場所でした)。日本海軍のモチーフ、錨に桜がすりガラスにかたどられていて、とってもおしゃれ。 -
洋室のレセプションルーム。ピアノがあり、今でもミニコンサートが開かれるそうです。
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洋室食堂を見上げてみる。壁と天上では違う金唐紙が貼られています。豪華絢爛。
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一方こちらは和館。まさに武家屋敷のような純和風でした。ここと洋館がひとつの家とは驚き。
ちなみに和館の廊下にはガラスがはめ込まれている引き戸があり、家同様古いものだそうで、ガラスが現代のようになめらかではなく、波打っていました。 -
資料館から呉の町を望む。呉線が走っていて、ちょうど電車が来ていましたが撮り逃がしてしまった…惜しい!
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東郷平八郎が呉にいた時住んでいた家。
ボランティアのガイドさんにも引きとめられたものの、江田島行きフェリーに間に合わなくなりそうだったので退散。でもガイドさんからは沢山興味深い話が聞けて有意義でした。またお話が聞きたいな。 -
大急ぎで呉桟橋へ。
乗船券の買い方が分からず戸惑っていたら、隣にいた方がご親切にも教えてくれて助かった。おかげで間に合いました。
フェリーには高校生とか買い物袋をさげた主婦なども乗っていて、船が日常で使われているんだなーと思うとなんだか楽しい。 -
窓越しなので写りは悪いですが、艦が!艦が並んでます!つい興奮。上のデッキに行けば良かったかも。
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こちらは潜水艦です。上に人が並んで立ってるよ〜。
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江田島上陸後、小用港からバスで術科学校前へ。
待合室で説明を聞いてから、校内ツアーに出かけます。引率してくれたのは闊達な元自衛官で、話が面白い!見学者は30名近くの大人数でした。
校内は広々とした印象です。 -
大講堂。入校式・卒業式が行われる場所です。
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大講堂の中。旭日旗がかかげてあるのがさすが海軍の血を引いているという感じでした。
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電線がないためにすっきりして見えます。松が並んで植わっているのですが、まっすぐ育つように注意をはらって手入れがなされているそうです。
そして男松のみを植えたはずなのに一本だけ女松がまじってしまったのだけど、そのままにしてあるとか。女はしぶといからな〜という話になっていたそうです。しぶとい…か? -
幹部候補生学校、旧兵学校の校舎です!世界三大兵学校のひとつだった場所、江田島といえばそれを意味した、あの兵学校です。井上成美はここで校長をしていたんだなあ。
建物に触ってみるとすべすべしていてきれいで、1世紀の間風雨にさらされたものだとは思えないほど。 -
段の下に足拭きマットが置いてありました。
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中庭。きれいに整備された、静謐な空間。実物を拝見できて感動…。
欧米のアカデミックな場所に似た雰囲気です。なんだか大学を思い出す…。 -
なんとこれ、「同期の桜」の桜だそうです。単に海軍のモチーフからきた比喩だと思っていたのに、実物があったんだ。
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桟橋方面にある校庭。
写真は撮れなかったけど、この前に行った教育参考館にはさまざまな資料がありました(東郷平八郎が自分でつくろった靴下まで…)。特攻隊で散華した青年士官の手紙なども沢山あって、ひとつひとつ見ていくと涙涙。
もし彼らがタイムスリップでもして、戦時中から今の豊かで平和で、でも物騒な日本にやって来たら何を思うだろうなんて考えてみた。国に対する意識が違いすぎて、同じ民族とは思えないんじゃないかなあ。 -
ツアー終了後はバスに乗り、小用港まで。小用港からはこの高速船で広島の宇品港へ向かいます。
船は「高速」というだけあって速く、すれ違った船の波がこちらまで押し寄せてくるとその波の上をジャンプして進むような感じで、少し酔いそうでした。
ちなみに乗った高速船はえたじま10号というお名前らしいです。 -
えたじま10号船内。割と快適。
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宇品港に着くと、路面電車で市内へ。せっかくなので原爆ドームを訪れてみました。原爆投下直後は、このへんから宇品港まで見渡せたそうです。宇品港までって、路面電車で30分近くもかかるのに。
ドームは瓦礫のまま残っていて怖いような感じがしました。が、その傍を流れる元安川はとてもきれいに整備されていて、市民いこいの場のようになっていました。休日の夜で人が沢山涼みにきていて、平和に満ちている印象でした。
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