2007/03/18 - 2007/03/18
134位(同エリア162件中)
もろずみさん
「あはずして ゆかばおしけむ まくらがの こがこぐふねに きみもあはぬかも」
公方の御所であった館跡には石碑しかありませんでしたが、桃源郷から戻る道筋には古河の歴史の痕跡がいくつもありました。
万葉の時代、中世から近世にいたるまでの歴史が何層にも積み重ねられた町です。中世には東国のメトロポリタン、江戸期には有力譜代大名の城下町、さらには日光道中の宿場町といくつもの顔を持ってます。
最初は穴場的歴史散策のつもりでした。ところが、歩いているうちに実に奥が深くて興味倍増。もっと予習して歩けばよかったかな。
お寺や博物館などを辿りながらだったし、一日ではとても回りきれません。
ということで、結局半分ほどをさらっと流した感じの古河旅行記ダイジェストですが結構濃厚でした。
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
-
歴史がある町には寺社仏閣がたくさんあるというのが相場。
古河には足利家、土井家ゆかりの寺もたくさんあることでしょう。
まずは一向寺。参道はずらりと蘇鉄が植えられているのが特徴。正面の大榎は樹齢350年。 -
山門の脇に十九夜塔が建ってます。元禄8年の銘がある如意輪観音のお姿。
寺には医聖・田代三喜の木像があるようですが非公開。
田代三喜は足利学校の卒業生で当時のエリート。初代公方・足利成氏に招かれて古河にやって来ました。
彼の墓所も古河の永仙院にあるようですが、寺そのものは残ってないそうです。 -
続いては長谷観音。
足利成氏が鎌倉から勧請したそうです。
日本三大長谷のひとつ、と言われても規模は大きくないです。
あと二つは奈良と鎌倉であるのは言うまでもなく・・・。 -
この先からはカルチャーゾーンに入ります。
道も綺麗に整備されてカルチャーウォークにぴったりの遊歩道になってます。 -
鷹見泉石記念館は古河藩が藩士のために用意した武家屋敷。
洋学者・鷹見泉石は古河藩の家老職を務めながら、開明的な思想を持った人だったようです。
この記念館は彼が晩年を過ごした隠居所として使われていました。 -
季節柄、玄関先に雛飾りがありました。
これは江戸期の人形のようですね。 -
なかなか落ち着いた佇まいのある屋敷です。
古河はほとんど鎌倉に近い文化ですね。
この屋敷はいわゆる官舎ですが、家老が住むくらい贅を凝らしたものです。 -
庭に一本の珍樹があります。「楓樹」という中国から渡ってきた木です。
鷹見泉石が唐人から「楓所」という書を送られた時に、植えられたという曰くのある木です。 -
さて、続いては古河歴史博物館。
いろいろな町の郷土博物館に行っていますが、充実度はなかなかの高得点。
縄文時代、万葉の時代からの展示があり、公方の時代やその後の大名家の時代と歴史のある町は違うなぁと感嘆するばかり。 -
博物館内部を撮ることはできないので説明は省略します。
公式サイトはこちら。
http://www.city.koga.ibaraki.jp/rekihaku/
古河でここだけははずせないというお勧めスポットです。
ちょうど入り口近くの立派な馬酔木が満開でした。 -
博物館のお隣りが古河文学館。
大正浪漫の香りのするモダンな建物です。
古河出身の有名作家と言えば、永井路子・小林久三・・・。
時代小説ファンとして永井路子さんの小説はいくつか読んだけど、平安や源平もの中心ですね。 -
文学館は展示品は自筆原稿や著書だけ。映像室とかはなくて少しもの足りません。
ここは洋館風の建物に注目でしょうか。
2階はレストラン、1階のホールは室内楽コンサートくらいは開けそう。 -
博物館・文学館の周囲は武家屋敷が立ち並んでいたのだろうと思われる落ち着いた雰囲気です。
右手の煉瓦の門柱は小学校の門。 -
続いて篆刻美術館へ。
あまり興味はなかったのですが、博物館で共通券を買ったので寄ってみました。
篆刻についての素養はほとんどゼロですけど。 -
ところがこの美術館は3階建ての蔵を改装したもの。
建物自体が素晴らしいので興味はそっちの方へ。
これは本当に素晴らしい。 -
煉瓦造りの比較的新しいのは古河街角美術館。
ここは歴史博物館の別館です。
企画展は古河出身の日本画家・中村威の絵が展示されていました。
葦の繁る渡良瀬川流域ののどかな風景が印象的でした。
まだ残っていそうな風景には後日訪れることにしましょう。 -
いかにも旧家という風情の建物は永井路子旧宅です。
ミントグリーンに塗られた土蔵造りの商家でした。
結構人気で、どこよりの見物客は多かったです。 -
カルチャーゾーンはここまでで、ここからは古河藩城下町へと入っていきます。
お寺はたくさんありますが、その中で土井家の菩提寺である正定寺。
藩主の菩提寺だけに格式が高い山門。 -
藩祖・土井利勝は家康・秀忠・家光の3代に仕えた徳川家の重鎮。
以来、土井家は大老・老中を数多く輩出した名門大名家として存続しました。 -
寺のもう一つの門は藩主邸のものを移築した黒門だそうです。
土井家は歴代のうちに古河を離れた時期もありましたが、幕末には古河藩主に戻っていました。
もっともこれだけの家柄ですから、古河だけでなく全国に複数の領土を持つ大大名家でした。
譜代大名というのは領土より役職の方に重きを置きますからね。 -
武家屋敷の町並に入っていきます。でも期待するほどではなかったです。
江戸時代からここで営業していたのかと思わせる料亭の建物。 -
町並は確かに武家屋敷ですが、それらしい塀があるのはここだけ。
これ以外の写真は撮りようがないので、佐倉の武家屋敷と同じ光景を求めるべきではありません。
でも、この佇まいは価値あります。 -
そのまま行くと日光街道の宿場町。
「右江戸・左日光道」という古い日光道中道標が道路脇に建っています。
ここが宿場の中心付近。 -
「よこまち柳通り」は町並景観を考えて整備しているようです。
ここは宿場の北に位置し、問屋場、旅籠、茶店などが建ち並んで活気のあった所です。
その賑やかな雰囲気を取り戻そうという町造りが行われているのですが、人は歩いていませんね。車が時々行き交うくらい。 -
ただ、こういう町並は古い建物が楽しい。
間口の広い鰻屋です。これは結構古いでしょう。 -
通りの真ん中付近に若杉鳥子文学碑。
歌碑ではなくエッセイ「帰郷」の冒頭一節。
「松が段々まばらになった處から、
亜鉛屋根の低い家並や、製絲工場の煙突が見えて來て
何處にもよくありさうな田舎街の外郭が現れて來た。」 -
こちらも風情たっぷりの店構え。
「白糀赤味噌」と書いた時代劇に出てきそうな板看板がありました。
こんな家がずらりと並べば壮観ですが、ぽつりぽつり。 -
そろそろ路地を伝って駅へと向かうことにします。
ふと見るとあちこちに雪の結晶の意匠がありました。
幕末の藩主・土井利位は日本で初めて雪の結晶を顕微鏡で見たので、雪の殿様と呼ばれています。その殿様に因んだデザインだそうです。
かと言って学者の殿様というわけではなく、老中を務めている時に天保の改革を推進した水野忠邦と衝突して失脚した過去を持つ気骨ある殿様です。 -
駅に向かう途中に高札場本陣跡の石碑。
周囲には全く往時の面影はなく広い国道です。
石碑は結構あちこちに設置されていて、歴史を語り継ぐことに相当力を入れているのはわかりますね。 -
お土産には何がよいかな?と思って老舗の和菓子屋・はつせの「白玉」を購入。これが古河の銘菓らしい。
あとはやはり鮒の甘露煮でしょう。これは絶品。 -
ということで最後は駅前の万葉歌碑。
まだまだ見所はたくさんある古河ですが、午前中が花桃だったので半日では回りきれませんでした。
万葉歌碑は渡良瀬川の土手にもあるそうです。
そちらの方は次の機会に訪れることにしましょう。
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